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二年目
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しばらくして、一台の白い乗用車がやってきた。それを見て茅さんは煙草を消して、外に出て行った。私もそれに習う。
車から出てきたのは、初老の男性だった。中肉中背。ベージュのコートと、黒いマフラーをしている。
「藤堂さん。お待たせいたしました。」
「すいません。ご無理をいいました。」
「いいんです。まだ裁判前ですから、まだ無理は言えますから。……と、そちらのお方は、電話で話していた方ですか。」
「あ、はい。」
「初めまして。弁護士の片桐です。」
そういって彼は名刺を差し出した。それを受け取る。
「沖田桜です。」
名刺には「片桐民雄」と書いていた。
「少しでも刑が軽くなると良いのですが。」
「難しいでしょう。姉には前科があるし、同じ罪であれば今度は長くなるのではないのですか。」
「えぇ。でも事情もあった。その事情を聞こうと思ってましてね。」
「……まだ何も?」
「黙秘を貫いています。」
何も話さないのだろう。何も話さなければ、きっと不利になる。それがわかっていて彼女は何も話さないのだろうか。
「そろそろ時間です。行きましょう。」
片桐さんは時計を見て、私たちを促した。
表の大きな門ではなく、裏口と言えるような小さな通用口から私たちはそこに入っていった。壁は高いし鉄条網が張り巡らされているけれど、中は普通の病院のようだと思った。ただし、窓は開けることが出来ない。
鉄格子は最近はないらしい。これにひっかけて、首を吊る人が多いから。まるで精神病院だ。
廊下を通っていると遮るようにドアがあり、向こうが見えないようになっている。そして私たちはその手前の右手にある部屋に通された。
「こちらでお待ちください。」
アクリル板のしきり。その向こうにきっと百合さんがやってくるのだ。手が震える。それを茅さんは感じて、私の手を握ろうとした。だけど私はそれを拒否する。
「大丈夫。」
少しして向こう側のドアが開いた。入ってきたのは刑務官と、薄い緑の入院する人が着る服を着た女性。前に見たことがある百合さんだった。
背の高い人だった。だが服から見える手は折れるように細く、銀色の輪がはまっている。それがきっと手錠だ。テレビドラマで見たものと一緒に見えるけれど、ドラマなんかじゃない。これは現実なのだ。
刑務官が入り口近くで立っている。そして私たちの後ろにも刑務官がいた。身動き一つせず、でも何か怪しい動きをすればすぐに捕まえようとしている。その証拠に、彼らの手には黒い警棒が握られていた。
特に茅さんには薬で捕まった過去がある。怪しいことがあれば、すぐに捕まえようとしているのかもしれない。
だがお互い何を言って良いのかわからない。百合さんはこちらを見ずに、下を向いたままだった。きっと薬の影響もあるのだろう。せわしなく貧乏揺すりをしているのが、こちらからでもわかる。
「藤堂さん。」
面会時間は三十分。それがぎりぎりだという。なのに見合ったまま何も話さないのはもったいないと思ったのだろう。片桐さんが口火を切った。
「真実を話してもらえませんか。このままでは罪が重くなる。状況証拠だけではあなたは不利だ。」
だが彼女は何も言わない。そこで茅さんが乾いた声で語りかけた。
「あんたには感謝しているよ。ウチの兄弟はみんなそう思ってる。危ない橋を渡ってまで、育ててくれたんだ。だからみんなあんたに協力しただろ?」
その言葉に片桐さんは茅さんをみる。まさか犯罪の片棒を彼らが担いでいるのかもしれないとは、思っても見なかったのだろう。しかしそのときやっと百合さんが声を上げた。
「あんたは私のやってることに口出しなんかしたことないでしょ?あんたの犯罪歴は、私にお節介をしたから。自業自得じゃない。」
片桐さんは焦ったように茅さんに聞く。
「あなたも薬に関わっているのですか。」
「違うわ。」
茅さんが言う前に百合さんが答えた。やっと目の奥に光がともった気がする。
