彷徨いたどり着いた先

神崎

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謝罪

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 文樹はその場を離れ、一馬と響子は食事を頼む。先にビールが運ばれ二人はグラスを合わせるとそのビールを口に入れる。普通のビールより少し甘めで、飲みやすいと思った。南方系の地ビールらしい。それなのに普通のビールよりも安いのだ。
「天草さんのライブには行かないの?チケットをもらったんじゃないの?」
 響子はそう聞くと、一馬は首を横に振った。
「行きたくない。そもそもクラブとかは苦手なんだ。」
 それだけだろうか。そう思いながら響子はそのビールの泡を見ていた。その様子に一馬は少しため息をつく。そしてバッグから裕太が出演するというクラブのチラシを取り出す。
「コレを見て。」
 一馬からチラシを受け取る。そこには黒を基調としていて、イベントのタイトルや出演するDJの名前、有名なDJであれば顔写真などが載っている。だがその下に目をやると、協賛しているスポンサーの企業名に目を疑った。
「新山商会?」
 主たるモノは食品会社の名前で、それは響子でも知っているような企業だった。だがその横に小さく乗っている企業の名前にその名前が載っていたのだ。
「オーナーの家の会社だろう?」
「えぇ。オーナーの企業がお金を出しているのかしら。」
「それはそうだと思う。イベントというのは収益がないとやる意味が無い。イベントの箱代、DJに対する対価、こういうチラシやチケットを刷る印刷代とか、チケット代だけでそれをまかなわないといけない。だから協賛企業がある程度の金を出してその代わりに自社の宣伝をするんだ。」
「金を借りろって?」
「そうダイレクトには言わない。だがこういうイベントに金融会社が入ってくるのは少し事情が違う。」
「事情?」
「DJなり、イベンターに借金がある場合だ。」
 それを聞いて少し響子はいぶかしげな顔をする。裕太には借金はない。だが文樹の借金の保証人になって、その返済に追われていると聞いている。だから仕事を詰め込んでいるのだ。
「もしかして……餌にされているんじゃ……。」
 一馬は少し頷くと、店員が持ってきた豆腐ようを受け取る。豆腐なのに少し茶色い色をしていた。店員が行ってしまい、また一馬は口を開く。
「想像だ。だが、八割くらいは当たっていると思う。そしてそういうイベントはどうしても別の収益を求めている場合もあるから。」
「別の?」
「イベントをして違う収益が得られることだ。」
 それは法に反していることだろう。女を買ったり男を買ったりするのはまだ可愛い。違法薬物が蔓延している場合もある。クラブのイベントが危険で、女一人で行けるところではないというイメージを強くさせてしまったのだ。
「オーナーの企業は割と強引な手を使っているようだ。あんたの妹もその毒牙にかかっただろう?」
「……確かにそうかもしれないわ。」
 田舎から看護師になりたいと都会に出てきたのだ。もちろんそれは名目だったかもしれない。だがそこからホストクラブにはまり、風俗で働き、大学を辞めてAV女優になった。もっとも夏子はその道が天職だったのだ。
「あんたの妹のようなタイプだけではない。ほとんどは泣いている奴らばかりだ。したくも無いような仕事をさせられ、返せないほどの借金を負わされ、利子だけで精一杯で元本は返せない。トイチどころじゃないんだろうな。」
「……天草さんも?」
「だと思う。裕太の場合は手に職がある。だから利用させてもらっているんだろう。オーナーの家の会社だけではなく、他の企業からにも良い餌になっているようだ。そしておそらく文樹が一番矢面に立っている。そこに俺を誘うと言うことはどういうことかわかるだろう。」
「何か狙いがあるわね。」
 その狙いはわからない。だが危ない道には近づかない方が良いだろう。そう思って一馬はそのイベントに行くのを拒否したのだ。
「元々あまり信用していないメンツだ。行きたくない。」
 一馬がまた意地になっている気がした。「flower children」のことになると、意地になって拒否するのだ。それだけ一馬の心にも傷を負っているのだろう。
 響子はチラシを折ると、一馬に返す。そして豆腐ように箸を付けた。

 ショットバーは音楽がガンガンに流れ、肌を露出した女に男が声をかけている。そのままホテルにでも行くのか、気が早ければそこのトイレで済ませるのかもしれない。そう思いながら文樹は、出されているショットグラスに注がれたテキーラを飲み干した。酒は弱くないが、一馬ほどではない。喉が焼けるような刺激のテキーラを飲みたいのは、嫌なことがあったから。
 しばらく来ていた人たちと適当に話をしていると、そのショットバーに一人の男が入ってきた。その人を見て、文樹は手招きする。
「裕太。」
 天草裕太は文樹の姿を見るとそこへ近づいた。クラブのイベントの打ち合わせから帰ってきたところなのだ。
「お疲れ。何か飲むか?」
「あー。テキーラなんか飲んでるのか。俺、そこまで強くないしな。ラムトニックもらえる?」
 バーテンはそれを聞いて手際よくラムとトニックを合わせていく。
「一馬に会ったけどさ。」
「あぁ。俺も何回か会ってる。」
「お前がするイベントに行かないって言ってたわ。」
 その言葉に裕太は口を尖らせた。
「信也さんから連れてこいって言われてんだろ?連れて行かなかったらどうなるかわかってんのかよ。」
「何とかして連れて行こうと思ってるよ。でもほら、デビューも近いし、警戒してんじゃねぇの?ゴシップなんかすっぱ抜かれたらデビュー自体もおじゃんになるんだろうし。」
「良いと思うだけどな。「元「flower children」連日のクラブ通い」なんて見出し。どうせ絶倫のイメージなんだし、それくらい良いじゃんな。」
 ラムトニックを受け取って、裕太はそれに口を付ける。あまり良いラムではないようだが、こういう店のものだ。期待はしていない。
「面白くないよな。栗山遙人のバックみたいなモノでデビューして、ヒットするなんて。」
 実際に文樹は「二藍」の音を聴いていない。だからそういうことを言えるのだろう。裕太はその側で聴いていた。どう考えても栗山遙人だけの名前で売れるようなバンドではなく、一馬を入れた他のメンバーも高いレベルの音楽を奏でられているように思えた。だから栗山遙人の名前だけではなく、あの「二藍」の音だけで売れそうだと思うのだ。
「あいつだけいつもツンとしててさ。なのに女が寄ってくるの、お前だって嫌気がさしてたじゃん。」
「そうだけどなぁ……音だけ聴くとそれほどでも……。」
「何だよ。お前、あいつの肩を持つのか?みんなであいつを陥れたようなモノなのに。」
 それを言われると辛い。なんせ裕太が文樹の女とわかっていても、一馬にその女を近づけさせたのだ。
「そう言えばさ。」
 文樹はそう言ってテキーラをまた注文する。そして裕太の方を見た。
「さっき一馬と会ったとき、女と一緒だったわ。」
「女?」
「近所に住んでいる女。彼女じゃないって言ってたけど、彼女っぽい感じがしてさ。あいつ、あぁいう地味系が好きなのか?」
「地味?」
「モノトーンの……何か白と黒って感じの女。」
 おそらく響子のことだろう。二人で出掛けていたのだろうか。あまり他人と飲みに行ったり食事をしたりすることをしない一馬なのに、ただの店員と客の関係だけでそんなことをするのに裕太は違和感を覚えた。
「バリスタだろうな。」
「バリスタ?」
「相当美味いコーヒーを淹れる女。洋菓子店の……。」
「……それだけで飯を食いに行ったりするのか?」
「わかんないけど。」
「やっぱ出来てんのかな。あいつ、めっちゃあっち強いし、その女も似たようなモノだったら、相当じゃねぇ?」
「かもしれないけど、俺らが口を出すことか?」
「裕太さ。その女って知り合い?」
「何度か店に行ったし、コーヒーを飲んだ。」
「だったらその女にもチケットを渡せば?そしたら一馬もくるんじゃないのか?」
 その会話を、少し離れたところで真二郎が聞いていた。そして二人を見て少し笑う。
 一馬がどうなったところで知ったことでは無い。だが響子に手を出したらどうなるかわかっているのか。そう思いながら、真二郎は店の壁にもたれかかった。
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