夏から始まる

神崎

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腐った世界

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 一瞬、ここがどこかわからなかった。蓮はぼんやりとした頭で目を覚まして、携帯電話をみる。そうだ。ここは菊子の家だった。部屋を借りたいとお願いして、ここにいるのだった。
 煙草を手にしようとして手を離す。そうだった。この家は誰も喫煙者がいない。煙草など吸えないだろう。
 蓮は頭をかいて、外に出ようかと思っていた。その前に着替えよう。ジーパンとシャツに袖を通し、ベッドを整えた。そして部屋を出てリビングへ向かう。するとそこには棗がソファーでうたた寝をしているようだった。
「図々しい奴だな。まるで家のようにくつろいでいる。」
 そういって蓮はキッチンへ向かうと、カップとインスタントのコーヒーを取り出した。
 そのとき階下から声がした。廊下の方を見ると、菊子と後ろには梅子がいるようだった。
「……。」
 相変わらず水着か何かわからないような格好をしている。そう思いながら、コーヒーを入れる。すると部屋に入って、菊子はリビングにやってきた。
「あら。起きたの?」
「あぁ。梅子が来ているのか?」
「うん。まぁ……なんか話があるって。」
 何の話かは想像付かない。だがいい話ではないだろう。菊子はガラスのコップを取り出すと、それに氷と麦茶を入れた。
「お腹空いてない?」
「まぁ……そこそこにな。」
「もう少ししたらお昼だし、女将さんが今日はパンを買ってくるっていってたから、今日のお昼はサンドイッチにしようと思って。」
「へぇ……菊子が作るのか?」
「当番制よ。蓮も作る?」
「別にかまわない。作れないことはないからな。でもまぁ……料理人に披露できるほどじゃないかもしれないけどな。」
「そんなクオリティを求めてないわ。」
 菊子はそういって少し笑い、お盆を持ってリビングをあとにする。

 小さい頃ならお互いの家に遊びに行くことはあった。梅子の家に遊びに行くことは小さい頃なら可能だった。小さすぎて売れない子供だからだ。武生の家に行くと、入れ墨を見せてくれる若いチンピラが居たりして怖かった。だがそれをかばってくれたのはまだ若い圭吾であり、省吾だった。
 高校三年の夏にこうして遊びに来ることはほとんどなかったのは、お互いに忙しすぎたのかもしれない。
「もう少ししたら昼ご飯になるけど、食べていく?」
「いいね。菊子の家のご飯って美味しいから好きよ。」
 長い髪をいつも下ろしていたのに、今はポニーテールにしている。おそらく変装の意味もあるのだろう。それは梅子が雑誌に臨時のグラビアアイドルの真似をして載ったから。予告の写真は白黒なのに、インターネット上では「この女性は誰だ」という噂が立っている。
 それを気にしているのかもしれない。
「梅子は映像系の学校へ行くっていってたね。」
「うん。菊子はやっぱり調理の専門学校へ行くの?オープンスクールとか行ってたじゃん。」
「そうね。二学期になったら、もう一校見たいところがあって。」
「……夏前に行ったとこ駄目なの?」
「別に駄目ってわけじゃないの。大きな学校だし、しっかりしてると思う。だけど……ちょっとね。」
 棗がいるから。そう言いたくなかった。
「そう言えば、駐車場にさ赤い車停まってたの、誰の?」
「棗さんの。」
「棗さんって……いつか祭りの時に、ナンパから助けてくれた?」
「そう。ちょっとうちの大将がね、足を怪我してしまって。それで厨房に立てそうにないから、臨時で助けてくれてるの。」
「なるほどね。誰のかなって思ってて。」
 麦茶に口を付けて、梅子はうなづいた。
「いつから?」
「今日からかな。昨日、身の回りのものを持ってきたし。」
「え?ここに住んでるの?」
「うん。」
「大丈夫?」
「何で?」
 菊子はその辺の感覚が鈍い。おそらくいつもこの家には、他人が出入りしていたからだろう。葵も皐月も長くつとめている方だが、早い人は一週間もしないで荷物をまとめて出て行く人もいたのだ。それにその職人は男が多いのも、菊子の感覚を鈍くしている一因だろう。
「それに蓮もいるの。」
「蓮さんも?」
「うん。アパートが昼間に補強工事しているとかで、昼間に寝れないんだって。」
「そっか……夜の仕事だもんね。昼は寝てたいか。」
 昨日、菊子は棗とキスをしていた。それを偶然とはいえ見てしまったのだ。もし菊子が合意していないのであれば、最低な男が家にいることになる。それは許せない。
 だが蓮がいるのであれば話は別なのかもしれない。蓮がしっかり守ってくれるかもしれないからだ。
 しかしキスをしていたのは事実。その辺ははっきりさせておきたい。
「ねぇ。菊子。」
「ん?」
「もしかしてさ……棗さんとなんかあった?」
「え?何で?」
 嘘が下手だ。目が泳いでいる。
「……何かって……?」
「たとえば寝たとか、寝てなくてもキスくらいはしたとか。」
「……。」
 そのとき菊子の目から涙がこぼれ落ちた。

