271 / 339
カモフラージュ
270
しおりを挟む
カセットコンロを用意して、土鍋をセットする。その中に一馬の義理の兄からもらった日本酒を注ぎ、煮えにくいモノから材料を入れていく。沸騰すればアルコール分が逃げ、材料に日本酒のうまみだけが移るのだ。
「美味い。初めてしてみたけど、お手軽でこれは良いね。」
真二郎もよく箸を延ばしていた。本当に美味しかったのだろう。
「あっちの方って日本食もあるだろ?恋しいとは思わなかったのか?」
功太郎が一馬にそう聞くと、一馬は首を横に振る。
「別物だな。チェーン化されているどんぶり屋なんかも確かにあることはあるが、あっちの人の舌に合うように作られている。恋しいからと言って口にしたらえらい目に遭うな。最初の時にそう学んで、口にしなくなった。」
「そっか。まぁ、こっちの国でも北と南じゃ醤油の味すら違うしな。」
響子はあまり席について食べていないようだ。あれやこれやとキッチンをずっと往復している。
「響子。落ち着いて食えよ。」
圭太はそういって席に座らせようとする。だが響子は少しも落ち着いていない。
「すぐに無くなってしまうんだもの。男の人の食事ってこんなモノだったかしら。真二郎を基準にしていたから、甘く見たわね。」
「主に一馬さんだろ?」
油揚げを摘まんで一馬は少し笑う。
「食えるということは生きているということだ。美味いと思えるモノは体に足りないからかもしれない。」
「へりくつ言いやがって。」
やっと席に着いた響子は、その鍋に手を伸ばす。
「油揚げ美味しい。」
「だろう?」
少し笑ってまた油揚げを口に運ぶ。
「それにしても日本酒だらけだな。酒も日本酒ばかりで。」
「あとでワインを飲もう。」
「良いねぇ。」
「功太郎。お前は飲むな。」
「何で?」
「酒が弱いからな。」
すると一馬は少し笑って、またその鍋の具に手を伸ばす。
「あっちではレコーディングだけ?」
圭太はそう聞くと、一馬は少し頷いた。
「あぁ。たまたま違うプロデューサーがレコーディングに参加してくれってことで、急遽入れたモノもあった。だから他のヤツよりも帰国が遅くなったんだが。」
「誰?」
「ジョージだ。」
その名前に圭太は驚いて一馬をみる。ジャズ界では有名なドラマーだったからだ。ドラマーなのにその男が叩いて歌っているCDが、一時期飛ぶように売れていたのを覚えている。
「マジで?って言うか会ったのか?」
「あぁ。水川さんのつてでな。」
「有佐さんか。やりかねないな。」
「……。」
そこで気になることを言われた。それを言うのは二人っきりになった方が良いと思っていたが、やはり今言うべきだろう。一馬は箸を置いて、響子に向かっていう。
「あちらの国へ来ないかという話が出た。」
「え?それは一時的にでは無く?」
「では無い。レコード会社を移籍しないかという話だ。」
外国のレーベルに籍を置けば、嫌でも向こうの暮らしになる。一馬にとってはいいチャンスだろう。だが響子を置いていけるのだろうか。
「行きたいの?」
響子はそう聞くと、一馬は首を横に振る。
「俺はそこまで自分が腕のあるベーシストだとは思わない。あちらの国へ行って嫌というほど痛感した。俺くらいのヤツはゴロゴロいる。」
「……保守的だね。」
真二郎はそういうと、少し笑う。
「または自己評価が相当低いとも言えるな。」
功太郎すらこの調子だ。それに一馬も頭を抱える。
「今のレコード会社は俺に行かせまいとして必死だ。今日も空港から迎えが来て、会社に戻ったらバンドを紹介してきた。バンドに入っておけば、抜けることは無いと思っているのだろう。だがそんな問題では無いのだが。」
「だろうな。その会社もあまり頭が良いって訳じゃ無いみたいだ。」
「真二郎。」
圭太が真二郎を止める。だがここまで響子は何も言わない。
「余所の国ねぇ。俺も興味が無いことはないけど。」
功太郎はそういって酒を口に入れる。
「君もそう思うの?」
真二郎は意外そうに功太郎に聞く。功太郎が余所の国に興味があると思ってなかったからだ。
「コーヒーのことを知れば知るほどどういう所で育ってんのかとか、土地によってどんだけ違うかとか知りたくなるよ。」
「マニアだね。」
響子をみると、響子の手が震えている。響子もそういう時期があったからだ。余所の国へ行ってもっと喫茶関係のことを知りたいと思っていた。だがそれは出来なかったのは、店があり、人が付いていたからだ。
「俺はあっちの国へ移籍することは無いと思う。」
一馬はそういって酒に口を付ける。
「どうして?」
響子はこの時初めて口を開いた。すると一馬は首を横に振っていう。
「まず飯がまずい。」
「え?」
「酒もまずい。俺にとってはやはり日本酒が一番のようだ。それにコーヒーもまずい。」
「え?」
