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二年目
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一時間ほど話をして、結局私の意向や瑠璃さんの意向をすべて飲んで、私はヒジカタコーヒーに入社することにした。
ほとんど私の我が儘ばかりだ。あのエリアマネージャーが苦笑いをする姿が目に浮かぶ。だが利益を上げなければ意味がない。
そのヒジカタコーヒーは私を入社させるにいたって、一つの条件を出した。まぁ、確かに私の意向ばかりを受け入れるだけじゃだめなんだろうからなぁ。
「バリスタライセンスをとってもらえますか。」
「必要ですか。」
「えぇ。一応あった方が「ありますから、コーヒーを淹れれるんです」という証明になりますから。」
蓮さんはそういって、私にそのための資料を手渡してくれた。
だけど心配なのは葵さんだ。
支社長と蓮さんが帰り、茅さんが帰ってしまったあとも彼はぼんやりとしている。珍しいミスばかりするので、最終的には私がコーヒーを淹れるようになってしまった。
今日はあまり忙しくなくて良かった。
二十一時。私は店の看板をcloseにする。
「葵さん。そろそろあがりますね。」
「あぁ。もうそんな時間でしたか。」
彼は時計を見て、ため息をつく。
「葵さん。今日はどうしました?」
「……懐かしい名前で動揺してしまいました。」
「百合さんですか。」
百合さんの名前はここではでたこともあるのに、どうしてこんなに動揺しているんだろう。
「桜さん。一つ、聞いていいですか。」
「はい?」
「あなたは百合さんがこの国に帰国していることを知っていましたか。」
「はい。ヒジカタコーヒーの用事で、帰ってきてると。」
「……いつから?」
「いつからかは知りませんが、帰るのは日曜日だと。」
「……そうですか……。柊に会っていたんですかね。」
「それはないと思います。」
「そこまで信じますか?」
「えぇ。今日彼に会いました。でも知っている感じではなかったし……。」
「そういうヤツだ。知らないふりが出来る。」
私はカウンターに入ると、彼を見上げる。
「出来ませんよ。付き合って一年が過ぎましたが、彼は嘘が下手な人です。知っているものを知らないふりが出来ない。」
「しかし嘘はもうすでに一つついている。」
「何ですか。」
「Syuであることです。うまく誤魔化してますけど、そういうことも出来るんですよ。」
「……。」
「私も涼しい顔をして嘘を付くと言われることはありますが、彼もそういうことは得意なんですよ。鉄砲玉として他の組に乗り込んだとき、彼は表情を変えず、むしろ笑顔で人を傷つけていた。」
「……。」
「そんな人間です。会っていないと口先だけで言っている可能性だってある。」
拳が震える。それは私も想像していて、恐れていることだった。だけどぐっと力を入れる。
「会っていない。と彼は言ってます。というか彼もきっと百合さんがこの国にいることも知らないと思います。」
「桜さん。そんなことを信じるんですか。」
「信じなければ、すべてが崩れるでしょう。今は、バカのように将来のことを考えます。あなたがここにしがみついている間に、私は一年後、二年後のことを考えますから。」
想像は安易にできた。なぜ葵さんがここにしがみついているのか。ここにいたいというのか。
そしてどうして私に執着するのか。
「今日は帰りますね。」
バックヤードに続くドアに手をかけて、私は着替えをする。制服に身を包んだ。これで私はまた高校生に戻る。今は卒業することを考えよう。
バックヤードのドアを開けると、葵さんがその前で待っていた。
「どうしました。」
「あなたは一つ勘違いをしていることがあります。」
「何ですか。」
「私が百合とあなたを重ねたことはありません。柊がそうしたようにね。私もあなたはあなただと思ってます。」
手が私の頬に触れる。何度も感じた温かさ。だけど今は嫌悪感しかない。
「離してください。」
手を振り払い、店の方へ足を進める。
「桜さん。」
「帰ります。遅くなると帰れなくなるから。」
「そんなときも柊は来ないのでしょう?」
その言葉に私は足を思わず止めた。
「忙しい人ですから。」
