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祭
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やがて花火が始まり、人だかりが出来る。その中に菊子と梅子や他の友達もいた。
「綺麗ねぇ。」
本来ならおそらく花火は二日目の明日するのだろうが、明日は有名なバンドが来てライブをするらしい。そのバンドは知らないが、蓮は知っていた。
「見に行った方がいい。そういうのを見るのも勉強になると思うし、俺も見たい。」
明日はおそらく二人で見るのだろう。そのあとただでは済まないだろうし、今日もただで帰そうとは思っていないだろう。
正直蓮とセックスをすると、頭がどうにかなりそうになる。自分の感覚が自分でなくなるようなそんな感じがするから。梅子もそんな気ぶんだったのだろうか。ちらりと梅子を見ると、彼女はぼんやりと花火とはよその方向を見ていた。
「梅子?」
梅子が見ていたのは、親子連れだった。何歳かわからないが、小さな子供と手をつなぎ、花火を見ている。子供の手には水ヨーヨーが握られていて、笑顔で父親を見ていた。
その父親を見て菊子は、ふっと笑った。
「吾川先生ね。」
「うん……。」
「学校では厳しい先生だけど、あぁしてみると普通のお父さんね。」
「そうね。」
歯切れが悪い。梅子は何を考えているのだろう。そういえば学校の先生から、レイプされかけたといっていた。それを助けたのが吾川先生だという。
おそらく前からセックスをしていて、それがイヤになったから吾川先生に相談したのだろうか。だとしたらずいぶん自分勝手だ。
「そういえば、先生、子供が産まれたっていってた。」
「うん。知ってる。」
菊子には言えない。一度別れたのに、またくっついて割り切って、それでも好きで、求め合ってることなどまっとうな恋愛をしている菊子には言えない。
そして武生にはもっと言えない。
「……可愛い子供ね。先生に似てる。」
いつもの笑顔を取り戻して、梅子はまた花火に目を上げた。そのとき梅子の携帯電話にメッセージが届く。
遠くで花火の音がする。店からでも花火の音が聞こえるらしい。そしてそれはやがて消える。知加子は明日の準備を終わらせると、キッチンへ向かった。
「武生君。どう?」
「手が棒になりそうですよ。」
「頑張ってるじゃん。いい感じ。」
お菓子づくりなんかしたことないが、こんなに大変な作業だったのだ。武生はそう思いながら、忌々しそうにボウルの中のパウンドケーキの種を見ていた。
「本当は寝かせるといいんだけど、時間ないし、このまま焼こう。」
パウンドケーキの型をいくつか取りだした。そしてキッチンペーパーを敷き詰めて、半分くらいその種を入れる。上には刻んだナッツを振りかけた。
天板に置いたパウンドケーキを並べて、あらかじめ温めておいたオーブンに入れる。それを数回繰り返すのだ。
「あとは大丈夫。焼くだけだから。」
大丈夫というのは一人で大丈夫ということだろう。だから帰れといっているのだろうか。
「家につれて帰ってくれないんですか?」
その言葉に知加子は、ため息をつく。
「帰った方がいいよ。それに祭りっていっても遅いから、警察に補導されるよ?」
「……怖くないです。」
「怖くなくても、雇用者のいうことくらいは聞いて。何なら送ってあげようか?」
「……。」
「武生君。」
「……知加子さん。俺……。」
「……ダメよ。」
二の腕に触れようとしたその腕を、知加子は拒否するように遠ざけた。
「さっきも言ったじゃない。あなたにそういうことをされると、意識してしまうの。これは私の気持ち。あなたには普通の行為かもしれないけれど、私には経験がないから。」
「普通じゃないですよ。俺、知加子さんだからしたいと思ってるんです。」
「だったら尚更ダメよ。忘れた方がいいわ。」
武生を拒否するように、オーブンの前から離れて使ったボウルや鍋を洗うために背中を向けた。そのとき彼女の腰の当たりに腕が伸びてきた。そして首の当たりに柔らかいモノが押しつけられる。
「だめって!いい加減にしてよ!」
その腕を振り払い、知加子は武生を見上げる。
「武生君。私はそういうことを望んでいないの。仕事だけ見たいの。ずっとそうしてきたんだから……一人で生きていくって決めたんだから……。」
我慢していたのかもしれない。思わず知加子の頬に涙が流れる。
「……知加子さん。」
「店長よ。まだ仕事中だもの……。」
「その隣に俺がいたらいけないんですか?」
「……ダメ。」
「知加子さん。俺が側にいたい。」
「そんなことを……あなたはずっと言ってきたのでしょう?騙されないわ。」
「騙すつもりはありません。本音です。」
「だったら尚更ダメよ。あたしが望んでないから。」
「だったら何で泣いてるんですか。」
頬に手が伸びる。その涙を拭うように、指でなぞった。
「無理しているから。」
「……。」
その手が頬を包み込む。少し骨っぽい男性特有の手だ。だがしなやかで、若さがある。
「知加子さん。」
すると武生は少しかがみ、知加子に近づく。
「ダメだって……。」
「止められないです。知加子さん。俺……好きです。」
「……ダメ。」
吐息がかかる。そして柔らかな唇が触れてきた。軽くふわっとしたキスをすると、知加子は少しうつむいた。
それをまた自分の方に向けると、武生は唇をまた重ねる。知加子も口では拒否していたのに、また唇を重ねた。
水の音をさせて、舌を絡ませる。誰よりも慣れてなくて、ぎこちないように思えた。だがそれが愛しい。首に回された手が、温かくて唇を離す度に吐息が漏れると同時に、武生の名前を呼ぶ。
長いキスを終えると、武生は知加子を抱きしめた。
「知加子さん。俺を連れて帰ってください。」
「反則ね。」
「……え?」
「こんなことされたら拒否できない。」
すると武生は初めて心から笑顔になり、その体を抱きしめる力を強めた。
「綺麗ねぇ。」
本来ならおそらく花火は二日目の明日するのだろうが、明日は有名なバンドが来てライブをするらしい。そのバンドは知らないが、蓮は知っていた。
「見に行った方がいい。そういうのを見るのも勉強になると思うし、俺も見たい。」
明日はおそらく二人で見るのだろう。そのあとただでは済まないだろうし、今日もただで帰そうとは思っていないだろう。
正直蓮とセックスをすると、頭がどうにかなりそうになる。自分の感覚が自分でなくなるようなそんな感じがするから。梅子もそんな気ぶんだったのだろうか。ちらりと梅子を見ると、彼女はぼんやりと花火とはよその方向を見ていた。
「梅子?」
梅子が見ていたのは、親子連れだった。何歳かわからないが、小さな子供と手をつなぎ、花火を見ている。子供の手には水ヨーヨーが握られていて、笑顔で父親を見ていた。
その父親を見て菊子は、ふっと笑った。
「吾川先生ね。」
「うん……。」
「学校では厳しい先生だけど、あぁしてみると普通のお父さんね。」
「そうね。」
歯切れが悪い。梅子は何を考えているのだろう。そういえば学校の先生から、レイプされかけたといっていた。それを助けたのが吾川先生だという。
おそらく前からセックスをしていて、それがイヤになったから吾川先生に相談したのだろうか。だとしたらずいぶん自分勝手だ。
「そういえば、先生、子供が産まれたっていってた。」
「うん。知ってる。」
菊子には言えない。一度別れたのに、またくっついて割り切って、それでも好きで、求め合ってることなどまっとうな恋愛をしている菊子には言えない。
そして武生にはもっと言えない。
「……可愛い子供ね。先生に似てる。」
いつもの笑顔を取り戻して、梅子はまた花火に目を上げた。そのとき梅子の携帯電話にメッセージが届く。
遠くで花火の音がする。店からでも花火の音が聞こえるらしい。そしてそれはやがて消える。知加子は明日の準備を終わらせると、キッチンへ向かった。
「武生君。どう?」
「手が棒になりそうですよ。」
「頑張ってるじゃん。いい感じ。」
お菓子づくりなんかしたことないが、こんなに大変な作業だったのだ。武生はそう思いながら、忌々しそうにボウルの中のパウンドケーキの種を見ていた。
「本当は寝かせるといいんだけど、時間ないし、このまま焼こう。」
パウンドケーキの型をいくつか取りだした。そしてキッチンペーパーを敷き詰めて、半分くらいその種を入れる。上には刻んだナッツを振りかけた。
天板に置いたパウンドケーキを並べて、あらかじめ温めておいたオーブンに入れる。それを数回繰り返すのだ。
「あとは大丈夫。焼くだけだから。」
大丈夫というのは一人で大丈夫ということだろう。だから帰れといっているのだろうか。
「家につれて帰ってくれないんですか?」
その言葉に知加子は、ため息をつく。
「帰った方がいいよ。それに祭りっていっても遅いから、警察に補導されるよ?」
「……怖くないです。」
「怖くなくても、雇用者のいうことくらいは聞いて。何なら送ってあげようか?」
「……。」
「武生君。」
「……知加子さん。俺……。」
「……ダメよ。」
二の腕に触れようとしたその腕を、知加子は拒否するように遠ざけた。
「さっきも言ったじゃない。あなたにそういうことをされると、意識してしまうの。これは私の気持ち。あなたには普通の行為かもしれないけれど、私には経験がないから。」
「普通じゃないですよ。俺、知加子さんだからしたいと思ってるんです。」
「だったら尚更ダメよ。忘れた方がいいわ。」
武生を拒否するように、オーブンの前から離れて使ったボウルや鍋を洗うために背中を向けた。そのとき彼女の腰の当たりに腕が伸びてきた。そして首の当たりに柔らかいモノが押しつけられる。
「だめって!いい加減にしてよ!」
その腕を振り払い、知加子は武生を見上げる。
「武生君。私はそういうことを望んでいないの。仕事だけ見たいの。ずっとそうしてきたんだから……一人で生きていくって決めたんだから……。」
我慢していたのかもしれない。思わず知加子の頬に涙が流れる。
「……知加子さん。」
「店長よ。まだ仕事中だもの……。」
「その隣に俺がいたらいけないんですか?」
「……ダメ。」
「知加子さん。俺が側にいたい。」
「そんなことを……あなたはずっと言ってきたのでしょう?騙されないわ。」
「騙すつもりはありません。本音です。」
「だったら尚更ダメよ。あたしが望んでないから。」
「だったら何で泣いてるんですか。」
頬に手が伸びる。その涙を拭うように、指でなぞった。
「無理しているから。」
「……。」
その手が頬を包み込む。少し骨っぽい男性特有の手だ。だがしなやかで、若さがある。
「知加子さん。」
すると武生は少しかがみ、知加子に近づく。
「ダメだって……。」
「止められないです。知加子さん。俺……好きです。」
「……ダメ。」
吐息がかかる。そして柔らかな唇が触れてきた。軽くふわっとしたキスをすると、知加子は少しうつむいた。
それをまた自分の方に向けると、武生は唇をまた重ねる。知加子も口では拒否していたのに、また唇を重ねた。
水の音をさせて、舌を絡ませる。誰よりも慣れてなくて、ぎこちないように思えた。だがそれが愛しい。首に回された手が、温かくて唇を離す度に吐息が漏れると同時に、武生の名前を呼ぶ。
長いキスを終えると、武生は知加子を抱きしめた。
「知加子さん。俺を連れて帰ってください。」
「反則ね。」
「……え?」
「こんなことされたら拒否できない。」
すると武生は初めて心から笑顔になり、その体を抱きしめる力を強めた。
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