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白と黒
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バスルームで服を脱いで驚いた。鏡に映った自分の体に無数に付いた赤い跡があったからだ。下着越しでもこれならわかるはずで、明日香が言っていた意味もようやくわかる。
全裸になると更に跡がついている。こんなによく付けたものだ。そう思いながら、菊子はシャワーの蛇口をひねった。生温かいシャワーは、仕事の汗も全て流してしまえそうだと思う。
シャワーを浴びて下着を身につけると、ジャージのズボンとシャツに着替えた。そして部屋に戻ると、まだ棗がベッドに腰掛けていて携帯電話をいじっている。
「まだいたんですか。」
「いちゃ悪いのかよ。」
「えぇ、そうですね。眠れないから。」
「正直なヤツ。でもそういうところが好きだな。」
軽い好きだな。菊子はそう思いながら、備え付けのドライヤーで髪を乾かし始めた。髪がまとまらないと悪いからと、椿油を付けていたのもすっかり無くなり、手触りの良い髪が戻ってきている。癖のない髪は、元々父親譲りだろう。母親は少し癖があったからだ。
「何ですか?」
ドライヤーを止めて、いすに座ったまま髪に触れてきた棗を見上げる。そしてその髪を自分の方に持ち上げると、口元に持ってきた。
「良い匂いだな。」
「同じシャンプーですよ。」
さっき棗もシャワーを借りると言って浴びてきたばかりだ。それなのに良い匂いだというのは、きっとリップサービスなのだろう。
さっきまで着ていたシャツとは違って、袖が少し短いシャツだ。髪を乾かすように腕を上げていれば蓮の名残がきっと見えていたはずなのに、棗はそんなことを気にする様子はない。
「菊子。」
髪に触れたその手を、肩に置く。そして見上げる菊子の顔に、棗は自分の顔を近づけた。
「何をするんですか。」
思わず片手で棗の体を押しのけた。すると棗は少し驚いたように菊子をみる。
「嫌か?」
「嫌に決まってるじゃないですか。もし一緒に働こうって言う気があるんだったら、こんなことをしないでしょう?同じ職場でごたごたがあったら嫌だって、自分で言ってたじゃないですか。」
すると棗は頭をかいて、菊子を見下ろした。
「その通りだよ。でも付き合ってるんじゃなくってさ……。」
「……。」
「奥さんだったら別にいいだろう?別れることもないし、一緒の職場でもかまわない。」
「おっ……。」
思わず声を詰まらせた。予想もしない言葉だったからだ。
「卒業したら、俺の所に来いよ。お前は料理のセンスも良いし、接客も悪くない。あとは体の相性だろう?」
「嫌です。」
「でもお前、一人しか知らないんだろう?もったいないと思わないのか?もっといい男がいるかもしれないのに。」
「蓮だけで良いです。」
「強情だな。そんなにいい男か?あんな自分勝手で、音楽しか見てないヤツ。きっとお前の声に惚れたから、付き合ってるんだと思うぜ。」
「そんなことないです。そう言ってくれました。」
「美咲だって同じ事を言われてたからな。美咲が教えてくれる音が一番心地良いって。」
「……。」
「美咲だって有頂天になってた。バイセクシャルでさ、綾と付き合ってても子供は出来ないからって蓮に近づいて好きになった。蓮も本気で好きだったみたいだ。でも蓮の一番は音楽だ。俺の一番が料理なようにな。」
「……。」
「俺はお前とならやれる。店に来いよ。」
「……私は……。」
正直揺れていた。どうしても恵美の言葉が頭を回っていたからだ。
「私は……。」
どうしたらいいのかわからない。戸惑って菊子は下を向いてしまった。すると棗の手が菊子の頬に触れる。温かくて、煙草の臭いも香水の匂いもしない手だった。
「俺を選べよ。出来なきゃ、両方でも良い。どっちにしても今はお前が欲しい。」
「駄目です。蓮を裏切れない。」
「裏切りじゃないだろう?正直な気持ちだ。菊子。こっちを向け。」
おそるおそる上を向く。すると棗の端整な顔立ちがこちらを見つめていた。目が合う。そしてその目が自分に降りてきた。
「駄目です。」
手を伸ばして、棗を拒否する。すると棗は頬から手を離して、その手を掴んだ。手を引き寄せると自然と腰が浮き立ち上がる。思ったよりも距離が近い。そして棗はその体に手を伸ばす。
「菊子……。」
夢にまで見た菊子の体だ。柔らかくて、細くて、折れてしまいそうだった。何人もの女が近寄ってきては、恋人になってこういうことをしたことがある。だがこんなにときめいたりしない。心臓がどくどくと脈を打っているのが自分でもわかった。
良い歳をして何をこんなにどきどきしているんだろう。本当ならなれてない菊子をリードしてやらないといけないのに、そんな余裕はなさそうだ。
体を少し離すと、棗はその頬にまた触れる。目がおびえているような気がした。それがまたかき立てられそうな感覚になりそうだ。
吐息がかかり、唇に温かな感触が伝わってきた。少ししっとりとした唇が重なる。すると抵抗しようとしていたその肩に置かれた手の力が抜けて、力なく降りていった。
唇を離されるとまた体を抱きしめられる。自分もそして菊子も心臓が高鳴っているのがわかった。棗の顔が赤く染まる。それは胸に抱いている菊子もそうだと思う。しかしその体に手が回ることはない。
「菊子……。しちゃったな……。」
「……。」
「好き。菊子。ずっとこうしたかったんだ。」
すると菊子はその腕の中で首を横に振る。
「あなたじゃないんです。私は……。」
「今は俺だけを見ろ。手を回せ。俺を感じて良いから。」
腕を体に回すと、蓮とは違った細い体が伝わってきた。匂いもしない。体の感触も違う。きっと好きなのではない。なのに腕をふりほどけない。
「菊子。こっちを見て。」
震える体を押さえながら、棗の方を視線だけでみる。すると棗もこちらを見ている。
吸い寄せられるようにまた唇を重ねる。頭を支えられて、唇を割ってきた。ちゅっと言う音がして、少し離す。そしてまた重ねる。口を開けていつの間にか舌を絡ませていた。蓮よりも手慣れていて、思わず声が出そうになる。
唇を離すと、菊子はその棗の肩に額を寄せた。
「どうした。」
「……怖くて……。」
「何が怖いんだ。蓮か?こんな事をしたら蓮が俺を責めるだろうなって思ってるのか?」
「……違います。」
「だったら何だ。」
「……蓮が好きなんです。それは全く嘘じゃない。大好きなんです。あなたとこういうことをしたら、何をされても何も感じないんだと思ってました。でも……実際は違う。」
「どう思った?」
「嫌な気分がなかったんです。だから……私が蓮を裏切っているようで怖い……。」
その言葉に棗は菊子を抱きしめた。
「悪かったな。俺の気持ちだけを優先して。」
「……。」
「菊子。でも俺はお前が好きだ。この状況なら今すぐにでも押し倒したい。」
「……。」
「このまま、もう一度だけキスしたい。」
少し菊子を離すと、棗は菊子をのぞき込んだ。菊子もわずかに顔を上げる。唇が触れて、すぐに舌が絡んできた。菊子はその首に手を回してそれに答えた。
その様子に棗も片手で菊子の首を支えなおし、自由になった片手でシャツ越しに胸に触れた。
全裸になると更に跡がついている。こんなによく付けたものだ。そう思いながら、菊子はシャワーの蛇口をひねった。生温かいシャワーは、仕事の汗も全て流してしまえそうだと思う。
シャワーを浴びて下着を身につけると、ジャージのズボンとシャツに着替えた。そして部屋に戻ると、まだ棗がベッドに腰掛けていて携帯電話をいじっている。
「まだいたんですか。」
「いちゃ悪いのかよ。」
「えぇ、そうですね。眠れないから。」
「正直なヤツ。でもそういうところが好きだな。」
軽い好きだな。菊子はそう思いながら、備え付けのドライヤーで髪を乾かし始めた。髪がまとまらないと悪いからと、椿油を付けていたのもすっかり無くなり、手触りの良い髪が戻ってきている。癖のない髪は、元々父親譲りだろう。母親は少し癖があったからだ。
「何ですか?」
ドライヤーを止めて、いすに座ったまま髪に触れてきた棗を見上げる。そしてその髪を自分の方に持ち上げると、口元に持ってきた。
「良い匂いだな。」
「同じシャンプーですよ。」
さっき棗もシャワーを借りると言って浴びてきたばかりだ。それなのに良い匂いだというのは、きっとリップサービスなのだろう。
さっきまで着ていたシャツとは違って、袖が少し短いシャツだ。髪を乾かすように腕を上げていれば蓮の名残がきっと見えていたはずなのに、棗はそんなことを気にする様子はない。
「菊子。」
髪に触れたその手を、肩に置く。そして見上げる菊子の顔に、棗は自分の顔を近づけた。
「何をするんですか。」
思わず片手で棗の体を押しのけた。すると棗は少し驚いたように菊子をみる。
「嫌か?」
「嫌に決まってるじゃないですか。もし一緒に働こうって言う気があるんだったら、こんなことをしないでしょう?同じ職場でごたごたがあったら嫌だって、自分で言ってたじゃないですか。」
すると棗は頭をかいて、菊子を見下ろした。
「その通りだよ。でも付き合ってるんじゃなくってさ……。」
「……。」
「奥さんだったら別にいいだろう?別れることもないし、一緒の職場でもかまわない。」
「おっ……。」
思わず声を詰まらせた。予想もしない言葉だったからだ。
「卒業したら、俺の所に来いよ。お前は料理のセンスも良いし、接客も悪くない。あとは体の相性だろう?」
「嫌です。」
「でもお前、一人しか知らないんだろう?もったいないと思わないのか?もっといい男がいるかもしれないのに。」
「蓮だけで良いです。」
「強情だな。そんなにいい男か?あんな自分勝手で、音楽しか見てないヤツ。きっとお前の声に惚れたから、付き合ってるんだと思うぜ。」
「そんなことないです。そう言ってくれました。」
「美咲だって同じ事を言われてたからな。美咲が教えてくれる音が一番心地良いって。」
「……。」
「美咲だって有頂天になってた。バイセクシャルでさ、綾と付き合ってても子供は出来ないからって蓮に近づいて好きになった。蓮も本気で好きだったみたいだ。でも蓮の一番は音楽だ。俺の一番が料理なようにな。」
「……。」
「俺はお前とならやれる。店に来いよ。」
「……私は……。」
正直揺れていた。どうしても恵美の言葉が頭を回っていたからだ。
「私は……。」
どうしたらいいのかわからない。戸惑って菊子は下を向いてしまった。すると棗の手が菊子の頬に触れる。温かくて、煙草の臭いも香水の匂いもしない手だった。
「俺を選べよ。出来なきゃ、両方でも良い。どっちにしても今はお前が欲しい。」
「駄目です。蓮を裏切れない。」
「裏切りじゃないだろう?正直な気持ちだ。菊子。こっちを向け。」
おそるおそる上を向く。すると棗の端整な顔立ちがこちらを見つめていた。目が合う。そしてその目が自分に降りてきた。
「駄目です。」
手を伸ばして、棗を拒否する。すると棗は頬から手を離して、その手を掴んだ。手を引き寄せると自然と腰が浮き立ち上がる。思ったよりも距離が近い。そして棗はその体に手を伸ばす。
「菊子……。」
夢にまで見た菊子の体だ。柔らかくて、細くて、折れてしまいそうだった。何人もの女が近寄ってきては、恋人になってこういうことをしたことがある。だがこんなにときめいたりしない。心臓がどくどくと脈を打っているのが自分でもわかった。
良い歳をして何をこんなにどきどきしているんだろう。本当ならなれてない菊子をリードしてやらないといけないのに、そんな余裕はなさそうだ。
体を少し離すと、棗はその頬にまた触れる。目がおびえているような気がした。それがまたかき立てられそうな感覚になりそうだ。
吐息がかかり、唇に温かな感触が伝わってきた。少ししっとりとした唇が重なる。すると抵抗しようとしていたその肩に置かれた手の力が抜けて、力なく降りていった。
唇を離されるとまた体を抱きしめられる。自分もそして菊子も心臓が高鳴っているのがわかった。棗の顔が赤く染まる。それは胸に抱いている菊子もそうだと思う。しかしその体に手が回ることはない。
「菊子……。しちゃったな……。」
「……。」
「好き。菊子。ずっとこうしたかったんだ。」
すると菊子はその腕の中で首を横に振る。
「あなたじゃないんです。私は……。」
「今は俺だけを見ろ。手を回せ。俺を感じて良いから。」
腕を体に回すと、蓮とは違った細い体が伝わってきた。匂いもしない。体の感触も違う。きっと好きなのではない。なのに腕をふりほどけない。
「菊子。こっちを見て。」
震える体を押さえながら、棗の方を視線だけでみる。すると棗もこちらを見ている。
吸い寄せられるようにまた唇を重ねる。頭を支えられて、唇を割ってきた。ちゅっと言う音がして、少し離す。そしてまた重ねる。口を開けていつの間にか舌を絡ませていた。蓮よりも手慣れていて、思わず声が出そうになる。
唇を離すと、菊子はその棗の肩に額を寄せた。
「どうした。」
「……怖くて……。」
「何が怖いんだ。蓮か?こんな事をしたら蓮が俺を責めるだろうなって思ってるのか?」
「……違います。」
「だったら何だ。」
「……蓮が好きなんです。それは全く嘘じゃない。大好きなんです。あなたとこういうことをしたら、何をされても何も感じないんだと思ってました。でも……実際は違う。」
「どう思った?」
「嫌な気分がなかったんです。だから……私が蓮を裏切っているようで怖い……。」
その言葉に棗は菊子を抱きしめた。
「悪かったな。俺の気持ちだけを優先して。」
「……。」
「菊子。でも俺はお前が好きだ。この状況なら今すぐにでも押し倒したい。」
「……。」
「このまま、もう一度だけキスしたい。」
少し菊子を離すと、棗は菊子をのぞき込んだ。菊子もわずかに顔を上げる。唇が触れて、すぐに舌が絡んできた。菊子はその首に手を回してそれに答えた。
その様子に棗も片手で菊子の首を支えなおし、自由になった片手でシャツ越しに胸に触れた。
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