彷徨いたどり着いた先

神崎

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カモフラージュ

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 鍋を食べ終わると、つまみを用意してワインを開ける。コレが圭太のとっておきというヤツだ。赤ワインは、香りが良くて会わせて出したチーズによく合う。
「どこの国のワイン?」
 そう言って真二郎はそのワインのラベルをみる。だが意外そうに声を上げた。
「国産?」
「そう。ブドウが採れるところのワイン。」
「この国のワインも結構いけるね。南の方でとれるのは聞いたことがあるけど。」
 真二郎はそう言ってまたワインに口を付ける。だが功太郎はそれを一口飲んで首を横に振った。
「俺、ワインはよくわかんねぇみたい。」
「無理して飲むものでも無いわね。」
 まるでジュースのようにワインを口に運んでいる響子に、一馬も少し苦笑いをしていた。
「そう言えばうちの両親が作ったワインは飲んだか?」
 一馬が響子にそう聞くと、響子は少し笑って言う。
「美味しかったわ。年末に飲んだの。」
 日本酒を飲みながら、「flipper's」のライブを配信で観ていたが、そのあとワインに切り替えた。それも一人で飲んでいて、それはそれで気楽だと思いながら新年を迎えたのだ。
「春に一度帰国すると言っていた。その時にまた手に入るかもな。」
 その時は響子を紹介したい。両親がどう思うかわからないが、捨てられていた一馬を引き取るほどお人好しな両親だ。それに身内になったとしてもあまりこちらとは関わりを持たない。おそらくあっさり受け入れるだろう。
「両親は海外に居るのか?」
 功太郎がそう聞くと、一馬は少し頷いた。
「あぁ。酒屋をしていてな。それを兄夫婦に代替わりをさせたあと、ワインを作りたいと海外へ移住した。こっちにもそのワインが売られている。」
 そういう人は多い。真二郎の知っているゲイカップルにもそういう人が居たのだ。国によってはゲイに寛容なのだから。
「成功した方だね。夢を見る人も居るけれど、大概が夢が破れてこっちに帰ってくるし。」
 真二郎もそう言ってワインを口に入れる。普段ウリセンでご馳走になるようなワインとはきっと値段も保存状態も違う。だがあんな気取ったワインよりも美味しく感じるのは、一緒に飲んでいる人たちがいい人ばかりだからだ。一人を覗いて。
「このピクルスはオーナーが作ったの?」
 添えられているキュウリやにんじんのピクルスを摘まみながら、響子がそう聞くと圭太は頷いた。
「ピクルスって簡単なんだよ。お前も作ってたじゃん。」
「ひと味違うなと思って。何かしら。ゆずか何かが入っているの?」
「あぁ。香りが良いだろ?でもお前は浅漬けくらいなら作っていたじゃ無いか。」
 あの部屋で一晩過ごしたこともある。和食が多かった朝食に、響子が作った浅漬けの漬物もよく出ていたのを覚えていたのだ。
「そうね。お祖父さんが生きていたときはぬか床を持っていたんだけどね。葬儀のゴタゴタで腐ってしまって。」
「もったいなかったな。」
 それに親族から「あんなモノ」呼ばわりされた店だ。さすが母の親族だと思う。だからあっさり響子を追い出し、「古時計」を取り壊してアパートにするのだ。祖父がどんな想いで店をしていたのもわからないまま。
「功太郎。」
 ワインをグラスに注ごうとしたのをみて、圭太がそれを止める。
「何だよ。」
「お前もう辞めとけよ。」
「何で?」
「顔が赤い。帰れなくなるぞ。」
「泊めろよ。もう動くの面倒だし、すぐそこだろ?どうせ一年前くらいまでここに住んでたわけだし、今更ぐだぐだ言うなよ。」
「お前が言うな。」
 まるで兄弟のような会話だ。歳は離れているが気心が知れているのだろう。それが少し羨ましい。
「どうしたの?」
 ぼんやりとしている一馬の様子に響子が聞いた。
「兄弟のようだと思った。俺は兄とはあまり喧嘩をしたことがない。だが兄夫婦の子供たちはいつも喧嘩をしていて、そっちの方が仲が良いように感じた。羨ましい。」
「一馬さんと喧嘩をしても太刀打ちできそうに無いな。」
 体が大きく、腕っ節も強い一馬だ。喧嘩をふっかければこちらが負けるのは目に見えている。だからこそ、少し手を出したいタイプだと真二郎は思っていたのだ。
「剣道をしていたんだ。」
「あぁ。言っていたわね。」
 中学生の頃まで剣道をしていた。部活でも同情でもそれで汗をかき、全国大会へ行ったこともある有段者だ。なのに高校に入ると剣道部が無かったので、全く畑違いの吹奏楽部でコントラバスを始めた。それが今の生きる糧になっている。
「あの頃はうちは角打ちをしていなかった。しかし酒屋だからと思って酔っぱらいが来ることがたまにある。ひどいときには、母がナイフで脅されることもあったんだ。」
「ひどいわね。」
 客商売をしているとそういうこともある。「古時計」にも「clover」にもそういう客は来ていてそのたびに圭太が追い出したり、居なければ響子が追い出したりすることもあるが祖父も圭太も女がそんなことをするモノではないと言って止めていた。
「その酔っ払いを追い出すために置いておいた竹刀で脅したんだ。中学生の頃だった。その時に初めて兄から怒られた。そんなことのために剣道をしているんじゃないんだろうと。それ以外では喧嘩はしたことが無いな。」
 いつもキャバクラやイメクラなんかに行くような兄だが、意外と常識人だった。響子は、その答えに頷く。
「良い家族に恵まれたんだな。羨ましいよ。」
 圭太はそう言うと、一馬のグラスにワインを注ぐ。四人にとって家族はあまり良いものでは無い。だから一馬が少し羨ましいと思っていたのだ。
「羨ましいかもしれないが、自分たちでそういう家族を作れば良いだろう?出来ないことはないと思うが。」
「相手が居るんだったらね。」
 真二郎がそう言うと、さすがに一馬もその言葉は無神経だったかと思い、圭太の方をみる。しかし圭太は首を横に振った。
「気にしないでくれ。」
「……。」
「俺にも非があるんだから。」
 夏子と寝ていた。だが夏子は響子と圭太が別れた日以来、連絡が途絶えた。SNSをみれば元気にしているのはわかるが、あんなにストーカーのようにつきまとっていたのにいきなり連絡が無くなると、やはり兄の仕業だったのかもしれないと思い始める。響子と別れさせるためにしていたことだ。そして兄の思惑通りになった。
「あぁ。あのAV女優とはまだ寝ているのか。恋人にしたくないとずいぶん頑張っていたようだが。」
 一馬が聞くと、圭太は首を横に振った。
「いいや。あれから連絡が途絶えた。多分、兄に言われて近づいたことなんだと思う。」
「兄?」
「実家は金融会社をしている。CMなんかでもよく見ると思うが。俺があの会社に入らなかったのがよっぽど嫌みたいなんだよな。」
「金融会社か。サックスのヤツからよく連絡をもらっていたようだが。」
「あまり仲良くなるモノじゃ無いし……俺、あまりそう言うのは向いてないと思う。」
「サックスのヤツは進んで借りていたようだが。」
 音楽よりもギャンブルにつぎ込んでいたように思える。それから女。だらしないのは大学の時からあまり変わっていない。
「そうじゃ無いわ。オーナー。」
 そう言って響子は携帯電話の画面を見せる。そこには、夏子が送ってきた画像が移されていた。バスローブに身を包んだ夏子と、その隣には女性がいる。夏子よりもずいぶん細身で、違和感がある女だと思った。そしてその夏子の首元や手元は何か縛ったあとがある。
「縛られたのか?」
「えぇ。SMの撮影。ずいぶん良かったみたいね。」
 画面を変えると、圭太は顔を引きつらせた。自分がサディストなのかと思っていたが、やはりこんな画像を見ればそれは無いと思える。
 その横で一馬もその画像を見た。だが一馬の表情はあまり変わらない。
「向こうの国で見たな。」
「え?」
「それこそ、ジョージに連れて行かされた。じっと見ていたら、興味があるのかと言われたが、その趣味はさすがに無いな。だが芸術品としては一流だ。縄師とか緊縛師とか言うのだろう?」
「あぁ……そうだね。」
 真二郎はその時響子に通じるモノを一馬に感じてしまった。響子も自分が綺麗だとか認めるモノは、どんなに残虐なモノでも認めてしまう。やはり少し歪んだ二人なのだ。だからこそ惹かれ合ったのだろう。
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