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可愛くない女
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元々結成して長いバンドだ。少し練習すれば聴けるくらいには演奏レベルはあがる。だが菊子はそれについていくのに必死だった。ピアノは音は一つしかないのに、一曲に対して一つの音を使うわけでも、音のボリュームなんかもすべてスイッチやレバーでコントロールするのだ。
「ここ……でここ……。」
友紀に教えてもらったメモをみながら、音を覚えていく。その様子に友紀は嬉しそうだった。
「元々ピアノがうまいわね。手も大きいし、指も長い。うらやましいわ。」
「そうだな。それに歌もいいんだ。」
「へぇ。それは聴いてみたいわ。」
休憩中で、みんなそれぞれ飲み物を持っていたが、菊子はその順番を覚えるのに必死だった。何せ時間がない。
「それにしてもあの女は何で、そんなにキーボードを嫌がっていたんですか。」
オーダーを取り終えた蓮が戻ってきて、百合にメモを渡す。そして昌樹にそれを聞いた。
「んー。何て言って良いかな。友紀。」
「別にいいんじゃない?勝手に切れて出ていったあっちが悪いんだし。」
「……。」
「あたしと大学同期でさ。翔子。」
「翔子?」
「あぁ。牡丹の本名。西川翔子。」
西川という名字に、蓮は首を傾げた。どこかで聞いた名前だと思ったからだ。
「翔子ってすごい楽器ばっかふいててさ。プロになりたいんだろうなってみんなで噂をしてたの。」
「そんなもんじゃないのか。音大に行くヤツってのは。」
「狭いもんよ。毎年毎年そんなプロがごろごろ出てたまりますか。よくてスタジオミュージシャン。だいたいが学校の先生か、あたしみたいに楽器の先生になったり、そっからリペアの学校へ行く人もいるわ。」
「なかなか難しいモノなんだな。」
「えぇ。で、三年のときコンテストがあったのよ。これで優勝したら、ヨーロッパの方に留学の推薦状をかいて貰えるっていう。そういうところにいった方が、プロになりやすいしね。」
「まぁ。そうだろうな。」
「だいたいの人がピアノ課の人を伴奏にして望むんだけど、あの調子じゃん。翔子の伴奏を引き受ける人っていなかったのよね。」
ところが、一人の男が弾いてくれると言ってくれた。予想もしない人だった。
「学校の中でも王子って言われている人なのよ。ピアノも超上手くてね、男前でね、あぁほら、俳優の誰かに似てるって言ってたかな。」
「ふーん。」
俳優やモデルなんかに興味はない。
百合が飲み物とケーキを用意すると、蓮はそのままそれをテーブル籍に持って行った。
「美味しそう。ねぇ。SNS用に写真撮ってもいいですか?」
「どうぞ。」
「あ、じゃあ、このお皿もって貰えます?」
「俺が?それは勘弁してください。」
蓮はそういうのを嫌がっていた。おそらくライブの映像なんかを無断でネットにアップされたのだ。それを元に影村なんかが、蓮の居場所を探したのだから。
そして皿を下げて、カウンターに戻っていく。すると百合が冷めた目で見ていた。
「ケチね。」
「言うな。元々写真は苦手だ。で、あんた。その王子と牡丹はどうなったんだ。」
友紀は大学の時の思い出を昌樹に話していたようだが、蓮が戻ってきてまた話を再開する。
「校内予選があるのよ。それでやっぱりビジュアル的にも、演奏的にも問題がなかったの。だけど、それに通ってお祝いだって王子が翔子を、飲みに誘ったのよ。進まなかったけどね。」
「……いやな予感がするな。」
「そう。で、気がついたら裸で知らないベッドの上に寝てたってこと。そっから王子との連絡は付かないし、練習できないし、結局コンクール自体を辞退してね。」
「くずだな。そいつ。元々体目当てだったんじゃないのか。」
昌樹はそういってコーヒーを飲んでいた。
「その通りだと思う。その後だってそのときの写真をネタに、脅しにかかっていたって言ってたもん。」
