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雨の日
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床の用意をしている部屋をチェックすると、少しシーツがよがんでいたり、枕が一つしかなかったりしてそれを修正していた。誰がしたのか知らないが、綺麗に床を用意するとはいかなかったようだ。
そして店が始まる。仲居は忙しく動き回り、厨房も直前ではないと出来ない焼き物や揚げ物を始める。そうなってくると会話もままならない。
だがそれを繋ぐのが女将の仕事だった。
「聡子さん、お酒を持っていった?追加を頼まれていたでしょう?麗美さん、山桔梗のお客様の食事が遅れているわ。もうお皿は空なのよ。」
厳しい声が響き、それに答えるために菊子も動き回る。だが一番大変なのは女将だった。来るお客様の迎えや、挨拶や、会計まで全てをこなしていた。
女将のそんなところを菊子は見習いたいと思っていた。
「いらっしゃいませ。村上様。中谷様。」
女将が迎え入れたのは、二人の男だった。細いサングラスと金色の髪や、髭を蓄えた男。どう見ても堅気の男たちではない。
「部屋は用意しているんだろう?」
「はい。ご用意いたしております。」
「女があとで来る。部屋に呼べ。」
「かしこまりました。菊子さん。お客様を、山桃の間へご案内して。」
山桃といえば一番高い部屋で、床も用意してあるような部屋だった。女が来ると言っていたので、どちらかが帰って二人で楽しむのか、それとも三人で楽しむのか。それはわからない。
「……。」
怖い雰囲気の二人に少し気押されながら、菊子は案内を始めた。すると髭の男が少し首を傾げた。菊子という名前に聞き覚えがあったのだ。
「こちらでございます。」
引き戸を開けて、二重になっているドアを開ける。そしてふかふかの座布団を敷いた座椅子に案内すると、彼女はお茶の用意をした。ほうじ茶は、香りがいい。それを丁寧に淹れると、二人の前に置いた。
上座に座っている人からお茶を出すと、今度は下手の人に出す。髭の人が下手だ。どこかのヤクザの組の人だろう。
「菊子か?」
「はい。」
「武生の幼なじみの?」
その言葉に彼女は少し驚いたように彼を見る。そうだ。見覚えがあると思ったのは、気のせいじゃなかった。昔会ったことがある。
「知り合いですか。村上さん。」
「あぁ。弟の幼なじみで、私とも面識があります。」
「この町では狭いですからな。坂本組くらいの規模で管理が出来るのでしょう。ほら。新しいライブハウスには、もう行ったのですか。」
「ここへ来る前に行きましたよ。」
ライブハウスという言葉に少しドキリとする。そこは蓮がいるところだったからだ。
「菊子。女らしくなったな。背も随分伸びている。モデルか何かにはならないのか?」
「そんなに容姿には恵まれてませんよ。」
「いいや。モデルは容姿ではない。手足の長さや身長の高さが命だ。歩き方さえマスターできれば、お前はモデルでもいけそうだが。」
「買いかぶりすぎですよ。」
そう言って彼女は口元を押さえて笑う。笑えば花が咲いたように綺麗な女だ。
「武生とは同じクラスか?」
「はい。」
「仲良くしてやってくれ。」
「はい。では失礼いたします。食事をお持ちするときには及びくださいませ。」
そう言って菊子は部屋をあとにする。
「いい女ねぇ。それにしては色気不足なような気がしますよ。」
「まだ十八になったばかりですよ。弟と同じ歳なら。」
「これからですな。蕾がぱっと花が開くのを見るのも、無理矢理開かせるのも、男次第ということですな。」
武生にはおそらく出来ないだろう。武生はおそらくあの義理の母から何かしらのことをされているのだから。だがそれを可愛そうだとは思わない。
そういう家に生まれたのだから仕方がないだろう。
疲れると、菊子は珍しく厨房の中で少しため息をついた。それを見て通いの孝が声をかけた。
「珍しいね。菊子ちゃんがため息つくなんて。」
「山桃の間にいるの、ヤクザなんですよ。」
「へぇ。小遣いの一つもらえることもあるって、良い客だって言ってたのに珍しいね。」
「話をしているみたいですけど、料理を運ぶ度に学校のこととか聞こうとするし、プライベートのことなんか言いたくないです。」
そんな言葉に孝は、ふっと笑う。
「そりゃね、菊子ちゃんが大人に見えてきたってことだよ。」
「大人に?」
「そう。今まで女将さんや大将の孫だし、子供ながらに仲居をしっかりしているって感心していただけかもしれないけど、これからは違うんですよ。ちゃんと大人の女性として、受け答えをしないといけませんね。」
「そんなもんなんですか?」
「そんなもんですよ。ほかの仲居はしっかりそういうことをしてますから、よく動きを見てるといい。そうだね。尻の一つでも撫でられても文句を言わないようにしなきゃ。」
「言いたくなります。」
「そりゃ、送ってくれた男に頼んで、男に免疫つけてもらわなきゃ。」
「あのですね、孝さん。あの人はそういう人じゃ……。」
そのとき女将がやってきて、厳しい一言を彼女に言う。
「菊子さん。立ち話してる暇はありませんよ。早く紫陽花の間に行って、片づけをして下さい。」
「はい。」
そう言って彼女はお盆を手にして厨房を離れた。
「……菊子さんも大人になっちまったんですね。」
「遅すぎるくらいですよ。あたしが菊子の時には、剛を産んでましたからね。」
「そりゃ女将さん。昔と今じゃ事情が違いますよ。今や、自由恋愛の時代ですよ。」
「孝さんは見合いでしたか。」
「えぇ。三十にもなるのに一人もんでおかしいって、そのときの大将が無理矢理見合いさせたんですよ。まぁ、結果的には私にも孫が今度出来ますしね。」
その言葉に、盛りつけをしていた大将が笑いながら言った。
「そりゃいい。そのときは店を休んで孫の顔を見に行きなよ。」
「いいや。向こうから来ますよ。いくら何でも一ヶ月も休んでられない。」
「どこにいるんだっけか。」
「どっか……アフリカの珍しい名前の国だったようだったようだが……横文字は苦手ですよ。」
嬉しそうに言う孝だったが、やはり寂しいのだろう。初孫を見れないというのは、可愛そうだと思う。
そして店が始まる。仲居は忙しく動き回り、厨房も直前ではないと出来ない焼き物や揚げ物を始める。そうなってくると会話もままならない。
だがそれを繋ぐのが女将の仕事だった。
「聡子さん、お酒を持っていった?追加を頼まれていたでしょう?麗美さん、山桔梗のお客様の食事が遅れているわ。もうお皿は空なのよ。」
厳しい声が響き、それに答えるために菊子も動き回る。だが一番大変なのは女将だった。来るお客様の迎えや、挨拶や、会計まで全てをこなしていた。
女将のそんなところを菊子は見習いたいと思っていた。
「いらっしゃいませ。村上様。中谷様。」
女将が迎え入れたのは、二人の男だった。細いサングラスと金色の髪や、髭を蓄えた男。どう見ても堅気の男たちではない。
「部屋は用意しているんだろう?」
「はい。ご用意いたしております。」
「女があとで来る。部屋に呼べ。」
「かしこまりました。菊子さん。お客様を、山桃の間へご案内して。」
山桃といえば一番高い部屋で、床も用意してあるような部屋だった。女が来ると言っていたので、どちらかが帰って二人で楽しむのか、それとも三人で楽しむのか。それはわからない。
「……。」
怖い雰囲気の二人に少し気押されながら、菊子は案内を始めた。すると髭の男が少し首を傾げた。菊子という名前に聞き覚えがあったのだ。
「こちらでございます。」
引き戸を開けて、二重になっているドアを開ける。そしてふかふかの座布団を敷いた座椅子に案内すると、彼女はお茶の用意をした。ほうじ茶は、香りがいい。それを丁寧に淹れると、二人の前に置いた。
上座に座っている人からお茶を出すと、今度は下手の人に出す。髭の人が下手だ。どこかのヤクザの組の人だろう。
「菊子か?」
「はい。」
「武生の幼なじみの?」
