334 / 339
罠
333
しおりを挟む
あのクラブのイベントに雇われて瑞希がクラブでの臨時のバーテンダーをしていると聞いて、響子は少し不安に思っていた。危ないイベントだと思う。だがそれはクラブと「flipper」の親会社の話が交わされていて、瑞希は「行け」と言われたから行っているだけだ。もしそこで何かあったとしても関わりは無い。
だが一番部案なのはその場に弥生がいること。弥生はおそらく何も知らない。看護師をしていて、今は精神科の担当になっているのでもしかしたら薬なんかの中毒者や売人は見分けが付くかも知れない。そもそも酒は飲めないタイプだ。だが夜の町はほとんど「flipper」などのライブハウスに限られている弥生は、そういうクラブにはあまり足を運ばないと聞く。その上瑞希がいるとは言え、瑞希は弥生までに目を配らせないだろう。
もし何かがあったら。そう思うとクラブに乗り込みたいと思う。
「大丈夫だと思うけどな。弥生も瑞希もバカじゃ無いし、そんな話に乗ると思えないけど。」
圭太はそう言っていたが嫌な想像しか出来ない。里村の所へ行ったあと、少し前を通ってみるか。そう思いながら響子はK町の繁華街の中に入っていく。
普段よりも若い人が多いように見えるのはクラブのイベントの影響だろうか。例のクラブはこの辺でも大きなクラブになる。著名人が来るのだから、それくらいの規模のクラブを借りたのだろう。そして収容キャパも多い。当然若い人がいつもよりも多いのだ。
そんな人たちを尻目に、響子は繁華街の外れに足を運ぶ。
商店街はいつも通り八百屋や魚屋、肉屋は遅くまで開いている。その並びに「花岡酒店」もあるのだ。角打ちはまだしているらしく、店の中から明かりが漏れていて笑い声などが聞こえた。
この家を継いでいる一馬の兄もその嫁である葉子も、響子をまるで嫁のように扱ってくれていた。それが嬉しいと思う。そして実感出来る。自分が一馬の嫁になるかもしれないと言うこと。
そう思うと響子の頬が赤くなる。少し声をかけていこうかと思ったが、ここで引き留められたら里村の所へ行くのが遅れてしまう。そう思いながら素通りし、雑居ビルの前に立つ。その二階が夜間保育になっているのだ。
ドアを開けると声をかける。
「こんばんは。」
響子の声に玄関先にまで一人の男の子が駆け寄ってきた。
「響子ちゃん。」
そう言って男の子は足下に抱きついてきた。それを響子は笑顔で受け入れ、頭をなでた。
「久しぶりね。翔太君。」
「うん。ずっと来てくれなかったもんね。」
すると奥の部屋から里村がやってきた。相変わらず優しそうな笑顔で、響子を安心させるようだ。
「いらっしゃい。響子さん。」
「お邪魔します。あぁ。コレを真二郎から預かってきました。」
そう言って紙袋を里村に手渡す。その中身を見て里村は少し笑った。
「バームクーヘンかな。」
「正確にはミルフィーユだそうです。焼き菓子として採用しているのですが、他のクッキーやフィナンシェと違って、常温で保管は可能ですがあまり長く置けないからと。」
「まだ子供達はおやつを食べていないんだ。ありがたく戴くよ。」
そう言って里村は響子を部屋に上げた。すると子供達が十人ほどいる中に、若い女性が響子を見て少し微笑んで頭を下げる。
「初めまして。本宮さん?響子さん?どちらで呼べば良いのかしら。」
「どちらでも結構ですよ。」
ショートカットの女性は小柄でどことなく小動物のような可愛らしさがある。新しい従業員だろうか。狭いからかたくなに従業員を入れようとしなかった里村が、ついに従業員を入れたのかと意外そうに里村を見る。
すると里村は少し笑って響子に言った。
「うちの娘なんだ。」
娘がいるとは聞いたことは無かった。と言うか、里村のことはあまり詳しく聞いていない。年齢すら聞いたことは無かったのだ。
「娘さん……。」
「笙子って言います。よろしく。」
元気いっぱいな感じに、意外な感じがした。里村は普段穏やかな人で優しいイメージがあるが、この女性は対照的に見える。
「よろしくお願いします。」
あまり元気な人は苦手だ。明るさの押し売りをしてくることがあるから。響子はそう思っていたが、里村の娘なのだからそんなに拒絶も出来ないだろう。もし里村がいなくなるようなことがあるなら、これまで以上に関わりたくは無いと思う。
「笙子。コレをみんなで食べようか。」
そう言って里村は笙子に紙袋を手渡す。
「わぁ。美味しそう。いつも響子さんがおやつを作ってくれるって聞いてますけど、コレも響子さんが?」
「いいえ。うちのパティシエのモノです。焼き菓子に加えようかと思っているみたいで。」
「焼き菓子って、お土産とかに手渡すモノ?」
「えぇ。」
「こんなのもらったらすごい嬉しいと思うわ。」
笙子がそう言うと、子供達がなんだなんだと笙子の周りに駆け寄ってくる。
「笙子。牛乳とそのお菓子をみんなで食べてくれないか。」
「えぇ。じゃあ、大きい子達はみんな自分のコップを出してきましょうね。」
「はーい。」
まだおむつも取れていないような感じの子供や、一人で座れないような子供もいる。ここまで小さい子はいなかったようだが、笙子が来たので受け入れるようになったのだろうか。
「アレが俺の孫になるんだよ。」
緑色のシャツを着た男の子がいる。三,四歳と言ったところだろうか。控えめそうに自分の水色のプラスチックのコップを出していた。
「里村さんに似てますね。」
「そうかな。人が言うほど似ているとは思わないんだけど。」
そう言うと里村は少し笑っていた。
「ちょっと事情があって笙子とは離れて暮らしていたんだけどね。孫まで出来ているとは思ってもなかった。まだ笙子は二十歳なんだけどね。」
「はぁ……。」
と言うことは高校生くらいの時に子供を作ったと言うことだろうか。響子も身に覚えが無いわけではない。
高校は地元から離れた調理化のある学校へ通っていた。当然、同じように料理士なりパティシエなりを目指した人たちが多かったが、二年、三年となると女子がいつの間にかいなくなっていることもあった。妊娠して結婚するからと言って自主退学をしたのだ。
笙子もそんな感じなのだろう。
「響子さん。ちょっと良いかな。」
笙子一人でおやつをあげることは出来るだろう。そう思った里村は響子を連れて外へやってくる。そして里村は少し笑って響子を見下ろした。
「夏の新製品の試飲はする?」
「功太郎が考えてます。もう功太郎も店に入って時が経ちますし、そろそろ新製品を考えても良いんじゃ無いかと思って。」
「功太郎君が?」
功太郎はここに来たとき、子供からの受けが良かった。子供の目線で話をするからだろう。
「試行錯誤をしています。今度、子供達に試飲をさせて欲しいと言われました。」
「……功太郎君だけなら大丈夫かも知れないな。」
「何が?」
「あの……いつか連れてきてもらったオーナーさんは来ることは無いだろうか。」
「オーナーは子供達の受けが悪かったみたいだし、何よりあまり子供ガス器では無いようです。なので来ることは無いと思いますが。」
「だったら良いんだ。」
あらか様にほっとしている。どうしたのだろうか。
「何かありましたか。」
すると里村は少しため息をついて言う。
「笙子の旦那なんだけどね。」
「はぁ……子供さんが居ると言うことは、おそらくそうだろうとは思ってましたが。」
「ちょっと変な死に方をしててね。」
その言葉に響子は違和感を覚えた。里村がこんなことを言うのを始めて聞いたから。
だが一番部案なのはその場に弥生がいること。弥生はおそらく何も知らない。看護師をしていて、今は精神科の担当になっているのでもしかしたら薬なんかの中毒者や売人は見分けが付くかも知れない。そもそも酒は飲めないタイプだ。だが夜の町はほとんど「flipper」などのライブハウスに限られている弥生は、そういうクラブにはあまり足を運ばないと聞く。その上瑞希がいるとは言え、瑞希は弥生までに目を配らせないだろう。
もし何かがあったら。そう思うとクラブに乗り込みたいと思う。
「大丈夫だと思うけどな。弥生も瑞希もバカじゃ無いし、そんな話に乗ると思えないけど。」
圭太はそう言っていたが嫌な想像しか出来ない。里村の所へ行ったあと、少し前を通ってみるか。そう思いながら響子はK町の繁華街の中に入っていく。
普段よりも若い人が多いように見えるのはクラブのイベントの影響だろうか。例のクラブはこの辺でも大きなクラブになる。著名人が来るのだから、それくらいの規模のクラブを借りたのだろう。そして収容キャパも多い。当然若い人がいつもよりも多いのだ。
そんな人たちを尻目に、響子は繁華街の外れに足を運ぶ。
商店街はいつも通り八百屋や魚屋、肉屋は遅くまで開いている。その並びに「花岡酒店」もあるのだ。角打ちはまだしているらしく、店の中から明かりが漏れていて笑い声などが聞こえた。
この家を継いでいる一馬の兄もその嫁である葉子も、響子をまるで嫁のように扱ってくれていた。それが嬉しいと思う。そして実感出来る。自分が一馬の嫁になるかもしれないと言うこと。
そう思うと響子の頬が赤くなる。少し声をかけていこうかと思ったが、ここで引き留められたら里村の所へ行くのが遅れてしまう。そう思いながら素通りし、雑居ビルの前に立つ。その二階が夜間保育になっているのだ。
ドアを開けると声をかける。
「こんばんは。」
響子の声に玄関先にまで一人の男の子が駆け寄ってきた。
「響子ちゃん。」
そう言って男の子は足下に抱きついてきた。それを響子は笑顔で受け入れ、頭をなでた。
「久しぶりね。翔太君。」
「うん。ずっと来てくれなかったもんね。」
すると奥の部屋から里村がやってきた。相変わらず優しそうな笑顔で、響子を安心させるようだ。
「いらっしゃい。響子さん。」
「お邪魔します。あぁ。コレを真二郎から預かってきました。」
そう言って紙袋を里村に手渡す。その中身を見て里村は少し笑った。
「バームクーヘンかな。」
「正確にはミルフィーユだそうです。焼き菓子として採用しているのですが、他のクッキーやフィナンシェと違って、常温で保管は可能ですがあまり長く置けないからと。」