「……ヤクザ並にたちが悪いヤツだ。」
「でもねぇ……。」
目の前のアイスティーを飲みながら、友紀は言った。
「その王子、死んじゃったのよね。」
「え?」
「それは無惨な姿で。知らない?何年か前に変死体が海から見つかったヤツ。」
数年前、男の死体が港から引き上げられた。それは手の爪や足の爪を全部はがされ、両手足を折られ、内蔵はあらゆるところが破裂し、顔も殴られたように膨れ上がり王子と言われていた片鱗はなかった。
なのに死因は頸部を圧迫された窒息死。つまり痛めつけられて、死んだ方がましだと思いながら死んだという。
「……ヤクザのやり方に似ているな。」
「そっからかな。翔子が「牡丹」って名乗るようになったの。今、何をしてるのかしら。」
「さぁ。仕事はしてるって言ってたけど、詳しい話は知らないな。」
そのときステージから菊子が降りてきた。そんな話を聞かせたくなかった蓮は、菊子に声をかける。
「菊子。何か飲むか?」
「え?うん……。すいません、休憩中に。友紀さん、ここなんですけど。」
譜面を友紀に見せて、質問をしている。その姿はいつも通りだった。
「……何にも聞いてないのね。」
「あの集中力だから結果がでるんだろう。」
「となると、これから心配ねぇ。」
百合はそういって蓮をみた。
「何だ。」
「歌いながら料理の道なんて出来るのかしら。自分で器用じゃないって言っているから努力でカバーしてるんでしょうけど、あなたのことをみる暇なんかあるのかしら。」
「見させるさ。」
その言葉に百合は呆れたように、蓮を見ていた。だが不安がないわけじゃない。もう夏が終わる。
夏が終われば学校が始まり、こんなに頻繁に会うことは出来ないかもしれないのだ。それにこれからの進路の問題もある。本当に棗と縁がなくなればいいのだが、どうやら棗がそうさせてくれないらしい。
菊子が進みたい道を考えれば、それも仕方ないかと思える。だがことあるごとにキスをしようとしたり、ベッドに誘ったりする棗だ。
菊子がそれを必死に拒否していればいいのだが、押しに弱いところもある。と言って紐で括っているわけもいかないし、閉じこめておく気もない。
結局は菊子の心次第なのだ。それを信じるしかなかった。
「ここ……でここ……。」
友紀に教えてもらったメモをみながら、音を覚えていく。その様子に友紀は嬉しそうだった。
「元々ピアノがうまいわね。手も大きいし、指も長い。うらやましいわ。」
「そうだな。それに歌もいいんだ。」
「へぇ。それは聴いてみたいわ。」
休憩中で、みんなそれぞれ飲み物を持っていたが、菊子はその順番を覚えるのに必死だった。何せ時間がない。
「それにしてもあの女は何で、そんなにキーボードを嫌がっていたんですか。」
オーダーを取り終えた蓮が戻ってきて、百合にメモを渡す。そして昌樹にそれを聞いた。
「んー。何て言って良いかな。友紀。」
「別にいいんじゃない?勝手に切れて出ていったあっちが悪いんだし。」
「……。」
「あたしと大学同期でさ。翔子。」
「翔子?」
「あぁ。牡丹の本名。西川翔子。」
西川という名字に、蓮は首を傾げた。どこかで聞いた名前だと思ったからだ。
「翔子ってすごい楽器ばっかふいててさ。プロになりたいんだろうなってみんなで噂をしてたの。」
「そんなもんじゃないのか。音大に行くヤツってのは。」
「狭いもんよ。毎年毎年そんなプロがごろごろ出てたまりますか。よくてスタジオミュージシャン。だいたいが学校の先生か、あたしみたいに楽器の先生になったり、そっからリペアの学校へ行く人もいるわ。」
「なかなか難しいモノなんだな。」
「えぇ。で、三年のときコンテストがあったのよ。これで優勝したら、ヨーロッパの方に留学の推薦状をかいて貰えるっていう。そういうところにいった方が、プロになりやすいしね。」
「まぁ。そうだろうな。」
「だいたいの人がピアノ課の人を伴奏にして望むんだけど、あの調子じゃん。翔子の伴奏を引き受ける人っていなかったのよね。」
