彷徨いたどり着いた先

神崎

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ライブ

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 洒落た店のように見えた。黒を基調とした店内で、半個室になっているようになっているし、客同士が顔を合わさないようにしているのか入り口には薄いのれんのようなベールがかかっている。だがそんな店なのに、出す料理は和食がベースの創作料理で、量も結構ある。それを見ながら功太郎は一馬を連れてきたら良いといってくれたのだ。
「Sの方へ行っているんだろう?そんなに遠くないしさ。練習だって言ってたじゃん。レコーディングなら時間がかかるかもしれないけど。」
「功太郎もわかるようになってきたな。」
 圭太はそう言いながら二杯目のビールに口を付けた。響子は携帯電話にメッセージが入ったと、箸を置いてその画面を見る。
「こちらに向かっているわ。今終わったみたい。」
「加藤啓介って言ったら、音楽を知らないヤツでも一度は耳にしたことがあるよな。そんな人のライブに出れるのか。レコーディングじゃなくて。」
 圭太はコップを置くと、向かいに座っている響子にそう聞いた。すると響子も訳がわからないという表情で、携帯電話をテーブルに置く。
「そうね。一馬もどうして呼ばれたのか不思議だって言っていたわ。でも……多分、あのライブの映像がきっかけでしょうね。」
「評判いいもんな。」
 功太郎はそう言って出されている唐揚げに手をのばした。
「俺にはジャズがしたいように見えたけど、本当はどんな音楽がしたいんだろうな。一馬さんは。」
 圭太はそう言うと、響子は首をかしげる。
「多分。音楽にはこだわっていないわ。どんなジャンルでも必要とされるのが嬉しいと言っていたし……。」
 すると功太郎は少し笑って言う。
「やっぱ最初から思ってたけど、響子と一馬さんってよく似てるよな。」
「似てる?」
「響子も自分のコーヒーが必要とされるならそれでいいって言ってたし。それに必要とされるようなコーヒーを淹れたいと言ってたから。」
「……そうかもしれないわね。」
 圭太はその辺がわかっていなかった。一馬なら、それがわかってくれていたのだろうか。そう思うと自分が浅はかだと思う。体の繋がりだけを大事にしていたのだから。大事なのは心だと口だけで言っているように思えた。そして体の繋がりだけだったら、夏子でもかまわない。相性が悪くないのだから。
 しばらく飲んだり食べたりしていて、響子は二杯目の焼酎をおかわりしたときだった。一馬からのメッセージが来る。それに響子は立ち上がると、部屋を出て行った。
「一馬さんが来たのか。」
 まるで妻だ。かいがいしく夫を迎え入れるように見える。そんなことを響子がしたかったのだろうか。そう思いながら圭太はその後ろ姿を見ていた。
「オーナーさ。」
 ビールを一杯と焼酎の水割りを飲んだ功太郎はもうウーロン茶に切り替えていた。酒があまり強くないのは、もう自覚したらしい。
「何?」
「未練ありすぎ。もう何ヶ月たつんだよ。別れて。」
 圭太はその言葉にため息をつく。
「そうだけどさ。」
「……この機会だから言うけど、俺、響子と何回かキスしたよ。」
 その言葉に圭太は箸を落としかけた。そして驚いたように功太郎を見る。
「え?俺と付き合っているときか?」
「って言うか、再会した時って、もう付き合ってたんだろ?」
 だとしたら響子は圭太と付き合っている時期でも、功太郎と関係があったのだ。その事実は知らなかった。
「今更責めるつもりはないけど……。」
「責められてもなぁ……。まぁ、響子が望んだことなんか一度も無かったけど。」
「無理矢理?」
「そんな感じ。俺、本当に好きだったから。」
 今は隣にいてもそんな感情にならない。香がいるから。無邪気に功太郎を求めてくるのが可愛いと思える。
「わからないでもないけど、響子はずっと複雑だっただろうな。」
「そうでも無いと思う。いやだったらなんだかんだ理由を付けて、この店から追い出そうとすると思うし……コレを言うのはどうかと思うけどさ、響子って案外押しに弱いから。」
「押し?」
「断れないところがあるって事。それか、本当にあの妹と同じ血をひいているんじゃないのか。ひいては母親の。」
「……。」
「一馬さんが黙ってそれを見てるのかな。それくらいあの人って寛容なのか?」
「わからない。」
 一馬だって黙っていないだろう。
 そして今度響子を狙っている人物が誰なのかわかるから。それはおそらく、兄の信也だろう。どう考えても興味を持っているのだから。
「連れてきたわ。」
 響子が戻ってきた。圭太達とは向かい合った席の奥へ響子は座り、そしてその手前に一馬が座ろうとした。だがエレキベースをどうしようかと思っているようだ。それを見て、響子は一馬に言う。
「その楽器はこっちに立てかけておくわ。」
「悪いな。」
 そう言って一馬はエレキベースを響子に手渡す。そして窓側にそれを置いた。他人であれば楽器に触らせることも嫌がるのだが、響子だからそんなことは言わない。それだけ一馬ももう信用しているのだろう。
 圭太にはそう思えて、先ほどまでの話を払拭させた。一馬も響子もお互いを信じ合っているのだ。それに自分が口を出すことでは無い。それにもう別れているのだ。
「何杯目だ。それは。」
「まだ二杯目よ。」
 真新しい焼酎が運ばれてきている。それを見て何杯でも飲めるのだろうと一馬は少し笑って、メニューを見る。
「しかし、どうして急にこんな所に?」
「ここのオーナーがうちの常連でさ。二号店なんだって。ここ。開店するからって食事券をもらって他のすっかり忘れてたんだ。使用期限見たら、今週いっぱいだしと思って。週末なんか来たくないだろ?」
「確かに。」
 圭太らしいと思った。そしてこの場には真二郎がまたいない。きっとウリセンの仕事へ行っているのだろう。
「……ビールと……そうだな……。揚げ出し豆腐をもらうか。」
「何でみんな豆腐ばっか食うんだよ。」
 功太郎が口を尖らせていう。
「どうした。功太郎。」
 一馬がそう言うと、功太郎は頬を膨らませていった。
「さっきも揚げ出しって響子が言っててさ。オーナーは麻婆豆腐なんて言うし、何で豆腐ばっか。」
「豆腐は良性のタンパク質だ。肉や魚よりも体を作る。お前も体を作りたかったらそうすれば良い。」
「豆腐って味がないじゃん。」
 功太郎らしい言葉だ。そう思いながら一馬はお手拭きで手を拭いた。
「美味しい豆腐は甘いのよ。何も付けなくても美味しい。今度、買ってきてあげるわ。」
 響子がそう言うと、功太郎は少し笑って言う。
「どこの?」
「Aの方にあるの。昔ながらの豆腐屋さんが。お祖父さんが好きで良く買っていたから。」
「ふーん。」
 面倒見は良い方だ。響子のこう言うところが好きなところ。気に入った相手にはどんどん尽くすのだ。そしてそれは一馬もそうなのだろう。
「響子。今度の休みに、俺も休みをいれることが出来そうだ。」
 一馬はそう言うと、響子は少し笑う。
「そう。だったらその時に行くかしら?」
「あぁ。」
 その会話に圭太は不思議そうに一馬を見る。
「どこに行くんだ?」
「Aの墓園。お祖父さんの所へ行きたいと前から言っていたのよ。」
「あぁ……。そうだったな。」
 そんなところがあるという話すら聞いたことが無い。付き合っていたときにも、二人の間に溝があった気がする。そして一馬とは少しずつ、その間は無くなっていた。それが悔しい。
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