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共犯者
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焼き菓子を包んでもらい、俊の母はその出来映えに思わず笑みがこぼれた。そして俊が受け取っていたコーヒーの香りも気になるらしい。
「私にもコーヒーを一杯もらえるかしら。」
圭太や功太郎を飛び越えて、響子に直接話しかけた。すると響子は表情を変えずに言う。
「かしこまりました。」
無愛想な響子に、母は少し違和感を覚えた。だがその手先はとても慣れているように思える。しかもここは洋菓子店だというのに、響子はマシンなどではなくドリッパーを使い一杯一杯手間をかけて淹れているようだ。しかもそれはペーパードリップなどではなく、ネルドリップだ。こうなるともう洋菓子店の域を超えているような気がする。
「オーナーさん。」
焼き菓子の詰め合わせを包装紙で包み、フロアに戻ってきた圭太に母が声をかける。
「どうかしましたか。」
「……ここの店は洋菓子店よね。」
「仰るとおりです。」
「コーヒーや紅茶にも気を遣っているの?持ち帰りではなくイートインの物も?」
「えぇ。それが何か?」
「喫茶店みたいね。でもケーキは凝っている。この値段では割に合わないでしょう?」
「そうでもないですよ。洋菓子店なのでケーキにはこだわりはありますけど、飲み物はそこまで良い豆を使っているわけではないですし。」
「それでもネルドリップを使って一杯一杯淹れているなんて……。」
「うちはそういう店なんです。」
その言葉に母は言葉を詰まらせた。従業員はおそらく少なく見積もっても四人。それを養えるほどの売り上げがあるのだろう。
「外国のお店のようだわ。」
「そうですか?」
「オーナーさんは外国へは?」
「サラリーマンをしていたときは行ってたこともありますけどね。今はまとめて休みも取れないし。」
「行ってみると良い。俊にもそう言っているのだけど……どうも行きたがらなくて。」
「はぁ。本人が興味がないなら仕方ないですよね。」
もっと広い世界を見て欲しい。なのに俊は相変わらず走ることと、本の世界にしか興味がないようだ。
「お母さん。俺はこの国も良いところがあると思っているんだ。だから行かないでも良いところには行かなくても良いと思うし。」
コーヒーを飲みながら俊はそう言うと、母親はため息をついた。
「外に出てみてこの国の良いところが見える。客観的に見ることも重要なのに。」
すると香がバナナジュースを飲みながら、不思議そうに俊に聞く。
「客観的って?」
「あぁ。つまり、外から見ることで自分が見えてくるってことかな。」
「ふーん。そんなの気にするかなぁ。」
そういう言葉だ。母が香を嫌っているのは、思ったことをずけずけと言ってしまうところだろう。
「……香ちゃんはあまり気にしないの?」
「自分は自分だから。」
香らしいなと功太郎は思っていた。だが母はため息をついて言う。
「それだから井の中の蛙って言うのよ。」
「胃の中?体の中ってこと?」
「そうじゃない。井戸の中の蛙は、その中の世界のことしかわからない。井戸を出ればもっと広い世界があるってことかな。」
俊はわかりやすいように香に告げる。だが香はますます首をかしげていった。
「知らなくても良いことは知らなくてもいいと思うけど。」
「香。」
俊は窘めるように、香に言う。だが香は全く悪いことを言ったとは思っていない。
「全く……。こんな子が向かいに住んでて、悪影響を受けなきゃ良いけど。」
その言葉はない。思わず俊は口を出そうとした。だがそれを先に口に出したのは功太郎だった。
「おばさん。」
思わず響子がミルで豆をひいている手を止めてしまった。
「功太郎。お客様だぞ。」
前にも真二郎の姉である桜子が、なんだかんだと店の文句を言ってきた。その時は客ではなかったので、功太郎が何を言おうと特に気にならなかった。だが今は違う。ちゃんとコーヒーを頼み焼き菓子を買っていくのだ。つまり客なのだ。
「わかってるよ。でも、あんた見た目だけで判断してるよな。」
その言葉に母は言葉を失った。確かに片親で姉と小学生が向かいに引っ越してきたとしか聞いていなかった。だが実際会えば小学生に見えないような女の子で、やたら体の発育がいい割に頭の中が幼いと思っていたのだ。
大人びて見えるのは発育だけではなく、その格好もそう見えたのかもしれない。なんだかんだで香は足が見えるような服装が好きだ。ミニスカートであったりショートパンツをよく穿いている。それがかえって嫌らしく見えるのだ。
「……生意気な店員。」