 煙草を吸い終わり、蓮は家に戻っていく。まだ菊子は梅子と話をしているのだろうか。何の話をしているかはわからない。だが高校生には高校生の悩みもあるだろうし、菊子にしか言えないこともあるだろう。それに首を突っ込むのは野暮と言うものだ。
 そう思いながら蓮は後ろ髪を引かれながらリビングへ向かおうとした。そのときリビングから棗がやってくる。
「うとうとしちゃったな。お、蓮。起きたのか。」
「あぁ。」
「飯は?」
「昼と一緒でいいだろうよ。」
「お前夜もそんなに食わないだろ?あまり健康的じゃないよな。」
 そう言って棗は少し笑う。そのとき、菊子が梅子と一緒に出てきた。
「……。」
 その表情は浮かない。菊子の目も赤いことから、おそらく泣いていたのだろう。
「菊子。」
 蓮は心配そうに菊子に近づく。
「蓮さん。そのまま部屋に行ってくれない?話があるのよ。菊子。」
 その言葉に、文句があるように棗が近づいてくる。しかしそれを梅子が止めた。
「棗さんは、あたしと話があるの。」
「お前と話すことなんかねぇよ。なんだその格好。売春婦か。」
 すると梅子は少しむっとしたが、棗のシャツの裾を引いてリビングへ向かった。そして蓮は菊子の肩を抱いて、部屋に戻っていく。その後ろ姿に、棗は声をかけようとしたが梅子の引っ張る力が強い。
 リビングにやってくると、梅子はその裾を離して腕組みをした。
「いい大人のくせに、何やってんのよ。」
「は?」
「菊子の気持ちを考えないで、何をしてんのよ。何回寝たの?」
「……。」
 やはりその話か。棗は少し笑い、梅子を見下ろす。背が低いのに、胸が大きく開いたシャツを着ているので、こうしているだけで胸の谷間が易々と見える。その大きさは見事なものだ。
「さぁな。目を盗んでシタから、そこまででもねぇ。でも何回か生でやってるし。」
「ばっかじゃないの?菊子ピル飲んでないよ?子供でも出来たらどうすんのよ。」
「そのときは俺のところにくるいい口実になるよな。いいぜ。俺は菊子を嫁にもらっても。」
「蓮さんが好きだって言ってたのに。そんな風に子供が出来るなんて、幸せになるわけないじゃん。」
「お前みたいにか?」
「……。」
 その言葉にはさすがに黙ってしまった。
「蝶子って、俺らより少し上だったらみんな知ってるよ。その娘だろ?」
「……だったら何なのよ。」
「噂通りなら、お前は誰の子供かわからねぇってことだ。」
 その言葉に梅子は黙ってしまった。そして拳が震える。
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