彷徨いたどり着いた先

神崎

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僧侶

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 夜になってやっと響子は家に帰り着いた。そこでやっと一息ついて、荷物を下ろす。母が持たせたお店へのお土産と、駅で買ったお土産がそこにある。もう一つのお土産の行き先は決まっていた。
 響子は携帯電話を手にするとメッセージを送り、テーブルにそれを置いた。そしてそのまま冷蔵庫を開ける。明日は温泉へ行こうと思っていた。一人でゆっくりしたい。それに色んなことを耳にして頭の中を整理したいと思っていたのだ。
 そのとき玄関のドアが開いた。振り返るとそこには真二郎の姿がある。
「お帰り。」
「ただいま。家から食事をもらってきた。ご飯は食べた?」
「電車の中で少し摘まみながら帰ったの。そちらの家はどうだった?」
「不機嫌そうでね。」
 桜子が数日で海外へ行くのだという。その話に響子は驚いたように真二郎を見た。
「海外へ?渋っていたのに。」
「恋人と別れたみたいでね。」
 恋人がいたのか。あまり男の匂いのする人ではなかったので、響子は少し驚いたようだ。
「そうなの。」
「……響子の方はどう?」
「相変わらずね。お見合いをさせられそうになった。」
「これ以上響子を混乱させてどうするんだろうね。」
 真二郎はそう言って持っていた紙袋をテーブルに置いた。そして使い捨ての発泡スチロール製の折を取り出す。
「会った?」
「懐かしい人。お坊さんになっててね。」
「会ったことのある人をお見合いさせようとしてたのか。同級生か何か?」
「あなたは覚えているかしら。御堂君という人。」
「あぁ。お寺の子だよね。」
 可愛い顔立ちをしていて、お人好しな人だという感じがした。そしてその名前に真二郎は違和感を持つ。
「あれ?その子って……。」
「同じ学校ではなかったかしら。高校が。」
「あぁ。後輩だったかな。」
 印象に残っている。いい人過ぎて、馬鹿にされていた。つまり、いじめられっ子だったのだ。
「……独身だった?」
「恋人がいると聞いたわ。男の。」
「それはそれは。」
 どちらにしても響子が好きになるタイプではないと、真二郎は少し笑った。
 そのときテーブルに置いていた響子の携帯電話が鳴る。それに反応して、響子はそのテーブルに近づいた。笑顔でそのメッセージを見ている。
「どっちから?」
「一馬さんね。今日は最後かもしれないから、家族で温泉に来ているみたい。」
「最後?」
「どちらにしてもあの家を出る予定だから。」
 年末ギリギリまで仕事をしていたのだ。ゆっくりお湯にでもつかって疲れを癒やせればいい。
「オーナーは?」
「まだ帰ってきてないと言ってたかしら。どちらにしても飲んでいるみたいだし。」
 ということは二人で過ごせる絶好のチャンスだ。真二郎は少し微笑む。だが響子がそれを望んでいないだろう。それに自分が言い出したことだ。何かすれば自分の身が危ない。
「功太郎は何をしているかな。」
「実家には帰らないだろうし、一人でのんびりしているのかしら。」
「そうだね。」
 携帯電話を置き、響子はテーブルに置いてある折を開いてみる。豪華なおせちのようだ。
「すごいわね。このエビも高そう。」
「見栄を張るんだよ。それになんだかんだ言っても歴史はあるんだから、それなりに縁起は担ぎたいらしい。」
 豪華だが、確かに縁起物のおせちの具材だ。昆布巻き、数の子、だし巻き卵。その一つ一つが料亭の味のように感じる。
「後で食べましょうか。」
「お酒も飲まない?」
 そう言って真二郎は持っていたバッグから五合瓶の日本酒を取り出した。
「あら。良いわね。それからお正月番組。何をしていたかしら。」
 響子はそう言ってテレビをつける。家族、特に母親には良い感情は持っていない。だからここに帰ってきたのが嬉しいのか、のびのびとしていた。

 そしてその頃、圭太もまた家に帰っていた。するすると飲み心地の良い酒は、つい飲み過ぎて酔っ払ってしまう。家に帰り着いた瞬間に、ベッドに横になっていたのだ。そして気がついたらもう夜になっている。
 携帯電話を取りだしてメッセージを見ると、響子からのメッセージがあった。もう家に帰り着いて真二郎もいるらしい。できればその場に自分もいたいと思った。しかし兄の言葉が気になる。
「別に男がいるんだろ。あの女。」
 それは一馬のことなのだろうか。そう思うとやるせない。
 思わずその携帯電話のメモリーから、一馬の番号を呼び出しそうになった。そしてそれをやめる。
 そんなことを聞いて何になるだろう。正直に一馬がそれを言うだろうか。
 携帯電話を閉じると、キッチンへ向かい水を取り出す。それを一口飲むと、玄関のチャイムが鳴った。響子かと思って思わずドアを開ける。
「はい。」
 そこには瑞季と弥生の姿があった。
「よう。明けましておめでとう。」
「おめでとうさん。」
「陣中見舞い。ほら。つまみとか。」
「酒飲み過ぎちゃってさ。夜は良いかなって思ってた。」
「ご実家で?」
「うまい酒ばっか出してさ。」
 その言葉に瑞季は少し笑う。そして弥生とともに家に入ってきた。
「今日は店は休みか?」
「明日から開けるよ。弥生はさっき仕事が終わってさ。」
「はぁ。すごいな。正月まで仕事か。」
「生もの相手だからね。」
「生ものって……。」
 弥生も勝手知ったる圭太の家だと、勝手にキッチンに入って皿なんかを用意していた。
「お前の家って実家帰るのにスーツで帰んないといけないようなところか?」
 壁に掛けられているスーツを見て、瑞季は驚いたように言った。
「おばあさんがうるさいんだよ。」
「なるほどねぇ。」
「見合いしろってうるさかったけど、やっと断ってくれた。」
「お見合いかぁ。」
 弥生は皿を並べながら、少し考えているようだった。
「お見合いしたいのか?」
「興味は無いけど、ほら、お見合いって何も知らないうちに出会って、加点されていくじゃない?でも恋愛だと、住んでみてわかるところが減点されたりするから、その辺は不利だなって思って。」
「独特だな。お前の彼女。」
「そうでも。」
 瑞季は少し笑って箸を手にする。
「何よ。変わり者みたいに……。」
「あのさ。そんな話をしに来たんじゃないんだよ。」
「何?」
 弥生が作ったおせちの残りを詰めてきたのだろう。実家のよりは見劣りするが、これはこれでいいと思う。
「お前。女がいるだろ?」
「は?」
 すると弥生は不機嫌そうに口を尖らせた。
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