夜の声

神崎

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二年目

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 「金髪の男」に心当たりはあった。だけどそれを茅さんに言う?出来ない。
 彼の心には百合さんがいる。そして百合さんがこういうことになってしまった。その原因を作ったのは「金髪の男」だったはずなのに。それをのこのこ「彼が金髪の男」だって言える?いいや、言えない。
 それに芙蓉さんのこともある。
「茅さん。芙蓉さんは?」
「とりあえず俺の部屋にいる。泣き疲れて寝てるけど……起きたらまた騒ぐかな。」
「……そうね。」
「あいつには聞かないといけないこともあるから、おそらく警察に明日呼ばれると思う。薬の密輸をして、横流しをしてた相手を聞きたいだろうし。百合はきっと口を割らないだろうから。」
「……でも芙蓉さんも言うかしら。」
「名前はわからなくても顔を見せればわかる。なぁ、桜。」
「何?」
「あの男。誰かわかるか。」
「金髪の男?ごめんなさい。私には……。」
「でもたぶん俺は会ってる。話したことはねぇかもしれねぇが、見たりしてる。そのとききっとお前と一緒にいたと思う。」
「……茅さん。それを知ってどうするの?」
「……。」
「その人に恨みを晴らす?やめて。恨みは恨みを生むだけよ。」
「だったら……どうすればいい。」
 肩をつかまれ、痛みが走る。思わず床にコップを落としてしまい、お湯が床にこぼれた。そのとき玄関から音がする。鍵を開ける音だ。
「鍵がかかってないのか。不用心だな。」
 柊さんの声だ。思わず茅さんは肩に置かれた手を離す。
「桜?」
 ぱっと周りが明るくなる。電気をつけたのだろう。そのときの柊さんの表情は見えなかった。ちょうど茅さんがいたから。
「茅?どうしてここに?」
「……。」
 床にこぼれた水。コップ。茅さんとの近い距離。茅さんはその状況をたぶん間違って判断した。
「茅……。歯を食いしばれ。」
 茅さんに近づいてくる柊さん。胸の前で拳を握り、彼の胸ぐらをつかもうとした。
「やめて。違うから。」
「桜。何をされた?正直に言え。」
「何もされてないのよ。」
「だったら何でこいつがここにいる?」
 すると茅さんはバカにしたように、柊さんを見上げた。
「あんたって、本当に女を幸せにしないヤツだな。」
「は?」
「茅さん。挑発しないで。」
「百合がこの国に来ているのは知っているのか。」
「百合が?どうしてだ。何の用事があってこの国に?」
 ん?その話すら、柊さんは知らないって言うの?

 ソファに腰掛けて、柊さんは私の手を握りながら話を聞いていた。そうでもしないと落ち着かないのかもしれない。
「あの女が百合か。印象が前と違ったからな。」
 確かにクラブで話しかけられた女がいる。だがどことなく前にリリーと話したときと、同じお香のような臭いがして距離を取りたいと思っていた。
「で、お前は百合の何なんだ。」
「弟だよ。」
「は?」
「血は繋がってねぇけど。」
 そこも知らなかったのか。何もかも知らないんだな。
「百合と血が繋がってんのは、桔梗っていう俺の一つ上の兄だけだ。後は、みんな父親の連れ子。百合の下は、梓、こいつは死んじまったけどな。そっから、菖蒲。こいつにはお前、会ったことあるよ。」
「誰だ。」
「リリーだ。」
「あいつが……そうか。どっかで会ったことがあると思った。」
 ため息をついて茅さんは、煙草に火をつけた。
「百合には子供がいた。たぶんお前、会ったことある。」
「どこで?」
「お前が男を殺したときにはもういたから。」
「あのときの……。」
 計算が合わないことはない。もしかしたら自分の子供かもしれない。彼もそう思ったのかもしれない。だから私の手をぎゅっと握った。
「だとしてもだ、もうお前の手にはかかんねぇよ。どっちにしても百合の私生児だし、あっちの国には「父親」がいる。お前の出る幕じゃねぇ。」
「……百合は捕まったんだろう?」
「前科があるし、同じ薬に対する罪だ。たぶん罪が重くなるんじゃないのか。執行猶予もつかないだろう。」
「その娘はどうするんだ。」
「あっちの国に帰る。一応まだ二重国籍でこっちにいることも出来るが、父親の所に戻りたいといってるし。」
「……そうか。」
「言っとくけどもう今更、父親面すんなよ。」
「そんなつもりはない。気になっただけだ。」
 茅さんは煙草を消して、私を見る。
「桜。お前にも百合は手を入れてた。」
「私にも?」
「そう。秋に、柊と百合が会っているように見えただろう。」
「あぁ……。」
「あれは桔梗だ。実際は会ってねぇ。」
「本当に?」
「あぁ。芙蓉が言ってた、「怖い人」に似ている桔梗が苦手だとな。」
「……そうだったの。」
「百合は、それを見せることで俺にお前が転ばせようとしてた。だけど……。」
 彼は少し間をおいた。そしてため息をつく。
「お前は全く転ばなかったからな。それも計算外。」
「茅さん……。」
 違う。茅さんは真剣に私を見てくれた。なのに、茅さんは自分だけを悪者にしようとしてる。
「転んだのは、俺の方だったわけだけど。」
 今度は茅さんは柊さんを見た。そして彼を見上げるように言う。
「俺は、桜が好きだ。」
「……。」
「これからは……あんただからって遠慮しない。」
 その言葉に柊さんは、私の手を握る手を強めた。だけどその顔には少し笑顔が見える。
「やってみればいい。」
「柊さん。」
「何となくお前が、桜を狙っているのはわかってた。でも桜はきっとお前に手が負える女じゃない。」
「俺もそう思う。だけど……好きだから。」
「お前がどれだけこいつに尽くしているかは知っているが、こいつはお前に指一本触れようとはしないだろう。まぁ……お前が触れるかもしれないが。」
「……。」
「こいつが望むのは、俺だけだ。」
 すると茅さんはふっと笑う。そして私を見た。
「絶対俺の方がいい男だと思う日が来る。」
「こないわ。」
「強情なヤツ。」
 そういって茅さんは席を立った。そして玄関の方へ向かう。
「帰る。芙蓉も気になるし。」
「あぁ。」
「お気をつけて。」
 そういうと彼は手を降って帰って行った。ドアに鍵を閉めて、ため息をついた。そのとき私の後ろから腕が伸びてきた。
「よくも隠し事をしてたな。」
「や……そんなつもりじゃ……。」
「お仕置きが必要かもしれないな。覚悟しろよ。」
 その腕は体を掴まれて、私を抱き抱えた。嬉しい悲鳴だった。
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