夜の声

神崎

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一年目

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 コートを着て、戸惑ったけれど結局竹彦からもらった白いマフラーをつけた。そして暗い外にでる。正直少し怖いけれど、今日ばかりは夜中でも外にでている人も多いのだ。
 十二月三十一日から一月一日になる。その瞬間をみんなで迎えようとしているから。向日葵たちと神社で待ち合わせをしている。
「ひさしぶりー。桜、忙しかったんじゃない?年末。」
「そうね。忙しかった。」
「今年は就職もあるし、大変だよね。」
 就職か。やっぱり公務員って無理なのかなぁ。最近その話題になると落ち込んでしまう。
「桜ってやっぱ公務員目指してんの?」
「うん。だけどやっぱ大学まででないと無理なのかな。」
「後はコネかなぁ。」
「コネねぇ。」
 んなものないけど。
「向日葵はどうするの?」
「あたし専門。美容師になるから。」
「あたしも専門だよ。」
 やっぱみんな専門学校行くんだなぁ。うーん。お金かかるのに。
「あ、何?あの人。浮浪者?」
 ふといわれてみるところにいる人。大きなリュックをしょった、なんかぼろぼろのコートとか、薄汚れたマフラーとかつけてる人。髭だらけで、髪も伸び放題のぼろぼろ。
「あんな人いるとちょっとねー。」
 でも若い人っぽいな。若いのにそんな感じの人って何だろう。
 そのときわっと周りが騒がしくなった。ふと見ると、そこには派手な格好をした梅子さんや松秋さんたちがいる。着物を着ていたり、ラメ入りのスーツを着ているから、何となく色物芸人のようだった。
「……何の集団?」
「あ、行ってくる。」
 一応挨拶しないといけないかなぁ。私はお参りを終わらせて、梅子さんたちに近づいた。
「梅子さん。」
「あら、桜さん。新年おめでとう。今年もよろしくね。」
 今日のテーマは何だろう。花魁とか、そんなのだろうか。
「桜さん。」
「松秋さんもおめでとうございます。」
「今年もよろしくな。たまには店に顔を出せよ。」
「はい。」
「最近は竹彦も来ないのよ。寂しいわぁ。」
 竹彦も来ないという言葉に、私の心がずきっと痛んだ。何度も降って、私たちは別れたから。連絡の一つもとっていない。
「奴の周辺もちょっと騒がしくなっているからな。来る所じゃないんだろう。」
「騒がしい?」
「まぁ、高校生にはあまり関係のないことよ。それより、柊さんには会った?」
「いいえ。まだ。」
「そう。さっき見たんだけどね。」
「そうですか。後で連絡を入れてみます。」
「フフ。相変わらずつかず離れずね。まぁ、その距離感がいいんだろうけど。」
「前よりはふわふわしていない。いいことがあったんだろう。」
 松秋さんの言葉に私は少し顔を赤らませた。

 まだ暗いその時間に、私はアパートの外でそれを待った。寒い。足から冷えるようだった。それでもこれでもかって暗い厚着をしてこいという柊さんの言葉を信じ、私は厚着をして待つ。
 やがてバイクの音がわずかに聞こえ、それは近づいてくる。見覚えのあるバイクは私の前で止まり、その人は私にヘルメットを手渡した。それをかぶると、後ろに乗り込み彼の体にしがみつくように乗り込んだ。
 身を切るような冷たい風が打ち付ける。手袋をしていても手がかじかみそうだ。それでもぐっと力を入れて、彼にしがみつく。温かい体だけが唯一の温もりのようだった。
 そしてついた先は、いつかやってきた海の町だった。何人か人がいる。たぶん目的はみんな一緒だろう。
 海岸に降りると、少しずつ周りが明るくなるようだった。
「寒いな。コーヒーでも買うか。」
「そうですね。」
「缶コーヒーしかないが。」
「十分ですよ。暖まるだけなら。」
 赤い自販機にお金を入れて温かいコーヒーを買う。手袋を外してふたを開けると、彼がわずかに笑った。
「どうしました?」
「それ、付けてくれているんだと思ってな。」
 彼の視線の先は右手の薬指にされた指輪だった。
「こんな時じゃないとできませんから。普段はペンダントトップですよ。」
「俺も似たようなものだ。」
 そういって彼は左手にしている腕時計を見せてきた。普段は作業着のポケットに入れているらしい。
「桜。」
「どうしました。」
 肩に手をおいて、私を自分の引き寄せた。私は彼の肩により掛かる。年末は忙しくて触れられなかったから、触れられるのはクリスマス以来だろうか。
「人が見てますよ。」
「このまま聞いてくれればいい。」
「どうしました。」
 彼は少し黙り、そして前を見ていう。
「今年の春に、別のところに派遣になる。」
「え?」
「あの学校は年度末までだ。」
「……。」
 三年になる私はもう学校で柊さんに会うことはないといわれたようだった。
「……そうでしたか。」
 我慢しなければいけない。だけど派遣だから、別のところにいく可能性もあるのだ。それは避けて通れない。わかっていた。だけど、辛かった。
「次の派遣先は、小学校だ。」
「え?」
「また学校かって思ったけどな。一度行ったところで……子供の声がうるさいところだったか。」
「同じ町ですか。」
「あぁ。最低一年はこの町にいたいと申請しているし。」
「……。」
「桜。いいところだけ見ろ。学校であっても声もかけられない、触れられない今より、きっと今からの方がいい。堂々とできるんだ。」
「……そうですね。」
 そうだ。考え方によっては今よりもいい条件なんだ。こそこそとつきあうこともない。
 空が明るくなる。そして日が登る。
「来年も、ずっと見よう。」
「はい。」
 彼はそういって、私の頭をひきよせるとその頭にキスをした。
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