夏から始まる

神崎

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出会い

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 一階は店舗になっているが、二階は自宅になっている。厨房の脇にひっそりと階段があるのはお客様にわからないようにする為。だがその階段から香る今日の碗物の匂い、味噌の焼ける匂いが漂う。
「今日も美味しそう。」
 菊子はその匂いを感じてそうつぶやくと、二階の自分の部屋に入っていく。
 部屋は狭いが、文句は言えない。ベッドと勉強机を置いたらわずかにカラーボックスが置けるくらい。後は押入にタンスがあり、下着や洋服はそこに吊されてある。
 そしてそのカラーボックスの上には写真立てがある。写真には濃い化粧をして派手な洋服を着た女性と、その後ろで汗をかきながらピアノを弾いている男の姿がある。
 この二人が菊子の両親だった。
 世界を渡り歩き、演奏をしているという二人はどこの国でも引っ張りだこだった。体の小さな母が、見事なソプラノで歌うオペラのアリアは見事な物だった。東洋の宝とさえ言われている。
「そんなものかね。」
 制服を脱いで、掛けられている襦袢を身につけて着物を着ていく。なれたもので、着物自体は五分ほどで着れてしまうし、結びっぱなし立った髪もきちんとまとめて、すぐに仕事に入れる。
「……。」
 自分の部屋を出ると、キッチンへ行きとりあえずコップに麦茶を注ぐと、一気に飲み干した。これもまた汗になって流れていく。それはわかっていた。

 そのころ、武生は公園の東側にあるバーやラウンジのある通りを歩いていた。そろそろ出社時間だと、同伴のないホステスやホストが出社してきている。
 武生も見た目は悪くないため、「学校に内緒で働かないか。」と言われたこともある。しかし彼の家を聞けば、それは愚問だったと誰もが顔を下げる。
 ビルとビルの隙間にある高級割烹のような小さな門。そこを入り中を歩いていくと、一軒の家にたどり着いた。ここが本家になり、彼はここに住むことを許されている。
「ただいま。」
 玄関脇には木の看板が下がっている。それは「村上組」と書いてあった。つまり武生の家は、ヤクザの家だったのだ。
「ぼっちゃん。お帰りなさい。」
「ただいま。」
 下っ端の男たちだが、組長の息子と言うことでこの優男のような武生にもペコペコと頭を下げていた。武生はそれに関して何も思っていなかった。
「お帰りなさい。武生ちゃん。」
 奥から、一人の女がやってきた。それは着物を着た女で、武生の母だった。と言っても後妻で、組長の父親が七十五だという歳なのに、その母は三十五という若さだった。父親にとっては子供のような歳の差なのに血気は盛んで、半分しか血の繋がりのない弟がもう五歳になる。
「あら?今日プールがあったの?」
「うん。あぁいいです。自分で洗いますから。」
 水着やタオルの入った袋を母が受け取ろうとして、彼はそれを拒否した。
「……そう。あぁ……一馬さんが武生ちゃんが帰ってきたら、呼んでくれって言ってたわ。」
 一馬というのは父親で話があると言うときは、たいていろくな事じゃない。武生は少しため息をつき母の視線をかいくぐりながら、自分の部屋に戻る。
 そして荷物を置くと、部屋を出ていった。
 奥の間にある部屋の前で声をかける。
「お父さん。武生です。」
「あぁ。入っていい。」
 煙草の匂いがする部屋に、彼は少し眉をひそめたが文句は言えない。この威圧感の固まりのような父に、文句が言える人がいるなら教えて欲しい。
「武生。卒業後は大学へ行くといっていたが、的は絞れたのか。」
「あらかた。今度パンフレットを持ってきます。」
「どこに行ってもヤクザの息子というのは、ついて回るぞ。」
「知ってます。」
「……組に入る、入らないは自由だと言ったが、どこに行っても家柄は調べられる。」
 だから堅気の仕事は辞めておけと言われているようだ。彼は正座をした上に握られた拳に力を入れる。
「それは俺にヤクザになれって事ですか?」
「なれとはいってない。私の跡目は省吾がいるしな。本家ならともかく、うちは坂本組の分家だ。お前がイヤなら止めはしない。」
 だったらいらないことを言わなければいいのに。心の中で悪態をつく。
「ヤクザになっておいた方が、何かとお前には役立つと思うがね。」
「……ヤクザの息子で良かったことなんか一つもありませんよ。」
「そうか。」
 彼は笑いながら、また煙草に火を付けた。こういうところが武生を気に入っている理由だった。跡目の省吾の右腕になってくれればいいのにと思う。
 父の部屋を出て自分の部屋に戻る。疲れた。普段いない父がいるのはどうにも気が休まらない。そう思っていたときだった。
「武生ちゃん。」
 母の声がした。彼はため息をついて、制服を脱ごうとした。それに気がついてか、気がつかなかったのかはわからない。ただ母親は気にせずに部屋に入ってくる。
「あら。着替え中?悪かったわね。」
「そんなことみじんも思ってないでしょ?」
「わかってるわね。」
 いたずらっ子のように微笑んで、ドアを閉めた。そして中に入ってくる。
「……武生ちゃん。」
 制服のシャツのボタンをはずし終わったその隙間から、彼女は手を伸ばすとその胸に触れてきた。すると背中に柔らなくて温かな感触が伝わってくる。
「やめてください。父が今日はいますから。」
「早く済ませるわ。」
 シャツの中に入れられたその手が彼の胸の堅いところに触れてきた。
「あら。もう立ってる。」
 マニキュアがついた爪でひっかくようにそこをいじってくると、自然と頬が赤くなる。そして声がでる。
「んっ……。」
「武生ちゃん、ここも感じるものね。本当に女の子みたい。」
 彼女はそのままその手をズボンまで下がる。そしてベルトを外した。
「あっ……。」
 すでに堅くなり始めているそこに手を這わされ、下着越しになでられる。
「すごい。もう堅い……。若いわね。」
 正面を向けられて、スボンと下着をとられる。そして彼女はその立っているところに手をかけられた。
「あっ……。」
 イヤなのに、そこに触れていいのは一人だけなのに、男の生理現象に彼は勝つことは出来なかったのだ。
 血の繋がりのない母親の手と口で、彼は果ててしまった。すると母親は満足そうに乱れた着物を整える。
「また今夜来るわ。」
「父がいますから。」
「今夜もいないのよ。会合で。」
 ため息をついて、彼女は行ってしまった。最初からこれしか興味がないのだ。
 こんな事ばかりしているといずれ、父親の子供と自分の子供の母親が同じ人なんていう悪夢のようなことも出て来そうだ。
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