彷徨いたどり着いた先

神崎

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僧侶

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 玄関を通されてリビングへやってくる。暖かい空気が身を包み響子はジャンパーを脱ぎ、夏子も着ていた薄い紫のコートを脱いだ。
 ソファには父が座っている。父も老けたようで、紙が少し薄くなり下の腹だけがぽっこりと出ている。
 駅伝をしているテレビのチャンネルを代えようとリモコンを手にしようとしていたのだろう。響子と夏子の姿に、そのテレビの画面を消した。
「お帰り。響子。夏子。」
「ただいま。」
「あけましておめでとうございます。」
「あぁ。おめでとう。」
 響子は何も言わずに、持ってきた焼き菓子を父に手渡す。
「コレ、今勤めている店のモノだけど。」
「洋菓子店だと言っていたね。作っているのは真二郎君だと。」
「えぇ。」
「コレも真二郎君が作っているのか。」
「えぇ。」
「コーヒー豆は?」
「それは私。」
「あとで頂こうか。」
 そういって母にその袋を手渡す。すると母はそのコーヒー豆の袋を見て、少しため息を付いた。
「紅茶の方が良かったわ。フィルターってあったかしら。」
 こういう人なのだ。おそらく紅茶を持ってきたらコーヒーが良いと言い、何を持ってきても満足はしないのだ。
「母さん。ワインを持ってきたの。」
「あら。それはあたしが退院してからのお楽しみにするわ。ありがとう。」
 夏子からワインを受け取り、それをキッチンへ持って行く。
「響子は今日は泊まれるのか?」
「いいえ。夕方の便の電車で帰る。」
「一杯くらい酒を飲んでいけばいいのに。」
「……結構よ。」
 本当に可愛くない子だ。母親はそう思いながら、重箱をテーブルに並べる。昔からあまりべらべらとしゃべる方ではないし、愛想もない。夏子が人見知りをせず愛想が昔から良かったから、響子は「お姉さんがいたかしら」と言われるくらいだった。
 それなのに自分の父親からは響子は可愛がられていた。拉致されたときもずっと父は響子をかばっていたのだ。そして響子を何があっても信じていた。それが母にとって響子を嫉妬させる。
 テーブルにおせちやぶりの刺身が並べられ、混ぜ寿司も目の前にある。響子が帰ってくるので張り切ったのだろう。
「美味しい。お母さんの煮染めって美味しいわね。」
「そうね。たくさん炊かないとこんな味にはならないわ。」
 その言葉すら嘘っぽく聞こえる。娘なのに、間違いなく自分の子供なのに、どうしても可愛いとは思えなかった。
「響子はいくつになったかな。」
 父親はそういって響子に聞く。すると響子は視線をあげないままつぶやいた。
「二十九。」
「もうそろそろ良い歳だろう。誰か良い人はいないのか。」
 その言葉に夏子は箸を止めた。もしかしたら圭太のことを言うかもしれないと思ったのだ。ここで圭太のことを言えば、自分が圭太と一緒になることは出来ない。それは避けたかった。
「……いないわ。」
 驚いた。圭太のことをてっきり言うかと思ったのだが、響子はそれを言うつもりはないらしい。
「呆れた。もう従姉妹のさっちゃんなんて、子供が二人いるのよ。」
「……。」
「子供を作る行程は知っているのだから、結婚はしなくて良いけど孫の顔だけは見たいわね。」
 その心の無いような言葉が、どれだけ響子をこの家に近づけまいとさせているのか、母親にはわからないのだろう。
「子供だけだったら、夏子の方が早いわよ。」
 すると夏子は手を振って言う。
「無理無理。あたしピル飲んでるし。」
「あらピルなんて大丈夫?食欲が落ちたりむくんだりしないの?」
「何種類か確かめてみて、一番体に合ってる奴選んだから。」
 AV女優にとって必須だろう。生理痛がひどい響子にとって少し考えてみたこともあった。だが最近は本格的に飲んでみてもいいのかもしれないと思う。
 最後に一馬とセックスをしたとき、一馬はコンドームをせずに直接響子の中に入ったのだ。さすがに中で出すことはしなかったが、それでも妊娠の可能性がないわけではない。
 生理痛のことを考えると生理などこなくても良いと思うが、今はこなければ嫌でも圭太に別れを告げないといけないのだ。
「夏子こそ、結婚はしないのか。」
 父がそう聞くと、夏子はあっけらかんとして言う。
「今はまだ無理かなぁ。」
 それは相手がいるような口調だ。その相手は響子に想像は付かない。どうせどこかの男優とか監督とかそう言った人なのだろう。響子はそう思いながら、だし巻き卵に箸をのばす。
 母からはあまり良い思い出はないが、料理だけは習っていて良かったと思った。

 食事を終えると、響子達は外に出る。お墓に挨拶へ行くためだ。ここの墓は、父の父親や母親が眠っているところになる。母親の両親は、また違うところに墓があるのだ。この町ではないので、響子はことあるごとにそこへ墓参りをしている。
 だが父方の墓は久しぶりだ。父の車で父が運転をする。結局響子も酒を飲まなかったし、母は飲めないので一人で飲んでも仕方がないと父は用意した酒に手を着けなかったのだ。そして街よりも少し離れた寺の方へ向かう。
 駐車場に車を止めると、何台か同じような車が止まっている。みんな考えることは一緒だと思う。
 寺の構内を行かないと裏手の墓地にはいけない。そう思いながら、響子達はその中に入っていく。するとその寺から袈裟を着た若いお坊さんが出てきた。
「あぁ。優斗さん。こんにちは。」
「こんにちは。ご家族そろって墓参りは久しぶりですね。」
 お坊さんというのは宗派によって違うが、ここのお坊さんは頭を剃っていない。普通のショートカットのようだ。
「響子。同級生だろう?」
 こんな人がいたかな。響子はそう思いながら、その男を見ていた。そして思い出す。
「あぁ。あの和菓子屋の人に強姦されそうになったときに、助けてもらった……。」
「そんなことは思い出さなくても良いから。」
 すると優斗と言われた男は少し苦笑いをする。相変わらず被害者意識が強い女だと思ったのだ。
「へぇ。格好いいね。優斗さんって言ったっけ?お坊さんって色恋禁止?」
「そうでもないですよ。昔は独身を貫いていたかもしれませんが、今は普通に結婚されている人も多いですから。」
「ふーん。こういう企画も良いかもなぁ。」
「夏子。いい加減にしなさい。」
 珍しく父親が夏子を叱りつけたようだ。それに夏子は肩をすくませる。
「あー怖い。」
「怖いのはあなたでしょ?お坊さんにまで色目を使わないの。」
「だって格好いいもん。姉さんのところのお店のオーナーに少し似てる。」
「……そうかしら。」
 改めてみてもあまり似ていない感じはする。圭太はスーツが似合う男で初めて見たとき外国の紳士のように見えたが、この男は袈裟がよく似合っているということは和服が似合う男なのだろう。和服が似合うのは、案外どっしりした感じではないと似合わないのだ。
 一馬は和服も洋服もよく似合う。贔屓目に見ても、カメラ写りは悪くない。あくまで裏方だと言っていても、ぱっと目に留まるような魅力があるのだ。
「足止めをさせてしまいましたね。お墓参りでしょう?」
 そう言って優斗はそのまま裏手にいかせようとした。だが母親が優斗に話しかける。
「帰ってきたら少しお茶でもいかがかしら。この子、バリスタをしていてコーヒー豆とお菓子を持って帰ったのよ。」
 なぜか響子が持って帰ったコーヒー豆とお菓子を持ってきたのが違和感だった。このためか。そして響子は心の中でため息を付く。また母親の勝手な行動が出てきたのだと。
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