彷徨いたどり着いた先

神崎

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僧侶

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 母は退院したら、また戻ってきて欲しいといってきた。だがそれには答えられない。一日あれば帰ってこれるのは病院と一緒だが。母に会いたくなかった。響子はそう思いながら、駅へ向かっている。
 響子を見て噂をする人はもういない。知っているのはもうごく一部だろう。中学生の時にからかい半分で強姦してこようとした男も、もう普通の生活をしているらしく、響子の方を見ることもなく子供や奥さんと一緒にスーパーなんかへ向かっていた。
 響子が住んでいたときとは違って、コンビニやドラッグストアも出来ている。田舎ではあるが、便利なモノはここにもあった。
 途中の中学校で足を止めた。あのころとあまり変わらない。大きな校舎と体育館がみえる。響子が通っていたときは、体育館が古くて天井には鳩が巣を作っていたが、その体育館は取り壊されて新しいモノが出来ている。
 学校へ復帰した響子が、この学校ではなく別の学校へ転校になったのは程なくしてからだった。体育で使った道具を倉庫にしまおうとしたときその入り口が急に閉まり、見るとそこには二、三人の男子生徒が響子を取り囲んでいた。必死に大声を上げたのを聞きつけたのは、御門優斗だったと思う。あのあと優斗がどうなったかも、あの強姦をしようとした男たちもどうなったかも響子が知ることはなかったが、あの寺をついで僧侶になっているとは思いもしなかった。
「あれ?本宮さん。」
 不意に声をかけられて振り返った。そこにはもう袈裟を脱いで私服になっている優斗がそこにいたのだ。
「御門さん。先ほどはお世話になって。」
「いいや。美味しかった。俺もコーヒーが好きで自分で淹れたりするけど、段違いだったな。それにお菓子も。」
「真二郎に言っておくわ。」
 ぼんやりとしていた響子を優斗が気にしていたのだろう。スーパーの袋を持ったまま、声をかけてきたのだ。
「もう帰るの?」
「えぇ。少し用事があってね。」
「……中学校以来だったからね。懐かしい話をしたかったな。」
「嫌な思い出しかないでしょう?私を助けてくれたのはとても助かったけれど、あのあとあなたがひどい目にあったんじゃないかと思ったわ。」
「昔のことだ。あのまま目を瞑って君が死なれたら、俺はもっと後悔をすると思う。」
「優しい人ね。」
 響子はそう言って少し笑う。
「駅へ?」
「少し時間はあったけど、もうコレ以上家にいたくなかったから。」
「君らしい。両親を毛嫌いしている。寺に来たときもずっと君の顔はひきつっていたから。でもコーヒーを淹れるときだけが、素直になっていた気がするよ。」
「コーヒーを淹れるときには、何も考えないの。コーヒーに罪はないから。飲んでもらう人が最大限に、美味しいと思えるようなモノにしたいし。」
「俺もそうだ。お経を唱えているときは何も考えないよ。」
「雑念が入らないように?」
「その通りだよ。」
 少し笑いあって、優斗は響子を見下ろす。
「君とは話しやすいと思っていた。あの事件が起きる前から、俺はそう思っていたね。中学生くらいになれば多感な時期になる。男は女の体しか興味がないし、女もそうだろう。」
「そうね。表立っては言わないけれど。夏子は率先して話をしていたようね。」
「そうか。そういう仕事を選んだというのは天職だったのかもしれないな。だけど君は違ったと思う。恋だの愛だのをいっている女子生徒には見向きもしないし、女の体ばかりを話している男子生徒にはゴミを見るような目で見ていた。」
「……そうね。でも昔は違ったの。」
「え?」
 誰にも話していないことだった。響子はため息を付いて優斗に言う。
「小学生くらいまでは天真爛漫でね。それに無知だった。初潮を迎えると、母から嫌な顔をされるくらいいろんな事を聞いていたわ。だから私が「淫乱」だって思ってたのかもしれない。」
「……。」
「だけどあの日……私は、体調が悪くて早退して帰ったの。生理になれていなかったからかしらね。貧血っぽくなって帰った。母はその日学校を休んでいたから、薬か何かをもらえると思ってた。家に帰ると、見覚えのない男物の靴。両親の部屋で母が知らない男と喘いでいたわ。」
「不倫を?」
「みたい。でも私は考えなしに、その日の夜に母にそれを聞いたの。すると母は「そんなことをしていない。この子は嘘を付く癖がある」と罵ったわ。」
「だから、君が拉致されてってっ話も……。」
「嘘だと思ってる。男の車に進んで乗っていったんじゃないかって。」
「……俺はその話は本当だと思うよ。」
「母が不倫をしていた話?」
「あぁ。だってその相手は俺の父親だったんだから。」
 その言葉に驚いて優斗を見上げた。
「俺の父はもう亡くなったけれど、あまり上等じゃなかった。母が早くに死んだからかな。寂しかったと言えばいいわけになるかもしれない。だけど檀家のいろんな奥さんと不倫をしていたのは知っているし、たぶん腹違いの弟とか妹が居るのもわかるよ。もちろん、自分の夫には夫の子として騙しながら育ててる。」
「……。」
「俺が女の人に興味がもてなくなったのはそのせいかもしれないな。でももうこの歳になったし、早く結婚をして欲しいとは言われている。跡継ぎが必要だってね。だけど……女と寝るくらいなら、このまま独身が良いよ。」
 両親の影響を、こんなところでも受けている人が居た。それなのに無神経にこの男とお見合いをさせようとしている母に対してさらに腹が立つ。
「真二郎とは寝れる?」
「さぁね。好きだとは思うけど、たぶん、芸能人に憧れるような感覚だと思う。」
「芸能人?」
 思わず響子は笑った。一緒に住んでいれば、真二郎が芸能人のような尊い感覚で居るというのが少し可笑しい。
「それに、俺、今は恋人が居るんだ。」
「男性の?」
「あぁ。でも寝てない。それでも良いと思ってる。君にも居るんだろう?」
 すると響子は少しうつむいた。どちらのことを言えばいいのだろう。圭太なのか一馬なのか。迷っていると優斗は少し笑った。
「迷うことかな。」
「……事情があってね。なんだか……コレを言うと本当に自分が淫乱だって思うから。」
「二股でもしてる?」
「そうなのかな。うん……そうだと思う。」
 響子らしいと思った。恋だの愛だのを知る前に強引に何人モノ男から強姦されたのだ。少しそういうところが鈍いのは、優斗にもわかる。
「確かに二人の男を好きになるほど器用ではなさそうなのはわかる。でもそういう人もいるよ。」
「……わからないの。」
 自分が一番わからない。響子はそういって目を伏せた。
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