彷徨いたどり着いた先

神崎

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ライブ

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 その頃響子は会場の中にあるトイレの前にいた。水の入ったペットボトルを手にして、ぼんやりと行き交う人たちを見れば入れ墨を入れたモヒカンの男や派手にプリントをした黒いTシャツを着ている人もいるが、主だって見えるのは親子だろう。おそらく音楽イベントと言うよりも祭りに近いモノだ。
 連休の二日目でみんな遊びに来たのだろう。響子はそう思いながらまたペットボトルの水に口を付けた。春先とは言っても昼間は暖かい。まるで初夏だ。熱中症にならないために買った水は、もう無くなりかけている。まぁ、会場でも何か飲むものくらいは買えるだろう。そう思っていたときだった。
「おねーさん。一人?」
 こんなことがあるからわざと地味な格好をしてきたのに、こんな地味な女に声をかけてどうするのだろう。響子はそう思いながら、その二人組の男を無視するように携帯電話を取りだした。
「無視しないでよねぇ。ライブ見に来たの?席どの辺?それとも遊びに来たの?一緒に行かない?」
 何も言わずに響子はそのままやり過ごそうと思っていた。だが男達はどんどんと近づいてくる。しつこい態度に、嫌気が刺しながらも体を男達とは逆方向に向けようとしたときだった。トイレから香が出てくる。
「響ちゃん。お待たせ。」
 デニムのショートパンツと白いTシャツを着ていた香は、ここに来たときよりも背が伸びている。もう小学生だとは誰も思わないだろうし、中学生でも微妙なところだった。ただ、響子とは歳が離れているのはわかる。大学生くらいに見えるらしい。
「あれ?二人で来たの?可愛い子だね。俺らと一緒に回らない?」
 こういうナンパに香は怖い思いを何度かしていた。だからその男達にも怯えた表情を浮かべている。
「響ちゃん。お友達?」
「違うわ。」
 すると香は男達に向かって言う。
「やぁよ。待ち合わせしてるもん。」
「女の子?だったらこっちもまた呼ぶからさぁ……。」
 その時トイレから功太郎がこちらに走ってやってくる。そして二人の前に立ち塞がった。
「何だよ。俺らの連れに何か用か?」
 男連れだったのだ。舌打ちを男達はして気まずそうに二人を見る。だが功太郎は相変わらず高校生くらいにしか見えない。まだチャンスはある。
「子供と遊んでも面白くないじゃん。大人の遊びを教えてやる……。」
 その時圭太がやってくる。自分たちよりも更に年上の男の登場に、男達は顔を見合わせた。
「何?二人に何か用か?」
「いいえ……あの……すいません。」
 そう言って二人組の男は立ち去ってしまった。その様子に響子は携帯電話を閉じると、ため息をつく。
「あんな奴らが多いのね。」
「最近イベントとか少なかったからな。これはチャンスとばかりに来るんだろ?響子。香もいるんだからもう少しきっぱり断れよ。」
「断ったわ。ったく……。何が良いのかしらね。」
 わざと地味な格好をしている。黒いシャツとジーパンを穿いていて薄いグレーのジャンパーを羽織っているが、色気がそう見せているのかもしれない。僅かに化粧をしているだけとは言っても、その内面だけは変えられないのだ。圭太と付き合う前とは明らかに違う。白い肌に浮いたような赤い唇も、どこか愁いを帯びた目も、男を引き寄せるには十分だと思った。
「ねぇ。時間あるの?屋台を見たい。」
「あぁ。わかったよ。みんなでまとまった方が良いな。さっきみたいなのがあると面倒だし。」
 圭太はそう言ってチケットを取り出した。ライブ会場へ行くのにはチケットが必要になる。だが屋台なんかは、チケットが無くても入られるのだ。その屋台を香は観たいと言っているのだろう。確かに珍しい屋台が多いようだ。入り口で配られていたチラシを見ながら響子はそう思っていた。アルコールの屋台もある。だが香がいる分、アルコールは控えようかと思っていた。
「おっ。地ビールの屋台があるな。」
 圭太はそんなことを全く考えていないようだ。響子は少しため息をつくと、圭太を見上げる。
「飲むつもり?」
「持ち帰りがあるんだよ。持って帰るか、郵送してもらおうかな。」
「地ビールって普通のビールと違うのか?」
 功太郎はそう聞くと、圭太は少し笑って言う。
「普通の生ビールとは違うよ。甘かったり、苦かったり。その土地特有のうまさがあってさ。」
「へぇ。わかんね。俺。」
「ビールって美味しいの?」
 香は不思議そうに功太郎に聞く。だが功太郎は首を横に振って香に言う。
「お前にはまだ早いよ。」
「また子供扱いした。」
 子供扱いされるのを一番嫌がるのだ。その様子を圭太と響子は微笑ましそうに見ている。
「お酒と煙草は二十歳からって決まってんだよ。」
「法律か何かで?」
「そうだよ。」
「そっか。わかった。それなら仕方ないよね。」
 一馬は四枚チケットを譲ってくれた。「clover」の従業員用に四人分と言うことだろう。だが真二郎は仕事が入っているので行けないらしい。そこで声をかけたのは香だった。
 香は中学校に入学し、望み通り水泳部に入った。だがまだプールに入れる季節では無い。なので主に走ったり筋トレをしたりしているのだ。そして週に何度か屋内プールのある高校へ行って、練習をしているらしい。そこでも香は注目の的だと聞いている。同じプールで泳いでいる高校生が、OBが泳いでいると勘違いしているようだ。それにここでも香は抜群の運動能力を発揮している。
 学校でも目立つ存在らしい。その辺は響子とは違うところだ。
 だがこの音楽イベントに興味があるのかと言われれば微妙だろう。
「香。音楽とか聴くのか?」
 功太郎がそう聞くと、香は少し笑って言う。
「ラジオで流れてるの好きだよ。あのねぇ。十一時くらいかなぁ。男の人がDJしてる番組があって、そこで流れてる音楽が好きなの。」
 ラジオと言われると思ってなかった。だが時間が気になる。
「十一時?遅くねぇ?」
「中学生にしては遅いな。」
「圭君も功太郎もお姉ちゃんと同じ事を言うのね。平気だよ。朝起きれないとか無いし。」
「本格的に泳ぎだしたら、夜が辛くなるぞ。それか授業中に眠くなったり。」
「あのねぇ。みんなそう言うけど、そんなこと無いよ。ちゃんと授業中起きてるし。あぁ、ねぇ。あのお肉すごい。」
 吊るされている肉を見て言っているのだろう。オーブンで焼きながら肉を削いで薄いパンに野菜や肉を挟んで食べるケバブという料理だ。スパイスが利いていて、美味しそうな匂いが漂っている。
「良いなぁ。食べてみたい。」
「良いよ。あと飲み物か。」
 功太郎と香はそう言ってその屋台に近づいていった。だがスパイスの香りに、響子はいぶかしげな顔をする。その様子がわかったのだろう。圭太は別の料理があるかと周りを見渡した。
「響子はアレか?ほら。そこパンが売ってる。」
「そうね。食べれそうなものがそれくらいしか無いわ。」
「埃まみれの飯を食って美味いのかって言わないのか?」
「さぁ。どうかしらね。それはそれで美味しいんじゃ無いの?別に食べないとは言っていないわ。」
 いつか夏の屋台へ行ったときに、響子はそう言っていた。厳しい言葉だと思う。だがそれが響子のこだわりなのだろう。
「一馬さんのバンドって何時から?」
「三時。もう少し時間があるわ。」
 携帯電話を手にして時間を見る。その手元にはブレスレットがあった。一馬に送られたモノだという。手に付けるものは邪魔になるからいらないと言っていたのに、一馬からのモノは仕事以外の時は付けているのだ。それが圭太を嫉妬させる。
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