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罠
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味噌汁の匂いで目を覚ました。前に良く嗅いだ匂いだ。そう思いながら圭太は目を開ける。そこは見覚えがある場所だったが、どうして自分がここに居るのか一瞬わからなかった。
だがどうでも良い。また目をつぶろうと思ったが、すぐにまた目を開ける。そして体を起こした途端、吐き気が襲ってきた。
「あー……。」
そのままベッドから降りるとトイレへ向かう。ギリギリ間に合った。思いっきり嘔吐してそれを流し、そのままトイレを出る。すると心配そうな響子がそこにいた。
「手を洗って、顔もついでに洗いなさいよ。」
響子に促されて圭太はそのまま洗面所へ向かう。
手を洗い、口をゆすぐ。そしてついでに顔を洗った。タオルを手にして顔を拭いているときに、ふとどうしてここに居るのかわからないままだった。
洗面所を出ると、キッチンを見る。そこには響子がいて何か朝食を作っているようだった。
「響子。何で俺ここに?」
「覚えていないの?」
呆れたように響子は夕べのことを告げてくれた。どうやらバーで強い酒を相当飲んだあと、一馬に拾われてここに来たらしい。その一馬はランニングへ行っているのだ。
「あぁ。悪い。何か迷惑を……。」
「かけたと思うんだったら、自分の酒の許容量くらい把握しなさいよ。」
響子はそう言って白湯を入れたコップを圭太に差し出す。そしてそれをソファの上で飲み、周りを見渡す。付き合っていたときはしょっちゅうここに来ていたし、響子も圭太の部屋に上がることもあった。
圭太の部屋はあまり変わらないが、ここはモノが増えた気がする。CDやDVDなどのソフト、本、そして一馬の仕事道具であろうダブルベースと数本のエレキベースがある。本当に二人がここに住んでいるとわかるようでやるせない。
その時玄関のドアが開いた。そこには一馬の姿がある。
「起きたか。」
「迷惑をかけたな。」
「いいや。店に行ったら真二郎さんにも謝っておくと良い。」
「真二郎も?」
「俺一人で大の大人を運べると思っているのか。ただでさえコレを背負っていたのに。」
ダブルベースを持っていたのだろう。だから真二郎に声をかけたのだ。
「飲みたい気分だったのか?随分泥酔していた。」
その言葉に響子は圭太の方を見る。すると圭太はコップを置いて立ち上がると、一馬の方に頭を下げた。
「悪いことをしたと思う。」
「悪いこと?」
「……夕べ、響子をここに送ったとき……。」
「オーナー。」
その言葉の先を言わせたくない。響子はそう思うと、圭太を止めようとした。だが圭太は首を横に振って言う。
「俺は……自制が効かなかったんだ。」
一馬は首を横に振ると、圭太を見下ろして言う。
「そんなところだろうと思っていた。あんたは意識を失う前に響子の名前を口走った。何をされたかというのは響子から聞いてる。」
「……。」
「俺だって責められない。元々あんたと付き合っていたところに、俺が寝取ったようなモノだ。」
「一馬。」
響子はそれを止めるように一馬に言う。だが事実なのだ。響子は下を向くと、一馬の方を向いた。
「私に隙があったのよ。」
「響子。」
「さっさと車を降りれば良かった。それより何よりも……ここを家にするというのは、危険があることだって言われていたわね。それを思い出したわ。」
「誰に?」
一馬が聞くと、響子は表情を変えずに言う。
「お祖父さん。」
「……祖父さんか。」
その名前を出されると途端に適わないと思うから不思議なモノだ。故人のしたこと、言ったことなどは神格化されるから。
「けれど、オーナー。こういうことはこれっきりにしてくれ。」
「……あぁ。」
約束はしたい。だがそれを本当に守れるかというと怪しいところがある。まだこんなに好きだから。
「じゃあ、私は走ってこよう。オーナーはご飯は食べれそう?」
「気持ち悪いよ。」
「おかゆを作ってるから、それを食べて。」
エプロンをとると、響子はそのまま外に出て行った。ジャージなのはそのためだったのだろう。
圭太はそう思いながらまたソファの上に寝転がる。その様子に一馬は何も言わずにバスルームへ向かった。
軽くシャワーを浴びて出てくると、圭太はまた寝ているようだった。その寝顔を見て、一馬はため息をつく。
自分だって似たようなモノだ。圭太から響子を寝取った。だから責められない。そう言ったのは自分。だが内心、このまま圭太の首を絞めたいと思う。
車という密室で響子を責めるようなことを言い、あまつさえ抱きしめたのだという。自分がどれだけ我慢をして響子と離れているのかわかっているのだろうか。
そう思ったが、ふと我に返る。
もし自分の立場だったら。四六時中好きな女と一緒にいて、でも手を出せない状況。それは生殺しの状態がずっと続いていたと考える。そう思うと許したくなるのだ。
その時圭太の携帯電話が鳴った。その音に圭太はまた頭が重そうに体を起こし、携帯電話を手にする。
「あー……はい。いや。ちょっと起き抜けで。うん……。わかった。詳しい話は店で聞くよ。何時くらいに来る?」
仕事の話らしい。一馬はそう思いってベッドルームへ向かうと、シャツやジーパンを取り出してそれを身につける。そして部屋に戻るとぼんやりして、携帯電話を手にしている圭太がいた。その様子に、一馬は圭太に声をかける。
「仕事の話か。」
その言葉に圭太は我を取り戻したように携帯電話をテーブルに置いた。
「あぁ。親戚がな。六月に結婚式をするから、ウェディングケーキを作ってくれって。それからコーヒーも。」
同じような時期にそういうことをしたことがある。あのときは圭太は客をして、真二郎と響子はスタッフとして参加したのだ。その時がきっかけなのかも知れない。ウェディングケーキの発注は、五,六月あたりが一番多い。クリスマスもそうだが、こういうオーダーは割が良い。小さなケーキをちまちまと売るよりは、まとまった収入になるのだ。
「結婚式か……。」
一馬も呼ばれないことはない。それは客としていくのではなく、どこかの企業の娘とか息子とかが結婚式をするときに、生演奏をして欲しいと言ってその場で演奏をするのだ。
派手な結婚式に冷めた目で一馬は見ていた。だが最近は想像する。あの場に響子がいたら。真っ白のウェディングドレスを着た響子と、その隣にいる自分。それを想像するとそれも見て見たいと思う。誰よりも響子だから。他の人ではそんなことを思わないだろう。
「想像したのか?」
圭太はそう言って少し笑う。一馬の心がわからなくても表情でわかる。僅かだが頬が緩んでいるからだ。
「兄からは結婚するときは式を挙げて欲しいと言われている。それにうんざりはしていた。だが今は……想像することもあるから。」
「残酷なヤツだよな。」
その言葉に一馬は圭太を見下ろして言う。
「そうでも言わないと、あんたはまた響子に手を出すと思った。」
「……。」
「未練があるのは悪いことじゃない。けど……俺は面白くないし、何より響子が恐怖を感じるようなことをあんたはしたんだ。」
「感情で突っ走って悪かったと思う。」
「……だったら、二人っきりになるようなことは避けてくれ。」
「でもさ……この辺を日が超えて女一人で歩くのってどうなんだよ。結構厳しいんじゃないのか。」
その言葉に一馬は少し首を横に振る。
「響子に何かあれば、黙っていない人がいる。あんたの兄さんとやらでも太刀打ちは出来ないだろうな。」
そんな強力なコネがあるのだろうか。圭太は少しぞっとしていた。
だがどうでも良い。また目をつぶろうと思ったが、すぐにまた目を開ける。そして体を起こした途端、吐き気が襲ってきた。
「あー……。」
そのままベッドから降りるとトイレへ向かう。ギリギリ間に合った。思いっきり嘔吐してそれを流し、そのままトイレを出る。すると心配そうな響子がそこにいた。
「手を洗って、顔もついでに洗いなさいよ。」
響子に促されて圭太はそのまま洗面所へ向かう。
手を洗い、口をゆすぐ。そしてついでに顔を洗った。タオルを手にして顔を拭いているときに、ふとどうしてここに居るのかわからないままだった。
洗面所を出ると、キッチンを見る。そこには響子がいて何か朝食を作っているようだった。
「響子。何で俺ここに?」
「覚えていないの?」
呆れたように響子は夕べのことを告げてくれた。どうやらバーで強い酒を相当飲んだあと、一馬に拾われてここに来たらしい。その一馬はランニングへ行っているのだ。
「あぁ。悪い。何か迷惑を……。」
「かけたと思うんだったら、自分の酒の許容量くらい把握しなさいよ。」
響子はそう言って白湯を入れたコップを圭太に差し出す。そしてそれをソファの上で飲み、周りを見渡す。付き合っていたときはしょっちゅうここに来ていたし、響子も圭太の部屋に上がることもあった。
圭太の部屋はあまり変わらないが、ここはモノが増えた気がする。CDやDVDなどのソフト、本、そして一馬の仕事道具であろうダブルベースと数本のエレキベースがある。本当に二人がここに住んでいるとわかるようでやるせない。
その時玄関のドアが開いた。そこには一馬の姿がある。
「起きたか。」
「迷惑をかけたな。」
「いいや。店に行ったら真二郎さんにも謝っておくと良い。」
「真二郎も?」
「俺一人で大の大人を運べると思っているのか。ただでさえコレを背負っていたのに。」
ダブルベースを持っていたのだろう。だから真二郎に声をかけたのだ。
「飲みたい気分だったのか?随分泥酔していた。」
その言葉に響子は圭太の方を見る。すると圭太はコップを置いて立ち上がると、一馬の方に頭を下げた。
「悪いことをしたと思う。」
「悪いこと?」
「……夕べ、響子をここに送ったとき……。」
「オーナー。」
その言葉の先を言わせたくない。響子はそう思うと、圭太を止めようとした。だが圭太は首を横に振って言う。
「俺は……自制が効かなかったんだ。」
一馬は首を横に振ると、圭太を見下ろして言う。
「そんなところだろうと思っていた。あんたは意識を失う前に響子の名前を口走った。何をされたかというのは響子から聞いてる。」
「……。」
「俺だって責められない。元々あんたと付き合っていたところに、俺が寝取ったようなモノだ。」
「一馬。」
響子はそれを止めるように一馬に言う。だが事実なのだ。響子は下を向くと、一馬の方を向いた。
「私に隙があったのよ。」
「響子。」
「さっさと車を降りれば良かった。それより何よりも……ここを家にするというのは、危険があることだって言われていたわね。それを思い出したわ。」
「誰に?」
一馬が聞くと、響子は表情を変えずに言う。
「お祖父さん。」
「……祖父さんか。」
その名前を出されると途端に適わないと思うから不思議なモノだ。故人のしたこと、言ったことなどは神格化されるから。
「けれど、オーナー。こういうことはこれっきりにしてくれ。」
「……あぁ。」
約束はしたい。だがそれを本当に守れるかというと怪しいところがある。まだこんなに好きだから。
「じゃあ、私は走ってこよう。オーナーはご飯は食べれそう?」
「気持ち悪いよ。」
「おかゆを作ってるから、それを食べて。」
エプロンをとると、響子はそのまま外に出て行った。ジャージなのはそのためだったのだろう。
圭太はそう思いながらまたソファの上に寝転がる。その様子に一馬は何も言わずにバスルームへ向かった。
軽くシャワーを浴びて出てくると、圭太はまた寝ているようだった。その寝顔を見て、一馬はため息をつく。
自分だって似たようなモノだ。圭太から響子を寝取った。だから責められない。そう言ったのは自分。だが内心、このまま圭太の首を絞めたいと思う。
車という密室で響子を責めるようなことを言い、あまつさえ抱きしめたのだという。自分がどれだけ我慢をして響子と離れているのかわかっているのだろうか。
そう思ったが、ふと我に返る。
もし自分の立場だったら。四六時中好きな女と一緒にいて、でも手を出せない状況。それは生殺しの状態がずっと続いていたと考える。そう思うと許したくなるのだ。
その時圭太の携帯電話が鳴った。その音に圭太はまた頭が重そうに体を起こし、携帯電話を手にする。
「あー……はい。いや。ちょっと起き抜けで。うん……。わかった。詳しい話は店で聞くよ。何時くらいに来る?」
仕事の話らしい。一馬はそう思いってベッドルームへ向かうと、シャツやジーパンを取り出してそれを身につける。そして部屋に戻るとぼんやりして、携帯電話を手にしている圭太がいた。その様子に、一馬は圭太に声をかける。
「仕事の話か。」
その言葉に圭太は我を取り戻したように携帯電話をテーブルに置いた。
「あぁ。親戚がな。六月に結婚式をするから、ウェディングケーキを作ってくれって。それからコーヒーも。」
同じような時期にそういうことをしたことがある。あのときは圭太は客をして、真二郎と響子はスタッフとして参加したのだ。その時がきっかけなのかも知れない。ウェディングケーキの発注は、五,六月あたりが一番多い。クリスマスもそうだが、こういうオーダーは割が良い。小さなケーキをちまちまと売るよりは、まとまった収入になるのだ。
「結婚式か……。」
一馬も呼ばれないことはない。それは客としていくのではなく、どこかの企業の娘とか息子とかが結婚式をするときに、生演奏をして欲しいと言ってその場で演奏をするのだ。
派手な結婚式に冷めた目で一馬は見ていた。だが最近は想像する。あの場に響子がいたら。真っ白のウェディングドレスを着た響子と、その隣にいる自分。それを想像するとそれも見て見たいと思う。誰よりも響子だから。他の人ではそんなことを思わないだろう。
「想像したのか?」
圭太はそう言って少し笑う。一馬の心がわからなくても表情でわかる。僅かだが頬が緩んでいるからだ。
「兄からは結婚するときは式を挙げて欲しいと言われている。それにうんざりはしていた。だが今は……想像することもあるから。」
「残酷なヤツだよな。」
その言葉に一馬は圭太を見下ろして言う。
「そうでも言わないと、あんたはまた響子に手を出すと思った。」
「……。」
「未練があるのは悪いことじゃない。けど……俺は面白くないし、何より響子が恐怖を感じるようなことをあんたはしたんだ。」
「感情で突っ走って悪かったと思う。」
「……だったら、二人っきりになるようなことは避けてくれ。」
「でもさ……この辺を日が超えて女一人で歩くのってどうなんだよ。結構厳しいんじゃないのか。」
その言葉に一馬は少し首を横に振る。
「響子に何かあれば、黙っていない人がいる。あんたの兄さんとやらでも太刀打ちは出来ないだろうな。」
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