夏から始まる

神崎

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コンプレックス

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 蓮の指示は、歌に合わせろということだった。菊子はパンク自体を知らないし、元々は声楽をしているため癖のない歌い方をしている。
 まっすぐ伸びるロングトーンの声は、あまりパンクには合わないと思っていた。しかし蓮はそれを狙っている。
「ギターはもっとぎゅんぎゅんならしていい。ドラムはバスドラ強め。キーボードはソロになったら、もっと落としていい。」
 パンクではなくヘビーメタルのようだ。いいや。どっちかというとシンフォニックメタルのようにも思えた。
 元々蓮はジャンルにこだわっていない。だから他のバンドで畑違いのジャンルのベースを弾いていても、それに合わせることが出来る。
 だからかもしれないが、歌いやすい。テンポも音程も、全て彼女に合わせてくれる。音が気持ちいい。

 音合わせとリハーサルを組み合わせた即興バンドは、夕方六時に全てを終えた。蓮は音チェックを煙草をくわえながらしていると、麗華の声がステージ裏の小部屋で百合の選んでくれた衣装を合わせていた声が聞こえる。
「やだ。麗華さんこれすごい胸出るでしょう?」
「それくらい普通じゃない?」
「あまり胸がないんですよ。」
「え?そう?でもほら谷間出来るよ。結構あるね。」
 その会話が聞こえてきて、気まずそうに蓮はベースをスタンドにかけるとカウンター席に近づいた。
「蓮。フロアチェックして。」
「はい。はい。」
 蓮はここ最近はベースのヘルプを頼まれることが多いので、店のことは他の人に任せきりになることが多い。だが雇われオーナーの百合にしてみれば、もっと店員として動かないと無駄な時給が発生するのが気になる。
 それに蓮は見た目がいいため、彼を目当てに来る女も多い。だが今日はどうなのだろう。彼女がいる。用意した服を着てくるなら、別人くらい化けるはずだ。彼女にも目が届き、声をかけてくるかもしれない。そうなれば彼が黙っていないだろう。血を見る前に止めないと。
 ちらりと玲二を見る。彼も舞台で立つような服を着て、コーヒーを飲んでいた。尖った蓮に対して、それにブレーキを華けっるのが玲二だった。リズム隊の彼らはバランスがいい気がする。
「ねぇ。百合さん。」
 裏のドアから麗華が顔をのぞかせた。彼女も舞台に立つように化粧をしている。派手な顔立ちなので、化粧は映えるようだ。
「何?」
「彼女、化粧はどうする?」
「そうね。ちょっと見てみようかな。衣装も気になるし。どれにしたの?」
 そう言って百合はヒールの音を立てて、裏の部屋に向かう。そしてドアを開いて、その中をみた。
「わぁ。似合うわ。色が白いし黒が映えるわね。胸はパット入れた?」
「それが入れてないのよ。結構胸あるわね。細いから目立つし。」
「いい感じよ。ほら、天然の胸って感じ。パッド入れてないから浮いてないし。」
 百合が大きいので中までは見えない。だが見たい。どんな衣装を着ているのだろうか。胸が大きくあいたといっていたが、それを舞台に立って男たちに見せるのだろうか。
「……。」
「化粧濃いめじゃないと、未成年ってばれちゃうわね。」
「そっか。だったら髪も上げる?」
「うん。じゃあ、それは麗華にお願いして……。」
 そのとき体をぐっと押しのけられた。そして代わりにそこに立ったのは蓮だった。
 見られるとは思ってなかった。思わず開いていた胸を押さえる。
「……。」
 黒を基調としたレースの付いたミニスカート。タンクトップの縁には鋲がついている。そのタンクトップは深く胸元が開いていて、易々と白い胸の谷間が見えそうだ。
「売春婦か。」
「えー?似合うじゃん。足長いし、細いし、羨ましい。」
「せめて足だけ隠せ。革パンとか、ないのか?」
「蓮。そんなことまで口を出さないで。女の子は女の子の感性があるのよ。それとも何?あんた、菊子ちゃんがこういう格好しているのが嫌なの?」
「そんなことじゃない。」
 その言葉に麗華も驚いたように彼を見上げた。
「蓮……あんた……。」
 麗華は彼の手を握り、握手をする。
「おめでとう。やっと吹っ切ったのね。」
「何をだ。この野郎。」
「野郎じゃないもん。」
 着ているのは自分なのに、何でこんなに言い争いをしているのだろう。そんなことより早く終わって欲しい。菊子はそう思っていた。
 人数が入るのかもしれない。外を見ると少し薄暗くなった店外に、人の気配がする。

 そのころ、梅子は少し体がべたべたすると思いながら、繁華街に入っていった。
 学校で担任の精を抜き、そのあと体育教官室に呼び出された梅子はそのまま倉庫に連れ込まれ、二人の男の相手をしていたのだ。教師が聞いて呆れる。
 だが体は悲しいくらい反応するのだ。何度も絶頂に達して、気がおかしくなるかと思った。
 ふと公園に入るとこの国の人ではない女性が、足を出しながら客を引き込もうとしている。その横ではハッピを着た男もいた。
 芸能事務所にとられなくても、梅子はこういう仕事に就かなければきっと生きていけない。体を売り物にして、性を売る仕事をしないといけないだろう。
「……あれ?」
 ベンチに腰掛けていたのは、武生だった。どうも一人のようで、何かうつむいているように見えた。
「武生。」
 声をかけると、武生は梅子を見上げた。
「梅子か。」
「家に帰らないの?」
「帰ってきたよ。ちょっと居たくなくてね。」
「……。」
「兄さんが帰ってきててね、色々言うから。」
「心配されてんじゃん。羨ましいわ。」
 母が経営している店の業績が良く、今度ソープを作ると言っていた。おそらくヤクザとの関係、つまり武生の家との関係がいいのだろう。
「梅子。」
「何?」
「今日さ、菊子があそこに入っていったよ。」
 浮き足だった菊子が、入っていった店は最近作られた「rose」というライブハウスだった。
「ライブ?あぁ。その店の人にお世話になったんだ。」
「知ってたのか?」
「うん。お世話になったから何がお返しがいいんだって、男の人が多いから男は何をすれば喜ぶんだって言ってた。」
「……。」
「らしくないなって思ってたけど。」
「連絡も付かないし、まだあの中にいるのかなって思って。」
「ストーカーっぽい。やめた方がいいよ。」
 それだけじゃない。武生が悩んでいたのはそんなことじゃないはずだ。
 菊子は当初悩んでいたのは、男の人にあげるものと言うことで悩んでいたのだ。だからきっとその男に気があるのだろうと思う。きっとそうだ。
 今がチャンスかもしれない。
「武生。家に帰らないの?」
「うん……。」
「嫌だったら……うちに来る?」
 その言葉は、小さい頃なら有効かもしれない。だが今はもう大人になってしまった体だ。その意味もきっと武生はわかっている。
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