ところが、一人の男が弾いてくれると言ってくれた。予想もしない人だった。
「学校の中でも王子って言われている人なのよ。ピアノも超上手くてね、男前でね、あぁほら、俳優の誰かに似てるって言ってたかな。」
「ふーん。」
俳優やモデルなんかに興味はない。
百合が飲み物とケーキを用意すると、蓮はそのままそれをテーブル籍に持って行った。
「美味しそう。ねぇ。SNS用に写真撮ってもいいですか?」
「どうぞ。」
「あ、じゃあ、このお皿もって貰えます?」
「俺が?それは勘弁してください。」
蓮はそういうのを嫌がっていた。おそらくライブの映像なんかを無断でネットにアップされたのだ。それを元に影村なんかが、蓮の居場所を探したのだから。
そして皿を下げて、カウンターに戻っていく。すると百合が冷めた目で見ていた。
「ケチね。」
「言うな。元々写真は苦手だ。で、あんた。その王子と牡丹はどうなったんだ。」
友紀は大学の時の思い出を昌樹に話していたようだが、蓮が戻ってきてまた話を再開する。
「校内予選があるのよ。それでやっぱりビジュアル的にも、演奏的にも問題がなかったの。だけど、それに通ってお祝いだって王子が翔子を、飲みに誘ったのよ。進まなかったけどね。」
「……いやな予感がするな。」
「そう。で、気がついたら裸で知らないベッドの上に寝てたってこと。そっから王子との連絡は付かないし、練習できないし、結局コンクール自体を辞退してね。」
「くずだな。そいつ。元々体目当てだったんじゃないのか。」
昌樹はそういってコーヒーを飲んでいた。
「その通りだと思う。その後だってそのときの写真をネタに、脅しにかかっていたって言ってたもん。」
「……ヤクザ並にたちが悪いヤツだ。」
「でもねぇ……。」
目の前のアイスティーを飲みながら、友紀は言った。
「その王子、死んじゃったのよね。」
「え?」
「それは無惨な姿で。知らない?何年か前に変死体が海から見つかったヤツ。」
数年前、男の死体が港から引き上げられた。それは手の爪や足の爪を全部はがされ、両手足を折られ、内蔵はあらゆるところが破裂し、顔も殴られたように膨れ上がり王子と言われていた片鱗はなかった。
なのに死因は頸部を圧迫された窒息死。つまり痛めつけられて、死んだ方がましだと思いながら死んだという。
「……ヤクザのやり方に似ているな。」
「そっからかな。翔子が「牡丹」って名乗るようになったの。今、何をしてるのかしら。」
「さぁ。仕事はしてるって言ってたけど、詳しい話は知らないな。」
そのときステージから菊子が降りてきた。そんな話を聞かせたくなかった蓮は、菊子に声をかける。
「菊子。何か飲むか?」
「え?うん……。すいません、休憩中に。友紀さん、ここなんですけど。」
譜面を友紀に見せて、質問をしている。その姿はいつも通りだった。
「……何にも聞いてないのね。」
「あの集中力だから結果がでるんだろう。」
「となると、これから心配ねぇ。」
百合はそういって蓮をみた。
「何だ。」
「歌いながら料理の道なんて出来るのかしら。自分で器用じゃないって言っているから努力でカバーしてるんでしょうけど、あなたのことをみる暇なんかあるのかしら。」
「見させるさ。」
その言葉に百合は呆れたように、蓮を見ていた。だが不安がないわけじゃない。もう夏が終わる。
夏が終われば学校が始まり、こんなに頻繁に会うことは出来ないかもしれないのだ。それにこれからの進路の問題もある。本当に棗と縁がなくなればいいのだが、どうやら棗がそうさせてくれないらしい。
菊子が進みたい道を考えれば、それも仕方ないかと思える。だがことあるごとにキスをしようとしたり、ベッドに誘ったりする棗だ。
菊子がそれを必死に拒否していればいいのだが、押しに弱いところもある。と言って紐で括っているわけもいかないし、閉じこめておく気もない。
結局は菊子の心次第なのだ。それを信じるしかなかった。
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