彷徨いたどり着いた先

神崎

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 功太郎は配達のあと、真二郎に近くのテイクアウトの店でサンドイッチを買ってきて欲しいと頼んでいた。ついでに自分の分も買って店に戻ってくる。するとそこにはケーキとコーヒーを楽しんでいる香一家がいた。
「え?」
 そんな話は聞いていないと思いながら、戸惑っているように香達を見る。
「功太郎。どう?中学校の制服。」
 ケーキをそこそこに香は嬉しそうに功太郎の前に立った。やっと年相応に見えるなと思いながらも、口では可愛くない言葉が出る。
「良いじゃん。でもそれ着て中学校?教師と間違えられないか?」
「えー?そんなこと無いよ。」
 功太郎と会話をしている姿を見て、響子は少しため息をついた。香は悪い子では無い。だが自分とかぶって見えて、心が痛い。自分だってあの頃、制服をあまり着たくなかった。無駄に成長した胸や尻を、クラスの男達が舐めるように見ていたのが気に入らなかったし、それを嫉妬の目で見る女も嫌だった。自分が悪いわけでは無いのに。結局心を許せるのは真二郎と祖父だけだった。
 その役割が香にとって功太郎であれば良い。功太郎は幼いところもあるが、香にとっては良い相談相手だろう。それにお互いを大事にしている。
「功太郎君。」
 父親は咳払いをして、二人を離す。距離が近いと思ったのだろう。思えば店の中だ。確かに中学生とはいえ、少しベタベタしすぎたかと功太郎は香から距離を取る。
「あ、今日が卒業式だったんすね。」
「あぁ。それでね。今度、そのお祝いをしようという話があるんだが。」
「お祝い?」
 すると香も笑いながら功太郎に言う。
「お花見しようかって思って。」
 そう言えば去年みんなで花見をした。香はこの土地に馴染んでいないからと、様子を見る形でしたのだ。
「でも桜ってもう少し後じゃ無い?」
 その功太郎の言葉に弥生が言う。
「植物園へ行こうと思ってね。お弁当を持って。瑞希や俊君も誘おうと思ってるから、ここの人たちもどうかなって。」
「へぇ。良いね。いつ行くの?」
「みんなの仕事が合うときじゃないとね。瑞希に合わせたらいつまでたっても行けないじゃない?その時は引きずってでも行かせるから。」
「こわっ。」
「飯が多くなるな。弥生一人で大丈夫か?俺行こうか?」
 圭太もそう声をかけると弥生は少し笑って言う。
「そうね。手伝ってくれるとありがたいな。でもおでんでもしていこうかと思っているの。そうしたらそんなに手間はかかんないし、香も手伝ってくれる。あぁ、そうだ。響子さん。」
 コーヒーを淹れていた響子に弥生が声をかける。
「はい?」
「花岡さんも連れてきてよ。あたし話も聞きたいし。」
「どうかな。最近忙しいみたいだし。」
 一馬の話ではバンドの話が出ていると聞いた。春にあるイベントで対バンをするのだという。そのあとのことはまだわからない。一馬は乗り気では無いが、そうも言っていられない事情もあるのだろう。それについて響子が何を言うこともない。
「花岡さんを呼ぶんだったらおでん相当多くなるぞ。」
「何で?」
「めっちゃ食うから。」
「良いじゃ無い。食べれるって言うのは、健康な証拠よ。」
 看護師ならではの言葉に、響子は少し納得していた。
 一馬は食欲は旺盛で真二郎と住んでいたときよりも食費がかさむ。そして食べたらよく寝る。時間が合えば何度も響子を求める。それは普通の人よりも三大欲求が強いからだ。そしてそれは健康な証拠だろう。
 そしてそれに響子はついていけている。というか食欲はともかく、一馬を響子もまた求めているのだ。もう淫乱だと言われても否定は出来ない。そう思いながら、ドリッパーを外して、カップを用意する。
 その時店に一人の客が入ってきた。その人を見て、響子は顔を引きつらせる。
 ドアベルの音に圭太が気がついて近づいていった。そこにいたのは栗山遙人で、今日も雑誌から抜け出したような格好だと思う。
「あ……コーヒーをテイクアウトで。」
「響子。ブレンドの持ち帰り一つ。」
「はい。」
