彷徨いたどり着いた先

神崎

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共犯者

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 ボーイがバーボンとナッツを置いていくと、もうこの部屋には用事は無い。呼び出されない限りは入ってこないのだ。防音設備の効いているような部屋で、おそらく表で話せないことをしている人たちも足繁くここに通っているのだろう。
「男の経験はありますか。」
 予約をしていたのはこの男の名前だ。藤井と言うらしい。
「一年前か……二年前かに君を見かけてからずっと君とそうなりたいと思っていたんだ。その時のために、馴らしているようだ。」
 信也はそう言って酒を口に運ぶ。その言葉に藤井の顔が赤くなった。馴らしているなんて、本当にセックスにしか興味が無い男のようだと思ったのだ。
「光栄ですね。あなたのような人にそう思ってもらえるなんて。」
「いいえ……。あの……。」
「酒の席だ。藤井。何を言ってもここでは忘れられるだろう。真二郎君もそういう仕事だ。言われたことは時間で忘れるだろう?」
「その通りです。何でも仰ってください。」
 藤井は戸惑いながら言った。
「十五くらいの時に女と初めて寝て、自分でもモテないことは無かったと思います。一晩で三人くらい相手にすることもあったし。」
 顔に似合わず割と絶倫なんだなと思いながら、真二郎はその酒に口を付ける。
「けど……最近、立たなくて。」
「え?」
「オナ○ーであれば立つんです。その……真二郎さんのことを思って。」
 ウリセンの名前は真で統一している。なのに真二郎と口に出したのは、恐らく心底惚れているから。参ったな。真二郎はそう思いながら信也の方を見る。
「ここでは真と呼んでもらえませんか。」
「あ……そうでした。すいません。」
 すると信也が少し笑って言う。
「一度、君と寝れば踏ん切りがつくらしい。」
「え?」
「そういう仕事をすること。まぁ、君は特に知る必要は無いだろう。それよりも話を聞かせてくれないか。」
「何をですか?」
「圭太は君に何を言ったのか。」
 その言葉に真二郎の表情が固まる。そして今でも耳に残る言葉があった。
「何がですか?オーナーが俺に何を?まさか迫っているとか、迫られているとかでは無いんですよね。」
「学生の時だ。」
 サングラスをしていて良かった。表情がばれてしまうからだ。
「クラスも違いましたし、そうですね。体育の時は一緒になることもありましたけど。」
「……。」
「対照的でしたし、接点はありませんよ。」
 すると信也は少し笑って、煙草を取り出した。そしてジッポーで火を付ける。
「卒業式だったか。」
 その言葉に真二郎は首を横に振った。もう全てわかっているのだろう。誤魔化せない。
「えぇ。その通りですよ。詳しくは言いたくありませんが。」
「言う必要は無い。だがそれで弟が、一人の人間を地獄に落としたとしたら、それは兄として責任を取らなければいけない。」
 煙草の煙の向こうで、信也は少し笑った。
「何かするつもりですか?まさか「clover」に?」
「君のケーキは妻のお気に入りでね。あの店に何かあれば、妻の愚痴が止まらないだろう。それは面倒くさい。」
「……はぁ……でしたら何を?」
「恋人がいるそうだ。バリスタの女性。」
 響子に何かするのだろうか。思わず真二郎は席を立ちかけた。だがいつの間にか藤井がその後ろに立っていてそれを止めた。
「本宮に何か……。」
「……不幸な事件が起きるかもしれない。圭太と付き合っているためにな。」
 駄目だ。響子に何かあったら、響子は今度こそ死ぬかもしれない。
「響子はもう……。」
 圭太と別れて一馬と付き合っているのだ。もう圭太とは繋がりは無いのだ。
「君はその女性と一緒に暮らしていると聞いた。その女性のことを思っているのか。」
「幼なじみです。だから……守りたいと思ってます。」
「つまり……感情があるので、そんな事件を起こされたくは無いと。」
「はい。」
 好きだとか、愛しているとかを置いておいても、響子にこれ以上なにも起こらないで欲しい。
「だったら手を組まないだろうか。」
「手を?」
 煙草を消して、信也は言う。
「君がそのバリスタを手に入れるチャンスだ。そして俺は圭太に煮え湯を飲ませたい。わがままで、自分の思い通りに動いていたあいつに一矢報いたいと思っている。大体、見合いの相手を断るなど……。」
 これを受けていいのだろうか。真二郎は握った拳の中に汗をじっとりとかいていたのを感じながら迷っていた。

 恐らく信也はそれを言いたかっただけなのだろう。名刺には連絡先が書いている。気が変わったら連絡が欲しいと言って、藤井と二人にさせた。そして二人は予約しているホテルへ向かう。
 藤井という男は、真面目な男だった。ゲイのカップルのセックスのこともよく調べられていて、下処理も万全だったのだから。
 タチもネコもいけるようで、真二郎も久しぶりに本気で感じてしまった。まずい。本当だったら自分が感じてしまうような真似はしたくなかったのに。自分は良くなくても相手を気持ちよくさせなければ意味が無いのに。そんなことを考えるほど余裕ははかった。
「真さん。どうですか?俺の……。」
「あっ……とても上手ですよ。」
 尻の穴に突っ込まれても、妊娠することは無い。それにこの男のモノは長くて、真二郎の感じるところを突いてくるようだった。
 行為が終わると、藤井は仰向けになったまま宙を見ているようだった。その様子に真二郎は少し笑う。
「悪くなかったでしょう?」
 すると藤井は少し頷いた。
「えぇ。あなたが最初で良かったと思います。俺、踏ん切りがつきましたから。」
「踏ん切り?」
「ゲイ向けのAVに出るんです。女でも男でもいけるようだったら、使い勝手がいいかと思うし。」
 そんな問題では無いのは信也でもわかっているのだろうに、あえて止めなかった。やはりあまり諸手を挙げて、信用できる男では無いようだ。
「……藤井さんはオーナーの兄さんとは?」
 真面目な男だと思ったので、借金なんかをしそうに無いと思ったのだ。だったら別の理由で信也の側に居るのだろう。
「俺の家の親はあまり上等じゃ無くて……借金を残して蒸発したんです。真面目に働いて返していた時期もあったけど……その、一気に返すんだったらそう言うのがいいって。新山さんが。」
「そうですか。頑張ってください。」
 そう言って藤井を促すとバスルームへ向かわせた。そしてその言葉に首を横に振る。AVが稼げないのはわかっているのに、それをさせようとしている。その理由は何だろう。真二郎はそう思いながら、携帯電話をチェックする。
 響子は今日は帰ってきたのだろうか。
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