321 / 339
謝罪
320
しおりを挟む
夕べは遅くまで乱れていて、一馬も久しぶりだったのか疲れて眠っているようだ。そう思いながらゆっくり体を起こそうとする。だが一馬の腕が響子を離そうとしない。それに響子は一馬に声をかける。
「起きてるの?」
すると一馬は目を開けて、響子をまたぎゅっと抱きしめる。そしてその額にキスをした。
「贅沢な日だな。」
「これが?いつもこうして起きているのに?」
「それでも贅沢だと思う。響子。キスさせてくれ。」
そう言ってそのまま唇にキスをして、そのまままた一馬は響子の上に乗り上げた。
「また?夕べ何度……。」
「足りない。響子が足りないんだ。」
朝の日差しがカーテンから見える。それなのにまたその部屋からは甘い声が聞こえてきた。
シーツやタオル、あとは二人分の服などを洗濯している間に一馬はランニングへ向かった。響子はその間、朝食の準備をする。いつも和食の朝食は、いつもの時間よりも遅い時間だった。
昼食は軽くしよう。二人で出掛けるのだ。誰にも気兼ねなくゆっくりと出来る。そう思いながら、味噌汁に味噌を溶いていた。その時玄関のドアが開き、リビングへやってきたのは汗を拭きながらやってくる一馬だった。
「ただいま。」
「お帰り。」
「洗濯物はもう少しか。お前がランニングへ言っている間、干しておこう。」
「お願いね。」
すると一馬は少し顔を暗くして言う。
「響子。今日のことだが。」
「どうしたの?」
「……少し事務所に行かないといけなくなってな。」
「え?」
「レコーディングとかそういう話じゃない。多分すぐに終わるが、お前は先に行っているか?」
「そうね。仕事だもの。そちらを優先して欲しいわ。でも……何の話なの?」
「わからないが、多分バンドのことだろう。」
キーボードが見つかったのだろうか。見つかればすぐにでもデビューをさせて欲しいと事務所は言っている。なんせあのフェスの時の動画は、プロの動画よりも再生数が伸びているらしい。SNSでも早くデビューさせて欲しいという話も出ていた。最初は栗山遙人だからかと思っていたが、どうも話は違うようだ。
「まだ迷っているの?」
「え?」
「自分のしたいようにすれば良いわ。あなたが作りたい音楽が見えたのだったら、それでいいじゃない?」
その言葉に一馬は少し笑う。
「そうだな。」
火を止めると、ご飯が炊けるまでまだ少し時間がある。その間響子はランニングをしてこようと、エプロンを取った。もうすでにジャージは着ているのだ。
「行ってくるわね。」
「あぁ。もう日は出ているが、気をつけて行ってこいよ。」
「えぇ。」
玄関を空けて外に出る。朝方はまだ少し寒い。そう思いながら、響子はアパートの廊下を行き階段を降りていく。おそらくキャバクラ嬢なのか風俗店の音なのかわからない女が、階段を上がって行っていた。会話をすることもないが、すれ違うだけで煙草やアルコール、そして香水の匂いがした。信也と同じ匂いだ。
夕べの信也からは香水と煙草の臭いがした。一馬には無い匂いだ。そして圭太にもそういった匂いは無い。あぁいった匂いは嫌な思い出をよみがえらせる。
幼い頃に響子に入れ込んで、射精した男達は決まって煙草を吹かしていた。射精したあとの一服は、更に極上らしい。そして煙草以外の匂いもあった。嫌気がさす匂いだ。
そう思いだして、響子はその考えを払拭させる。そして川縁へ向かって走り始めた。息が続くようになってきた。最初のうちは息が続かないで一度、二度と休憩を挟んでいたが、今は一気に走ることが出来る。長い髪が揺れるとともに、腕に巻かれているブレスレットも揺れていた。
信号に引っかかり、一度立ち止まった。こういうときは少しストレッチをすると良いと一馬の声が聞こえるようだ。屈伸したり、足を伸ばしていると、向かいに見覚えのある人が立っているのに気がついた。それは圭太だった。
信号が青に変わり、響子はまた走り始める。すると圭太もこちらを見て驚いたように響子に話しかけた。