「まだ子供達はおやつを食べていないんだ。ありがたく戴くよ。」
そう言って里村は響子を部屋に上げた。すると子供達が十人ほどいる中に、若い女性が響子を見て少し微笑んで頭を下げる。
「初めまして。本宮さん?響子さん?どちらで呼べば良いのかしら。」
「どちらでも結構ですよ。」
ショートカットの女性は小柄でどことなく小動物のような可愛らしさがある。新しい従業員だろうか。狭いからかたくなに従業員を入れようとしなかった里村が、ついに従業員を入れたのかと意外そうに里村を見る。
すると里村は少し笑って響子に言った。
「うちの娘なんだ。」
娘がいるとは聞いたことは無かった。と言うか、里村のことはあまり詳しく聞いていない。年齢すら聞いたことは無かったのだ。
「娘さん……。」
「笙子って言います。よろしく。」
元気いっぱいな感じに、意外な感じがした。里村は普段穏やかな人で優しいイメージがあるが、この女性は対照的に見える。
「よろしくお願いします。」
あまり元気な人は苦手だ。明るさの押し売りをしてくることがあるから。響子はそう思っていたが、里村の娘なのだからそんなに拒絶も出来ないだろう。もし里村がいなくなるようなことがあるなら、これまで以上に関わりたくは無いと思う。
「笙子。コレをみんなで食べようか。」
そう言って里村は笙子に紙袋を手渡す。
「わぁ。美味しそう。いつも響子さんがおやつを作ってくれるって聞いてますけど、コレも響子さんが?」
「いいえ。うちのパティシエのモノです。焼き菓子に加えようかと思っているみたいで。」
「焼き菓子って、お土産とかに手渡すモノ?」
「えぇ。」
「こんなのもらったらすごい嬉しいと思うわ。」
笙子がそう言うと、子供達がなんだなんだと笙子の周りに駆け寄ってくる。
「笙子。牛乳とそのお菓子をみんなで食べてくれないか。」
「えぇ。じゃあ、大きい子達はみんな自分のコップを出してきましょうね。」
「はーい。」
まだおむつも取れていないような感じの子供や、一人で座れないような子供もいる。ここまで小さい子はいなかったようだが、笙子が来たので受け入れるようになったのだろうか。
「アレが俺の孫になるんだよ。」
緑色のシャツを着た男の子がいる。三,四歳と言ったところだろうか。控えめそうに自分の水色のプラスチックのコップを出していた。
「里村さんに似てますね。」
「そうかな。人が言うほど似ているとは思わないんだけど。」
そう言うと里村は少し笑っていた。
「ちょっと事情があって笙子とは離れて暮らしていたんだけどね。孫まで出来ているとは思ってもなかった。まだ笙子は二十歳なんだけどね。」
「はぁ……。」
と言うことは高校生くらいの時に子供を作ったと言うことだろうか。響子も身に覚えが無いわけではない。
高校は地元から離れた調理化のある学校へ通っていた。当然、同じように料理士なりパティシエなりを目指した人たちが多かったが、二年、三年となると女子がいつの間にかいなくなっていることもあった。妊娠して結婚するからと言って自主退学をしたのだ。
笙子もそんな感じなのだろう。
「響子さん。ちょっと良いかな。」
笙子一人でおやつをあげることは出来るだろう。そう思った里村は響子を連れて外へやってくる。そして里村は少し笑って響子を見下ろした。
「夏の新製品の試飲はする?」
「功太郎が考えてます。もう功太郎も店に入って時が経ちますし、そろそろ新製品を考えても良いんじゃ無いかと思って。」
「功太郎君が?」
功太郎はここに来たとき、子供からの受けが良かった。子供の目線で話をするからだろう。
「試行錯誤をしています。今度、子供達に試飲をさせて欲しいと言われました。」
「……功太郎君だけなら大丈夫かも知れないな。」
「何が?」
「あの……いつか連れてきてもらったオーナーさんは来ることは無いだろうか。」
「オーナーは子供達の受けが悪かったみたいだし、何よりあまり子供ガス器では無いようです。なので来ることは無いと思いますが。」
「だったら良いんだ。」
あらか様にほっとしている。どうしたのだろうか。
「何かありましたか。」
すると里村は少しため息をついて言う。
「笙子の旦那なんだけどね。」
「はぁ……子供さんが居ると言うことは、おそらくそうだろうとは思ってましたが。」
「ちょっと変な死に方をしててね。」
その言葉に響子は違和感を覚えた。里村がこんなことを言うのを始めて聞いたから。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生
花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。
女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感!
イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる