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謝罪
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やっと家に帰って来れた。するとぷんと良い匂いが玄関まで立ちこめる。それに響子は反応して、部屋へ上がっていった。すると台所には一馬がエプロンを巻いて、鍋をかき混ぜている。
「お帰り。」
「ただいま。何を作っているの?」
「シチューだ。実家へ行ったら売り物にならないワインがあると言われてな。それで少し煮込んでいる。」
これも一馬の実家ではお馴染みの料理だった。古くなった酒は料理として再利用したりして、たまに角打ちで出すこともあるのだという。そしてそれは評判が良い。チーズや缶詰だけではなく、手作りの物は喜ばれるのだ。
「美味しそうね。」
響子はそう言ってキッチンへ行くと一馬の側へ行き、鍋の中を見る。その鍋は響子がたまに作るごった煮の鍋で、何日シチューが食べられるのだろうと思いながら苦笑いをしたが美味しそうな匂いがした。
すると一馬がお玉を持ったまま響子の方を見た。
「何か匂いがあるな。香水みたいな……。」
その言葉に響子はため息をついて言う。
「着替えてこようか。それともシャワーを先に浴びようかな。」
「どうしたんだ。」
自分ではわからないが嫌な匂いが付いているのだろう。響子はそう思いながらジャケットを脱ぐ。
「……オーナーのお兄さんと電車で一緒になったのよ。」
誤魔化す気はない。正直に電車の中でのことを一馬に告げ、そして電車を降りた信也はそのまま繁華街の光の中に消えていったのだ。もっと強引に誘われるかと思ったが、信也自体も自分のことを話して落ち着けなかったのかもしれない。
「一度会ったことがある……何か強引な男だな。」
「えぇ。」
すると一馬はそのコンロの火を止める。そしてエプロンをとシャツを脱いだ。
「もう出来たの?」
「出来た。だけど先にシャワーを浴びるんだろう?」
「浴びたいと思うけど……一緒に入るの?」
「今更恥ずかしがるな。それに……俺の手でその匂いを消したいと思うし。それに……悪いことだけではなかったようだ。」
「え?」
「明日は一緒に出掛けることが出来るんだな。人並みのカップルのように。」
信也に一馬のことを知られてしまった。危険はあるのかもしれない。だがこそこそ隠れるように付き合うことはもうしなくて良いのだ。一緒にこの部屋を出て、一緒に帰ることも、手を繋ぐことも出来るのだ。それが唯一嬉しい。
あんなに強情な女は初めてだ。信也はそう思いながら、馴染みのバーで酒を飲んでいる。ウィスキーの入ったカップを手にして、信也はカウンターで押し黙ったようにじっとその氷を見ていた。
バーテンダーはそんな信也に声をかけることもない。ただ黙々とグラスを拭いている。信也はいつもここに来たときにはいつも思い詰めているようだと思っていたからだ。
ただの淫乱なら夏子と一緒だ。誰でも良いから突っ込んで欲しい。そう思っているような女だと思っていた。中学生で乱交騒ぎを起こしたような女。半月ほどで手のひらを返したように被害者面をしている。飽きたのかどうなのかはわからない。
ただあの部屋を出るのに加害者の男の足を刺した。それは障害が残るほどであったが、響子の主張は認められ自分が逃げ出すために男を刺したという正当防衛という形で収まったのだ。
だがどうして付いていったという声と、さらわれたという声があるのかはわからない。
もし響子の主張が本当であれば、確かに正当防衛だろう。響子と話をしている感じではそんな風にも捉えられる。だが響子が進んで男を誘い、乱交騒ぎを起こしたという声がある。それはどこから出てきたのだろうか。
その時信也の携帯電話が鳴る。取り出してそれを見て見ると、信也は少し笑った。
「なるほどな。」
響子は人を選ぶところがある。付き合いたくない人間と付き合いたい人間。その中にいる付き合いたくない人間。それは、自分の親族。死んだ祖父以外の親族とは付き合いたくないようだ。
それには少し事情もある。圭太はメッセージを送ると、また携帯電話をポケットに入れた。
のうのうとあのベーシストと結婚出来ると思うな。信也はそう思いながらまたグラスに口を付ける。
ドラムを叩いて、圭太は満足そうにカウンターに戻っていく。叩き慣れたスタンダードジャズは、圭太のお気に入りだった。誰もが耳にしたような曲で、演奏が終わった圭太に話しかけていた。
「圭太はドラムの腕がまた上がったんじゃないのか?」
「ケーキ屋さんをしながら練習もしているの?」
「いいや。さすがにセットは家に無いし、基礎くらいは出来るけど。あと店で俺のお気に入りをかけることもあるし。」
「聴くのもまた練習だな。」
会話を終わらせて、圭太はカウンターの席に座る。そして瑞希に声をかける。
「ビールくれよ。」
「フローズンじゃないヤツ?」
「生。」
「明日休みだからって余裕だな。」
すると後ろから弥生が圭太に声をかける。
「圭太。何かすごいやりにくいよ。」
「何が?」
「演奏。ドラムとベースってリズム隊なんだから、こっちの動きも聴いてもらわないと。あたしがあんたに合わせるのも結構大変なんだから。その早くなる癖はまだ直ってないよね。」
先ほどは客に良いと言われていたのに、弥生は辛口に圭太にそう言って、瑞希にウーロン茶を頼んだ。
「弥生は辛口だな。」
「昔っから。」
ビールを注ぎ終わり、瑞希はそのグラスを圭太の前に置く。そして新たなグラスを出して氷を入れるとウーロン茶を注ぎ始めた。
「今日は家は?父親がいるの?」
すると弥生は首を横に振る。
「香一人か?大丈夫なのか?」
「ちゃーんと功太郎君のところに預けたもん。」
「は?」
思わずビールを吹きそうになった。そこまで功太郎を信用しているのだろうか。手を出さないと思っていないのかは、弥生にはわからない。
「功太郎の所?」
「変なことはしないわよ。案外真面目よ。あの子。」
「でもさぁ……年頃なんだし。」
「手を出したとしても別に良いと思う。」
弥生はウーロン茶を受け取って、ため息をついた。
「何で?」
「香も功太郎君もお互い想い合ってるもん。あたし……そんなのとは無縁だったわ。香くらいの時は。」
父親の目を盗んで、弥生を裏ビデオに出させるような人が母親だった。だから母親を弥生は毛嫌いしていたのだ。
「弥生。思い出すなってそれは。」
瑞希がそう言うと、弥生は口を尖らせて言う。
「思い出したくないよ。でも……いまだに夢に出てくるんだから。多分、一生引きずるんだよ。」
アパートの一室に連れてこられ、中学校の制服からパステルカラーの洋服とランドセルを背負わされた。母親には「バイトみたいなモノだから」としか言われないまま、弥生はそのまま男数人に襲われたのだ。
体を引き裂かれるような痛みと、男達の嘲笑の声。嫌だと言ってもやめてくれない行為。全てが終わったあと、薄れゆく意識の間で母親はおそらく金を受け取っていた。
香にはそんな真似をさせたくない。だから好きな人が出来たら、いくら早くても良い。幸せな気持ちで初めてを迎えて欲しかった。
「けどなぁ。功太郎は香がもう少し成長しないと手を出さないって言ってたし。その間自己処理だけで満足出来るのかなぁ。」
「風俗紹介しようか?」
瑞希がからかうように、店の片隅にあるリーフレットを圭太に渡そうとした。それを見て弥生は口を尖らせる。
「そんなのいらないよ。」
「あのさぁ。弥生。」
圭太はビールを飲むと、弥生に言う。
「男と女は違うのかもしれないけど、いい歳の男が何年も黙って指をくわえられるわけないだろ?」
「……。」
「男が汚いってずっと思ってたのかもしれないし、それを変えてくれたのが瑞希だったかもしれない。けど、男はみんな聖人じゃないんだよ。功太郎がどれだけ綺麗だと思ってんだ。あいつもう二十六か七くらいだろ?」