その言葉に彼女は少し驚いたように彼を見る。そうだ。見覚えがあると思ったのは、気のせいじゃなかった。昔会ったことがある。
「知り合いですか。村上さん。」
「あぁ。弟の幼なじみで、私とも面識があります。」
「この町では狭いですからな。坂本組くらいの規模で管理が出来るのでしょう。ほら。新しいライブハウスには、もう行ったのですか。」
「ここへ来る前に行きましたよ。」
ライブハウスという言葉に少しドキリとする。そこは蓮がいるところだったからだ。
「菊子。女らしくなったな。背も随分伸びている。モデルか何かにはならないのか?」
「そんなに容姿には恵まれてませんよ。」
「いいや。モデルは容姿ではない。手足の長さや身長の高さが命だ。歩き方さえマスターできれば、お前はモデルでもいけそうだが。」
「買いかぶりすぎですよ。」
そう言って彼女は口元を押さえて笑う。笑えば花が咲いたように綺麗な女だ。
「武生とは同じクラスか?」
「はい。」
「仲良くしてやってくれ。」
「はい。では失礼いたします。食事をお持ちするときには及びくださいませ。」
そう言って菊子は部屋をあとにする。
「いい女ねぇ。それにしては色気不足なような気がしますよ。」
「まだ十八になったばかりですよ。弟と同じ歳なら。」
「これからですな。蕾がぱっと花が開くのを見るのも、無理矢理開かせるのも、男次第ということですな。」
武生にはおそらく出来ないだろう。武生はおそらくあの義理の母から何かしらのことをされているのだから。だがそれを可愛そうだとは思わない。
そういう家に生まれたのだから仕方がないだろう。
疲れると、菊子は珍しく厨房の中で少しため息をついた。それを見て通いの孝が声をかけた。
「珍しいね。菊子ちゃんがため息つくなんて。」
「山桃の間にいるの、ヤクザなんですよ。」
「へぇ。小遣いの一つもらえることもあるって、良い客だって言ってたのに珍しいね。」
「話をしているみたいですけど、料理を運ぶ度に学校のこととか聞こうとするし、プライベートのことなんか言いたくないです。」
そんな言葉に孝は、ふっと笑う。
「そりゃね、菊子ちゃんが大人に見えてきたってことだよ。」
「大人に?」
「そう。今まで女将さんや大将の孫だし、子供ながらに仲居をしっかりしているって感心していただけかもしれないけど、これからは違うんですよ。ちゃんと大人の女性として、受け答えをしないといけませんね。」
「そんなもんなんですか?」
「そんなもんですよ。ほかの仲居はしっかりそういうことをしてますから、よく動きを見てるといい。そうだね。尻の一つでも撫でられても文句を言わないようにしなきゃ。」
「言いたくなります。」
「そりゃ、送ってくれた男に頼んで、男に免疫つけてもらわなきゃ。」
「あのですね、孝さん。あの人はそういう人じゃ……。」
そのとき女将がやってきて、厳しい一言を彼女に言う。
「菊子さん。立ち話してる暇はありませんよ。早く紫陽花の間に行って、片づけをして下さい。」
「はい。」
そう言って彼女はお盆を手にして厨房を離れた。
「……菊子さんも大人になっちまったんですね。」
「遅すぎるくらいですよ。あたしが菊子の時には、剛を産んでましたからね。」
「そりゃ女将さん。昔と今じゃ事情が違いますよ。今や、自由恋愛の時代ですよ。」
「孝さんは見合いでしたか。」
「えぇ。三十にもなるのに一人もんでおかしいって、そのときの大将が無理矢理見合いさせたんですよ。まぁ、結果的には私にも孫が今度出来ますしね。」
その言葉に、盛りつけをしていた大将が笑いながら言った。
「そりゃいい。そのときは店を休んで孫の顔を見に行きなよ。」
「いいや。向こうから来ますよ。いくら何でも一ヶ月も休んでられない。」
「どこにいるんだっけか。」
「どっか……アフリカの珍しい名前の国だったようだったようだが……横文字は苦手ですよ。」
嬉しそうに言う孝だったが、やはり寂しいのだろう。初孫を見れないというのは、可愛そうだと思う。
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