夜の声

神崎

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二年目

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「桜。」
 そのとき芙蓉さんが起きてきた。私は彼女にそれを知られていいのかわからず、とりあえず母さんに目配せしてテレビを消させる。
「どうしたの?」
「トイレ、どこ?」
「こっち。」
 トイレに行かせると、私はため息を付いた。菖蒲さんまで捕まった。多分百合さんが自白したのだろう。
「手広くやってたんだな。」
 茅さんは感心したようにつぶやく。
「茅さん。」
「そうね。芋蔓式で色んな芸能人が捕まるかもしれないわ。」
「母さんまで。」
「ウチは大助かりだけどね。」
 煙草を消して、彼女はほほえんだ。
「何で?」
「痩せるだの、セックスの時にいいだの、そんなことで薬に手を出す女の子が少なくなるってこと。一度味わえば抜け出すの大変だものねぇ。ねぇ。茅。」
「俺はヤク中じゃねぇよ。」
「どうだか。」
「お前、俺をなんだと思ってんだよ。そんなことやっても飯の種にもなんねぇ。」
「どうだか。あんたのおかげで評判のいい女の子もいなくなったからねぇ。ほんと、椿なんてろくなもんじゃないわ。」
「あんたの気に入ってるヤツだってそうだろ?」
 すると母さんは立ち上がり、茅さんを見上げた。
「あの子は女の子をだますようなタマじゃないのはわかってるわ。騙されることはあるかもしれないけどね。」
「……よっぽど可愛いのか。あいつが。」
「息子になるからね。」
「させねぇよ。」
「なんですって?」
 茅さんの表情は、熱くなっている母さんとは真逆に思えた。冷静に彼女を見下ろしている。それだけでどちらが優勢なのかわかる気がした。
「俺が貰う。」
 その言葉に母さんは笑いを抑えきれないように、彼を見上げる。そのときトイレから、芙蓉さんが出てきた。
「……なんの騒ぎ?」
「何でもないの。眠ってていいよ。疲れてるでしょ?」
 私はそれだけ言うと、芙蓉さんと一緒に部屋に入っていった。そして彼女は布団の中に入っていく。
「桜。」
「何?」
「茅叔父さんを嫌いにならないでね。ウチの家に来たときも、母さんがこんなことにならないようにって忠告してたの。優しいの。桔梗叔父さんとは違うわ。」
「そうね。それは私もわかる。」
 藤堂先生も確かに優しい人だ。だけど茅さんのようにがむしゃらに優しいというわけじゃない。
「寝てていいよ。」
 すると彼女は安心したように目を閉じた。静かな寝息が響き、私はまたリビングに戻ってくる。
 リビングには母さんの姿はなく、茅さんの姿しかなかった。煙草を吹かして、ソファに座っている。
「母さんは?」
「風呂に入るって。」
「そう。」
 のんきなものだ。ため息を付いて、私はソファに座っている茅さんの向かいに座った。
「嫌われた。まぁ、昔からあまりいい印象はなかったけどな。でも、胡桃さんもあまり変わらないな。」
「……きっと知っているからこそ、嫌なんでしょうね。母さんもあまり昔のことは話さないわ。」
「お前は父親はどうなってんの?」
「知らないわ。いなくなったって言ってたけど。私が物心付いたときにはいなかったし。それに……。」
「誰が父親なのかわからないのかもしれないな。」
 それが一番よくわからなかった。三十代の母が、私よりも更に若いときに産んだ私。母さんの母さん、つまりおばあちゃんやおじいさんのことも知らない。
 誰にも頼らないで、私を育ててきたのだ。そのためには、薬なんかの法に触れるぎりぎりのことばかりしていたのは知っている。
「あえぎ声を聞きながら私は眠ったふりをしてた。でも……仕方ないわよ。だから私には、まともな人と一緒になって欲しいと思ってるんじゃないのかしら。」
「柊がまともかよ。」
 鼻で笑い、煙草を消した。
「真面目な人よ。」
「俺も真面目だけど。」
「昔の印象が強いんでしょ?ちゃらい感じで。」
「つまんねぇ。なぁ、桜。部屋に来ないなら、せめてキスさせてくれない?」
「嫌よ。」
「さっきは不発だったじゃん。それで帰るから。」
「あなたは一つ許したら、二つくらい手を出してくるわ。そんなことは知っている。だから嫌なの。」
「つまんねぇ奴らだ。」
 すると彼はソファから立ち上がった。すると母さんが風呂から上がってくる。
「あら、まだいたの?」
「もう帰るって。」
「さっさと帰って。明日連絡してよ。芙蓉さんのこともあるんだから。」
「わかってるって。あ、桜。一応、これさ……あれ?どこ行った。メモ。」
「ジャンパーの中にあるんじゃないの?入り口にジャンパー掛けてたわ。」
「あぁ。そうだった。」
 彼はそういって玄関の方へ向かう。そしてそのジャンパーのポケットから、メモ紙を取りだした。
「これ、国選弁護士の連絡先。芙蓉の面倒も見るって言ってたから。ここからお前に連絡があるかもしれねぇ。」
「わかった。ちょっとメモするわ。」
 私は部屋に戻ると、ペンと紙を持ってきた。
「それ書いたら早く帰ってね。」
「冷てぇ奴。」
 母さんに悪態を付いて、茅さんはそちらをみる。母さんが部屋に戻っていったのを見て、こちらに視線を移した。
 私はメモの番号を写し終えると、彼にそのメモを手渡した。
「ありがとう。」
 すると彼はその手をぎゅっと握り、私の唇に素早くキスをした。それは軽く触れるだけ。だけど思わぬことで私は言葉もでなかった。
「何……。」
「静かにしろよ。気づかれるだろ?」
 低く囁くような声で、彼は言う。
「望んでないわ。」
「俺はしたかった。」
「あなたの欲望のはけ口じゃないのよ。」
「ふん。今日はこれで勘弁してやる。」
 彼はそういって、部屋を出る。彼が出て行ったあと、冷たい風が部屋を包む。
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