「薬に関しては私が一人でした。娘を連れてきたのは……ただのカモフラージュ。親子がこの国に一時帰国するなんて、普通だから。」
「前からその相手と取引を?」
「……。」
それは言えないらしい。彼女はそのまままた黙ってしまった。
「あなたは愛人であることがあった時期がある。その相手とまだ繋がっているのでは?」
「……相手を言えば、刑期が軽くなると?」
「そう言う場合もあります。恩赦という名目で。」
「だったらいらない。言えないから。」
「どうして?」
「……。」
語らないのでわからない。だけど愛人であった時期があったのは事実らしい。だってその愛人を殺したのは、柊さんなのだから。
「葵に罪を擦り付けようとしたのか。葵がそんなに憎いのか?お前が憎いのは、違うヤツじゃないのか。」
「葵は私に好意がまだある。だからそれを利用しただけ。そして葵は、きっとあいつの名前を出す。そう思ったから葵の名前を出した。今は大人しくしてるつもりかもしれないけれど本心は違う。あいつは人殺しなんだから。」
「あいつ?」
片桐さんが聞いてきたけれど、今はそれを説明できない。それに私にも茅さんにもその余裕はないように思えた。
「人を殺そうとしていたのは、百合も一緒だろう?人殺しの薬をこの国に持ち込んだんだから。」
「人道に反している人たちばかり。私も、あなたも、葵も……。」
目だけがこちらを見ている。そして私の方に視線を向けた。だけどすっとまた違うところに視線が向く。落ち着きがないのは薬の影響だろうか。
「百合さん。」
あえて空気を読まないように発言する。すると百合さんはよそに向けていた視線をこちらに戻した。私の方に視線を向ける。
「何かしら。お嬢さん。」
「私は沖田桜と言います。」
「知ってる。あいつの今の恋人。茅から聞いた。茅は……あなたに随分入れ込んでいるわ。どんなお嬢さんなのかと気になっていた。」
「……。」
「肝が据わっているのか、ただのバカなのかわからない。」
「きっとバカなんでしょう。」
「ただのバカなら、すぐにあいつと別れてたと思う。こんなに長く続き、結婚するかもしれないのよね。」
「……はい。」
私はそのときやっとはっきりと、柊さんと結婚すると口に出した。今まで不安定で、現実感の無かったことをはっきりと口に出したのだ。
車から出てきたのは、初老の男性だった。中肉中背。ベージュのコートと、黒いマフラーをしている。
「藤堂さん。お待たせいたしました。」
「すいません。ご無理をいいました。」
「いいんです。まだ裁判前ですから、まだ無理は言えますから。……と、そちらのお方は、電話で話していた方ですか。」
「あ、はい。」
「初めまして。弁護士の片桐です。」
そういって彼は名刺を差し出した。それを受け取る。
「沖田桜です。」
名刺には「片桐民雄」と書いていた。
「少しでも刑が軽くなると良いのですが。」
「難しいでしょう。姉には前科があるし、同じ罪であれば今度は長くなるのではないのですか。」
「えぇ。でも事情もあった。その事情を聞こうと思ってましてね。」
「……まだ何も?」
「黙秘を貫いています。」
何も話さないのだろう。何も話さなければ、きっと不利になる。それがわかっていて彼女は何も話さないのだろうか。
「そろそろ時間です。行きましょう。」
片桐さんは時計を見て、私たちを促した。
表の大きな門ではなく、裏口と言えるような小さな通用口から私たちはそこに入っていった。壁は高いし鉄条網が張り巡らされているけれど、中は普通の病院のようだと思った。ただし、窓は開けることが出来ない。
鉄格子は最近はないらしい。これにひっかけて、首を吊る人が多いから。まるで精神病院だ。
廊下を通っていると遮るようにドアがあり、向こうが見えないようになっている。そして私たちはその手前の右手にある部屋に通された。
「こちらでお待ちください。」
アクリル板のしきり。その向こうにきっと百合さんがやってくるのだ。手が震える。それを茅さんは感じて、私の手を握ろうとした。だけど私はそれを拒否する。
「大丈夫。」
少しして向こう側のドアが開いた。入ってきたのは刑務官と、薄い緑の入院する人が着る服を着た女性。前に見たことがある百合さんだった。
背の高い人だった。だが服から見える手は折れるように細く、銀色の輪がはまっている。それがきっと手錠だ。テレビドラマで見たものと一緒に見えるけれど、ドラマなんかじゃない。これは現実なのだ。
刑務官が入り口近くで立っている。そして私たちの後ろにも刑務官がいた。身動き一つせず、でも何か怪しい動きをすればすぐに捕まえようとしている。その証拠に、彼らの手には黒い警棒が握られていた。
特に茅さんには薬で捕まった過去がある。怪しいことがあれば、すぐに捕まえようとしているのかもしれない。
だがお互い何を言って良いのかわからない。百合さんはこちらを見ずに、下を向いたままだった。きっと薬の影響もあるのだろう。せわしなく貧乏揺すりをしているのが、こちらからでもわかる。
「藤堂さん。」
面会時間は三十分。それがぎりぎりだという。なのに見合ったまま何も話さないのはもったいないと思ったのだろう。片桐さんが口火を切った。
「真実を話してもらえませんか。このままでは罪が重くなる。状況証拠だけではあなたは不利だ。」
だが彼女は何も言わない。そこで茅さんが乾いた声で語りかけた。
「あんたには感謝しているよ。ウチの兄弟はみんなそう思ってる。危ない橋を渡ってまで、育ててくれたんだ。だからみんなあんたに協力しただろ?」
その言葉に片桐さんは茅さんをみる。まさか犯罪の片棒を彼らが担いでいるのかもしれないとは、思っても見なかったのだろう。しかしそのときやっと百合さんが声を上げた。
「あんたは私のやってることに口出しなんかしたことないでしょ?あんたの犯罪歴は、私にお節介をしたから。自業自得じゃない。」
片桐さんは焦ったように茅さんに聞く。
「あなたも薬に関わっているのですか。」
「違うわ。」
茅さんが言う前に百合さんが答えた。やっと目の奥に光がともった気がする。
「薬に関しては私が一人でした。娘を連れてきたのは……ただのカモフラージュ。親子がこの国に一時帰国するなんて、普通だから。」
「前からその相手と取引を?」
「……。」
それは言えないらしい。彼女はそのまままた黙ってしまった。
「あなたは愛人であることがあった時期がある。その相手とまだ繋がっているのでは?」
「……相手を言えば、刑期が軽くなると?」
「そう言う場合もあります。恩赦という名目で。」
「だったらいらない。言えないから。」
「どうして?」
「……。」
語らないのでわからない。だけど愛人であった時期があったのは事実らしい。だってその愛人を殺したのは、柊さんなのだから。
「葵に罪を擦り付けようとしたのか。葵がそんなに憎いのか?お前が憎いのは、違うヤツじゃないのか。」
「葵は私に好意がまだある。だからそれを利用しただけ。そして葵は、きっとあいつの名前を出す。そう思ったから葵の名前を出した。今は大人しくしてるつもりかもしれないけれど本心は違う。あいつは人殺しなんだから。」
「あいつ?」
片桐さんが聞いてきたけれど、今はそれを説明できない。それに私にも茅さんにもその余裕はないように思えた。
「人を殺そうとしていたのは、百合も一緒だろう?人殺しの薬をこの国に持ち込んだんだから。」
「人道に反している人たちばかり。私も、あなたも、葵も……。」
目だけがこちらを見ている。そして私の方に視線を向けた。だけどすっとまた違うところに視線が向く。落ち着きがないのは薬の影響だろうか。
「百合さん。」
あえて空気を読まないように発言する。すると百合さんはよそに向けていた視線をこちらに戻した。私の方に視線を向ける。
「何かしら。お嬢さん。」
「私は沖田桜と言います。」
「知ってる。あいつの今の恋人。茅から聞いた。茅は……あなたに随分入れ込んでいるわ。どんなお嬢さんなのかと気になっていた。」
「……。」
「肝が据わっているのか、ただのバカなのかわからない。」
「きっとバカなんでしょう。」
「ただのバカなら、すぐにあいつと別れてたと思う。こんなに長く続き、結婚するかもしれないのよね。」
「……はい。」
私はそのときやっとはっきりと、柊さんと結婚すると口に出した。今まで不安定で、現実感の無かったことをはっきりと口に出したのだ。
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