夜の声

神崎

文字の大きさ
上 下
337 / 355
二年目

337

しおりを挟む
 車はその土地に止めることが出来ず、結局駅前の駐車場から歩いていった。池の周りにはロープが張られている。全焼したというその建物は、黒こげの梁なんかが残っているだけだった。
 警察官がまだ何人かいて、現場検証をしている。
「すいません。」
 茅さんがその一人に声をかける。
「なんでしょうか。」
「火事だって言ってましたけど、負傷者はいらっしゃるんですか。」
 普段とは全く違う口調だった。丁寧な言葉も使えるんだなこの人。
「負傷者はいませんよ。発火は夜です。ここは夜は誰もいませんから。」
 と言うことは瑠璃さんはどこかにいるってことか。自宅なんて知らないし……どこに連絡をしていいのか……。
「茅。お前は桜についてやれ。俺は、役場に行く。」
「お前の身の振り方を相談するのか。まぁ行って来いよ。連絡すりゃ、迎えに行ってやるから。」
 そういって柊さんはそのまま来た道を行ってしまった。
「さて、じゃあ俺は現場を写真にとって本社にメールする。お前、葵に連絡して見ろよ。」
「葵さんに?」
「葵なら瑠璃さんがどこに住んでるか知ってんだろ?」
 確かにそうだ。私は携帯電話を取り出して、葵さんに連絡をした。すると葵さんは住ぐに電話に出た。
「もしもし。」
「葵さん。今、大丈夫ですか。」
「えぇ。どうしました?」
「瑠璃さんの自宅はわかりますか。」
「えぇ。わかりますよ。しかし、何かありましたか。」
「瑠璃さんの店が入っている建物が、火事になりました。」
 一瞬沈黙する。そして彼は言葉を続ける。
「母は自宅にいたのでしょう。私の所にはなんの連絡もありませんでしたから。わかりました。住所をメッセージで送りましょう。それから、私からあなた方が行くことを伝えておきます。」
「お願いします。」
 電話を切って、少し違和感を感じた。
 どうして私たちがここにいるって知っていたのだろう。
「桜。連絡が付いたか。」
「うん。住所を、メッセージで送ってくれるって……。」
 それに何であんなに冷静だったのだろう。血が繋がっていないとは言っても、母親だろうに。
「メッセージが来たわ。」
 そこは町中にあるいつか柊さんと行った「新緑荘」の近くだった。

 白かったと思う、アパートは古くてあまり掃除をされていないようだった。階段は埃が溜まっているし、その階段自体もコンクリートにひびが入っている。
「ここの三階ね。」
「雰囲気あるな。俺こういう所でいいんだけどな。」
「何が?」
「住むとこ。」
「そう。」
 何をのんきなことを言っているんだろう。
 そしてその三階の三〇一のドアのベルを鳴らした。
「はい。」
 すぐに瑠璃さんは出てきた。毛糸のピンクの帽子をかぶっている。それ以外は昨日見たのと変わらない。
「瑠璃さん……。」
「あら、連絡しようと思ったのよ。会社には連絡をしたんだけどね。」
 笑いながら、彼女は部屋の中に入れてくれた。コーヒーの匂いの強い部屋だった。ワンルームの狭い部屋にベッドやクローゼットが置いているが、その片隅には瓶が沢山ある。すべてコーヒー豆だった。
 彼女はいすを二つ用意してくれた。そして自分はベッドに腰掛ける。
「見た?火事になったの。」
「発火元はどこだったんですか。」
「うちの店の向かいに事務所があったでしょ?あの建物自体の事務所。そこがひどいって言ってたから、そこじゃないかしら。」
「……本当に?」
 茅さんはそういって不審そうに彼女を見る。しかし彼女はいつもと変わらない。
「本当でしょ?警察が言ってんだから、真実なのよ。」
「茅さん。それが真実なら、瑠璃さんから聞いても無駄だわ。」
「……まぁな。」
「何?あんた、あたしが言っても信じないのに、桜さんが言ったら黙るの?よっぽど惚れてんのね。」
「えぇ。」
 すんなりとそれに答えたことに少し驚いたが、すぐに彼女はいつもの表情になる。
「私個人ではちょうど良かったって思うけどさ。あんたたちは大変よね。カフェ、開けなくなっちゃったんじゃないの?」
「どうするかは会社が決めるでしょうけど、ほかにも何店舗かカフェを開こうとしているので、もしかしたらそこに桜は行くかもしれませんね。」
「え……?」
「それは困ったわねぇ。せっかく教えたことがぱあだわ。」
「なぜそう思いますか。」
「だって普通のカフェでしょ?こだわった焙煎とかしないんでしょうし。」
「元々こだわった焙煎や淹れ方をして、ほかのカフェとは一線をおいたものを作るつもりでした。だからそれを習わせるために桜をあなたに習わせたんです。だから特にすべて水の泡にさせるつもりはありません。」
 確かにそういう話でここに送るつもりだった。だから多少のことも目をつぶっていたのだろう。だけど無くなればそれをする理由もない。
 おそらくヒジカタコーヒーは、ここではないどこかの店舗に私を配置するかもしれない。
「……この土地は、古くの温泉街だった。その名残で観光客もまだ多い。そんな人たちに一息入れてもらうために、カフェを作ったの。ヒジカタコーヒーさんも、そういうカフェを作るつもり?」
「出来ればそうしたかった。」
「あなた個人の話はいいの。会社はどうするつもりなのかって聞いてるのよ。」
「……。」
 茅さんは言葉に詰まっていた。まだ会社としてもどうしたらいいかまだ思案中と言ったところなのだろう。
「桜さんはどうしたい?」
「え?」
「ほかの土地で、コーヒーを淹れる?バリスタライセンス取ったんでしょう?出来ないことはないと思うわ。」
「……そうですね。この土地に合わせたコーヒーを淹れようと思って、それように焙煎もしていたのですけど、それが無駄になったのだったらまた一からと言うことになりますか。」
「そうね。」
「でも私個人では、この土地でやりたかったですね。」
「でもね……。正直、あなたはこの土地では無理だろうと思ってた。」
「どうしてですか?」
「柊さんがいるから。」
「柊さんが?」
「えぇ。この土地が何なのかわかっているでしょう?」
「……高杉組の傘下ですよね。」
「えぇ。そして高杉組は、柊さんを入れようとしてた。それを邪魔しようとして坂本組が火をつけた。」
 それが一番最悪のパターンだと思った。だとしたらどこに行っても彼はきっと狙われるだろうと。
「すべて想像ですよ。」
「えぇ。想像。でも最悪のことは常に考えておいた方がいい。桜さん。あなたがもし柊さんではなく、茅さんを選んでいたらこんなことにはならなかったかもしれないわ。」
 冷たい言葉だった。冷水をかぶったように、身震いがする。
 きっと彼女も店を焼かれたというので、私を恨んでいるのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...