「るせぇよ。店内で喧嘩を売るようなやつが客か。香は気にしてねぇのかもしれないけど、聞いてるこっちはムカムカしてくるんだ。外国かぶれなのは別に良いけどそれを他人にも押しつけたり、子供に押しつけたりするのって迷惑だと思わないのか。」
その言葉に、ますます言葉を詰まらせた。それは自分の夫が言っている言葉と一緒だったから。
「俊には俊の人生があると思うけどな。俊が望むなら外国でも何でも行かせれば良いと思うけど、この国に居たいんだろう?最後には俊の意思だよ。それに向かいの子は良い子だよ。田舎の子って感じだね。」
昔は自分もそうだった。田舎から出てきて、痛い目に何度も合ってきた。田舎だからと馬鹿にされることもあった。だが外国に出れば違う。実力主義で、見た目なんかでは判断されない。その分自分の身が引き締まるような気になる。
「……そうね。俊は迷惑だったかしら。」
すると俊は手を振って否定する。
「いいや。でも……今は外国に行きたくないってこと。そうだな。高校を出たら考えるよ。ほら、あっちの方の陸上も見たいし。」
「陸上ばかりね。全く……。言っておくけど、あっちの方が骨格も違うし、筋肉の付き方も違うのよ。痛い目に遭うわ。」
「わかってる。」
「わかってないわ。俊。テレビや動画だけで……。」
言い合いをしているのを横目で見ながら、響子はコーヒーを淹れ終わり持ち帰り用のカップにそれを注いだ。
「はい。ブレンドワン。テイクアウトね。」
「はいよ。」
圭太はそれを受け取ると、カウンターの前に置く。
こんなに自分のことを思ってくれる母親は、羨ましい限りだ。響子はそう思いながら、ネルドリップに残っているコーヒー豆を捨てた。
「良い母ちゃんだな。」
功太郎はそう言ってその言い合いをしている二人を見ていた。
「あのね。功太郎。もう少し言い方を考えて……。」
「俺、別に悪いことを言ったと思ってねぇけど。」
「客商売なんだから、どんなことを言われてもその場では否定してはいけないの。」
「それって響子がそうだったから?」
「え……。」
功太郎はため息をついて言う。
「響子だって別に我慢する必要ないと思うけどな。売女とか、淫乱とか言われてもぐっと我慢してるだろ?」
「……インターネットの噂を聞いたお客様ね。」
「それも我慢しなくても良いと思うんだよ。俺。だって事実じゃないんだろ?」
「昔の記事を鵜呑みにしている人ばかりだから。今更否定してもね。」
そうやってずっと我慢してきたのだ。そのしわ寄せが響子を蝕んでいる。それを支えられるのは、圭太では無理な気が功太郎もしていた。
「私にもコーヒーを一杯もらえるかしら。」
圭太や功太郎を飛び越えて、響子に直接話しかけた。すると響子は表情を変えずに言う。
「かしこまりました。」
無愛想な響子に、母は少し違和感を覚えた。だがその手先はとても慣れているように思える。しかもここは洋菓子店だというのに、響子はマシンなどではなくドリッパーを使い一杯一杯手間をかけて淹れているようだ。しかもそれはペーパードリップなどではなく、ネルドリップだ。こうなるともう洋菓子店の域を超えているような気がする。
「オーナーさん。」
焼き菓子の詰め合わせを包装紙で包み、フロアに戻ってきた圭太に母が声をかける。
「どうかしましたか。」
「……ここの店は洋菓子店よね。」
「仰るとおりです。」
「コーヒーや紅茶にも気を遣っているの?持ち帰りではなくイートインの物も?」
「えぇ。それが何か?」
「喫茶店みたいね。でもケーキは凝っている。この値段では割に合わないでしょう?」
「そうでもないですよ。洋菓子店なのでケーキにはこだわりはありますけど、飲み物はそこまで良い豆を使っているわけではないですし。」
「それでもネルドリップを使って一杯一杯淹れているなんて……。」
「うちはそういう店なんです。」
その言葉に母は言葉を詰まらせた。従業員はおそらく少なく見積もっても四人。それを養えるほどの売り上げがあるのだろう。
「外国のお店のようだわ。」
「そうですか?」
「オーナーさんは外国へは?」
「サラリーマンをしていたときは行ってたこともありますけどね。今はまとめて休みも取れないし。」
「行ってみると良い。俊にもそう言っているのだけど……どうも行きたがらなくて。」
「はぁ。本人が興味がないなら仕方ないですよね。」
もっと広い世界を見て欲しい。なのに俊は相変わらず走ることと、本の世界にしか興味がないようだ。
「お母さん。俺はこの国も良いところがあると思っているんだ。だから行かないでも良いところには行かなくても良いと思うし。」
コーヒーを飲みながら俊はそう言うと、母親はため息をついた。
「外に出てみてこの国の良いところが見える。客観的に見ることも重要なのに。」
すると香がバナナジュースを飲みながら、不思議そうに俊に聞く。
