304 / 339
ライブ
303
しおりを挟む
コーヒーを頼んだのは三人。そして紅茶を頼んだのは二人。コーヒーは苦手なのは夏目と三倉だ。三倉の姿を見て、まだ残っている客がざわめいた。圭太と同じくらいの年頃の女性が、見覚えがあると囁いていたのだ。
「アレってさぁ……。」
「今何してんだっけ?」
「アレよ。ほら。「Red Queen」のプロデュースとか。」
「マジで?表に出ない感じ?」
三倉の噂だろう。このバンドのメンツであれば、一番有名なのは三倉なのだから。そしてその次くらいが栗山で、一馬はジャズが好きな人くらいでは無いと顔を見ただけでは判断されない。
「紅茶もどう?」
何度も味を見て、選んだモノだ。響子は淹れ終わった紅茶を別に注いでその味を見る。悪くない。そしてコーヒーも柑橘系に合わせたモノだ。濃ければケーキの味が飛ぶ。だからといって薄すぎるとコーヒーの味を感じない。豆の選定から始めたモノだ。悪くない。
そう思いながら紅茶とコーヒーを淹れる。そしてカウンターに置いた。すると圭太がそれをトレーに乗せて五人の席へ運ぶ。
「お待たせいたしました。甘夏のムースケーキと紅茶、それからコーヒーです。紅茶のお客様は?」
持ち帰ったケーキしか食べたことの無かった橋倉は、驚いてその皿を見ていた。ソースとバニラのシャーベットと黄色と白のケーキが夏っぽいと思っていた。
「案外シンプルなケーキね。」
三倉はそう言っていぶかしげに見ていた。だがそれはここに入ってからずっとそうだと思う。どこか機嫌が悪そうだ。
「本当に試作なんだな。この上に屋号が書いたこう……ほら、プレートみたいなのが乗ってたりするのに。」
夏目はそう言って少し笑う。そして紅茶を口にした。
「おー。紅茶美味い。香りが高いのに、濃いわけじゃ無いし。」
「コーヒーも絶品だ。ちょっと香りが少ないか?」
「ケーキに合わせたコーヒーと紅茶なんだろう。」
一馬もそう言ってコーヒーに口を付ける。ここのコーヒーはどこよりも美味しいと思えた。そして皿にのっているケーキを切り分けて口に運ぶ。すると一瞬五人は黙ってしまった。
「美味い。」
一馬がぽつりと言って、またコーヒーを入れる。やはりケーキに合わせたコーヒーを淹れているのだろう。
「すげぇ。こんな食べ物があるんだな。甘いのってあまり好きじゃ無かったけど、コレは別次元だ。」
夏目はそう言って紅茶を口に入れた。
「甘酸っぱいのと少しほろ苦いのが良いな。甘夏って本来そんなモノだし。」
ネガティブな夏目も、ポジティブな橋倉も満足したように口にしている。そして栗山も少し笑っていた。
「「古時計」のコーヒーとは違う。だけど……ケーキに合わせて飲み物の入れ方を変えているって事か。あのバリスタらしい。」
だがまだ渋い顔をしているのは三倉だった。フォークを置いて、席を立つとレジを終えた圭太に詰め寄る。
「オーナーさん。」
「はい?どうですか?うちのケーキ。」
「……。」
文句の一つでも言おうと思った。だが隙がないケーキと紅茶だ。悔しそうにぐっと口を引き締める。
「こう言うのをただで提供するのってどうなの?」
「ただで食べてるのに文句言うんだな。」
キッチンから功太郎が出てきて、その様子を見ながら響子を見る。だが響子の表情は変わらない。
「仕方ないわ。イレギュラーのことだったんだから。」
「それでもさぁ……。」
功太郎はそう言って口を尖らせながら、自分たちよりも先に食べている五人を忌々しそうに見ていた。
「一馬さんはうちの常連です。その方が連れてきた方々ですから、正直な感想を言ってくださるとうちも信じています。」
三倉は悔しそうに圭太をにらみあげる。だが圭太は少し笑って三倉に言った。
「不味いですか?」
「……美味しいわよ……。紅茶も……ケーキも……。」
仕事とプライベートは別だ。それがわかっていたから一馬に声をかけたのだ。だからこの店のパティシエがどんな人間性だろうと関係ない。そんなことはわかっていたはずなのに、どうしてもその軽く男を摘まむような男だとわかって逆上していたのだ。
「三倉さん。話をするんじゃ無かったんですか?」
夏目が席に着いたまま三倉を呼ぶ。悔しそうに三倉はまた席に戻っていった。
「やれやれ。激しい女だな。オーナー。」
すると圭太も肩をすくませる。
「そうじゃ無いとやっていけないんだろう?」
女プロデューサーなのだ。しかも今度プロデュースをするのは男ばかりのメンツだという。だからあれくらい気が強くないとやっていけないのだろう。
その時今度は橋倉が席を立って圭太に言う。
「オーナーさん。ケーキってまだ残ってますか?」
「あと三つですね。」
「その三つ持ち帰りたいんですよ。奥さんと子供に。」
「三つで足りますか?」
「一人は乳飲み子ですよ。」
それぞれ事情があってバンドに入るのだろう。この男は奥さんと少なくとも二人の子供を養わないといけないのだ。
「わかりました。用意をしておきます。これだけは料金を戴きますけど。」
「かまわないですよ。それにそんなにバカ高い料金設定じゃ無いし。」
「うちのケーキは小ぶりですからね。女性だったら二つ三つ食べる人もいます。」
「それは無理だな。」
笑いながらまた橋倉は席へ戻っていく。すると夏目の声で「ずるい」という声が聞こえた。夏目もきっとケーキを狙っていたのだろう。
どうやら明日のライブのリハーサルのために会場へ足を運び、それからまた音楽の打ち合わせをするためにここへ来たのだろう。音がどうのとか、リズムがどうのという話をしていた。その間にも客は帰っていき、五人がいる間はフロア以外の掃除や響子は豆を焙煎にかけたりしていた。キッチンでは真二郎が焼き菓子を焼いている。
その匂いに、思わずそれをくださいと夏目は帰り間際に言いかけた。だがそれはさすがに出来ないだろう。そう思ってまた今度早い時間に来ることを心に誓っていた。
五人が帰り、もうカウンターの仕事も無い響子はフロアの掃除を手伝っていた。キッチンも申し込みは終わりそうだからと言って、功太郎もフロアにやってきている。響子と功太郎でフロアの掃除をしている間、圭太は店の計算をしていた。ノートパソコンを広げて、数字を追っている。
「それにしても派手な集団だな。あの栗山って男、本物の入れ墨か?」
「そうみたいね。」
アイドルを辞めて、本格的に歌手になろうとしたときに入れたのだという。後戻りは出来ないという決意のためにわざと見える位置に入れ墨を入れたと一馬から聞いている。
「並べば絵にはなるかもな。でもドラムの男か、一馬さんが髪を切らないとバランスが取れない。」
圭太はそう言ってパソコンを閉じた。
橋倉はきついパーマを当てたまるでアフロヘアのような髪型をしていて、一馬も相変わらず長髪だった。体格は全く違うが、髪型がかぶるようだ。
「姿もまたロックのうちだろ?」
「そんなモノなのか?」
「アイドルほどスタイルは求められないだろうけどな。」
「ふーん。」
大体掃除は終わった。そう思いながら、響子はモップを洗うとバケツを手にしてカウンターを通ると、キッチンへ向かう。するとそこには真二郎が水を出したまま、天板を手にしてぼんやりしていた。その様子に思わず響子が声をかける。
「真二郎。」
すると真二郎は我に返って、水を止めた。
「あぁ。ごめん。ちょっとぼんやりしてた。」
「大丈夫?」
「平気。疲れてるのかな。今日はホテルまでは行かない仕事だし……。」
それだけでは無い。真二郎の顔色が悪かったから。響子はバケツを置いて、真二郎の方へ向かう。
「何かあったんでしょう?」
「何か?」
「あの人。栗山さんと。」
すると真二郎は一瞬真顔になった。だがすぐに笑いを浮かべる。
「あいつ、嫌いなんだ。」
好き嫌いをするように見えなかった。だがそういった真二郎の横顔は、怒りに満ちている気がした。不自然に笑顔だったからだ。
「アレってさぁ……。」
「今何してんだっけ?」
「アレよ。ほら。「Red Queen」のプロデュースとか。」
「マジで?表に出ない感じ?」
三倉の噂だろう。このバンドのメンツであれば、一番有名なのは三倉なのだから。そしてその次くらいが栗山で、一馬はジャズが好きな人くらいでは無いと顔を見ただけでは判断されない。
「紅茶もどう?」
何度も味を見て、選んだモノだ。響子は淹れ終わった紅茶を別に注いでその味を見る。悪くない。そしてコーヒーも柑橘系に合わせたモノだ。濃ければケーキの味が飛ぶ。だからといって薄すぎるとコーヒーの味を感じない。豆の選定から始めたモノだ。悪くない。
そう思いながら紅茶とコーヒーを淹れる。そしてカウンターに置いた。すると圭太がそれをトレーに乗せて五人の席へ運ぶ。
「お待たせいたしました。甘夏のムースケーキと紅茶、それからコーヒーです。紅茶のお客様は?」
持ち帰ったケーキしか食べたことの無かった橋倉は、驚いてその皿を見ていた。ソースとバニラのシャーベットと黄色と白のケーキが夏っぽいと思っていた。
「案外シンプルなケーキね。」
三倉はそう言っていぶかしげに見ていた。だがそれはここに入ってからずっとそうだと思う。どこか機嫌が悪そうだ。
「本当に試作なんだな。この上に屋号が書いたこう……ほら、プレートみたいなのが乗ってたりするのに。」
夏目はそう言って少し笑う。そして紅茶を口にした。
「おー。紅茶美味い。香りが高いのに、濃いわけじゃ無いし。」
「コーヒーも絶品だ。ちょっと香りが少ないか?」
「ケーキに合わせたコーヒーと紅茶なんだろう。」
一馬もそう言ってコーヒーに口を付ける。ここのコーヒーはどこよりも美味しいと思えた。そして皿にのっているケーキを切り分けて口に運ぶ。すると一瞬五人は黙ってしまった。
「美味い。」
一馬がぽつりと言って、またコーヒーを入れる。やはりケーキに合わせたコーヒーを淹れているのだろう。
「すげぇ。こんな食べ物があるんだな。甘いのってあまり好きじゃ無かったけど、コレは別次元だ。」
夏目はそう言って紅茶を口に入れた。
「甘酸っぱいのと少しほろ苦いのが良いな。甘夏って本来そんなモノだし。」
ネガティブな夏目も、ポジティブな橋倉も満足したように口にしている。そして栗山も少し笑っていた。
「「古時計」のコーヒーとは違う。だけど……ケーキに合わせて飲み物の入れ方を変えているって事か。あのバリスタらしい。」
だがまだ渋い顔をしているのは三倉だった。フォークを置いて、席を立つとレジを終えた圭太に詰め寄る。
「オーナーさん。」
「はい?どうですか?うちのケーキ。」
「……。」
文句の一つでも言おうと思った。だが隙がないケーキと紅茶だ。悔しそうにぐっと口を引き締める。
「こう言うのをただで提供するのってどうなの?」
「ただで食べてるのに文句言うんだな。」
キッチンから功太郎が出てきて、その様子を見ながら響子を見る。だが響子の表情は変わらない。
「仕方ないわ。イレギュラーのことだったんだから。」
「それでもさぁ……。」
功太郎はそう言って口を尖らせながら、自分たちよりも先に食べている五人を忌々しそうに見ていた。
「一馬さんはうちの常連です。その方が連れてきた方々ですから、正直な感想を言ってくださるとうちも信じています。」
三倉は悔しそうに圭太をにらみあげる。だが圭太は少し笑って三倉に言った。
「不味いですか?」
「……美味しいわよ……。紅茶も……ケーキも……。」
仕事とプライベートは別だ。それがわかっていたから一馬に声をかけたのだ。だからこの店のパティシエがどんな人間性だろうと関係ない。そんなことはわかっていたはずなのに、どうしてもその軽く男を摘まむような男だとわかって逆上していたのだ。
「三倉さん。話をするんじゃ無かったんですか?」
夏目が席に着いたまま三倉を呼ぶ。悔しそうに三倉はまた席に戻っていった。
「やれやれ。激しい女だな。オーナー。」
すると圭太も肩をすくませる。
「そうじゃ無いとやっていけないんだろう?」
女プロデューサーなのだ。しかも今度プロデュースをするのは男ばかりのメンツだという。だからあれくらい気が強くないとやっていけないのだろう。
その時今度は橋倉が席を立って圭太に言う。
「オーナーさん。ケーキってまだ残ってますか?」
「あと三つですね。」
「その三つ持ち帰りたいんですよ。奥さんと子供に。」
「三つで足りますか?」
「一人は乳飲み子ですよ。」
それぞれ事情があってバンドに入るのだろう。この男は奥さんと少なくとも二人の子供を養わないといけないのだ。
「わかりました。用意をしておきます。これだけは料金を戴きますけど。」
「かまわないですよ。それにそんなにバカ高い料金設定じゃ無いし。」
「うちのケーキは小ぶりですからね。女性だったら二つ三つ食べる人もいます。」
「それは無理だな。」
笑いながらまた橋倉は席へ戻っていく。すると夏目の声で「ずるい」という声が聞こえた。夏目もきっとケーキを狙っていたのだろう。
どうやら明日のライブのリハーサルのために会場へ足を運び、それからまた音楽の打ち合わせをするためにここへ来たのだろう。音がどうのとか、リズムがどうのという話をしていた。その間にも客は帰っていき、五人がいる間はフロア以外の掃除や響子は豆を焙煎にかけたりしていた。キッチンでは真二郎が焼き菓子を焼いている。
その匂いに、思わずそれをくださいと夏目は帰り間際に言いかけた。だがそれはさすがに出来ないだろう。そう思ってまた今度早い時間に来ることを心に誓っていた。
五人が帰り、もうカウンターの仕事も無い響子はフロアの掃除を手伝っていた。キッチンも申し込みは終わりそうだからと言って、功太郎もフロアにやってきている。響子と功太郎でフロアの掃除をしている間、圭太は店の計算をしていた。ノートパソコンを広げて、数字を追っている。
「それにしても派手な集団だな。あの栗山って男、本物の入れ墨か?」
「そうみたいね。」
アイドルを辞めて、本格的に歌手になろうとしたときに入れたのだという。後戻りは出来ないという決意のためにわざと見える位置に入れ墨を入れたと一馬から聞いている。
「並べば絵にはなるかもな。でもドラムの男か、一馬さんが髪を切らないとバランスが取れない。」
圭太はそう言ってパソコンを閉じた。
橋倉はきついパーマを当てたまるでアフロヘアのような髪型をしていて、一馬も相変わらず長髪だった。体格は全く違うが、髪型がかぶるようだ。
「姿もまたロックのうちだろ?」
「そんなモノなのか?」
「アイドルほどスタイルは求められないだろうけどな。」
「ふーん。」
大体掃除は終わった。そう思いながら、響子はモップを洗うとバケツを手にしてカウンターを通ると、キッチンへ向かう。するとそこには真二郎が水を出したまま、天板を手にしてぼんやりしていた。その様子に思わず響子が声をかける。
「真二郎。」
すると真二郎は我に返って、水を止めた。
「あぁ。ごめん。ちょっとぼんやりしてた。」
「大丈夫?」
「平気。疲れてるのかな。今日はホテルまでは行かない仕事だし……。」
それだけでは無い。真二郎の顔色が悪かったから。響子はバケツを置いて、真二郎の方へ向かう。
「何かあったんでしょう?」
「何か?」
「あの人。栗山さんと。」
すると真二郎は一瞬真顔になった。だがすぐに笑いを浮かべる。
「あいつ、嫌いなんだ。」
好き嫌いをするように見えなかった。だがそういった真二郎の横顔は、怒りに満ちている気がした。不自然に笑顔だったからだ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生
花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。
女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感!
イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる