彷徨いたどり着いた先

神崎

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疾走

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 仕事が終わり、功太郎はそのまま駅へ向かうと響子と同じ電車に乗った。行き先は、香の家。弥生から連絡が入っていて、シチューを作っているから食べに来いと言われているのだ。
「シチューね。まだ寒いから、そういうモノも良いわね。」
「響子は作らないのか?」
「そうね。今は一人だから。」
 真二郎が出て行ったのだという。だが真二郎はあまり離れたところに家を借りていないのだというのだ。たまには食事に来ることもあるかもしれないが、基本一人の生活になったのだという。
「寂しいなら俺、行っても良いけど。」
「結構よ。清々しているのに。」
「響子らしいな。でも一馬さんが帰ってくるのってもっと先?」
「そうね。」
 付いていったアーティストのレコーディングは終わったが、その場で誘われた有名プロデューサーからベースを弾いてくれというオファーがあったらしい。それに付き合って、結局帰ってくるのは少し遅れるのだ。
「でも離れてた分は埋め合わせできるだろ?」
「嫌ね。そんな言い方。」
「ははっ。」
 あれだけ響子に言い寄っていたのに、今は自然と仕事の仲間とか友人とかそんな感じになっている。他に心を奪われた人が出来たのだ。だがその相手が香であれば応援は出来ない。
「香ちゃんと二人っきりってことは多かったの?」
「多かったな。なんだかんだでうちに来ることも多かったし。聞いてる?弥生と香の父親が結婚するかもしれないって話。」
「言っていたわね。もう少し時間を見てした方が良いのだけど。」
「響子はしないのか?」
 その言葉に響子は首をまた横に振る。
「まだ出来ないわ。」
「ふーん。まぁ焦ってすることでも無いか。」
 あまり深く考えるタイプでは無くて良かった。そう言えば功太郎はずっとそんな感じだ。人懐っこそうに見えるのに、割と人の深くまでは踏み込まない。だからあまり好きだと言われても信用できないのかもしれない。
「ねぇ。香ちゃんには昔のことを言ったことがある?」
「俺の昔のこと?あぁ、施設に入ってたこととか?」
「そうね。」
「香に言っても香は理解してくれないだろうし、もし理解したとしたらオーナーに近づかないと思うけど。」
 圭太の一言で功太郎の姉は死んだのだ。それを理解してしまったら、香は店にすら近づかないかもしれない。それを危惧していたのだ。
「弥生さんは知ってるの?」
「知ってるよ。オーナーの同級生じゃん。」
「それでも弥生さんはオーナーと一緒にバンド演奏をすることもあるわ。弥生さんはあまり気にしていないのかしらね。」
「うーん……。そう言えばさ……。」
「どうしたの?」
 二,三日前、望月雅が響子の休憩中にやってきたのだ。響子に用事があるのかと思ったら、圭太の方に用事があると言って表で二人が話をしていた。何の用事なのかはわからない。ただ帰ってきた圭太は少し暗い顔をしていた。
「雅さんが?」
「あぁ、何だかわからないけど。」
 自分では無く圭太に用事があるというのに違和感を持った。だがその内容がなんなのかは、響子にはもう聞くことは出来ない。関係は終わったのだから。

 響子が電車を降り、それから二駅で功太郎も駅を降りた。手には今日もらったチョコレートの袋を手にしている。功太郎はいつも弥生の所でご馳走になるとき、こういった手土産を手にしている。プリンだったり、クッキーだったりするが、たまに父親にと酒のつまみのようなモノを渡すこともあって、父親からも歓迎されている。
 だが心の中で響子の言葉が響いていた。
 自分のことを話していないのは、香が理解するのも難しいだろうと思うところと同時に、自分のことを聞いて香に同情されるのが一番嫌だった。
 俊くらいの時に高校を辞めて、体を売って稼いでいたのだ。ファーストキスも、童貞も、その時が初めてだったし何が良いのかわからなかった。響子とキスをしたときもただ圭太から奪いたいという気持ちと、どこか真子を求めていたのかもしれない。それはすなわち響子を姉としてくらいの感情で求めていたのだ。
 だが香とキスをしたときは違う。いつも自分が幼く見えて、マウントを取ろうとした女とは違い、自分がリードをしないといけない立場だったというのもあるがそれだけでは無い気持ちが働いた。つまり、自分が好きなのだとやっと自覚できたことかもしれない。
「ロリコンかなぁ。」
 さすがに小学生に手を出すのは無いだろうと思うが、もう少しで中学生になるのだ。今日くらいは制服を褒めてやろうと思う。要らないことを言わないように気をつけて。そう思いながら、団地の階段を上がっていく。そして部屋の前に付くとチャイムを鳴らした。
「はい。」
 ドアを開けると、そこには俊の姿があった。まるで自分の家のように出てきた俊に、功太郎は少し違和感を持つ。だがそこはぐっと押さえた。
「シチューなんだって?」
「そうですよ。弥生さんのシチューすごい美味しくて。」
「上がるよ。」
 そう言って靴を脱いで部屋に上がると、何か良い匂いがした。シチューの匂いなのだろう。デミグラスのような匂いと言うことは、ホワイトシチューでは無いのだ。
「あ、功太郎。」
 トイレから香が出てきて、笑顔になる。ただタイミングが悪かっただけか。そう思いながら、功太郎は手に持っている紙袋を香に手渡す。
「コレ、やるよ。」
「わぁ。チョコレート。結構たくさん入っているね。」
「うちのチョコレート以外は、あまり口にしたくないんだよ。」
「功太郎さんだけにもらったヤツとかもあったんじゃ無いんですか?」
 俊はそう聞くと、功太郎は首を横に振る。
「そうでも無いよ。個人的にもらったヤツはさすがに持ってこなかった。コレはなんかほら、オーナーとか響子にも配ってたヤツ。」
「あぁ。そういう……。」
 だとしたら義理だ。それを持ってきたのだろう。
「サラダとご飯もつぐけど、どれくらい食べる?」
「あぁ、いつもくらいで良いよ。」
 すると香りはキッチンに立って、ご飯をお茶碗に注ぐ。その間シチューを温め直しているようだった。
「宿題でもしてたのか?」
 ローテーブルの方を見ると、教科書やノートがある。それを手にして功太郎は首をかしげた。
「さっぱりだな。」
「功太郎さんって近くの高校ですか?」
「んにゃ。俺……。」
 いい機会かもしれない。功太郎は教科書をテーブルに置くと、俊の方を見ていった。
「俺、高校は卒業してないから。」
「え?」
「途中で辞めた。家の都合で。」
 その言葉に俊は少し驚いたように功太郎を見ていた。
「珍しい話じゃ無いだろ?」
「そりゃ……えぇ。俺の居る高校でもそういう人は居るけど……。」
 俊の高校でも留年になりそうな人も居るし、学校を辞めた人も居る。だが辞めた人は別の高校に編入したりしていたのだ。だが途中で辞めたというのは、恐らくそれから高校へは行っていないのだろう。
「でもまぁ、高校なんかそこまで行くようなもんじゃ無かったな。俺、勉強はあまり出来る方じゃ無かったし。」
「信じられないな。」
「そうか?」
「だって……コーヒーを淹れるのも、デザートを作るのもパッパッて器用にしてると思ったから。」
「そうでも無いよ。相当真二郎とか響子にやかましく言われたんだ。」
 それだけ「clover」の一員としてやっていこうと思っているのだ。それだけにこれから言おうとしていることに心が痛い。
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