「あなたは何が忙しいのかもわかっていない。彼が今、何をしているのかもわからないのに「信用」という言葉だけで繋がっている。」
「でも春までです。」
ドアを引いて、出ていこうとした。しかしそのドアを彼は後ろから押した。
「春になれば彼があなたの元へやってくると?本当にそんなことを信じているんですか。」
「それ以上何を求めましょうか。」
ウェストから手を伸ばされて、後ろに温かく柔らかいものが押しつけられた。やがてそれは痛みに変わる。
「痛い!」
柔らかいそれが離されると、首もとがヒリヒリした。振り向いて彼の方を見る。
「こうしている間にも彼は百合のところにいるのかもしれない。」
ずきっと心も痛む。
「日曜日に会えるって……。」
「日曜日に帰国するからでしょう。その間彼は彼女を愛しているかもしれない。」
「あり得ない。」
「桜。甘い考えは止しましょう。そして誰があなたを一番に思っているのか、よく考えて。」
首を横に振り、私は彼を見上げる。
「少なくてもあなたじゃない。」
「私ではないと?」
「えぇ。こんな噛み跡を残したり、強引に手に入れようとしたり、不安をかき立てるような人が、私を思っているとは思えない。」
その言葉に彼は私に近づいてくる。そしてぐっと顎を持ち上げると、素早く唇を重ねてきた。
「やっ……。」
強引に重ねてくる唇。口内を愛撫する舌。唇を離されると、首もとに舌が張ってくる。
「んっ……。」
ブラウスのボタンに手を伸ばしてきて、一つそれを外したときだった。
後ろのドアからすごい力を感じた。思わず葵さんの方に倒れ込んでしまう。
二人して倒れ込んだ。そのドアを開けたのは茅さんだった。
「こんなことだろうとは思った。相変わらずバカ男だな。最低だ。」
茅さんは私を引き上げると、起きあがった葵さんに言う。
「私がなんだと?」
「あぁ。最低だろうな。体調が悪いこいつの穴につっこもうと思ったんだろ?」
「……。」
「まぁ。お前には関係ないか。そういうこと気にしないんだっけ?むしろ生理中なら、ガキが出来ないからいいって言ってたっけ。」
私は茅さんにしがみつくように、シャツを握った。
「茅。お前……。」
茅さんは葵さんを見上げていった。
「全部お前の言ってたことだ。全部跳ね返ってきたな。だからお前もバカなんだ。皆のことを卑下してみてた罰が当たったんだ。ざまぁみろ。」
ほとんど私の我が儘ばかりだ。あのエリアマネージャーが苦笑いをする姿が目に浮かぶ。だが利益を上げなければ意味がない。
そのヒジカタコーヒーは私を入社させるにいたって、一つの条件を出した。まぁ、確かに私の意向ばかりを受け入れるだけじゃだめなんだろうからなぁ。
「バリスタライセンスをとってもらえますか。」
「必要ですか。」
「えぇ。一応あった方が「ありますから、コーヒーを淹れれるんです」という証明になりますから。」
蓮さんはそういって、私にそのための資料を手渡してくれた。
だけど心配なのは葵さんだ。
支社長と蓮さんが帰り、茅さんが帰ってしまったあとも彼はぼんやりとしている。珍しいミスばかりするので、最終的には私がコーヒーを淹れるようになってしまった。
今日はあまり忙しくなくて良かった。
二十一時。私は店の看板をcloseにする。
「葵さん。そろそろあがりますね。」
「あぁ。もうそんな時間でしたか。」
彼は時計を見て、ため息をつく。
「葵さん。今日はどうしました?」
「……懐かしい名前で動揺してしまいました。」
「百合さんですか。」
百合さんの名前はここではでたこともあるのに、どうしてこんなに動揺しているんだろう。
「桜さん。一つ、聞いていいですか。」
「はい?」
「あなたは百合さんがこの国に帰国していることを知っていましたか。」
「はい。ヒジカタコーヒーの用事で、帰ってきてると。」
「……いつから?」
「いつからかは知りませんが、帰るのは日曜日だと。」
「……そうですか……。柊に会っていたんですかね。」
「それはないと思います。」
「そこまで信じますか?」
「えぇ。今日彼に会いました。でも知っている感じではなかったし……。」
「そういうヤツだ。知らないふりが出来る。」
私はカウンターに入ると、彼を見上げる。
「出来ませんよ。付き合って一年が過ぎましたが、彼は嘘が下手な人です。知っているものを知らないふりが出来ない。」
「しかし嘘はもうすでに一つついている。」
「何ですか。」
