彷徨いたどり着いた先

神崎

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 圭太を連れて家に帰ってくると、案の定響子はもうベッドルームに横になっているようだった。暗い部屋の中で広いベッドの端に壁側に体を向け、丸まるように寝ている。
「寝てるな。」
 ソファに圭太を寝かせたあと、一馬はその様子をそっと覗いていた。すると真二郎は少し笑って一馬にいう。
「いつもと変わらないね。」
「変わらない?」
「響子はレイプされたとき、せめてもの抵抗をしようと思ってあぁヤッて壁側に体を向けて丸まるみたいに寝るんだ。猫みたいにね。せっかく広いベッドなのにもったいないみたい。」
 その言葉に一馬は少し違和感を持った。いつもあんな感じで寝ているわけではない。最近は先に寝ることも多いが、気がついたら一馬にしがみつくように寝ていることも多いのだ。それが可愛いと思えたのに、今日は一人だからあんな感じなのだろうか。
「こっちも寝てるし。あぁ、洗面器を用意しようか。」
「そうだな。水も用意しておこう。」
 そういって真二郎は慣れた足取りでバスルームへ向かう。そうだ。この男はずっとここに住んでいたのだ。何がどこにあるなんて全て承知で、我が家のように過ごしているのは当たり前なのだと思う。
 洗面器やビニール袋。水を用意して、テーブルに置く。このソファは真二郎が住んでいたときベッドにしていたソファベッドだ。広げれば普通にベッドの用途になる。
「響子がらみっていってたじゃない?」
「あぁ。そうだと思う。さっきオーナーは……響子がって言っていたから。」
「響子に未練があるんだね。」
 その言葉に一馬は首を横に振った。
「……渡したくない。いくらオーナーで、響子よりも強い立場でもすんなり元の鞘になど戻したくないから。」
「それでいいと思うよ。将来的には結婚をしたりとかするんだろうし。」
「いずれは。」
 自分のこともある。バンドでやっていくのか。紹介されたキーボードがいい人なら良い。他の三人のように信頼出来る相手ならバンドとしてやっていけると思う。だがその保証もない。そんな状態で響子を嫁になどもらえないと思う。
「オーナーってさ。少し先走るところがあるんだ。」
「……先走り?」
「昔からそうだったかな。好きになってこうしたら喜ぶんじゃないかとか、こうしたら笑ってくれるとか、そんなことばかりね。響子はそれに割とうんざりしていたところもある。」
「そう思ってみていたのか?」
「長続きはしないと思ってたし、別れるなら響子から別れを告げるだろうってね。君たちは気が合うみたいだから、そんな心配は無いのかもしれないけど。」
「どういう意味だ?」
「あぁ。つまり、君が興味があることなんかは響子も興味があることが多い。そう思わないかな。」
 そう言われて一馬は少し考え込む。確かにその通りだと思ったのだ。
「否定はしないな。」
「そうだろう?でもそういう人というのは、いったん歯車が外れると修復が不可能になるだろうね。そうならないためにも籍という鎖で繋いでいた方が良いと思う。」
「響子を鎖で繋ぐ気は無いが。」
「あぁ。そういう意味じゃないよ。本気で好きならそれも一つの手だと思っただけ。」
 寝返りを打つ圭太を見て、一馬は少しため息をついた。
「結婚はしたいときにする。他人がとやかく言うことはないだろう。」
「あまり時間は無いと思うよ。」
「どうしてだ。」
「このままだとオーナーがよりを戻そうと手を打ってくるかもしれない。そして響子だってオーナーが好きだったときもあるんだ。転ぶのは簡単だと思うから。」
 その言葉に一馬は真二郎に詰め寄った。そして睨み付けるように真二郎を見下ろす。
「そんな目で見ていたのか。響子を。」
「……俺はずっと響子の側にいたんだ。誰よりもわかっていると思う。好きだの、嫌いだのとは無縁でずっとここまで来たんだ。だからそういう男と女の駆け引きなんかは、その辺の高校生の方がよっぽど頭の良いやり方をしている。響子はその辺があまりにも幼い。」
 その言葉に一馬は舌打ちをした。それは真実だったからだ。転びやすいから自分に転んだことは、否定出来ない。圭太と付き合っていた時期とかぶって、自分と寝ていたのだから。
「だから……籍を入れろと?」
「それが一番だと思う。何より響子の保身のためにも。」
「響子の保身?」
「わかってるだろ?オーナーの兄さんが手を出そうとしているの。」
 ちょっと遊びたいだけかと思っていた。だがどうやら違う。真二郎の元に、連絡が入ったのだ。あまりにも強引なお嬢さんは、力尽くで言うことを聞かせないといけない。その言葉に真二郎はぞっとしたのだ。
 もし響子がこれから先レイプされるようなことがあったら、響子は死んでしまうかもしれない。
「守れないなら、強くならないといけないってのは確かにそうだ。だけど響子は女なんだ。女なんか力尽くでどうにでもなるんだから。」
「……。」
「スタジオミュージシャンでも食べていけないことはないんだろう?」
「あぁ……でも響子を食べさせていくとなると、少し不安がある。」
「響子は黙って家で味噌汁を作るような女じゃないよ。そんなことくらいは一馬さんでもわかるだろう?」
「……あぁ。」
「何を迷っているのかわからない。だけど、そうして欲しい。響子のためにも……。」
 その時真二郎の目から涙がこぼれた。その様子に一馬はやっとわかったのだ。真二郎が本気で響子が好きだったのだと。そして諦めさせるためにそうして欲しいと願っているのだと。
「俺と……響子はまだ出会ってそれほど時が経っているわけじゃない。それにあまり話も出来ていないところもある。その辺はあんたの方が詳しいだろう。」
「……。」
「頼る人間は俺だけじゃないだろうし、俺もそこまで相手に出来ない。」
「随分冷たいね。だったら別れてよ。」
「別れられない。」
「……自立しろって言ったらしいね。」
「お互いが支え合えて、やっとパートナーになれると思うから。」
「響子には出来ないと思う。」
「やっていないのに出来ないと決めつけるのか?お前はずっとそうやって甘えさせていたんじゃないのか。」
 その言葉に真二郎は言葉を詰まらせた。その通りだったからだ。だが流れている涙を拭って、真二郎は一馬に言う。
「……響子は君と付き合って、強くなろうとしているのがわかる。だけど、それは張りぼての強さだ。肝心なことはそのままだろう。」
「それは……響子の根底のことか?」
「あぁ……。真実はまだわかっていない。」
 コレで一馬は真実を知ろうとするだろうか。そうしたらますます圭太と離そうとするだろう。または一馬が信也に責め立てるだろうか。どちらにしても地獄だろう。
「……知る必要は無い。響子もそれは望んでいないだろう。」
 真二郎は驚いて一馬を見る。
「過去よりも重要なのはこれからだ。」
 駄目だ。楽観的すぎる。コレでは響子は何も変わらない。また怯えている生活を送るのだ。そう思うと一馬からも離したくなる。
 やはり響子の側にいるのは、真二郎しかいないのだ。
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