「おはよう。」
「オーナー。こんな所で何をしているの?」
「まぁ、ちょっとな。」
お茶を濁すような言い方だ。圭太は真二郎のように器用に遊ぶタイプではないし、そうだったとしても誤魔化すのが下手なのだ。その誤魔化しは鈍い響子でもわかる。
「……お盛んよね。まぁ良いわ。」
冷たくそう言って響子はまた走り始める。圭太を置いていくように。すると圭太が後ろから声をかける。
「ちょっと待てよ。何誤解してんだよ。」
「誤解?」
その時車のクラクションが鳴った。いつの間にか信号が赤に変わっていたらしい。二人はそのまままた信号を渡る。
「どこかへ行っていたんでしょう?」
「行ってたのは行ってたよ。瑞希の所に。」
「瑞希さんのところ?」
「flipper」へ行ってこの時間に帰るわけがない。それにこの奥には何があるのかわかっている。一馬と始めて体を合わせたホテルがあるのだ。
「変な想像するなよ。馴染みの客が居てさ。そこで盛り上がって、「flipper」を出てからも盛り上がって、その客の家でまた飲んでたんだよ。」
「それにしては酒臭くないわよね。」
「探偵か。お前。」
そんなことじゃない。嘘なのはわかる。しかしそれを響子が口を出すことでは無いのだ。もう恋人ではないのだから。それに圭太がそういうことが出来るのはわかっている。恋人だったときもそういうことがあったのだから。
「……まぁ良いわ。何があっても別に……。」
そう言って河川敷へ向かおうと足を進める。
「ちょっと待てよ。」
圭太の声が後ろから聞こえた。だが響子はそのまま走っていく。
何も考えたくないから走っていたのに、どうしてこんなに考えてしまうのだろう。響子はそう思いながら足を進める。そしてやっと河川敷にやってきた。そこで一度足を止める。
「お前足が速いな。」
圭太の声が聞こえて、振り返った。どうやら付いてきたらしい。
「何で付いてくるの?」
「誤解されたままってのは気持ちが悪いんだよ。」
汗をかいていている。それを見て響子は首に巻いているタオルを差し出そうかと思った。だが使っているモノを差し出すのはどうなのだろう。そう思ってためらった。
「後ろ暗いところがあるから弁解をしたいんでしょう?」
「違うよ。」
「だったら何で……。」
「お前には男と女としての信用はないのかもしれない。だけど、最低限の人間としての信頼は得ていたいんだ。……飲んでたのは本当だから。」
「わかったわ。信じる。」
男と女としての信用だったら、響子にだってない。圭太が全部悪いわけではなく、自分だって圭太と付き合っていながら一馬に転んだのだ。普通なら最低と罵られても不思議ではない。
「「flower children」の曲を聴いてたんだ。」
「まともに聴いたことは無かったわね。一馬は嫌がるから。」
「何か……こう……本人には言うなよ。消費される音楽って感じだった。それは一緒にいたヤツも同じ意見で……そのあと「二藍」の動画を見た。」
「昔のハードロックのカバーでしょう?」
「それでもアレンジしててもこっちの方が長く聴かれると思った。一馬さんにはそう言っておいてくれないか。」
「……えぇ。わかったわ。あぁ。そうだったわ。夕べ……お兄さんに会ったの。」
「兄さんに?」
圭太は驚いて響子を見る。そして響子は信也に言われたことを、圭太に告げた。すると圭太は少しいぶかしげな顔をする。
「それは……まともにとらない方が良い。」
「え?」
「何を考えているのかわからないが、兄さんはそんなに柔な人じゃないから。手に入れたいモノは絶対手に入れるわがままな人だ。」
圭太はそう言って少し拳に力を入れた。
「起きてるの?」
すると一馬は目を開けて、響子をまたぎゅっと抱きしめる。そしてその額にキスをした。
「贅沢な日だな。」
「これが?いつもこうして起きているのに?」
「それでも贅沢だと思う。響子。キスさせてくれ。」
そう言ってそのまま唇にキスをして、そのまままた一馬は響子の上に乗り上げた。
「また?夕べ何度……。」
「足りない。響子が足りないんだ。」
朝の日差しがカーテンから見える。それなのにまたその部屋からは甘い声が聞こえてきた。
シーツやタオル、あとは二人分の服などを洗濯している間に一馬はランニングへ向かった。響子はその間、朝食の準備をする。いつも和食の朝食は、いつもの時間よりも遅い時間だった。
昼食は軽くしよう。二人で出掛けるのだ。誰にも気兼ねなくゆっくりと出来る。そう思いながら、味噌汁に味噌を溶いていた。その時玄関のドアが開き、リビングへやってきたのは汗を拭きながらやってくる一馬だった。
「ただいま。」
「お帰り。」
「洗濯物はもう少しか。お前がランニングへ言っている間、干しておこう。」
「お願いね。」
すると一馬は少し顔を暗くして言う。
「響子。今日のことだが。」
「どうしたの?」
「……少し事務所に行かないといけなくなってな。」
「え?」
「レコーディングとかそういう話じゃない。多分すぐに終わるが、お前は先に行っているか?」
「そうね。仕事だもの。そちらを優先して欲しいわ。でも……何の話なの?」
「わからないが、多分バンドのことだろう。」
キーボードが見つかったのだろうか。見つかればすぐにでもデビューをさせて欲しいと事務所は言っている。なんせあのフェスの時の動画は、プロの動画よりも再生数が伸びているらしい。SNSでも早くデビューさせて欲しいという話も出ていた。最初は栗山遙人だからかと思っていたが、どうも話は違うようだ。
「まだ迷っているの?」
「え?」
「自分のしたいようにすれば良いわ。あなたが作りたい音楽が見えたのだったら、それでいいじゃない?」
その言葉に一馬は少し笑う。
「そうだな。」
火を止めると、ご飯が炊けるまでまだ少し時間がある。その間響子はランニングをしてこようと、エプロンを取った。もうすでにジャージは着ているのだ。
「行ってくるわね。」
「あぁ。もう日は出ているが、気をつけて行ってこいよ。」
「えぇ。」
玄関を空けて外に出る。朝方はまだ少し寒い。そう思いながら、響子はアパートの廊下を行き階段を降りていく。おそらくキャバクラ嬢なのか風俗店の音なのかわからない女が、階段を上がって行っていた。会話をすることもないが、すれ違うだけで煙草やアルコール、そして香水の匂いがした。信也と同じ匂いだ。
夕べの信也からは香水と煙草の臭いがした。一馬には無い匂いだ。そして圭太にもそういった匂いは無い。あぁいった匂いは嫌な思い出をよみがえらせる。
幼い頃に響子に入れ込んで、射精した男達は決まって煙草を吹かしていた。射精したあとの一服は、更に極上らしい。そして煙草以外の匂いもあった。嫌気がさす匂いだ。
そう思いだして、響子はその考えを払拭させる。そして川縁へ向かって走り始めた。息が続くようになってきた。最初のうちは息が続かないで一度、二度と休憩を挟んでいたが、今は一気に走ることが出来る。長い髪が揺れるとともに、腕に巻かれているブレスレットも揺れていた。
信号に引っかかり、一度立ち止まった。こういうときは少しストレッチをすると良いと一馬の声が聞こえるようだ。屈伸したり、足を伸ばしていると、向かいに見覚えのある人が立っているのに気がついた。それは圭太だった。
信号が青に変わり、響子はまた走り始める。すると圭太もこちらを見て驚いたように響子に話しかけた。
「おはよう。」
「オーナー。こんな所で何をしているの?」
「まぁ、ちょっとな。」
お茶を濁すような言い方だ。圭太は真二郎のように器用に遊ぶタイプではないし、そうだったとしても誤魔化すのが下手なのだ。その誤魔化しは鈍い響子でもわかる。
「……お盛んよね。まぁ良いわ。」
冷たくそう言って響子はまた走り始める。圭太を置いていくように。すると圭太が後ろから声をかける。
「ちょっと待てよ。何誤解してんだよ。」
「誤解?」
その時車のクラクションが鳴った。いつの間にか信号が赤に変わっていたらしい。二人はそのまままた信号を渡る。
「どこかへ行っていたんでしょう?」
「行ってたのは行ってたよ。瑞希の所に。」
「瑞希さんのところ?」
「flipper」へ行ってこの時間に帰るわけがない。それにこの奥には何があるのかわかっている。一馬と始めて体を合わせたホテルがあるのだ。
「変な想像するなよ。馴染みの客が居てさ。そこで盛り上がって、「flipper」を出てからも盛り上がって、その客の家でまた飲んでたんだよ。」
「それにしては酒臭くないわよね。」
「探偵か。お前。」
そんなことじゃない。嘘なのはわかる。しかしそれを響子が口を出すことでは無いのだ。もう恋人ではないのだから。それに圭太がそういうことが出来るのはわかっている。恋人だったときもそういうことがあったのだから。
「……まぁ良いわ。何があっても別に……。」
そう言って河川敷へ向かおうと足を進める。
「ちょっと待てよ。」
圭太の声が後ろから聞こえた。だが響子はそのまま走っていく。
何も考えたくないから走っていたのに、どうしてこんなに考えてしまうのだろう。響子はそう思いながら足を進める。そしてやっと河川敷にやってきた。そこで一度足を止める。
「お前足が速いな。」
圭太の声が聞こえて、振り返った。どうやら付いてきたらしい。
「何で付いてくるの?」
「誤解されたままってのは気持ちが悪いんだよ。」
汗をかいていている。それを見て響子は首に巻いているタオルを差し出そうかと思った。だが使っているモノを差し出すのはどうなのだろう。そう思ってためらった。
「後ろ暗いところがあるから弁解をしたいんでしょう?」
「違うよ。」
「だったら何で……。」
「お前には男と女としての信用はないのかもしれない。だけど、最低限の人間としての信頼は得ていたいんだ。……飲んでたのは本当だから。」
「わかったわ。信じる。」
男と女としての信用だったら、響子にだってない。圭太が全部悪いわけではなく、自分だって圭太と付き合っていながら一馬に転んだのだ。普通なら最低と罵られても不思議ではない。
「「flower children」の曲を聴いてたんだ。」
「まともに聴いたことは無かったわね。一馬は嫌がるから。」
「何か……こう……本人には言うなよ。消費される音楽って感じだった。それは一緒にいたヤツも同じ意見で……そのあと「二藍」の動画を見た。」
「昔のハードロックのカバーでしょう?」
「それでもアレンジしててもこっちの方が長く聴かれると思った。一馬さんにはそう言っておいてくれないか。」
「……えぇ。わかったわ。あぁ。そうだったわ。夕べ……お兄さんに会ったの。」
「兄さんに?」
圭太は驚いて響子を見る。そして響子は信也に言われたことを、圭太に告げた。すると圭太は少しいぶかしげな顔をする。
「それは……まともにとらない方が良い。」
「え?」
「何を考えているのかわからないが、兄さんはそんなに柔な人じゃないから。手に入れたいモノは絶対手に入れるわがままな人だ。」
圭太はそう言って少し拳に力を入れた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
夜の声
神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。
読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。
小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。
柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。
そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる