触れられない距離

神崎

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ハヤシライス

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 スタジオの隅にいた沙夜は、放送を終えた五人に駆け寄ろうとした。だが膝が痛くて足が思うように動かない。
「いった……。」
 思わず膝をさすると、どうやら傷もあるらしくヒリヒリした。それに気がついたスタッフが沙夜に声をかける。
「「二藍」の担当の方ですよね。足が痛いんですか?」
「あ……さっき、廊下でこけてしまって。」
「え?大丈夫ですか?あれだったら、救護室へ行ってもらっても大丈夫ですよ。」
「救護室?」
「出ている人なら、誰でも使えますから。ここの階のメイクルームの隣にあります。誰かいるとは思うけど。」
「ありがとうございます。」
 確かに歩くだけでも痛い。骨までは折れていないだろうが、これ以上は迷惑はかけられないだろう。それにこのあと、また会社にも行かないといけないのだ。
「泉さん。どうだった?」
 五人がやってきて、沙夜は少し笑う。
「演奏は良かったと思います。橋倉さんのテンポも安定してましたし。」
「良かった。」
 だが微妙な顔をしていたのは、翔だろう。翔はいつもそうだ。リハーサルまで「もっと出来る、もっとやれる」と言っているのに、いざ本番後になると「あそこであぁ出来たはず、もっと出来たはず」と反省ばかりするのだ。
「後はおのおの家で撮ったモノを見て、反省をしてください。三倉さんからの連絡は明日入れますから。」
「怖いよな。三倉さんのが一番辛口だし。」
 すると一馬も頷いて、楽器を持ち直す。エレキベースは最初にあったときとは違うモノだ。曲によって変えて欲しいと言われて、純分に悩んだ結果らしい。
「とりあえず楽屋で衣装を脱いでおいてください。後で衣装さんが回収に来るそうです。それから楽器の回収に来てください。」
 そのとき翔はやっと沙夜の異変に気がついた。ここのスタジオに入ったときよりも足を気にしているようだ。もしかしたら足がどうにかなっているのだろうかと思う。
「衣装を脱いだら三笠さんに挨拶に行きますから、それまでに……。」
「泉さん。」
 翔は思わず声をかけた。
「どうしました。」
「足が痛いんじゃ無いんじゃないの。」
 すると沙夜は少し頷いた。やはりそうだったのか。思わずそれに手を差し伸べたくなる。だがこんな場で手を出したら何を言われるかわからない。
「救護室があるよ。常駐している人もいるし。泉さん。俺らが着替えている間に行ったら?」
 遥人はそう言うと、沙夜は少し頷いた。
「すいません。そうします。このスタジオは、これからまた違う撮影が入るみたいなので、さっと着替えてくださいね。」
「わかった。じゃあ行くか。」
 治はそう言って四人を促そうとした。だが翔は沙夜のそばを離れようとしない。
「千草さん。行ってください。」
「でも足が……。」
「良いから。迷惑をかけるわけにはいかないんですよ。」
 四人について行こうとした。沙夜は五人とは逆の方へ行こうとする。だがその足は痛そうに引きずっていた。
「どうした。翔。」
 純が声をかけた。だが翔は四人に言う。
「すぐぱっと着替えるから、先に行ってて。」
 翔はそう言って沙夜の方へかけだした。その様子を見て、純はため息を付く。
「本当に、見境無いよな。」
「だな。」
 治も頷いて二人を見る。まるで抱きかかえそうなほど近くにいるのに、それでも沙夜は翔を拒否しているようだ。担当としての示しが付かないとかそんなことを思っているのだろうか。
 そんなことを考えなくてもいい。なぜ男として翔を見てあげられないのだろう。一馬は口数少ないが、心の中でそう思っていた。だが想いがあるからと言って結ばれるわけでは無い。一番近くにいて、一番身近な存在だったのに、その一歩が踏み出せないまま幼なじみの枠を取っ払えなかった人を知っている。
 手を出して拒否をされたら関係は壊れる。それを恐れていたのだ。その男もまた臆病だったのだろう。遊び人なのに、好きな人には純粋だったのだ。

 救護室の前まで翔は沙夜を送り届けると、急いで楽屋へ戻る。そしてそのドアをノックした。
「はい。はい。」
 ドアを開けると、治が出てきた。ぽっちゃりと下腹がよく目立ってきたように思える。
「ごめん。ちょっと気になってさ。」
「良いよ。まだ衣装の回収には来てないし。」
 楽屋の中に入りドアを閉めるとジャケットを脱いだ。夏に向けての曲で、体を鍛えている一馬や、一番目立つ遥人は腕や肩がよく見えるような格好をしているが、そこまで鍛えてもいない翔はシャツの上からジャケットを羽織っていた。それが暑いと思っていたし、ライトがさらに暑く感じた。
 そのジャケットを脱ぐと一息つく。
「暑くて死ぬかと思った。」
「だったらさっさと脱げば良かったのに。」
 純もそんなに鍛えている方では無いが、ギターを弾くのに袖があるモノは邪魔だとあえて半袖のモノを選んでいたのだ。
「泉さん。どうだった?」
「わからないけど……俺、入り口までしか送ってないし。」
「翔。」
 着替えを終えた一馬は翔の方を見て言う。
「どうした。」
「……ずっと平行線のままで良いと思っているのか。」
 その言葉に翔は動きを止める。
「平行線?」
 余計なことをいいたくは無かった。だがこのまま指を咥えてみているのは、バンドないでも良くないと思う。出来れば沙夜がずっと「二藍」を担当して欲しいと思っていた。だから余計なわだかまりはない方がいい。
「”一番近くにいたから、一番わかり合えなかった”と歌詞にあるよな。」
「あぁ……。」
「その位置にずっと居たいというのはわかる。だからこそはっきりさせてくれないか。」
「一馬。」
 治が止めようとした。だが翔は首を横に振る。
「何の話だ。」
「翔。いつものお前なら、このバンドのことだけを考えて行動するはずだ。なのに話をしたくないとか、衣装を脱いでおいてくれっていう指示を無視してまで泉さんに付き添うような真似はしないだろう。」
「……。」
「いい加減、認めたらどうだ。」
 すると翔は首を横に振った。
「俺……別に沙夜のことを……。」
 そのとき外でノックの音がした。
「すいません。衣装のモノですけど。もう着替え終わりました?」
 すると治がドアを開けて言う。
「もう少し待ってくれますか。一人まだ着替えているのが居て。」
「あぁ。だったら別の人から回ります。人数も多いですし、そういうこともあると思ってました。」
 ドアを閉めると、治はそのまま翔を見て言う。
「あまりここでぐだぐだ言わない方が良い。テレビ局なんだ。どこで漏れるかわからないわけだし。」
 すると一馬は立ち上がっていう。
「悪い……ちょっと俺も焦っていた。」
「一馬が言うのもわからないでも無いよ。」
 遥人はそう言って翔を見る。
「このままだったら遅かれ早かれ、泉さんは俺らの担当を外れると思うから。」
「何で?」
 治がそう聞くと、遥人はため息を付いて言った。
「前に聞いたよ。泉さんが別バンドを担当するかもしれないって。」
「だから何で?」
「……。」
 その言葉に四人は唖然とした。そしてこのまま黙って沙夜を別のバンドの担当にさせたくなかった。
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