夜の声

神崎

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二年目

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 日曜日の朝でもいつもの時間に起きてしまう習慣は直らない。朝食を食べて、溜まった洗濯物と部屋の掃除をしなければいけないからイヤでも早く起きなきゃいけないんだけど。夕方にはまた「窓」へ行かないといけないし。
 だけど布団を干すのはあまり長い時間干せないな。暑いし。
 午前中にもう布団を取り込んで、洗濯物も厚手のものも乾いてしまった。そして綺麗になったシーツを布団に入れていると、私の携帯電話の音が聞こえる。着信だ。自分の部屋に向かい、その携帯電話を手にすると、見たことのない電話番号が表示されていた。
「もしもし。」
「桜か。茅だが。」
 茅さんだ。どうして番号を知っているんだろう。わからないけど、彼の声はせっぱ詰まっているように聞こえた。
「どうしましたか。」
「会社に来れる?」
「会社?ヒジカタコーヒーですか。」
「あぁ。都合が良かったらで良いけど、どうだろう。」
 家とかじゃなくて会社ってのが引っかかるけど、何だろう。
「わかりました。」
 私は電話を切り、布団にシーツを急いで入れてTシャツを着替えた。掃除で汗だくになっていたからだ。
 そして急ぎ足で家を出て行った。多分、家には母さんが寝ていると思う。多分ご飯には気がついていると思うけど、一応メッセージは入れておこう。

 ヒジカタコーヒーのビルに来るのは、秋以来かな。あのときは竹彦も一緒にいた。今は一人だ。私は階段を上り、そのドアを開ける。すると、電話の音が鳴り響いていた。
「桜か?」
 奥から茅さんの声が聞こえた。
「はい。」
「悪い。電話出てくれ。」
「何を言えば?」
「相手の名前と用件だけ聞いて、折り返し電話するって言っとけ。」
 するとまた彼は電話を続けた。私は荷物をおいて、電話を取る。するとそこからはこちらの言葉ではない言葉が耳に飛び込んでくる。
「え?」
 相手の名前と用件って言われたけど、英語ですらないよ。この言葉。
「茅さん。」
 すると茅さんはすぐに私の方へやってきて、電話を受け取った。すると彼の口から、その言葉が発せられる。
「桜。そっちにある手書きのメモの内容を、パソコンのアドレスに送信してくれ。」
「はい。」
 デスクへ行ってメモ書きを見る。そこには案外几帳面な文字で書かれたおそらく豆の種類。それから数が書かれている。
 それを入力していると、茅さんは次々にメモを渡してくる。アドレスと、内容をすべて書いている。それは全くこういう仕事がわからない私にもわかりやすい内容だった。
「メール終わったら、これの数を入力してくれ。あぁ、こっちのソフトだ。」
「はい。」
「入力早くて助かるな。」
 少しでも役に立っていればそれでいい。私はそう思いながら、それを入力していった。
「終わった……。」
 メールして、入力して、その繰り返しの怒濤の時間だった。それが終わり、時計を見ると十四時になっている。
「悪かったな。急に呼び出して。」
 茅さんは散らばっている資料を集めて、整理をしている。私もそれに習って整理し始めた。
「いいえ。」
「くそ。昨日来た新人よりもぜんぜん役に立つ。あいついったい何しに来たんだ。」
「新人を入れたんですか。」
「あぁ。本社から派遣された奴。ぜんぜん仕事できねぇくせに、ミスばっかして、その尻拭いだよ。今日は。休みだったのに。」
「……そうだったんですね。」
「そのくせ、うちの支社に会わないから辞めますって。子供かよ。」
「大変ですね。」
「あれで大学出てんだから、大学はバカ製造所じゃねぇかって思う。」
「そこまで言いますか。」
 苦笑いをして、彼に集めた資料を渡した。今日はいつものスーツではなく、白いTシャツと色あせたジーンズを着ていて、Tシャツの袖からは逆十字の刺青や梵字で書かれた何かの刺青が見える。多分体中に沢山入っているんだろうな。
「俺は大学どころか高校も出てねぇから。」
「椿だったといってましたね。」
「あぁ。昔の話だ。」
 そういう世界にいるというのは、それなりの理由があるのだろう。私にはわからないけれど、きっと茅さんには茅さんの事情があるのだ。
「腹減ったな。もう二時か。飯行くか?」
「いいえ。私、このままバイトに。」
「葵の所、四時からだろ?会社通したわけじゃねぇからバイト代でないし、それくらいしても良いぜ。世話になったんだし。」
「いいえ。いい勉強になりましたよ。」
「希望は事務職だっていってたな。そんな勉強をしているんだろう。入力やたら早かった。」
 正直その言葉は嬉しかった。いつも簿記とか、キーボードの入力とか、よくわかんない事務仕事の練習ばかりしていたけど、こんなところで役に立つと思っても見なかったから。
「それで仕事内容の理解が出来たら、最強だな。あのおばさんが居なくなってもお前一人で回せそうだ。」
「それはいいすぎですよ。」
「いいや。俺もずっとはここにいないと思うし。」
 すると彼はデスクの上にある、一枚の紙を見る。それはこっちの言葉ではない。私には理解できない言葉だ。
「また世界を渡るんですか。」
「いい豆はないかって探してた時期が、一番面白かった。まぁ、今でもいい仕事だとは思うけどな。でもまぁ、正直、利用されてるだけのようにも感じる。」
「利用?」
「俺は顔が広いからな。あれが欲しいっていっても割と都合付けてくれる業者が多い。それを会社が利用しているように思える。」
「……。」
「椿にいたときもそうだった。」
 利用されるだけいいのかもしれない。それだけ自分に価値があるのだから。私にその価値があるのだろうか。
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