夜の声

神崎

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二年目

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 送ってもらっていた葵さんに、茅さんは明らかに不機嫌そうな表情をしていた。いつもだったら自分が送ってあげていたのに、なぜ今日は葵さんなのだというところだろう。
「借りた部屋はこの辺か。」
「あぁ。ここのアパートだ。」
「桜さんと同じアパートだとはね。狙ったのか。」
「まさか。偶然だ。」
 狙う?葵さん。なにを言っているの?
「桜。今日は葵に送ってもらったのか。」
「えぇ。」
「ちょっとは一人で帰れるようになればいいのにな。」
 茅さんの言葉に今度は葵さんの笑顔が少し張り付いた。
「今日は?」
「あぁ。時間が合えば送ってやってた。こいつにはこいつの事情があると聞いたし。」
「そんなことまで話したのですか。」
「望んで話したことではありません。」
「葵。俺が無神経に聞いただけだ。こいつは悪くない。」
 庇った?誰にでも話せるようなことではないことを、茅さんには話した。その事実を庇ったように思える。
「そうだったのか。」
「明らかにほっとしてるな。」
「あぁ。そうだ。あなたもライバルになるようでは、桜さんが可哀想だと思ったからね。」
「可哀想?それにライバルだ?」
「あぁ。」
「お前、まさか……こいつが?」
「あぁ。好きだ。」
 するときちんとセットしている髪型をぐちゃぐちゃにするように、彼は頭をかいた。
「恋人がいるって聞いてるか。この近くに住んでいるらしいが。」
「あぁ。」
「それを知っていて?」
「あぁ。いずれ振り向いてくれると思っているから。」
「……お前らしくないな。手に入れようと思ったら何をしてでも手に入れようとしていたのに。」
「歳かもしれないな。それとも……恋がそうさせないのかもしれない。簡単に手に入れようとはしないところが。」
 嘘つき。彼はそうだ。笑顔で嘘をつける人。だから信用が出来ない。
「やはりな。」
 ポケットから煙草を取り出して、茅さんはそれに火をつけた。
「お前の「好き」は信用できない。」
「人格否定か。」
「そんなつもりはない。ただ、お前は昔から「好き」だという言葉には、感情が感じられない。他の言葉には感情が見えるのに、その言葉だけは感情がないように思える。」
 煙を吐き出して、彼は葵さんに近づいてきた。
「それでは誰にも信用されないだろう。恋愛経験が少ない桜なら尚更信用されないだろう?桜は愛されている自信があるから、お前には振り向かない。」
「……。」
 その言葉はきっと図星だったのだろう。葵さんの表情が一瞬消えたから。でも彼はすぐに表情をすぐに戻して、笑顔になった。
「あなたも好きなのか。」
「は?」
「あなたも桜さんを好きではないにしても、気に入っているだろう?あなたも椿にいた頃からあまり人に馴染まない人だったが、彼女をずっと送迎していたとなると、よっぽど気に入っているだと思う。」
 茅さんはじっと私を見る。そしてふっと笑う。
「仕事は出来る奴だ。こんな奴が下で働いてくれれば助かるんだがな。」
「仕事上の話か?」
「あぁ。お前だってそうだろう?」
「えぇ。出来ればずっと続けて欲しいが、働き出せば無理かもしれませんね。」
「うちの会社に来ないかと言ったばかりだ。」
「……あの噂は本当だったのか。」
「あぁ。もうプロジェクトは動き出している。だからこそ、桜の力が必要かもしれない。」
 何?プロジェクトって?私は不安になりながら、二人を交互に見ていた。
「まぁ、良い。話をはぐらかされたのは、きっと本音を言いたくないだけなのだろうから。」
 茅さんは煙草を消して、アパートの方へ足を向ける。
「葵さん。ありがとうございました。」
「いいえ。お疲れさまでした。明日もよろしくお願いします。」
「はい。」
 そういって私もアパートの方へ向かっていった。ふと振り返ると、帰って行く葵さんの後ろ姿が見える。ふっとため息をついて、私はアパートの方へ帰って行った。
 するとアパートの階段で、茅さんが立っていた。まだ何か話があるのだろうか。
「あいつが好きねぇ。」
「何か?」
「本音だったのか。」
「……知りませんよ。本音だとしても私はその気持ちに答えられませんから。」
「そんなにいい男なのか。お前の男は。」
「えぇ。あなたの百倍は。」
「……。」
「無理矢理キスするような男じゃありませんから。」
「紳士というわけか。それともヘタレなのか。」
「自分の欲望に自制がきくんですよ。」
「言いようだな。」
 すると彼は急に私の二の腕をつかんだ。その力は強くて、逃れられそうになかった。
「やめてください。」
「それでも俺のキスが一番良かったはずだ。葵に知らせてやろうかと思ったよ。今日のことを。」
「不本意です。」
 すると彼はその腕を引き寄せようとした。しかし私はそれを拒否するように、彼を突き放す。
「おやすみなさい。」
 逃げるように私は階段を上がっていく。すると彼は私に声をかけた。
「桜。俺の部屋はここの一階。一番奥だ。いつでも来い。」
「行きません。」
「可愛くねぇ奴だ。」
 部屋に戻ると、ふと思い出した。彼とのキスを。息つく暇無いようなキスだった。多分柊さんがいなければ、彼を好きだと勘違いさせるかもしれない。だけど私は柊さんがいい。
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