「客観的って?」
「あぁ。つまり、外から見ることで自分が見えてくるってことかな。」
「ふーん。そんなの気にするかなぁ。」
そういう言葉だ。母が香を嫌っているのは、思ったことをずけずけと言ってしまうところだろう。
「……香ちゃんはあまり気にしないの?」
「自分は自分だから。」
香らしいなと功太郎は思っていた。だが母はため息をついて言う。
「それだから井の中の蛙って言うのよ。」
「胃の中?体の中ってこと?」
「そうじゃない。井戸の中の蛙は、その中の世界のことしかわからない。井戸を出ればもっと広い世界があるってことかな。」
俊はわかりやすいように香に告げる。だが香はますます首をかしげていった。
「知らなくても良いことは知らなくてもいいと思うけど。」
「香。」
俊は窘めるように、香に言う。だが香は全く悪いことを言ったとは思っていない。
「全く……。こんな子が向かいに住んでて、悪影響を受けなきゃ良いけど。」
その言葉はない。思わず俊は口を出そうとした。だがそれを先に口に出したのは功太郎だった。
「おばさん。」
思わず響子がミルで豆をひいている手を止めてしまった。
「功太郎。お客様だぞ。」
前にも真二郎の姉である桜子が、なんだかんだと店の文句を言ってきた。その時は客ではなかったので、功太郎が何を言おうと特に気にならなかった。だが今は違う。ちゃんとコーヒーを頼み焼き菓子を買っていくのだ。つまり客なのだ。
「わかってるよ。でも、あんた見た目だけで判断してるよな。」
その言葉に母は言葉を失った。確かに片親で姉と小学生が向かいに引っ越してきたとしか聞いていなかった。だが実際会えば小学生に見えないような女の子で、やたら体の発育がいい割に頭の中が幼いと思っていたのだ。
大人びて見えるのは発育だけではなく、その格好もそう見えたのかもしれない。なんだかんだで香は足が見えるような服装が好きだ。ミニスカートであったりショートパンツをよく穿いている。それがかえって嫌らしく見えるのだ。
「……生意気な店員。」
「るせぇよ。店内で喧嘩を売るようなやつが客か。香は気にしてねぇのかもしれないけど、聞いてるこっちはムカムカしてくるんだ。外国かぶれなのは別に良いけどそれを他人にも押しつけたり、子供に押しつけたりするのって迷惑だと思わないのか。」
その言葉に、ますます言葉を詰まらせた。それは自分の夫が言っている言葉と一緒だったから。
「俊には俊の人生があると思うけどな。俊が望むなら外国でも何でも行かせれば良いと思うけど、この国に居たいんだろう?最後には俊の意思だよ。それに向かいの子は良い子だよ。田舎の子って感じだね。」
昔は自分もそうだった。田舎から出てきて、痛い目に何度も合ってきた。田舎だからと馬鹿にされることもあった。だが外国に出れば違う。実力主義で、見た目なんかでは判断されない。その分自分の身が引き締まるような気になる。
「……そうね。俊は迷惑だったかしら。」
すると俊は手を振って否定する。
「いいや。でも……今は外国に行きたくないってこと。そうだな。高校を出たら考えるよ。ほら、あっちの方の陸上も見たいし。」
「陸上ばかりね。全く……。言っておくけど、あっちの方が骨格も違うし、筋肉の付き方も違うのよ。痛い目に遭うわ。」
「わかってる。」
「わかってないわ。俊。テレビや動画だけで……。」
言い合いをしているのを横目で見ながら、響子はコーヒーを淹れ終わり持ち帰り用のカップにそれを注いだ。
「はい。ブレンドワン。テイクアウトね。」
「はいよ。」
圭太はそれを受け取ると、カウンターの前に置く。
こんなに自分のことを思ってくれる母親は、羨ましい限りだ。響子はそう思いながら、ネルドリップに残っているコーヒー豆を捨てた。
「良い母ちゃんだな。」
功太郎はそう言ってその言い合いをしている二人を見ていた。
「あのね。功太郎。もう少し言い方を考えて……。」
「俺、別に悪いことを言ったと思ってねぇけど。」
「客商売なんだから、どんなことを言われてもその場では否定してはいけないの。」
「それって響子がそうだったから?」
「え……。」
功太郎はため息をついて言う。
「響子だって別に我慢する必要ないと思うけどな。売女とか、淫乱とか言われてもぐっと我慢してるだろ?」
「……インターネットの噂を聞いたお客様ね。」
「それも我慢しなくても良いと思うんだよ。俺。だって事実じゃないんだろ?」
「昔の記事を鵜呑みにしている人ばかりだから。今更否定してもね。」
そうやってずっと我慢してきたのだ。そのしわ寄せが響子を蝕んでいる。それを支えられるのは、圭太では無理な気が功太郎もしていた。
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