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進展
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冷凍のご飯を電子レンジで温めて、ある材料で焼きめしを作ってくれた。手作りのモノを食べるのは久し振りだと思う。それに制服姿の菊子が、その食べた皿を洗ってくれている。女がこの部屋に来ると思っていなかったし、さらに食事を作ってくれるとは思ってなかった。
やがて水の音が止まり、菊子は部屋の片隅にあるCDやレコードの棚を見ていた。女性ボーカルのモノを見ていたのはきっと自分が歌えるから。だが今は男性のモノも見ている。
「コレ、あの店で視聴しました。」
「どうだった?」
「聴くのは良いけれど、歌うとなると難しいだろうなと思いました。」
「そうだな。演奏も難しい。ちょっとこのバンドのカバーは間に合いそうにない。」
「間に合う?」
菊子は手を止めて蓮の方を向く。すると彼は彼女を手招きして革の財布から一枚の紙を取り出した。
「コレに出たいと思ってな。」
それを広げると、そこには八月の中旬にある夏祭りのポスターだった。大きな祭りで、この町の中心にある広間で行われるのだ。屋台も、ステージも、花火も、盆踊りも、全てこの二日間でやってしまう。
「夜のステージにはプロのバンドが来るが、昼間はアマチュアばかりだ。お前の学校の軽音楽部や吹奏楽も出るみたいだな。」
「あぁ、知ってます。」
「浩治が聞いてくれた。まだバンドの枠があるかって。そしたらどっかのバンドが辞退して、一つ余っているって言うらしい。」
「昼間ですか?」
「あぁ。何時になるかはわからないが、出ないか?」
その日は店も閉めてしまうし、女将さんに「聴いてみてください」と啖呵を切っていた蓮にとっては都合がいいのかもしれない。
「……でも本当に……。」
ライブハウスでする演奏は、聴きたい人が集まるから聴いてくれるのだ。しかし祭りとなると違う。足を止めて貰わなければ聴いてもらえないのだ。
「……自信を持て。あの練習だけで、人の耳を傾けることが出来るんだ。出よう。」
自然とベッドに腰掛けていた蓮の隣に菊子が座る。その行動に、少しドキリとした。音楽の話をしていたのに、どうして女として意識をしてしまうのだろう。
チラシを手にして、そのステージを思い出しているのだろう。じっと黙り、何か思っているようだった。
「新曲でするつもりですか?」
「既存の曲でな。でも場合によっては、新曲を入れ込んでも良い。おまえの声にあったバンドの曲を使いたいし、無ければ作ることも出来る。」
「曲を作るんですか?すごいですね。」
「浩治が作るんだ。あいつはあぁいうところが上手い。」
菊子は少し笑い、ベッドから立ち上がるとまたCDの棚へ向かう。
「どの曲をする予定ですか?」
「聴きたいか?」
彼はそういって彼女の後ろに立つと、その肩越しにCDを手にする。その行動にドキリとした。逞しい腕が急に伸びてきたから。振り向けなかった。おそらくすごく近い位置に彼が居たのだろうから。
すると彼はすっと彼女のそばから離れて、コンポにCDをセットした。スピーカーから激しいロックの音がする。
「この曲だな。」
彼はスピーカーの前に座り込む。良い曲だと思う。歌詞の内容もパンクにありがちな反社会的なものでもないし、それにラブゾングに聞こえた。男のしゃがれた声も、きっと菊子ならきれいに歌えるはずだ。
「……何てタイトルですか?」
菊子は蓮に近づくと、その手に持っているCDケースをのぞき込む。その距離が近くて、良い匂いがした。
「どこの国の……。」
見上げると、彼が彼女を見下ろしていた。とても近いのにその目が熱っぽいと思う。
「……。」
こんなこともきっと慣れている女だ。だからのこのこ付いてきたし、誘うような行動をしている。
歌詞カードを見て、彼女は首を傾げる。
「言葉がわからないですね。英語なら何とかなるかと思ったんですけど。」
「……菊子。」
名前を呼ばれて彼女は歌詞カードから目線を上げる。すると彼はその頬に手を伸ばした。
「……何……何ですか?」
驚いたようにその手に手を重ね、その手を離した。
彼女の表情が少し怯えてきた。慣れているのだったら、その覚悟は出来ているだろうに、どうして今更だめだと表情で現れるのだろう。
「駄目か?」
「何がですか?蓮さん。なんか……様子がおかしいです。」
「おかしいだろうよ。男の部屋にのこのこやってくる女がいるんだから。飯を食うだけでただですむと思ってたのか?」
その意味がやっとわかり、彼女は首を横に振る。
「駄目です。蓮さん。あの……私……そんなつもりで来たんじゃなくて……。」
「かまととぶるな。恋人は居たことはなくても経験がないわけじゃないんだろう?」
「居たことも、こんなこともしたことありません。」
「嘘を言うな。」
「本当です。私……駄目なんです。そういうのが……。」
必死で拒否している。だが信じれない。あのとき男と一緒にホテル街に消えた。それは事実なのだから。
「……だったら、答えろ。どうしてあの日、ホテル街に消えたんだ?」
「ホテル街?」
「この街の西側には風俗街があるが、その奥にはホテルが何軒かあるだろう?そこへ誰と行ったんだ。」
彼女はその言葉にふっと数日前のことを思い出した。
「武生のことですか?」
「武生というのか?あの男は。」
呼び捨てで呼べる関係だ。自分はまだ「さん」付けなのに。やはりそういう相手なのだろう。
「幼なじみです。」
「は?」
その言葉に彼は驚いたように彼女を見下ろした。
「幼なじみが二人居て、その一人です。」
「そいつとホテルへ行ったのか?」
「違います。幼なじみの一人がずっと学校へ来てなかったから、様子を見に行ったんです。幼なじみはこの街の西側に住んでますから、あまり一人では行きたくなくて付いてきて貰いました。」
一気に言葉にする。まずい。緊張して喉が渇いてきた。彼女はそう思いながら、台所をちらりとみる。もう少しお茶をもらえないだろうか。
「……そうだったのか。」
早とちりだったのか。蓮はほっとしたように、ため息を付く。
「蓮さん。お茶をもらえませんか。」
「あぁ。」
彼女は立ち上がると、台所へ向かいコップにお茶を注ぐ。そしてそれをゆっくりと口に入れた。
それでも心臓が高鳴るのを押さえきれない。どうしてこんなに反応してしまうのだろうか。彼の方を向けなくて、シンクの方を向いていた。
「菊子。悪かったな。」
「……誤解させるようなこともしました。そうですね……。確かに男性の部屋に一人で来るのは無防備だったかもしれません。」
そうやって女性をあげていたのだろう。そして彼もそれを期待していたのだ。でもそれに答えることは出来ない。
「蓮さん。ごめんなさい。期待に応えられなくて。」
「そんなことを期待してここに呼んだんじゃない。本当にCDを聴きたかっただけだ。」
「そうですね。」
彼との繋がりは音楽だけなのだ。だから男女の関係はない。今までも、これからも。
やがて水の音が止まり、菊子は部屋の片隅にあるCDやレコードの棚を見ていた。女性ボーカルのモノを見ていたのはきっと自分が歌えるから。だが今は男性のモノも見ている。
「コレ、あの店で視聴しました。」
「どうだった?」
「聴くのは良いけれど、歌うとなると難しいだろうなと思いました。」
「そうだな。演奏も難しい。ちょっとこのバンドのカバーは間に合いそうにない。」
「間に合う?」
菊子は手を止めて蓮の方を向く。すると彼は彼女を手招きして革の財布から一枚の紙を取り出した。
「コレに出たいと思ってな。」
それを広げると、そこには八月の中旬にある夏祭りのポスターだった。大きな祭りで、この町の中心にある広間で行われるのだ。屋台も、ステージも、花火も、盆踊りも、全てこの二日間でやってしまう。
「夜のステージにはプロのバンドが来るが、昼間はアマチュアばかりだ。お前の学校の軽音楽部や吹奏楽も出るみたいだな。」
「あぁ、知ってます。」
「浩治が聞いてくれた。まだバンドの枠があるかって。そしたらどっかのバンドが辞退して、一つ余っているって言うらしい。」
「昼間ですか?」
「あぁ。何時になるかはわからないが、出ないか?」
その日は店も閉めてしまうし、女将さんに「聴いてみてください」と啖呵を切っていた蓮にとっては都合がいいのかもしれない。
「……でも本当に……。」
ライブハウスでする演奏は、聴きたい人が集まるから聴いてくれるのだ。しかし祭りとなると違う。足を止めて貰わなければ聴いてもらえないのだ。
「……自信を持て。あの練習だけで、人の耳を傾けることが出来るんだ。出よう。」
自然とベッドに腰掛けていた蓮の隣に菊子が座る。その行動に、少しドキリとした。音楽の話をしていたのに、どうして女として意識をしてしまうのだろう。
チラシを手にして、そのステージを思い出しているのだろう。じっと黙り、何か思っているようだった。
「新曲でするつもりですか?」
「既存の曲でな。でも場合によっては、新曲を入れ込んでも良い。おまえの声にあったバンドの曲を使いたいし、無ければ作ることも出来る。」
「曲を作るんですか?すごいですね。」
「浩治が作るんだ。あいつはあぁいうところが上手い。」
菊子は少し笑い、ベッドから立ち上がるとまたCDの棚へ向かう。
「どの曲をする予定ですか?」
「聴きたいか?」
彼はそういって彼女の後ろに立つと、その肩越しにCDを手にする。その行動にドキリとした。逞しい腕が急に伸びてきたから。振り向けなかった。おそらくすごく近い位置に彼が居たのだろうから。
すると彼はすっと彼女のそばから離れて、コンポにCDをセットした。スピーカーから激しいロックの音がする。
「この曲だな。」
彼はスピーカーの前に座り込む。良い曲だと思う。歌詞の内容もパンクにありがちな反社会的なものでもないし、それにラブゾングに聞こえた。男のしゃがれた声も、きっと菊子ならきれいに歌えるはずだ。
「……何てタイトルですか?」
菊子は蓮に近づくと、その手に持っているCDケースをのぞき込む。その距離が近くて、良い匂いがした。
「どこの国の……。」
見上げると、彼が彼女を見下ろしていた。とても近いのにその目が熱っぽいと思う。
「……。」
こんなこともきっと慣れている女だ。だからのこのこ付いてきたし、誘うような行動をしている。
歌詞カードを見て、彼女は首を傾げる。
「言葉がわからないですね。英語なら何とかなるかと思ったんですけど。」
「……菊子。」
名前を呼ばれて彼女は歌詞カードから目線を上げる。すると彼はその頬に手を伸ばした。
「……何……何ですか?」
驚いたようにその手に手を重ね、その手を離した。
彼女の表情が少し怯えてきた。慣れているのだったら、その覚悟は出来ているだろうに、どうして今更だめだと表情で現れるのだろう。
「駄目か?」
「何がですか?蓮さん。なんか……様子がおかしいです。」
「おかしいだろうよ。男の部屋にのこのこやってくる女がいるんだから。飯を食うだけでただですむと思ってたのか?」
その意味がやっとわかり、彼女は首を横に振る。
「駄目です。蓮さん。あの……私……そんなつもりで来たんじゃなくて……。」
「かまととぶるな。恋人は居たことはなくても経験がないわけじゃないんだろう?」
「居たことも、こんなこともしたことありません。」
「嘘を言うな。」
「本当です。私……駄目なんです。そういうのが……。」
必死で拒否している。だが信じれない。あのとき男と一緒にホテル街に消えた。それは事実なのだから。
「……だったら、答えろ。どうしてあの日、ホテル街に消えたんだ?」
「ホテル街?」
「この街の西側には風俗街があるが、その奥にはホテルが何軒かあるだろう?そこへ誰と行ったんだ。」
彼女はその言葉にふっと数日前のことを思い出した。
「武生のことですか?」
「武生というのか?あの男は。」
呼び捨てで呼べる関係だ。自分はまだ「さん」付けなのに。やはりそういう相手なのだろう。
「幼なじみです。」
「は?」
その言葉に彼は驚いたように彼女を見下ろした。
「幼なじみが二人居て、その一人です。」
「そいつとホテルへ行ったのか?」
「違います。幼なじみの一人がずっと学校へ来てなかったから、様子を見に行ったんです。幼なじみはこの街の西側に住んでますから、あまり一人では行きたくなくて付いてきて貰いました。」
一気に言葉にする。まずい。緊張して喉が渇いてきた。彼女はそう思いながら、台所をちらりとみる。もう少しお茶をもらえないだろうか。
「……そうだったのか。」
早とちりだったのか。蓮はほっとしたように、ため息を付く。
「蓮さん。お茶をもらえませんか。」
「あぁ。」
彼女は立ち上がると、台所へ向かいコップにお茶を注ぐ。そしてそれをゆっくりと口に入れた。
それでも心臓が高鳴るのを押さえきれない。どうしてこんなに反応してしまうのだろうか。彼の方を向けなくて、シンクの方を向いていた。
「菊子。悪かったな。」
「……誤解させるようなこともしました。そうですね……。確かに男性の部屋に一人で来るのは無防備だったかもしれません。」
そうやって女性をあげていたのだろう。そして彼もそれを期待していたのだ。でもそれに答えることは出来ない。
「蓮さん。ごめんなさい。期待に応えられなくて。」
「そんなことを期待してここに呼んだんじゃない。本当にCDを聴きたかっただけだ。」
「そうですね。」
彼との繋がりは音楽だけなのだ。だから男女の関係はない。今までも、これからも。
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