「Syuであることです。うまく誤魔化してますけど、そういうことも出来るんですよ。」
「……。」
「私も涼しい顔をして嘘を付くと言われることはありますが、彼もそういうことは得意なんですよ。鉄砲玉として他の組に乗り込んだとき、彼は表情を変えず、むしろ笑顔で人を傷つけていた。」
「……。」
「そんな人間です。会っていないと口先だけで言っている可能性だってある。」
拳が震える。それは私も想像していて、恐れていることだった。だけどぐっと力を入れる。
「会っていない。と彼は言ってます。というか彼もきっと百合さんがこの国にいることも知らないと思います。」
「桜さん。そんなことを信じるんですか。」
「信じなければ、すべてが崩れるでしょう。今は、バカのように将来のことを考えます。あなたがここにしがみついている間に、私は一年後、二年後のことを考えますから。」
想像は安易にできた。なぜ葵さんがここにしがみついているのか。ここにいたいというのか。
そしてどうして私に執着するのか。
「今日は帰りますね。」
バックヤードに続くドアに手をかけて、私は着替えをする。制服に身を包んだ。これで私はまた高校生に戻る。今は卒業することを考えよう。
バックヤードのドアを開けると、葵さんがその前で待っていた。
「どうしました。」
「あなたは一つ勘違いをしていることがあります。」
「何ですか。」
「私が百合とあなたを重ねたことはありません。柊がそうしたようにね。私もあなたはあなただと思ってます。」
手が私の頬に触れる。何度も感じた温かさ。だけど今は嫌悪感しかない。
「離してください。」
手を振り払い、店の方へ足を進める。
「桜さん。」
「帰ります。遅くなると帰れなくなるから。」
「そんなときも柊は来ないのでしょう?」
その言葉に私は足を思わず止めた。
「忙しい人ですから。」
「あなたは何が忙しいのかもわかっていない。彼が今、何をしているのかもわからないのに「信用」という言葉だけで繋がっている。」
「でも春までです。」
ドアを引いて、出ていこうとした。しかしそのドアを彼は後ろから押した。
「春になれば彼があなたの元へやってくると?本当にそんなことを信じているんですか。」
「それ以上何を求めましょうか。」
ウェストから手を伸ばされて、後ろに温かく柔らかいものが押しつけられた。やがてそれは痛みに変わる。
「痛い!」
柔らかいそれが離されると、首もとがヒリヒリした。振り向いて彼の方を見る。
「こうしている間にも彼は百合のところにいるのかもしれない。」
ずきっと心も痛む。
「日曜日に会えるって……。」
「日曜日に帰国するからでしょう。その間彼は彼女を愛しているかもしれない。」
「あり得ない。」
「桜。甘い考えは止しましょう。そして誰があなたを一番に思っているのか、よく考えて。」
首を横に振り、私は彼を見上げる。
「少なくてもあなたじゃない。」
「私ではないと?」
「えぇ。こんな噛み跡を残したり、強引に手に入れようとしたり、不安をかき立てるような人が、私を思っているとは思えない。」
その言葉に彼は私に近づいてくる。そしてぐっと顎を持ち上げると、素早く唇を重ねてきた。
「やっ……。」
強引に重ねてくる唇。口内を愛撫する舌。唇を離されると、首もとに舌が張ってくる。
「んっ……。」
ブラウスのボタンに手を伸ばしてきて、一つそれを外したときだった。
後ろのドアからすごい力を感じた。思わず葵さんの方に倒れ込んでしまう。
二人して倒れ込んだ。そのドアを開けたのは茅さんだった。
「こんなことだろうとは思った。相変わらずバカ男だな。最低だ。」
茅さんは私を引き上げると、起きあがった葵さんに言う。
「私がなんだと?」
「あぁ。最低だろうな。体調が悪いこいつの穴につっこもうと思ったんだろ?」
「……。」
「まぁ。お前には関係ないか。そういうこと気にしないんだっけ?むしろ生理中なら、ガキが出来ないからいいって言ってたっけ。」
私は茅さんにしがみつくように、シャツを握った。
「茅。お前……。」
茅さんは葵さんを見上げていった。
「全部お前の言ってたことだ。全部跳ね返ってきたな。だからお前もバカなんだ。皆のことを卑下してみてた罰が当たったんだ。ざまぁみろ。」
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