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可愛くない女
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バンドのメンバーたちが帰って行き、蓮は少しため息を付いた。あまり気が合わないという人は少なからずいる。だがあれほどまで噛みつかれたことはない。
「本当に気が合わないのね。」
「いい曲がもったいない。アレンジで駄目だ。」
その場にいた客すら首を傾げていたほどだった。今日あるバンドの方がよっぽど聴かせるような気がする。隣町で人気があるバンドらしい。だが肝心の音といえば、蓮も首を傾げるほどだった。だが格好は一人前で、そのきれいな顔やルックスで売っているのだろう。だがどの人を見ても、水樹にはかなわない。
「そう言えば、さっき水樹を見かけたわ。」
「また来てたのか。昨日来たばかりだろう。」
「隣に女性が居たから、同伴じゃないかしら。」
「こんなところまで同伴とは大変だな。」
口ではそう言うが、全く同情はしていない。そういう仕事なのだから仕方がないのだろう。
気になるからではない。今日の同伴の女が、和食が食べたいというからだ。わざわざこんな遠い繁華街へやってきて、割烹の個室にいる。
「一度来てみたかったのよ。」
昨日同伴した女ほどではないが、今日も目の前にいる女も会社ではバリバリのキャリアウーマンだ。水樹のお客さんはこういう人が多い。風俗やAVに出て貢ぐような女はいずれ離れていく。金払いは良いが一時的なものでほかに男が出来たり、ほかのお気に入りが出来たら自分の地位が揺らぐ。
水樹はそんなことはしない。昨日の女は寝ることがあったが、ほかの女は付かず離れずのスタンスをとっていた。
それにこの店には菊子がいる。仕事中はどんな顔をしているのか見てみたいとも思ったのだ。
「失礼します。」
だがやってきたのは菊子ではなかった。ハモのお吸い物を持ってきた女性は、菊子の倍ほど歳をとった女性で心の中でがっかりする。
「水樹君。さっきからそわそわしてるわね。」
「え?」
見抜かれた。これも仕事なのだから集中しないといけなかったのに、どうしてもあらが出てしまう。
「こんな立派なところで食事をすることはないですからね。」
すると女性は椀に口を付けて、水樹に言う。
「この辺は昔、赤線だったのよね。」
「赤線?」
「そう。売春をする女性や男性、それに遊郭なんかもあった。今でもこの町の西口にヘルスやソープが多いのはその影響かもしれないわね。」
「……そうだったんですか。勉強になります。」
この店も希望すれば、床の用意をしてくれるらしい。この部屋にはないが、続き間がある部屋には布団が用意されているところもある。朝までゆっくりとはいかないが、表だってシティホテルなんかに行けない人には重宝されているようだ。そこまでして密会したいその理由がよくわからない。
「美味しいですね。」
お吸い物は優しい味がした。元々食が細い水樹だが、外食となるとさらに食べなくなる。とげとげしい味がするからだ。
しかしこの吸い物は、とても優しい味がした。中に入っているハモも淡泊でおいしい。
「今日はハモ尽くしね。」
「昨日はとても天気が悪かったのに……。」
少し思い出して笑った。それを不思議そうに女がみる。
「どうしたの?」
「知り合いが和食の店を経営しているのですが、昨日の台風で海が時化って居るからろくな魚がないと、グチっていたのを思い出しました。」
「まぁ……なのに、この店はどうしてこんなにハモがあるのかしら。」
「古い店です。つてがあるのでしょうね。」
だがおそらく棗なら、これくらいの魚は手にいれれるかもしれない。顔が広い奴だ。食材のためならどんな細いつてでも太くするのだろう。
そのころ厨房では仲居たちが、できあがった料理を盆に移し替えていた。
「ねぇ。あの紫陽花の間にいるホストみた?」
「みた。超綺麗な顔している。目も青だし、髪も金髪。それで嫌みにならない男前ってなかなかいないよ。こんな田舎によく来たねぇ。」
その言葉に菊子は少し手を止めた。それは水樹の外見のままだったからだ。
「……。」
だが昨日の今日で、来るはずはない。来ていたところで女性と一緒に来ているのだろう。話しかけれるはずもない。
それに今日は自分を指名してくれた客もいる。そちらに集中しなければいけないのだ。吸い物を乗せた二つの椀をお盆に乗せて、菊子は朝顔の間へ向かう。
「失礼いたします。」