そんな理由で行きたくないというのだろうか。四人の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「一時的に行くなら良いが、住むとなると難しいだろうな。それに移籍をするにしても、あっちの国には行きたくないというさ。」
「出来るの?」
恐る恐る聞くと、一馬は少し笑って言う。
「こっちにも法人がある。移籍をするならそっちだろう。」
その言葉に響子はほっとしたようにまた春菊に口を付けた。
「バンドをしないってのは少し惜しい気がするけどね。」
真二郎はそういうと、一馬は首を横に振る。
「いくら信用をしていても裏切られる世界だ。だったら最初から信用はしない。」
「信用が出来るのは響子だけ?」
「音楽に限ってということだ。プライベートならもっと信用できるヤツはいる。例えばあんたとかもな。」
一馬はそう真二郎にいうと、真二郎も少し笑う。
「響子。一晩、一馬さんを借りても良いかな。」
「駄目よ。何を言っているの?」
その言葉に今度は一馬の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。
「引っ越しが終わっていないのか?力仕事なら手伝えると思うが。」
「そうじゃ無いよ。忘れて。」
やりにくい男だ。だからこそ、恐らく信也に気づかれないのだろう。だが信也がやろうとしていることを一馬が知ったとき、一馬はどうするだろう。
「本宮響子を落としにかかる。」
信也からの連絡に、真二郎は少し震えた。もしかしたら響子をレイプするつもりなのだろうか。信也がもし響子をレイプするとしたら、それは二度目なのだ。信也も覚えていないのか。そして響子も覚えていないのかはわからない。
「一馬さん。明日から地方に飛ぶと言っていたけれど、それからは地方に飛ぶことは?」
真二郎の問いに一馬は首をかしげて言う。
「あまり無いな。今は春のテレビの収録なんかもある時期だし。」
「……だったら出来るだけ、響子と一緒に帰ってくれるかな。」
「何かあったのか?」
「また強姦魔が出てるんだ。」
その言葉に一馬は納得したように頷いた。
「わかった。連絡を入れる。K町まで来ればなんとかなるか?」
「そうね。あっちの人の方が帰って安全かも。」
本来繁華街は危険な町だというイメージがある。だが一馬はそこで育ち、響子も住み始めてから時間が経った。顔見知りがいる町の方が安心できるのだ。
「美味い。初めてしてみたけど、お手軽でこれは良いね。」
真二郎もよく箸を延ばしていた。本当に美味しかったのだろう。
「あっちの方って日本食もあるだろ?恋しいとは思わなかったのか?」
功太郎が一馬にそう聞くと、一馬は首を横に振る。
「別物だな。チェーン化されているどんぶり屋なんかも確かにあることはあるが、あっちの人の舌に合うように作られている。恋しいからと言って口にしたらえらい目に遭うな。最初の時にそう学んで、口にしなくなった。」
「そっか。まぁ、こっちの国でも北と南じゃ醤油の味すら違うしな。」
響子はあまり席について食べていないようだ。あれやこれやとキッチンをずっと往復している。
「響子。落ち着いて食えよ。」
圭太はそういって席に座らせようとする。だが響子は少しも落ち着いていない。
「すぐに無くなってしまうんだもの。男の人の食事ってこんなモノだったかしら。真二郎を基準にしていたから、甘く見たわね。」
「主に一馬さんだろ?」
油揚げを摘まんで一馬は少し笑う。
「食えるということは生きているということだ。美味いと思えるモノは体に足りないからかもしれない。」
「へりくつ言いやがって。」
やっと席に着いた響子は、その鍋に手を伸ばす。
「油揚げ美味しい。」
「だろう?」
少し笑ってまた油揚げを口に運ぶ。
「それにしても日本酒だらけだな。酒も日本酒ばかりで。」
「あとでワインを飲もう。」
「良いねぇ。」
「功太郎。お前は飲むな。」
「何で?」
「酒が弱いからな。」
すると一馬は少し笑って、またその鍋の具に手を伸ばす。
「あっちではレコーディングだけ?」
圭太はそう聞くと、一馬は少し頷いた。
「あぁ。たまたま違うプロデューサーがレコーディングに参加してくれってことで、急遽入れたモノもあった。だから他のヤツよりも帰国が遅くなったんだが。」
「誰?」
「ジョージだ。」
その名前に圭太は驚いて一馬をみる。ジャズ界では有名なドラマーだったからだ。ドラマーなのにその男が叩いて歌っているCDが、一時期飛ぶように売れていたのを覚えている。
「マジで?って言うか会ったのか?」
「あぁ。水川さんのつてでな。」
「有佐さんか。やりかねないな。」
「……。」
そこで気になることを言われた。それを言うのは二人っきりになった方が良いと思っていたが、やはり今言うべきだろう。一馬は箸を置いて、響子に向かっていう。
「あちらの国へ来ないかという話が出た。」
「え?それは一時的にでは無く?」
「では無い。レコード会社を移籍しないかという話だ。」
外国のレーベルに籍を置けば、嫌でも向こうの暮らしになる。一馬にとってはいいチャンスだろう。だが響子を置いていけるのだろうか。
「行きたいの?」
響子はそう聞くと、一馬は首を横に振る。
「俺はそこまで自分が腕のあるベーシストだとは思わない。あちらの国へ行って嫌というほど痛感した。俺くらいのヤツはゴロゴロいる。」
「……保守的だね。」
真二郎はそういうと、少し笑う。
「または自己評価が相当低いとも言えるな。」
功太郎すらこの調子だ。それに一馬も頭を抱える。
「今のレコード会社は俺に行かせまいとして必死だ。今日も空港から迎えが来て、会社に戻ったらバンドを紹介してきた。バンドに入っておけば、抜けることは無いと思っているのだろう。だがそんな問題では無いのだが。」
「だろうな。その会社もあまり頭が良いって訳じゃ無いみたいだ。」
「真二郎。」
圭太が真二郎を止める。だがここまで響子は何も言わない。
「余所の国ねぇ。俺も興味が無いことはないけど。」
功太郎はそういって酒を口に入れる。
「君もそう思うの?」
真二郎は意外そうに功太郎に聞く。功太郎が余所の国に興味があると思ってなかったからだ。
「コーヒーのことを知れば知るほどどういう所で育ってんのかとか、土地によってどんだけ違うかとか知りたくなるよ。」
「マニアだね。」
響子をみると、響子の手が震えている。響子もそういう時期があったからだ。余所の国へ行ってもっと喫茶関係のことを知りたいと思っていた。だがそれは出来なかったのは、店があり、人が付いていたからだ。
「俺はあっちの国へ移籍することは無いと思う。」
一馬はそういって酒に口を付ける。
「どうして?」
響子はこの時初めて口を開いた。すると一馬は首を横に振っていう。
「まず飯がまずい。」
「え?」
「酒もまずい。俺にとってはやはり日本酒が一番のようだ。それにコーヒーもまずい。」
「え?」
そんな理由で行きたくないというのだろうか。四人の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「一時的に行くなら良いが、住むとなると難しいだろうな。それに移籍をするにしても、あっちの国には行きたくないというさ。」
「出来るの?」
恐る恐る聞くと、一馬は少し笑って言う。
「こっちにも法人がある。移籍をするならそっちだろう。」
その言葉に響子はほっとしたようにまた春菊に口を付けた。
「バンドをしないってのは少し惜しい気がするけどね。」
真二郎はそういうと、一馬は首を横に振る。
「いくら信用をしていても裏切られる世界だ。だったら最初から信用はしない。」
「信用が出来るのは響子だけ?」
「音楽に限ってということだ。プライベートならもっと信用できるヤツはいる。例えばあんたとかもな。」
一馬はそう真二郎にいうと、真二郎も少し笑う。
「響子。一晩、一馬さんを借りても良いかな。」
「駄目よ。何を言っているの?」
その言葉に今度は一馬の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。
「引っ越しが終わっていないのか?力仕事なら手伝えると思うが。」
「そうじゃ無いよ。忘れて。」
やりにくい男だ。だからこそ、恐らく信也に気づかれないのだろう。だが信也がやろうとしていることを一馬が知ったとき、一馬はどうするだろう。
「本宮響子を落としにかかる。」
信也からの連絡に、真二郎は少し震えた。もしかしたら響子をレイプするつもりなのだろうか。信也がもし響子をレイプするとしたら、それは二度目なのだ。信也も覚えていないのか。そして響子も覚えていないのかはわからない。
「一馬さん。明日から地方に飛ぶと言っていたけれど、それからは地方に飛ぶことは?」
真二郎の問いに一馬は首をかしげて言う。
「あまり無いな。今は春のテレビの収録なんかもある時期だし。」
「……だったら出来るだけ、響子と一緒に帰ってくれるかな。」
「何かあったのか?」
「また強姦魔が出てるんだ。」
その言葉に一馬は納得したように頷いた。
「わかった。連絡を入れる。K町まで来ればなんとかなるか?」
「そうね。あっちの人の方が帰って安全かも。」
本来繁華街は危険な町だというイメージがある。だが一馬はそこで育ち、響子も住み始めてから時間が経った。顔見知りがいる町の方が安心できるのだ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生
花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。
女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感!
イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる