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墓園と植物園
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墓園をあとにした響子はそのまま植物園へ向かう。そこは墓園からあまり離れていない。平日だからかもしれないが、あまり人はいないようだ。そう思いながら、植物園へ足を運ぶ。季節の花が咲いていて、それを管理する人がいる。どうやら若い人もいるが、どちらかというと定年を過ぎたような男の人が多い。定年後にこういう仕事に就く人が多いのだろう。
器用に花の手入れや雑草を抜いたり水や肥料を与えている。季節によって花を植え替えているのもあるが、桜の木なんかはずっとそこにある。まだ蕾も付けていなくて桜のシーズンにはまだ早いと言われているようだ。
目印は、公園の東屋だと言っていた。そこへ足を踏み入れると集団が東屋に集まっている。そこを目指すと、弥生の声が響いた。
「響子さん。」
「すいません。お待たせしましたか。」
「まだ食事を並べていただけよ。圭太と瑞希はお酒を買ってくるって言ってたわ。」
「そうですか。」
瑞希が一緒だったら良い酒を選んでくるだろう。その道のプロなのだから。
「初めまして。響子さん?」
声をかけられてふと見ると、そこには細身で背の高い女性が立っていた。そしてその奥にはその女性よりも背の高い男の子がいる。
「初めまして。」
「梶原莉子と言います。こっちは息子の和己。」
「はい。お話はお伺いしています。」
莉子は愛想良く響子に挨拶をしているようだが、和己という男の子は全く愛想も何も無い。おそらく連れてこられたという感じなのだろう。しかしこの場は、香の卒業祝いと入学祝いをかねている。もし莉子と香と弥生の父親が結婚をするのではあれば、この場に和己がいないのはおかしいだろう。なんせ兄妹になるのだから。場違いなのは自分たちの方で、それでも嫌な顔一つしないのだからいい人だと思う。
「響子さんもお食事を作ってくれたんですよね。鰺の南蛮。」
「はい。お口に合うか。」
「私も作ってきたの。ローストビーフなんだけど、お口に合うかどうか。」
料理も上手なのだろう。そう言えば弥生も料理上手だ。それは母親からずっと仕込まれていたからだという。おそらく二人の父親は胃袋から掴まれたのだろう。
「和己。挨拶なさい。」
そう言うと和己はちらっと響子を見る。そして僅かに頭を下げた。
「ちわっす。」
功太郎をもっと酷くさせたような口の利き方だな。響子はそう思いながら少し苦笑いをする。
「おー。響子。来たか。」
声がかかり、響子はそちらを見るとクーラーボックスを二人がかりで持っている圭太と瑞希がやってきた。おそらくコレに酒やジュースを入れているのだろう。
「紙コップと紙皿。それから割り箸と……。」
弥生と香はその東屋にあるテーブルにシートを惹き、そこに食事を並べて紙皿を用意する。
「炭酸しか買ってねぇのかよ。」
クーラーボックスを開けた功太郎はそう言って文句があるように、圭太に言う。すると圭太は笑いながら言う。
「炭酸苦手なヤツとかいるのかよ。」
「いるだろ。そりゃ。香は苦手なんだよ。」
すると香は驚いて功太郎に言う。
「功太郎。良いよ。置いておけばあたし飲めるから。」
「でもさぁ。」
その様子に和己が少し視線をそらせた。そしてその言葉を言う。
「気持ち悪い。」
響子はその言葉を聞き逃さなかった。じろっと和己を見上げると、和己の前に立つ。
「何が?」
「え?」
その雰囲気に莉子が慌てて和己を見る。すると和己は少し笑って言う。
「いい大人が女子小学生に手を出してるみたいで嫌だと思って。」
「手?何を言っているの?」
その空気に、圭太は響子を止めるように手を引く。だが響子はその手を振り切った。
「何を根拠に言っているのか知らないけど、人には人のパーソナルスペースがある。若いあなたにはわからないだろうけど、それを自分の基準で考えるのはまだ子供ね。」
すると和己もムキになったように言う。
「おばさん。コレは俺の家のことなんだよ。いらない口を出すな。」
すると響子はすっと真顔になる。その表情を見て真二郎は響子の側に寄った。
「響子。」
だいぶ怒っている。そしてここで怒号したくない。そんなとき響子は何をするのかわかる。だから真二郎はそれを止めたのだ。
「オーナー。悪いけど、私帰るわ。」
「え?」
そして響子は自分のバッグを手にすると、本当にその場をあとにしようとした。それを真二郎が追いかける。
「響子。」
その様子に和己は悪びれも無く言った。
「切れやすいババァだな。誰だよ。あんなの呼んだの。」
するとその言葉に今度は香が和己に言う。
「あたしが呼んだの。響ちゃんはあたしにもすごいお世話になったから。一年前にここに来たとき、響ちゃんも真ちゃんも功太郎も圭君もみんなにお世話になったの。だから呼びたいってあたしが言ったの。」
最後には香は涙声だった。その様子に弥生が香を抱きしめる。
「そうね。みんなのおかげで香も不登校にならないですんだのよね。だから感謝をしたいってここに呼んだのよね。和己君。わかってあげてくれないの?」
すると和己は口を尖らせて言う。
「俺には関係ないし。」
その言葉はさすがに無い。功太郎が一発殴ってやろうかと思ったときだった。先に手を出したのは母親である莉子だった。軽い音がしたが、和己はぼんやりとしている。
「謝ってきなさい。まだそこにいるんだから。」
「何で……。」
「世の中あんた中心に回ってるんじゃ無いわよ。このバカ息子が。」
その雰囲気に誰もが押された。だが和己はぐっと唇を噛んで言う。
「元ヤンだった本性が出たじゃん。くそババァ。」
「その元ヤンに食わせてもらってるくせに、偉そうな口を利かないの。」
親子喧嘩が始まり、功太郎は冷めたように弥生の方を見る。すると弥生はため息をついて言う。
「また始まったわ。」
「え?」
「あまり良好な親子じゃないのよ。あの親子。あと一年で和己君は中学卒業するでしょう?そしたらすぐに働きたいって。そうじゃ無いとあの母親に食べさせてもらうのは嫌だっていってるのよ。」
ふと父親の方を見る。父親はその様子にオロオロしているだけだった。もしかしたらこの父親はずっとこうだったのかもしれない。だから前の奥さんともうまくいかなかったのだ。
「……響子は大丈夫かな。」
真二郎が向こうで話をしている。何を話しているのかわからないが、こちらには戻ってきそうに無い。だがその様子に香が響子のところへ走って行った。
「響ちゃん。」
すると響子は少しため息をついて香を見る。
「ごめんね。ちょっとあの場には居られないわ。」
そう言って帰ろうとした。だが香はその背中に向かって言う。
「あたし、響ちゃんにお祝いしてもらいたいの。」
「え?」
そう言って香は少し笑って言う。
「響ちゃんのコーヒーがまた飲みたいから。それから……今度は中学に入って新人戦とかあるの。それを見て欲しいし……あと……。」
真二郎はその言葉に少し笑った。言葉が上手く出ていないのだろう。それなのに、響子はその言葉に頷いている。どんな言葉よりも、こういう心からの言葉の方が響子の胸に届いている気がした。
器用に花の手入れや雑草を抜いたり水や肥料を与えている。季節によって花を植え替えているのもあるが、桜の木なんかはずっとそこにある。まだ蕾も付けていなくて桜のシーズンにはまだ早いと言われているようだ。
目印は、公園の東屋だと言っていた。そこへ足を踏み入れると集団が東屋に集まっている。そこを目指すと、弥生の声が響いた。
「響子さん。」
「すいません。お待たせしましたか。」
「まだ食事を並べていただけよ。圭太と瑞希はお酒を買ってくるって言ってたわ。」
「そうですか。」
瑞希が一緒だったら良い酒を選んでくるだろう。その道のプロなのだから。
「初めまして。響子さん?」
声をかけられてふと見ると、そこには細身で背の高い女性が立っていた。そしてその奥にはその女性よりも背の高い男の子がいる。
「初めまして。」
「梶原莉子と言います。こっちは息子の和己。」
「はい。お話はお伺いしています。」
莉子は愛想良く響子に挨拶をしているようだが、和己という男の子は全く愛想も何も無い。おそらく連れてこられたという感じなのだろう。しかしこの場は、香の卒業祝いと入学祝いをかねている。もし莉子と香と弥生の父親が結婚をするのではあれば、この場に和己がいないのはおかしいだろう。なんせ兄妹になるのだから。場違いなのは自分たちの方で、それでも嫌な顔一つしないのだからいい人だと思う。
「響子さんもお食事を作ってくれたんですよね。鰺の南蛮。」
「はい。お口に合うか。」
「私も作ってきたの。ローストビーフなんだけど、お口に合うかどうか。」
料理も上手なのだろう。そう言えば弥生も料理上手だ。それは母親からずっと仕込まれていたからだという。おそらく二人の父親は胃袋から掴まれたのだろう。
「和己。挨拶なさい。」
そう言うと和己はちらっと響子を見る。そして僅かに頭を下げた。
「ちわっす。」
功太郎をもっと酷くさせたような口の利き方だな。響子はそう思いながら少し苦笑いをする。
「おー。響子。来たか。」
声がかかり、響子はそちらを見るとクーラーボックスを二人がかりで持っている圭太と瑞希がやってきた。おそらくコレに酒やジュースを入れているのだろう。
「紙コップと紙皿。それから割り箸と……。」
弥生と香はその東屋にあるテーブルにシートを惹き、そこに食事を並べて紙皿を用意する。
「炭酸しか買ってねぇのかよ。」
クーラーボックスを開けた功太郎はそう言って文句があるように、圭太に言う。すると圭太は笑いながら言う。
「炭酸苦手なヤツとかいるのかよ。」
「いるだろ。そりゃ。香は苦手なんだよ。」
すると香は驚いて功太郎に言う。
「功太郎。良いよ。置いておけばあたし飲めるから。」
「でもさぁ。」
その様子に和己が少し視線をそらせた。そしてその言葉を言う。
「気持ち悪い。」
響子はその言葉を聞き逃さなかった。じろっと和己を見上げると、和己の前に立つ。
「何が?」
「え?」
その雰囲気に莉子が慌てて和己を見る。すると和己は少し笑って言う。
「いい大人が女子小学生に手を出してるみたいで嫌だと思って。」
「手?何を言っているの?」
その空気に、圭太は響子を止めるように手を引く。だが響子はその手を振り切った。
「何を根拠に言っているのか知らないけど、人には人のパーソナルスペースがある。若いあなたにはわからないだろうけど、それを自分の基準で考えるのはまだ子供ね。」
すると和己もムキになったように言う。
「おばさん。コレは俺の家のことなんだよ。いらない口を出すな。」
すると響子はすっと真顔になる。その表情を見て真二郎は響子の側に寄った。
「響子。」
だいぶ怒っている。そしてここで怒号したくない。そんなとき響子は何をするのかわかる。だから真二郎はそれを止めたのだ。
「オーナー。悪いけど、私帰るわ。」
「え?」
そして響子は自分のバッグを手にすると、本当にその場をあとにしようとした。それを真二郎が追いかける。
「響子。」
その様子に和己は悪びれも無く言った。
「切れやすいババァだな。誰だよ。あんなの呼んだの。」
するとその言葉に今度は香が和己に言う。
「あたしが呼んだの。響ちゃんはあたしにもすごいお世話になったから。一年前にここに来たとき、響ちゃんも真ちゃんも功太郎も圭君もみんなにお世話になったの。だから呼びたいってあたしが言ったの。」
最後には香は涙声だった。その様子に弥生が香を抱きしめる。
「そうね。みんなのおかげで香も不登校にならないですんだのよね。だから感謝をしたいってここに呼んだのよね。和己君。わかってあげてくれないの?」
すると和己は口を尖らせて言う。
「俺には関係ないし。」
その言葉はさすがに無い。功太郎が一発殴ってやろうかと思ったときだった。先に手を出したのは母親である莉子だった。軽い音がしたが、和己はぼんやりとしている。
「謝ってきなさい。まだそこにいるんだから。」
「何で……。」
「世の中あんた中心に回ってるんじゃ無いわよ。このバカ息子が。」
その雰囲気に誰もが押された。だが和己はぐっと唇を噛んで言う。
「元ヤンだった本性が出たじゃん。くそババァ。」
「その元ヤンに食わせてもらってるくせに、偉そうな口を利かないの。」
親子喧嘩が始まり、功太郎は冷めたように弥生の方を見る。すると弥生はため息をついて言う。
「また始まったわ。」
「え?」
「あまり良好な親子じゃないのよ。あの親子。あと一年で和己君は中学卒業するでしょう?そしたらすぐに働きたいって。そうじゃ無いとあの母親に食べさせてもらうのは嫌だっていってるのよ。」
ふと父親の方を見る。父親はその様子にオロオロしているだけだった。もしかしたらこの父親はずっとこうだったのかもしれない。だから前の奥さんともうまくいかなかったのだ。
「……響子は大丈夫かな。」
真二郎が向こうで話をしている。何を話しているのかわからないが、こちらには戻ってきそうに無い。だがその様子に香が響子のところへ走って行った。
「響ちゃん。」
すると響子は少しため息をついて香を見る。
「ごめんね。ちょっとあの場には居られないわ。」
そう言って帰ろうとした。だが香はその背中に向かって言う。
「あたし、響ちゃんにお祝いしてもらいたいの。」
「え?」
そう言って香は少し笑って言う。
「響ちゃんのコーヒーがまた飲みたいから。それから……今度は中学に入って新人戦とかあるの。それを見て欲しいし……あと……。」
真二郎はその言葉に少し笑った。言葉が上手く出ていないのだろう。それなのに、響子はその言葉に頷いている。どんな言葉よりも、こういう心からの言葉の方が響子の胸に届いている気がした。
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