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鯵のなめろう
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四人でまとまって食事をするのは珍しいと思う。芹はずっとこの家にいるので、食事が出来れば翔や沙菜がいなくても沙夜と一緒に食べるが、翔も沙菜も帰ってこないこともあるし、帰ってきても極端に遅いときもある。
それに沙夜も帰って来れないことはあって、そういうときはあらかじめ作っておいた食事を芹は一人で食べているときもある。一人よりも二人、二人よりも三人と食事はみんなでした方がやはり楽しい。
「なめろう美味しい。やっぱ姉さんのご飯は美味しいわ。」
「褒めすぎ。沙菜。」
沙夜はそう言って豚汁に口をつける。肉っぽいモノはこの豚汁しか無いが、芹はそれでもブツブツと何か言っている。
「明日は肉だよな。」
「別に良いけど……魚が美味しくないの?」
「いいや。美味いよ。でも俺、ミョウガ食べれないし。」
すると翔は少し笑って言う。
「一口食べるとはまるよ。この臭いのがたまらないよね。でもニンニクみたいに後は残らないし。」
「ニンニクは仕事の前の日はちょっと気を遣うわ。」
沙菜はそう言って笑う。
「どうして?」
「男優にあいつニンニク臭い。仕事の前に匂いがあるのってどうなんって言われると嫌じゃん。」
「まぁな。」
「でも男優がニンニク臭いのもあるのに。」
口をとがらせて沙菜は文句を言う。
AV女優に比べると、男優は極端に少ないらしい。だからこそ、あの女優は嫌だなんて言われると、監督もあの女優は使いにくいという烙印を押されるのだ。それだけは避けたい。だから気を使えるところは使っておきたいと思う。
「歌う人とかの方が気を遣うのかしら。栗山さんはどうかしらね。」
沙夜は翔にそう聞くと、翔は首を横に振る。
「遥人は喉が丈夫な方だね。人によっては冷たいモノは飲まないとか、加湿器を夏でも入れるとか、エアコンは使わないとかそういう人もいるみたいだけど、あまり気にしないでコーヒーをいつも飲んでる。」
「あぁ。いつか行った洋菓子店の?」
「あそこは遥人もお気に入りでね。ケーキも凄い美味しかったな。」
「そうね。」
その話に沙菜が隣の沙夜に聞く。
「どこのケーキ屋さん?」
「あら、あなたに言ってなかったかしら。洋菓子店よ。でもコーヒーが凄く美味しいところ。限定商品はいつもSNSで見かけるし。」
「あたしも行きたい。連れて行ってよ。」
翔にそう言うが、翔は首を横に振る。電車で一緒になったのに、お互い言葉を交わすことも無いくらい気を遣ったのだ。それをまたデートみたいな真似をして噂を立てられたくない。
「沙菜。私が休みの時にでも連れて行くわ。それに夜は結構遅くまで開いているのよ。ケーキでも買って帰ろうかしらね。」
その言葉に今度は芹がうんざりといった表情で言う。
「ケーキなんか女子供の食い物じゃん。砂糖の塊でさ。」
「芹ってそう言うところがあるよな。」
翔はそう言って少し嫌みを言う。
「何が?」
「偏食があるしさ、ここに来たときもあまり食べれるものが少なかったし。かといって甘いものは砂糖の塊だって言い張るし。」
「……。」
「でも一つ一つ味は違うんだから。」
「わかってるよ。ったく……そんなことで熱くなんなって。子供かよ。」
翔はいらついていたのだ。帰ってきたときキッチンに並んで芹と沙夜がいた。それはまるで新婚夫婦のようだと思っていたのだから。
沙菜が風呂を沸かしている間、沙夜は洗い物をする。といっても軽く洗って、備え付けの食洗機にかけるのだが。そして明日の朝食の下ごしらえをしようと冷蔵庫を開ける。
そこにはめざしがあった。これを一番の楽しみに沙夜はしていたのだ。試食でとても美味しかったから。後は納豆やほうれん草を冷凍していたモノを冷蔵庫に入れておく。朝になれば解凍できて、醤油や鰹節なんかと合わせればおひたしになるのだ。
「あ、沙夜。」
テレビを見ていた翔が沙夜に声をかける。すると沙夜はそちらを向いた。
「どうしたの?」
「この俳優さんを知っている?」
見ていたのはドラマのようで、上司らしい男が若い女性に言い寄っているシーンだった。その上司に見覚えがある。
「あぁ。知ってるわ。元AV男優ね。」
がっちりした体つきで、わずかに茶色く染めた髪。どう見てもチャラそうに見えたが、そういう役なのだろう。
そう思いながら沙夜はボウルに米を取った。すると風呂場から沙菜が出てくる。
「姉さん。お風呂場カビが出てきたみたい。」
「だったら明日カビ取り剤を振らないとね。雨が多かったから少しカビが出てきたのね。毎日洗っていてもそんなモノなのかもしれないわ。」
すると沙菜はそのままクローゼットの扉を開き、カビ取り剤があるかどうか見ていた。だが無かったらしい。
「明日買ってくるわ。そしたら明後日にでも薬を……。」
そのとき沙菜もテレビの画面が見えたらしい。言葉に詰まったのだ。その役者を見て、ため息をついた。
「まだ役者してたんだ。」
「この俳優さん?結構出てるよ。今度映画にも出るみたいだし。」
「いい歳なのにね。」
「何歳なの?」
沙菜は口をとがらせてクローゼットの扉を閉めた。
「五十過ぎたって話は聞いてる。四十代半ばまで男優してたみたいだし……。」
あくまでAVというのは女性がメインだ。だからいくら顔が良くてテクニックがあっても、表に出ることはほとんど無い。だがその男優は、ちらっと映っているだけなのに沙菜の目にとまるほど輝いて見えた。
誰なのだろう。そう思って、気がつけば検索をしていた。SNSはしていなかったので、繋がりがもてるのはこういう仕事をしなければ不可能だろう。そう思ってAVの世界に飛び込んだのに、いざ入ってみるともうその男優は引退して普通の役者になっていたのだ。
映画に出たのがきっかけだったのかもしれない。十八歳未満は見れないほとんどベッドシーンが満載の映画で、抱かれている女優が羨ましいと思ったのだ。
「奥さんが居たよね。作家の。その原作の映画に、遥人が出るんだ。」
「えぇっ?そうなの?」
驚いて沙菜が沙夜に聞くと、沙夜は呆れたように翔に言った。
「その話はまだ話さないでって言ったでしょう?」
「あぁ。ごめん。まだ本決まりじゃ無かったっけ。」
「今度の映画は決まってるけど、その次はまだ正式なオファーはまだなのよ。沙菜。まだ口外はしないで。」
「わかってるって。」
米を研ぐ力が強くなりそうだ。翔はこういうところがあって、正直沙夜はやきもきしている。この調子で自分たちのことまで外に漏れてしまったらいたたまれない。
米をとぎ終わると、炊飯器にセットして予約を入れる。四人分の三食の食事だと、米の量も結構減りが早い。米くらいは買ってきて欲しいと、芹に頼んでいるが芹はあの調子で外に出たがらない。本当に無くなりそうになってやっと買ってくるのだから、食事が出来なくても良いのかと思う。
そう思いながらエプロンを脱いだ沙夜はリビングを出ると、自分の部屋へ向かう。廊下を挟んで沙菜の部屋の向かいが、沙夜の部屋だ。この部屋は日当たりが良い。
電気をつけると携帯電話を手にした。遥人は今日、台本をもらったらしい。そしてそのキャストの中に、沙菜が憧れていたその男優もいる。二番目に殺されるらしい。嫌みな役や殺される役や犯人の役が多いのは、やはりAV男優だったとか女を口説くのはお手の物なのだろうというイメージが強いからだろう。だが沙夜はそう思わない。
沙菜には言っていないが、この男とは何度か会ったことがある。遥人が映画に出演が決まりそうだったとき、遥人が演技のレッスンを受けたいと演出家のところへ通っていたときだっただろうか。
この男もそこに通っていたのだ。もう普通の俳優としての地位は揺るぎなさそうなのに、自分はまだまだだと演技の勉強をしていたのだ。
簡単に再生数が伸びないから「自分には才能が無い」と投げてしまった自分とは違うのだ。結局ピアニストにもなれない、作曲家にもなれない自分が一番中途半端でやるせない。
それに沙夜も帰って来れないことはあって、そういうときはあらかじめ作っておいた食事を芹は一人で食べているときもある。一人よりも二人、二人よりも三人と食事はみんなでした方がやはり楽しい。
「なめろう美味しい。やっぱ姉さんのご飯は美味しいわ。」
「褒めすぎ。沙菜。」
沙夜はそう言って豚汁に口をつける。肉っぽいモノはこの豚汁しか無いが、芹はそれでもブツブツと何か言っている。
「明日は肉だよな。」
「別に良いけど……魚が美味しくないの?」
「いいや。美味いよ。でも俺、ミョウガ食べれないし。」
すると翔は少し笑って言う。
「一口食べるとはまるよ。この臭いのがたまらないよね。でもニンニクみたいに後は残らないし。」
「ニンニクは仕事の前の日はちょっと気を遣うわ。」
沙菜はそう言って笑う。
「どうして?」
「男優にあいつニンニク臭い。仕事の前に匂いがあるのってどうなんって言われると嫌じゃん。」
「まぁな。」
「でも男優がニンニク臭いのもあるのに。」
口をとがらせて沙菜は文句を言う。
AV女優に比べると、男優は極端に少ないらしい。だからこそ、あの女優は嫌だなんて言われると、監督もあの女優は使いにくいという烙印を押されるのだ。それだけは避けたい。だから気を使えるところは使っておきたいと思う。
「歌う人とかの方が気を遣うのかしら。栗山さんはどうかしらね。」
沙夜は翔にそう聞くと、翔は首を横に振る。
「遥人は喉が丈夫な方だね。人によっては冷たいモノは飲まないとか、加湿器を夏でも入れるとか、エアコンは使わないとかそういう人もいるみたいだけど、あまり気にしないでコーヒーをいつも飲んでる。」
「あぁ。いつか行った洋菓子店の?」
「あそこは遥人もお気に入りでね。ケーキも凄い美味しかったな。」
「そうね。」
その話に沙菜が隣の沙夜に聞く。
「どこのケーキ屋さん?」
「あら、あなたに言ってなかったかしら。洋菓子店よ。でもコーヒーが凄く美味しいところ。限定商品はいつもSNSで見かけるし。」
「あたしも行きたい。連れて行ってよ。」
翔にそう言うが、翔は首を横に振る。電車で一緒になったのに、お互い言葉を交わすことも無いくらい気を遣ったのだ。それをまたデートみたいな真似をして噂を立てられたくない。
「沙菜。私が休みの時にでも連れて行くわ。それに夜は結構遅くまで開いているのよ。ケーキでも買って帰ろうかしらね。」
その言葉に今度は芹がうんざりといった表情で言う。
「ケーキなんか女子供の食い物じゃん。砂糖の塊でさ。」
「芹ってそう言うところがあるよな。」
翔はそう言って少し嫌みを言う。
「何が?」
「偏食があるしさ、ここに来たときもあまり食べれるものが少なかったし。かといって甘いものは砂糖の塊だって言い張るし。」
「……。」
「でも一つ一つ味は違うんだから。」
「わかってるよ。ったく……そんなことで熱くなんなって。子供かよ。」
翔はいらついていたのだ。帰ってきたときキッチンに並んで芹と沙夜がいた。それはまるで新婚夫婦のようだと思っていたのだから。
沙菜が風呂を沸かしている間、沙夜は洗い物をする。といっても軽く洗って、備え付けの食洗機にかけるのだが。そして明日の朝食の下ごしらえをしようと冷蔵庫を開ける。
そこにはめざしがあった。これを一番の楽しみに沙夜はしていたのだ。試食でとても美味しかったから。後は納豆やほうれん草を冷凍していたモノを冷蔵庫に入れておく。朝になれば解凍できて、醤油や鰹節なんかと合わせればおひたしになるのだ。
「あ、沙夜。」
テレビを見ていた翔が沙夜に声をかける。すると沙夜はそちらを向いた。
「どうしたの?」
「この俳優さんを知っている?」
見ていたのはドラマのようで、上司らしい男が若い女性に言い寄っているシーンだった。その上司に見覚えがある。
「あぁ。知ってるわ。元AV男優ね。」
がっちりした体つきで、わずかに茶色く染めた髪。どう見てもチャラそうに見えたが、そういう役なのだろう。
そう思いながら沙夜はボウルに米を取った。すると風呂場から沙菜が出てくる。
「姉さん。お風呂場カビが出てきたみたい。」
「だったら明日カビ取り剤を振らないとね。雨が多かったから少しカビが出てきたのね。毎日洗っていてもそんなモノなのかもしれないわ。」
すると沙菜はそのままクローゼットの扉を開き、カビ取り剤があるかどうか見ていた。だが無かったらしい。
「明日買ってくるわ。そしたら明後日にでも薬を……。」
そのとき沙菜もテレビの画面が見えたらしい。言葉に詰まったのだ。その役者を見て、ため息をついた。
「まだ役者してたんだ。」
「この俳優さん?結構出てるよ。今度映画にも出るみたいだし。」
「いい歳なのにね。」
「何歳なの?」
沙菜は口をとがらせてクローゼットの扉を閉めた。
「五十過ぎたって話は聞いてる。四十代半ばまで男優してたみたいだし……。」
あくまでAVというのは女性がメインだ。だからいくら顔が良くてテクニックがあっても、表に出ることはほとんど無い。だがその男優は、ちらっと映っているだけなのに沙菜の目にとまるほど輝いて見えた。
誰なのだろう。そう思って、気がつけば検索をしていた。SNSはしていなかったので、繋がりがもてるのはこういう仕事をしなければ不可能だろう。そう思ってAVの世界に飛び込んだのに、いざ入ってみるともうその男優は引退して普通の役者になっていたのだ。
映画に出たのがきっかけだったのかもしれない。十八歳未満は見れないほとんどベッドシーンが満載の映画で、抱かれている女優が羨ましいと思ったのだ。
「奥さんが居たよね。作家の。その原作の映画に、遥人が出るんだ。」
「えぇっ?そうなの?」
驚いて沙菜が沙夜に聞くと、沙夜は呆れたように翔に言った。
「その話はまだ話さないでって言ったでしょう?」
「あぁ。ごめん。まだ本決まりじゃ無かったっけ。」
「今度の映画は決まってるけど、その次はまだ正式なオファーはまだなのよ。沙菜。まだ口外はしないで。」
「わかってるって。」
米を研ぐ力が強くなりそうだ。翔はこういうところがあって、正直沙夜はやきもきしている。この調子で自分たちのことまで外に漏れてしまったらいたたまれない。
米をとぎ終わると、炊飯器にセットして予約を入れる。四人分の三食の食事だと、米の量も結構減りが早い。米くらいは買ってきて欲しいと、芹に頼んでいるが芹はあの調子で外に出たがらない。本当に無くなりそうになってやっと買ってくるのだから、食事が出来なくても良いのかと思う。
そう思いながらエプロンを脱いだ沙夜はリビングを出ると、自分の部屋へ向かう。廊下を挟んで沙菜の部屋の向かいが、沙夜の部屋だ。この部屋は日当たりが良い。
電気をつけると携帯電話を手にした。遥人は今日、台本をもらったらしい。そしてそのキャストの中に、沙菜が憧れていたその男優もいる。二番目に殺されるらしい。嫌みな役や殺される役や犯人の役が多いのは、やはりAV男優だったとか女を口説くのはお手の物なのだろうというイメージが強いからだろう。だが沙夜はそう思わない。
沙菜には言っていないが、この男とは何度か会ったことがある。遥人が映画に出演が決まりそうだったとき、遥人が演技のレッスンを受けたいと演出家のところへ通っていたときだっただろうか。
この男もそこに通っていたのだ。もう普通の俳優としての地位は揺るぎなさそうなのに、自分はまだまだだと演技の勉強をしていたのだ。
簡単に再生数が伸びないから「自分には才能が無い」と投げてしまった自分とは違うのだ。結局ピアニストにもなれない、作曲家にもなれない自分が一番中途半端でやるせない。
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