 コーヒーをカップに注ぎ、ケーキと一緒にカウンターに置いた。そしてそれを圭太が取る前に、伝票を書いて響子に手渡す。だが響子が差し込んだその伝票の前には数枚の伝票が挟まっていて、時間がかかりそうだ。それに気がついて、オーダーをしたものを席に運ぶと入り口近くの椅子に座っている栗山に声をかけた。
「栗山さん。時間は大丈夫ですか?」
 すると椅子に座りながらケーキを見ていた栗山は少し頷いた。
「大丈夫。次の撮影は十六時で、少し時間に余裕はあるんです。待ちますよ。」
 そのあとまたケーキに目を留めた。ここのコーヒーを味わえば、缶コーヒーなんかに手をだ競れなくなると一馬が言っていたとおり、一度味わえば癖になりそうなコーヒーだった。しかし栗山はそれ以上に相当凝っているケーキに目が留まっていた。それに美味しそうで、甘いものはあまり好きでは無い栗山でも目を引くものがある。だが生菓子を撮影スタジオに持っていっても、冷蔵庫があるとは限らない。そう思って栗山は行こうとした圭太にまた声をかける。
「……んー……オーナーさん。焼き菓子って詰め合わせ出来ますか?」
 焼き菓子だったら日持ちもする。今日食べれなくてもスタッフや同じモデルが持って帰れることも出来るのだ。
「出来ますよ。いくらぐらいで、どんなモノを入れますか?」
「あーっと二……いや三千円くらいでいくつ入りますか?」
「えっと三十個もいかないくらいか。」
「次の撮影で持って行こうかと思うから、詰めてもらって良いですか。」
「何を入れたいとかありますか?」
 そう言われて焼き菓子の見本を見る。するとフィナンシェが美味しそうだと思った。
「そうですね。このフィナンシェ入れてもらって。」
「わかりました。」
 響子にキッチンにいる真二郎に伝えてもらおうと思った。だが響子は手が離せない。そう思って圭太はカウンターに入るとキッチンへ向かう。そしてキッチンの中にいる真二郎に声をかけた。
「真二郎。焼き菓子三千円くらいで詰めてくれないか。フィナンシェ入れてもらって。」
「良いよ。」
 真二郎はケーキの生クリームを絞り終わり、絞った生クリームをシンクに置くと、ケーキをトレーに乗せる。十個ほど作ったブルーベリーのタルトは評判が良い。
「じゃあ、これショーケースに入れてくれるかな。」
「はいよ。」
「若い人のオーダー?」
「あぁ、栗山遙人だよ。コーヒーだけのオーダーかと思ったら焼き菓子も詰めてくれってさ。」
 するとその名前に真二郎は怪訝そうな顔になる。そして作り置きしている箱を手にすると、焼き菓子のストックを取り出した。
「詰めたら響子に声をかける。それで確認してもらって、良ければ包装するよ。」
「いつもお前が出てきてたじゃん。それに響子は今忙しそうで……。」
「表に出たくないんだ。」
 その言葉に、圭太は違和感を持った。元々真二郎は女にキャアキャア言われるのは得意では無い。だが栗山の名前を出した途端に態度が急変した。ということは栗山自体に違和感を持っているのかもしれない。だがそんなことを言っていられないのだ。
「お前さ。この仕事をして結構長いんだろう?嫌な客だって居ただろうし、殴られたこともあるだろう?」
「客とは数えるほどしか無いよ。あとは従業員同士のトラブルばかりだ。」
 勝手に言い寄られる事が多い。従業員が恋い焦がれるあまりに自殺未遂を起こされたこともある。客とのトラブルもそんな感じだ。ウリセンの客とのトラブルは無いのは、ウリセンの客の方がその辺が割り切っているからだろう。
「……ったく……何があったのか知らないけど、あいつ嫌だとか商売してたら言ってられないと思うんだけどな。」
「オーナーは商売人だね。」
「まぁ、サラリーマンしてたこともあるし。」
「昔からじゃ無い?分け隔て無く、誰とも接してた。感じは良かったよ。でも俺はそういうのが出来ない。嫌な人とは距離を取りたいんだ。それが俺が温厚でいられる秘訣かもしれない。だから、コレを見せてきて。のしはいるのか、包装紙を包めば良いのか。」
 話している間にも焼き菓子を詰め終わったらしい。それを圭太は手にすると、カウンターを出て行った。客は栗山だけでは無いのだ。
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