その言葉に弥生は頬を膨らませる。そんなことはわかってる。しかし待ってくれるというのだ。その言葉を信じたいと思う。
「お帰り。」
「ただいま。何を作っているの?」
「シチューだ。実家へ行ったら売り物にならないワインがあると言われてな。それで少し煮込んでいる。」
これも一馬の実家ではお馴染みの料理だった。古くなった酒は料理として再利用したりして、たまに角打ちで出すこともあるのだという。そしてそれは評判が良い。チーズや缶詰だけではなく、手作りの物は喜ばれるのだ。
「美味しそうね。」
響子はそう言ってキッチンへ行くと一馬の側へ行き、鍋の中を見る。その鍋は響子がたまに作るごった煮の鍋で、何日シチューが食べられるのだろうと思いながら苦笑いをしたが美味しそうな匂いがした。
すると一馬がお玉を持ったまま響子の方を見た。
「何か匂いがあるな。香水みたいな……。」
その言葉に響子はため息をついて言う。
「着替えてこようか。それともシャワーを先に浴びようかな。」
「どうしたんだ。」
自分ではわからないが嫌な匂いが付いているのだろう。響子はそう思いながらジャケットを脱ぐ。
「……オーナーのお兄さんと電車で一緒になったのよ。」
誤魔化す気はない。正直に電車の中でのことを一馬に告げ、そして電車を降りた信也はそのまま繁華街の光の中に消えていったのだ。もっと強引に誘われるかと思ったが、信也自体も自分のことを話して落ち着けなかったのかもしれない。
「一度会ったことがある……何か強引な男だな。」
「えぇ。」
すると一馬はそのコンロの火を止める。そしてエプロンをとシャツを脱いだ。
「もう出来たの?」
「出来た。だけど先にシャワーを浴びるんだろう?」
「浴びたいと思うけど……一緒に入るの?」
「今更恥ずかしがるな。それに……俺の手でその匂いを消したいと思うし。それに……悪いことだけではなかったようだ。」
「え?」
「明日は一緒に出掛けることが出来るんだな。人並みのカップルのように。」
信也に一馬のことを知られてしまった。危険はあるのかもしれない。だがこそこそ隠れるように付き合うことはもうしなくて良いのだ。一緒にこの部屋を出て、一緒に帰ることも、手を繋ぐことも出来るのだ。それが唯一嬉しい。
あんなに強情な女は初めてだ。信也はそう思いながら、馴染みのバーで酒を飲んでいる。ウィスキーの入ったカップを手にして、信也はカウンターで押し黙ったようにじっとその氷を見ていた。
バーテンダーはそんな信也に声をかけることもない。ただ黙々とグラスを拭いている。信也はいつもここに来たときにはいつも思い詰めているようだと思っていたからだ。
ただの淫乱なら夏子と一緒だ。誰でも良いから突っ込んで欲しい。そう思っているような女だと思っていた。中学生で乱交騒ぎを起こしたような女。半月ほどで手のひらを返したように被害者面をしている。飽きたのかどうなのかはわからない。
ただあの部屋を出るのに加害者の男の足を刺した。それは障害が残るほどであったが、響子の主張は認められ自分が逃げ出すために男を刺したという正当防衛という形で収まったのだ。
だがどうして付いていったという声と、さらわれたという声があるのかはわからない。
もし響子の主張が本当であれば、確かに正当防衛だろう。響子と話をしている感じではそんな風にも捉えられる。だが響子が進んで男を誘い、乱交騒ぎを起こしたという声がある。それはどこから出てきたのだろうか。
その時信也の携帯電話が鳴る。取り出してそれを見て見ると、信也は少し笑った。
「なるほどな。」
響子は人を選ぶところがある。付き合いたくない人間と付き合いたい人間。その中にいる付き合いたくない人間。それは、自分の親族。死んだ祖父以外の親族とは付き合いたくないようだ。
それには少し事情もある。圭太はメッセージを送ると、また携帯電話をポケットに入れた。
のうのうとあのベーシストと結婚出来ると思うな。信也はそう思いながらまたグラスに口を付ける。
ドラムを叩いて、圭太は満足そうにカウンターに戻っていく。叩き慣れたスタンダードジャズは、圭太のお気に入りだった。誰もが耳にしたような曲で、演奏が終わった圭太に話しかけていた。
「圭太はドラムの腕がまた上がったんじゃないのか?」
「ケーキ屋さんをしながら練習もしているの?」
「いいや。さすがにセットは家に無いし、基礎くらいは出来るけど。あと店で俺のお気に入りをかけることもあるし。」
「聴くのもまた練習だな。」
会話を終わらせて、圭太はカウンターの席に座る。そして瑞希に声をかける。
「ビールくれよ。」
「フローズンじゃないヤツ?」
「生。」
「明日休みだからって余裕だな。」
すると後ろから弥生が圭太に声をかける。
「圭太。何かすごいやりにくいよ。」
「何が?」
「演奏。ドラムとベースってリズム隊なんだから、こっちの動きも聴いてもらわないと。あたしがあんたに合わせるのも結構大変なんだから。その早くなる癖はまだ直ってないよね。」
先ほどは客に良いと言われていたのに、弥生は辛口に圭太にそう言って、瑞希にウーロン茶を頼んだ。
「弥生は辛口だな。」
「昔っから。」
ビールを注ぎ終わり、瑞希はそのグラスを圭太の前に置く。そして新たなグラスを出して氷を入れるとウーロン茶を注ぎ始めた。
「今日は家は?父親がいるの?」
すると弥生は首を横に振る。
「香一人か?大丈夫なのか?」
「ちゃーんと功太郎君のところに預けたもん。」
「は?」
思わずビールを吹きそうになった。そこまで功太郎を信用しているのだろうか。手を出さないと思っていないのかは、弥生にはわからない。
「功太郎の所?」
「変なことはしないわよ。案外真面目よ。あの子。」
「でもさぁ……年頃なんだし。」
「手を出したとしても別に良いと思う。」
弥生はウーロン茶を受け取って、ため息をついた。
「何で?」
「香も功太郎君もお互い想い合ってるもん。あたし……そんなのとは無縁だったわ。香くらいの時は。」
父親の目を盗んで、弥生を裏ビデオに出させるような人が母親だった。だから母親を弥生は毛嫌いしていたのだ。
「弥生。思い出すなってそれは。」
瑞希がそう言うと、弥生は口を尖らせて言う。
「思い出したくないよ。でも……いまだに夢に出てくるんだから。多分、一生引きずるんだよ。」
アパートの一室に連れてこられ、中学校の制服からパステルカラーの洋服とランドセルを背負わされた。母親には「バイトみたいなモノだから」としか言われないまま、弥生はそのまま男数人に襲われたのだ。
体を引き裂かれるような痛みと、男達の嘲笑の声。嫌だと言ってもやめてくれない行為。全てが終わったあと、薄れゆく意識の間で母親はおそらく金を受け取っていた。
香にはそんな真似をさせたくない。だから好きな人が出来たら、いくら早くても良い。幸せな気持ちで初めてを迎えて欲しかった。
「けどなぁ。功太郎は香がもう少し成長しないと手を出さないって言ってたし。その間自己処理だけで満足出来るのかなぁ。」
「風俗紹介しようか?」
瑞希がからかうように、店の片隅にあるリーフレットを圭太に渡そうとした。それを見て弥生は口を尖らせる。
「そんなのいらないよ。」
「あのさぁ。弥生。」
圭太はビールを飲むと、弥生に言う。
「男と女は違うのかもしれないけど、いい歳の男が何年も黙って指をくわえられるわけないだろ?」
「……。」
「男が汚いってずっと思ってたのかもしれないし、それを変えてくれたのが瑞希だったかもしれない。けど、男はみんな聖人じゃないんだよ。功太郎がどれだけ綺麗だと思ってんだ。あいつもう二十六か七くらいだろ?」
その言葉に弥生は頬を膨らませる。そんなことはわかってる。しかし待ってくれるというのだ。その言葉を信じたいと思う。
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