夜の声

神崎

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二年目

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 匠から呼び出されたのは音楽室。この辺は特殊教室で、あまり人は来ない。だけど鍵がかかってる場合が多い。今日は開いていた。多分、体育祭で吹奏楽部とかが楽器を取り出してるからだろうな。
 先に私がやってきてたみたいで、まだ誰もいなかった。ぼんやりと外を見ていると、どうしても昨日のことを思い出す。
 後悔してない。だけど、後ろめたさだけが残った。幸せとはほど遠い。
 ドアが開く。そこを見ると、匠がいた。
「おう。」
「どうしたの?」
「んー。」
 匠はまるで半年前とは別人のようだった。ピアスをとって、染めていた髪を黒くして、とてもまじめな人に見える。
「耳が痛いことと、耳痛くねぇのとどっちがいい?」
「二つ?あまり時間無いみたいだけど。」
「ちょっとは遅れていいよ。俺、午後に出るやつねぇし。」
「ふーん。で、何?」
「坂本組のこと、竹彦から聞いてる?」
「……夕べ、竹彦君にたまたまコンビニで会った。何かごたごたしてるって。」
「蓬さんが組長になるんだと。で、若頭候補が数人いてその内戦が表面化しようとしてる。」
「蓬さんが?」
「あぁ。あんたの彼氏、ますますそっち側に引き込もうとしてんじゃねぇの?」
「どうして?もう関係ないでしょ?」
「組に入ってないから動かしやすいんだろ?竹彦だってそうだから。」
「……。」
「あんたの彼氏、最近忙しいんだろ?それで忙しいって考えねぇ?」
「考えない。多分違うことで忙しいから。」
 私はいすに座ると、彼を見上げる。
「忙しいからって、お前違う男に逃げるなよ。」
「は?あんたもその噂を信じてんの?」
 すると彼も向かいの椅子に座ってきた。
「違う。俺はお前の彼氏のことは知ってるし、そんな奴じゃねぇって知ってる。だけどさ……夕べ見たんだよ。」
「何を?」
「お前、あのアパートの一階から出てきただろ?」
「あんた、見てたの?」
「たまたま通りかかったんだよ。制服の奴がいるなって思ったら、お前だったから。」
「……何で男だって思うの?」
「あんな夜遅くにどっか行ってるのなんか男に決まってんだろ。お前ん家が何階かしらねぇけど、出て行く時間でもないし、帰る時間でもねぇだろ?」
 この腐れヤンキー。なんてモノを見てたんだ。
「柊さんってあのアパートに住んでんのか?」
「違うわ。」
「だったら他の男の所に行ってたのか。」
「何で男だって決めつけるわけ?」
「……男じゃねぇのか?」
「……まぁ正確には男の人ね。私が就職する先の上司になる人。就職ではお世話になったわ。そしてこれからお世話になる。夕べはその話に行ってたの。」
「あんな夜遅くにか?」
「私もバイトがあったし、その後でしか時間がとれなかったから。」
 すると匠は頭をくしゃくしゃと掻き、口を引き締めた。
「マジか。」
「誤解してた?」
「あぁ。してたね。つまんねぇの。」
「話ってそれだけ?」
「あぁ。もし柊さんを裏切るようなことがあれば、お前も度胸座ってるなって思っただけだし。」
 私は立ち上がる。そして時計を見ると、そろそろグランドに集まらないといけない時間だった。
「そろそろ行くわ。」
「俺も出るし。」
 音楽室を出た私たちは、別のルートを通ってグランドに出た。一緒に出たらさらに噂が広まるだろうから。

”嘘を付くには少しの真実を混ぜること。”

 いつか椿さんが言っていたことだった。こんなところで役立つとは思えなかったけれど。
 だけど柊さんにはきっと通用しない。柊さんに言う?夕べのことを?あぁ無理だ。でも柊さんはきっと百合さんのことを私には決して言わないだろうな。
 だったらお互い黙ったままの方がいいのかもしれない。

 騎馬戦が始まり、男子たちが声を上げる。気合い入ってるな。
「かっこいいねぇ。毎年のことだけど、一年と三年の体格差やっぱ違うし。」
 向日葵はそういって笑っていた。体格ねぇ。どんな運動部でも柊さんほどいい体してる人はいないな。そう思いながら私は去年のことを思いだしていた。
 竹彦は上に乗って次々と避けていた。そのとき初めて彼が、蓬さんの血が入っている人なのだと自覚したのを覚えている。冷たい目が相手を威嚇する。それは睨むといった怒りじゃない。血の通っていない動物のようだと思った。
「桜。どうしたの?ぼんやりして。」
「何でもないよ。ちょっと去年のこと思い出してた。」
「去年?なんかあったかな。」
 向日葵にとっては興味のないことなのかもしれない。まぁほとんどの人が印象に残らないことだったのかもしれないけれど。
「スゴいねぇ。匠。もう三人目だ。」
 だけど数的には、二年が少し多いかもしれない。その中にふと目に留まった人がいる。匠に近寄る二年。後ろから攻めて、持って行こうというのだろう。
「あっ!」
 思わず声がでた。匠はそれをかわして、その二年を力付くで落とした。それは去年、竹彦がしたことだから。
「スゴいねぇ。匠。後ろに目があるみたいだったよ。」
 何か聞いたことのあるような言葉を聞いて、私はぼんやりとそれを見ていた。
 結果、僅差で三年の騎馬が一番多かった。一応面目は保ったってわけだ。
「次、リレーか。うーん。早いねぇ。」
 すると一人の実行委員がテントに近づいてきた。
「向日葵。リレー出てくんない?」
 その言葉に向日葵は驚いたようにそちらを見た。
「何で?」
「出る予定だった璃梨花が足をくじいたって。」
「マジ?大丈夫?」
「頼むよ。向日葵。」
「しょうがないなー。」
 そういって向日葵は入場門へいってしまった。向日葵も足は速いから大丈夫だろうな。
「桜。ちょっといい?」
 声をかけられたのは今度は私。そちらを見ると匠がいた。
「何?」
「そっち。」
 彼が指さしたのは、フェンスの向こう。そこには灰色の作業着を着た柊さんがバイクの側で煙草を吹かしていた。
「ありがとう。」
 私はお礼を言って、そのフェンスに向かっていった。すると柊さんは笑顔で迎えてくれる。だけど私の心は痛かった。
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