彷徨いたどり着いた先

神崎

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ライブ

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 ステージに一馬達が上がると、栗山目当て出来ている女性達は黄色い声援を送っていたが、少し音楽に詳しいような人は一馬の姿をめざとく見つけて口々に言う。
「アレって「flower children」の?」
「今はロックなのか?ジャズしかしてない感じだったのに、いきなりロックなんか出来るのか?」
「どうだろうな。栗山遙人も演歌みたいなこぶしが入っている歌だし、ここはロックのフェスなんだよって。」
「ちょっとでも文句があればブーイングかけてやろうぜ。」
「だよな。ちょっとチャラチャラした感じって、鼻につくし。」
 勝手なことを言っている男達の会話が聞こえる。それに響子はぐっと握りこぶしを握った。一馬がどれだけ時間を削って演奏しているのかわからないくせに。響子との時間を削ってまで練習をしていたのに、そんな中途半端な演奏をするわけが無いだろうと怒鳴りたかった。だがふとそのこぶしを緩める。
 そうだ。どれだけ努力したかなど客にはわからない。それは自分の立場でもそうだ。どれだけこだわって焙煎をして丁寧にコーヒーを淹れても、評価は飲んだ客の舌であり合わなければ二度と店には来ない。それは真二郎にも通じることだ。だから客の一口はいつも緊張する。そしてそれは常連の客にも言えることだ。「落ちた」など言わせないために日々努力をしている。
 それは今ステージに立っている一馬達にも言えることだ。だが響子は信じている。この場に居る客が、きっと良い物を見たと満足が出来る時間になると。
 やがてドラムの男のセッティングや加奈子のキーボードのセットが終わり、ステージの五人は目を合わせた。そしてドラムの男がドラムスティックを鳴らしてカウントを始める。
 キーボードとボーカル、ドラムが少しリズムを刻む。ゆっくりとしたテンポの曲に聞こえた。だが原曲とは違うアレンジに、周りが少しざわめいた。
「え?コレって……。」
 キーボードの音がピアノだというのもおかしな話だ。だがそのピアノは、とても聴き映えがする。何より、声が綺麗だと思った。確かに節々にこぶしが回っているような歌い方だが、それよりも声の質の問題かもしれない。
 そして再びドラムがカウントを始めて、今度は一斉にボーカル以外が音を出す。その音に誰もが目を奪われた。
「きゃああああ!」
「わぁああああ!」
 その場にいる誰もがステージに注目をした。スタンダードなロックだろう。みんなが知っていて、聴き馴染みのある曲だ。それでもそのステージにいる人たちがそれぞれ自分のモノにしている。
「……すごいな。アレンジをそのままって訳じゃ無くて……。」
 圭太も驚いたようにそのステージを見ていた。ちらっと響子を見ると、まっすぐにステージの方を見ている。その横顔を圭太は知っている。
 「flipper」でジャズのライブを二人で見に行ったとき、響子はじっとステージの方を見ていたのだ。あのステージは有名なジャズプレイヤーの中に一馬がベースを弾いていたステージだったと思う。だが一馬のペースに合わせようと、他のメンバーが必死だった。そしてステージが終わったあと、プライドが許さなかったのか他の客には一馬に合わせていた、キャリアも実力も違うのだからと他の客に言っていたのを響子は冷めたような目で見ていたのだ。
 だが今の一馬を見れば、そんなことは全くないと言える。おそらくみんなの実力が同じくらいなのだろう。特にボーカルの栗山の声が心地良い。
「……。」
 確かに細かいミスはあるようだ。だがそんなことを感じさせないほど、ちゃんと曲になっている。そもそものアレンジが良いようだ。
 一曲目が終わっただけなのに、「ロックなんか出来るのか」とか「水をかけてやろう」と言っていたロックファンも、「遙人、遙人」とアイドルを見る目線で見ていた女も、すっかりそのバンドの虜になっていたようだ。
「わぁああああ!」
 拍手と喝采に包まれ、栗山は少し笑う。そして何のトークも無くまた次の曲へ移った。

 話も何も無く、三曲が終わると栗山が一言礼を言ってステージを五人は降りていく。その五人には惜しみない拍手と、声援が送られた。このあとのバンドがかわいそうだなと響子は思いながら、持っていた薄くなってしまったオレンジジュースにまた口を付ける。
「すごいねぇ。プロのバンドって。」
 香はそう言って興奮したように功太郎に言った。だが功太郎は首を横に振る。
「プロじゃねぇよ。」
「何で?みんなあんなに盛り上がっててさぁ。」
「プロってのは、CDを出したりしてる奴ら。あのバンドはまだライブで初お披露目だし、曲もオリジナルじゃ無いから。」
「そうなんだ。ふーん。そう言えば最後の曲はラジオで聴いたことがあるよ。でもこっちの方が好きかな。」
 香もそう言って満足そうにまたパンフレットを見ていた。
「アレンジが良かったな。あの昨日来た三倉菜々子がしたのかな。」
「三倉?」
「あぁ。昔ガールズバンドを組んで、キーボードをしていた。」
 響子はそんな名前だったのかと、またパンフレットを見た。ここではメンバーの名前すら書いていない。当然、それをアレンジした女性などここに載るはずは無かったのだ。
「良いアレンジだったわ。ジャズのようで、クラシックのようで、でもベースはしっかりロックでね。」
「もはやジャンルって何?って感じがするよ。」
 圭太も少し笑って、周りを見渡す。この会場は撮影禁止だ。だがカメラの存在は目に付いている。どうやらこのステージはあとで編集され、動画サイトにアップされるらしい。そうなれば更に騒ぎになるだろう。
「次、見ていくか?」
 功太郎は響子にそう聞くと、響子は少し頷いた。
「知っている人だから、一応聴こうかな。」
 天草裕太は何を思っているだろう。次のバンドは舞台袖で待機しているのだ。当然裕太はこの騒ぎを目にしているだろう。悪いことにはならなければ良いが。響子はそう思っていた。

 少し期待はしていた。このライブの反響が良ければ、加奈子はこのバンドに入れるかもしれない。そして案の定、ライブの反響は良かったようだ。背中に感じる声援が加奈子をゾクゾクさせた。
 ステージを降りて控えに戻ろうとした、四人はふと一馬の足が止まっていることに気がついた。
「どうしたんだ。花岡さん。」
 すると一馬は少しうつむいてステージの方を振り返る。
「前のバンドのメンバーが、次のステージだと思って。」
「そっか。気になるか?」
「少し。」
「だったらさっさと楽器を置いていこう。どっちにしても目立つし。」
 それもそうか。一馬はそう思い直して、控え室にしていた建物の方へ足を運ぶ。そしてその建物の中に入ると、周りのバンドマン達がざわついた。
「プロみたいなモノだろ?」
「何でこんな時間にするのかなぁ。もう少し主催者も考えてもらわないと……。」
 その声を無視して、五人は荷物を置いているところへ向かう。するとそこには三倉の姿があった。
「お疲れ様。良かったわ。ミスもちょこちょこあったけど、まぁそんなにライブで厳しくてもね。」
「……あー思いだしたじゃないですかぁ。俺。ソロでとちって……。」
 夏目は頭を抱えながら、ギターを下ろした。その言葉に橋倉が声をかける。
「次にそんなミスをしなきゃ良いんだよ。日々成長だろ?」
「だけどさぁ。ほら、客によっては一度しか見ない人だっているんだし、その程度のギタリストだって思われたくないじゃん。」
「ははっ。夏目さんは厳しいな。牧野さんもそんなにミスがなかったじゃん。良かったな。」
 その言葉に少し希望を持った。もしかしたらこのバンドでやっていけるかもしれないと。だが三倉は少し笑って言う。
「お疲れ様。牧野さん。助かったわ。キーボードがいなかったから。」
「……こちらこそありがとうございます。」
「これからも頑張ってね。」
 その言葉にもう二度は無い。そう加奈子は捉えてしまった。少しうつむいて、でも精一杯の強がりを言う。
「大変勉強になりました。ありがとう御座いました。」
 だがその目からは少し涙が浮かんでいる。それは嬉しいのか、悔しいのかはわからない。
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