彷徨いたどり着いた先

神崎

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僧侶

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 墓参りをしたあと、寺の中に三人は足を踏み入れる。この町にしては歴史のある寺で、建物自体は戦前から建っているらしい。
 仏像なんかも高名な人が彫ったようなもので、とても歴史を感じる。そしてその寺の横にあるのがその僧侶の自宅で、普通の平屋と言ったところだろう。リフォームもされていないので、リビングも畳敷きで掘り炬燵だった。
「掘り炬燵って良いね。超暖かい。」
 体にはコートを着ているが、足下はブーツで、タイツを穿いているとはいってもミニスカートを穿いているのだ。この格好で雪は降らないが山から吹き下ろされる風で凍えるようなこの土地なのだから、この炬燵は夏子にとってありがたいのだろう。
「ずいぶん良い香りがするな。コーヒーの香りがここまで漂ってくる。君のお父さんが淹れたモノによく似ている感じがするな。」
 父親はそう言って母親に語りかけるが、母親の関心はそんなところにない。
「うまくやってるかしら。」
 母親は響子をお見合いさせようとしていた。その相手はここの寺の跡取りである御門優斗。同級生で響子のことも良く知っているが、拉致され輪姦されたといってもあまり動揺もしていなかったし、響子に変わらない様子で接していたような気がする。しかも僧侶であるし、そんな相手と一緒になれば響子も落ち着くと思ったのだ。
 そんな母親の思惑があるとも知らないで、響子は台所でもって来ていたコーヒーを淹れていた。コーヒーを淹れる道具がそろっているのは、優斗の趣味がコーヒーを淹れたりコーヒーを飲みに行ったりすることだから。
「すごい良い香りがするね。良い豆を使っているの?」
「いいえ。うちは喫茶店ではないし。豆自体は普通ね。」
 ペーパーフィルターに挽いた豆をセットし、お湯を回しかける。ふわんと香りが台所中に漂い、思わず優斗はその手元を見ていた。魔法のようにコーヒーを淹れていく。自分が淹れるときの参考にしようと思っていたのだ。
「お菓子も美味しそうだ。コレは梶さんが?」
 そうだった。この町にいたとき、まだ真二郎は梶という名字だったのだ。真二郎が遠藤の名前を名乗ったのは、高校を卒業してからになる。
「えぇ。」
「このフィナンシェは中に何か入っている?」
「二つはノーマルなもの。もう二つはナッツ入り。」
「選べるの?」
「ナッツを食べれない人なんかもいるから、それは臨機応変に。」
「なるほどね。都会だとこういうお菓子が喜ばれるのかな。生菓子も食べてみたいな。」
「こっちの街に来たときに寄ればいいわ。」
 あまり響子は饒舌ではない。会話があまり続かないので、優斗も少し諦めたようにその手元を見ていた。
 手荒れをしているのは水仕事をしているから。おそらく毎日こうしてコーヒーを淹れているのだろう。その分、髪型や着ているモノにはこだわりはないようだ。色あせたジーパンと紺色のセーターは、もうへたっているような気がする。
「梶さんは、元気にしている?」
「えぇ。」
 一緒に住んでいることは言わなかった。とはいえ、もうすぐ真二郎はあの家を出るのだから、もう職場の同僚で幼なじみだという繋がりしかなくなる。
「昔は、梶さんは自殺すると思っていたよ。」
「……どうして?」
「俺、梶さんと同じ学校へ行って梶さんがどんな風だったか覚えている。」
 真二郎はこの土地で育ったが、高校は離れた高校に進学した。その頃くらいから、養子の話が出ていたのだろう。それなりの学校を出て欲しいと思って、寮生活をしていたと思う。そして休みの度に施設に帰っていた。そのとき響子のことを知って、しばらく学校を休んでまでも祖父と一緒に響子に付き添っていたのだ。
「俺が進学したとき、梶さんは三年生だったかな。卒業をするとき、同じ男子生徒に告白をしていた。」
「……告白?」
 真二郎は圧倒的に言い寄られることの方が多い。だから響子のことが好きだと告白したのは、初めてだと思っていた。だがその前に告白した男子生徒がいたのは初めて聞く話だと思う。
「「ホモなんて気持ち悪い。俺の前からさっさと消えろ。」って言われてた。」
 言い寄られることの多い真二郎が、身を切るようにして告白したのだ。だがその男子生徒は、心が無いのだろうか。時代を考えると、あまり受け入れられるような世の中ではないのはわかる。だがそんなにストレートに言うのは、どう考えても頭が悪い男だ。
「ひどいわね。」
「今は同性愛も世の中が少しずつ受け入れられるようになった。君たちが住んでいる町では、そういう人も多いだろう?」
「そうね。結構見るわ。」
「僧侶の世界でも多い話だ。禁欲の世界でね。修行しているときは特に。」
「……あなたもその趣味があるの?」
「……恥ずかしながらね。」
 母の思惑ははずれたのだ。ゲイの人に女と結婚しろと言うのは、何よりも苦行だろう。それでも昔の人は、それに耐えていたのだ。
「その相手は真二郎かしら。」
 その言葉に優斗の頬が赤くなる。やはりそうだ。さっきから真二郎の話題ばかり出している。この男が真二郎に気があるのはすぐにわかった。
「あまり進めれる相手じゃないわ。」
 そう言って響子はドリッパーを避ける。
「そうなの?君が気があるから?」
「そうじゃないわ。遊び人だから。」
「遊び人?」
「真二郎は男も女もいけるバイセクシャルだから。セフレは男も女もいる。その上、ウリセンでバイトもしている。それを受け入れられるかしら。」
 その言葉に優斗は言葉に詰まった。ただパティシエでのんきにケーキを作っていると思っていたのに、まさかそんなことをしていると思っていなかったからだ。
「けど……何となく真二郎がそうしているのもわかったわ。」
「どうして?」
「……やけになってるのね。その男子生徒に降られて。」
 響子は拉致されて、輪姦された。だから人にずっと冷たい女だと思っていたのだが、どうやら違うようだ。自分が受け入れられるような人には情が深く、誰よりも大事にするようだ。
「カップはどれを使えばいいかしら。」
「あぁ。コレを。」
 戸棚からカップを取り出す。その器も凝っているようだ。コーヒーカップもどこかの職人が焼いた陶磁器だった。
「とても良い器ね。」
「父が好きで、自作もしている。そうだ。父が作ったもので良ければ、本宮さん持って行かないか。沢山あって持て余しているんだ。」
「えぇ。頂こうかしら。」
 コーヒーをカップに注ぐと、お菓子をお盆に乗せる。このお菓子も真二郎が作ったもので、優斗にとっては苦しいものかもしれない。それでも目を逸らしてはいけないのだ。
 それは響子も同じで、帰ったら圭太に告げないといけないだろう。
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