ドアを開けて中にはいると、そこには三人の男がいる。一人は村上組の組長。つまり武生の父親だった。いかにもヤクザっぽく、オールバックの髪も、体格のいい体も、まだ血気盛んだった。おそらく七十代ほどになるのだろうが、それを感じさせないくらい肌艶もいい。
そしてその向かいには二人の男。省吾と圭吾。圭吾はいつも通りのスーツ姿だった。そして省吾もいつもちゃらんぽらんな格好ではなく、ちゃんとスーツを着ていた。父親の前ではそれくらいの格好をしなければいけないのだろう。
なにやら厳しい表情をしていたようだが、菊子が入ってくると会話は一時中断した。そして組長は菊子に話しかける。
「菊子さんと言ったか。」
「はい。」
「武生の同級生だとか。」
「はい。同じ同級生のもう一人の女の子と共に、仲良くさせていただいています。」
そのこと場に組長は少し意外そうな顔をした。
「あいつは二股出来るくらい器用なのか。」
「そういう意味ではないのですが。」
すると省吾が少し笑った。
「菊子ちゃんには、いい人がいる。武生なんか最初から見てませんよ。」
「そうか。あいつも育てば、圭吾のようになりそうだが。」
その言葉に圭吾は少し怪訝そうな顔になる。そして酒に口を付けた。
「今は無理でしょう。女と外国へ行きたいと、その気になっていますから。」
「行かせてやればいい。」
その言葉が二人にとって意外だった。父親が一番、武生を組に入れたいと願っていたと思っていたのに。
「出ればわかる。自分がどれだけこの世界ではないと生きていけないか、身にしみてわかるだろう。それに……。」
ちらりと菊子をみる。手際よく空になった皿やとっくりを盆に乗せると、一礼して退席しようとした。すると組長が声をかける。
「菊子さん。お酒の追加を頼む。」
「はい。かしこまりました。」
「それから……。」
ここでの会話も何もかも彼女にとってどうでも良いことだった。だから忘れてしまおうと思っていた。なのに組長がいう。
「菊子さんは武生の女のことは知っているか。」
「あ……はい。お店をなさっているとか。」
「結構。では酒を頼む。」
「かしこまりました。」
そういって部屋を出た。それを怪訝そうに圭吾がみる。
「小泉知加子が何だと?」
「菊子さんや他の者が、ただの雑貨を売っている経営者だと思っているならそれで結構。あの女が潰れれば、武生がその代わりを担えばいい。」
そういって組長はその椀ものに口を付けた。
「本当に気が合わないのね。」
「いい曲がもったいない。アレンジで駄目だ。」
その場にいた客すら首を傾げていたほどだった。今日あるバンドの方がよっぽど聴かせるような気がする。隣町で人気があるバンドらしい。だが肝心の音といえば、蓮も首を傾げるほどだった。だが格好は一人前で、そのきれいな顔やルックスで売っているのだろう。だがどの人を見ても、水樹にはかなわない。
「そう言えば、さっき水樹を見かけたわ。」
「また来てたのか。昨日来たばかりだろう。」
「隣に女性が居たから、同伴じゃないかしら。」
「こんなところまで同伴とは大変だな。」
口ではそう言うが、全く同情はしていない。そういう仕事なのだから仕方がないのだろう。
気になるからではない。今日の同伴の女が、和食が食べたいというからだ。わざわざこんな遠い繁華街へやってきて、割烹の個室にいる。
「一度来てみたかったのよ。」
昨日同伴した女ほどではないが、今日も目の前にいる女も会社ではバリバリのキャリアウーマンだ。水樹のお客さんはこういう人が多い。風俗やAVに出て貢ぐような女はいずれ離れていく。金払いは良いが一時的なものでほかに男が出来たり、ほかのお気に入りが出来たら自分の地位が揺らぐ。
水樹はそんなことはしない。昨日の女は寝ることがあったが、ほかの女は付かず離れずのスタンスをとっていた。
それにこの店には菊子がいる。仕事中はどんな顔をしているのか見てみたいとも思ったのだ。
「失礼します。」
だがやってきたのは菊子ではなかった。ハモのお吸い物を持ってきた女性は、菊子の倍ほど歳をとった女性で心の中でがっかりする。
「水樹君。さっきからそわそわしてるわね。」
「え?」
見抜かれた。これも仕事なのだから集中しないといけなかったのに、どうしてもあらが出てしまう。
「こんな立派なところで食事をすることはないですからね。」
すると女性は椀に口を付けて、水樹に言う。
「この辺は昔、赤線だったのよね。」
「赤線?」
「そう。売春をする女性や男性、それに遊郭なんかもあった。今でもこの町の西口にヘルスやソープが多いのはその影響かもしれないわね。」
「……そうだったんですか。勉強になります。」
この店も希望すれば、床の用意をしてくれるらしい。この部屋にはないが、続き間がある部屋には布団が用意されているところもある。朝までゆっくりとはいかないが、表だってシティホテルなんかに行けない人には重宝されているようだ。そこまでして密会したいその理由がよくわからない。
「美味しいですね。」
お吸い物は優しい味がした。元々食が細い水樹だが、外食となるとさらに食べなくなる。とげとげしい味がするからだ。
しかしこの吸い物は、とても優しい味がした。中に入っているハモも淡泊でおいしい。
「今日はハモ尽くしね。」
「昨日はとても天気が悪かったのに……。」
少し思い出して笑った。それを不思議そうに女がみる。
「どうしたの?」
「知り合いが和食の店を経営しているのですが、昨日の台風で海が時化って居るからろくな魚がないと、グチっていたのを思い出しました。」
「まぁ……なのに、この店はどうしてこんなにハモがあるのかしら。」
「古い店です。つてがあるのでしょうね。」
だがおそらく棗なら、これくらいの魚は手にいれれるかもしれない。顔が広い奴だ。食材のためならどんな細いつてでも太くするのだろう。
そのころ厨房では仲居たちが、できあがった料理を盆に移し替えていた。
「ねぇ。あの紫陽花の間にいるホストみた?」
「みた。超綺麗な顔している。目も青だし、髪も金髪。それで嫌みにならない男前ってなかなかいないよ。こんな田舎によく来たねぇ。」
その言葉に菊子は少し手を止めた。それは水樹の外見のままだったからだ。
「……。」
だが昨日の今日で、来るはずはない。来ていたところで女性と一緒に来ているのだろう。話しかけれるはずもない。
それに今日は自分を指名してくれた客もいる。そちらに集中しなければいけないのだ。吸い物を乗せた二つの椀をお盆に乗せて、菊子は朝顔の間へ向かう。
「失礼いたします。」
ドアを開けて中にはいると、そこには三人の男がいる。一人は村上組の組長。つまり武生の父親だった。いかにもヤクザっぽく、オールバックの髪も、体格のいい体も、まだ血気盛んだった。おそらく七十代ほどになるのだろうが、それを感じさせないくらい肌艶もいい。
そしてその向かいには二人の男。省吾と圭吾。圭吾はいつも通りのスーツ姿だった。そして省吾もいつもちゃらんぽらんな格好ではなく、ちゃんとスーツを着ていた。父親の前ではそれくらいの格好をしなければいけないのだろう。
なにやら厳しい表情をしていたようだが、菊子が入ってくると会話は一時中断した。そして組長は菊子に話しかける。
「菊子さんと言ったか。」
「はい。」
「武生の同級生だとか。」
「はい。同じ同級生のもう一人の女の子と共に、仲良くさせていただいています。」
そのこと場に組長は少し意外そうな顔をした。
「あいつは二股出来るくらい器用なのか。」
「そういう意味ではないのですが。」
すると省吾が少し笑った。
「菊子ちゃんには、いい人がいる。武生なんか最初から見てませんよ。」
「そうか。あいつも育てば、圭吾のようになりそうだが。」
その言葉に圭吾は少し怪訝そうな顔になる。そして酒に口を付けた。
「今は無理でしょう。女と外国へ行きたいと、その気になっていますから。」
「行かせてやればいい。」
その言葉が二人にとって意外だった。父親が一番、武生を組に入れたいと願っていたと思っていたのに。
「出ればわかる。自分がどれだけこの世界ではないと生きていけないか、身にしみてわかるだろう。それに……。」
ちらりと菊子をみる。手際よく空になった皿やとっくりを盆に乗せると、一礼して退席しようとした。すると組長が声をかける。
「菊子さん。お酒の追加を頼む。」
「はい。かしこまりました。」
「それから……。」
ここでの会話も何もかも彼女にとってどうでも良いことだった。だから忘れてしまおうと思っていた。なのに組長がいう。
「菊子さんは武生の女のことは知っているか。」
「あ……はい。お店をなさっているとか。」
「結構。では酒を頼む。」
「かしこまりました。」
そういって部屋を出た。それを怪訝そうに圭吾がみる。
「小泉知加子が何だと?」
「菊子さんや他の者が、ただの雑貨を売っている経営者だと思っているならそれで結構。あの女が潰れれば、武生がその代わりを担えばいい。」
そういって組長はその椀ものに口を付けた。
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