彷徨いたどり着いた先

神崎

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僧侶

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 学生の時にはこの駅に毎日通い、離れた高校へ通った。地元の高校へ行くといろんな噂がまた響子を苦しめるという事もあったが、そもそも響子はそのころからバリスタを目指していたこともあり、一番近いであろう調理科のある高校を選んだのだ。
 朝早く冬であれば日があける前に家をでて自転車で駅へ向かい、暖かい電車の中でつかの間の睡眠をとり、夜は遅くに帰ってくる。出来れば町の人と顔を合わせたくないという狙いもあったのだ。
 だがもう今は二十九になっている。響子のことを知っている人も、噂をする人もあまりいない。だが夏子は無邪気にいう。
「ねぇ。あの和菓子屋さんのおはぎが美味しかったわね。」
「あそこの息子から、昔強姦されそうになったわね。」
 その言葉に夏子は咳払いをする。やぶ蛇だったと思ったのだ。
「あのスーパーもまだしてるわ。お母さんがいつもあそこに寄ってるから、パートのおばさんから覚えられてて。」
「噂しかしないおばさんばかりよ。根も葉もないことばかり言って楽しいのかしら。」
 いい思い出がない町なのはわかる。だがもっと楽しいことを言えばいいのだと思い、響子に言う。
「姉さん。あまり斜に構えないでよ。」
「だから帰っても仕方ないって言ってるでしょ?一緒に帰っても愉快なことは言えないわ。そうね……お葬式で帰ってこないといけないといけないけど。」
「そんなことを言って。たった一人の母さんなのに。」
「あなたには良い母さんだったのかもね。それだけ心配しているのだから。」
 夏子と響子はあまり似ていない。細く長い響子と、小さくて肉感のある夏子は、誰もが姉妹だとは思わないだろう。
 響子の長い髪はいつ美容室へ行ったのだろう。それを一つに結んでいるだけだし、着ているジャンパーも何年同じモノを来ているのかと思う。キルティングされているが中の綿は少しよれているからだ。
「あら。ここのテーラーはもう閉まっているのね。」
 男の職人が一人でしている仕立屋だった。オーダーで作るスーツは既製品よりも割高だが、そのぶん生地やボタンまで細部に作り込んでいたと思う。
 祖父がここで仕立てたスーツを着て営業マン時代は、駆け回っていたのだという。そして街で「古時計」を開店したときも、景気付けだと言ってトレンチコートを仕立ててもらっていた。その姿が格好いいと思っていたのに。
「ここの息子さんはテーラーをしているよ。この町ではオーダーで作ってもらうっていうの難しいだろうし。」
「そうなの。街だと需要があるのかしら。」
「あるんじゃない?既製品よりも仕立てた方がしっくり着れるだろうし。」
 一馬は飾らないように見えて案外服にこだわりがある。一つのモノを駄目になるまで着るし、川のモノはちゃんと手入れをしているのでその感触はまるで皮膚のように柔らかく、一馬の肌に馴染んでいるようだ。たぶんオーダーなんかを頼めばこだわりは強くなるだろう。
 対して圭太は、あまり服なんかにはこだわらない。シーズンごとに洋服を買ってもそれは既製品ばかりだ。飾る人でもないのだろう。
 クリスマスを過ぎて渡されたプレゼントがそれを物語っている。響子のことを考えて渡されたハンドクリームや化粧水は、添加物のはいっていない優しいもので香りもあまりないモノが響子の好みだ。おそらく考えて考え抜いた答えがコレだったのだろう。
 その圭太に別れを告げないといけない。一馬と一緒にいたいから。
「姉さん。こっちを通ると早いよ。」
 大通りから小道にはいる。確かにどちらに行っても家にはたどり着くが、小道の方がショートカットに家にたどり着くのだ。だが響子は首を横に振る。
「こちらから行きましょう。」
「遠回りになるよ。」
「その道で私はさらわれたのよ。」
 その言葉に夏子は黙ってしまった。確かにその道を通るというのは無神経だったかもしれない。
「うわっ。綺麗な女だなぁ。」
「芸能人か?この町に芸能人っていたっけ。」
「スポーツ選手ならいたけどな。」
 すれ違った若い男達が、夏子を見てそういっているのが耳に付く。それに対して夏子は悪い気はしていない。
「芸能人ねぇ。」
「さすがに街で声をかけられることはないな。いつも見てますっていうのって、SNSで言われるくらい。」
「表立ってみてますとは言いづらいわね。」
「今度地上波のテレビにでませんかって言われた。もちろん深夜帯だけどね。」
「インターネットテレビとか、動画では見ることがあるけど、普通にテレビに出れる人っているの?」
「居ないことはないよ。そのままAVを引退して、普通に芸能人している人とか。」
「限られた人ね。そういえばAV女優さんって、引退したらどうするの?」
「ほとんどは結婚したり、夜の仕事したり、風俗とかストリップとか。売れてない人は現役でもするよ。現役とか元AV女優が在籍しているっていったら、それだけで注目されるし。」
「ふーん……。」
 響子はそういいながらもあまり興味はなさそうだった。響子が脱ぐことはない。体に残った傷跡や火傷の跡は確実に売り物にならないからだ。
 それは今考えると母の狙いだったのかもしれない。
「あら。駐車場になっているのね。隣の家は取り壊されたの?」
 響子の家の隣には、古い平屋があった。おじいさんが一人で暮らしているようだったのだが、もうその平屋も跡形もない。
「いつだっけ。施設に入ったの。」
「そう。」
 歳を考えると一人暮らしは難しいのかもしれない。そう思いながら響子は自分の家の前に立つ。二階建ての建て売りの家。駐車場には車が二台。父のモノと母のモノ。父の車は普通車だが、母のモノは軽自動車。田舎では車が足になるのだ。
 玄関先には花が植えられている。母はこういう植物を育てるのが好きで、仕事へ行く前に水をあげたり雑草を抜いたりしてよく世話をしていた。今でもそれは変わらないらしい。
 夏子は家のチャイムを鳴らす。すると中からばたばたと足音が聞こえた。そしてドアが開く。
「あら。夏子に響子。」
「あけましておめでとうございます。」
「はい。おめでとう。響子も久しぶりね。」
「そうね。」
 母は少し老けたようだ。背が縮み、そのぶん横に太くなっている。だが顔は年相応にしわが増えていて、歳を感じさせるようだ。
「上がって。お父さんが、響子が帰ってくるからって日本酒を用意しているの。」
「……飲まないのに。」
 飲んだら帰るのがおっくうになる。だから飲まないつもりでいたのに、その辺も考えていないのだろう。
「姉さん。一口くらい飲もうよ。せっかく用意してくれているんだから。」
「夕方には帰らないといけないから。」
 靴を脱ぎながら、夏子と響子は家に上がる。その靴を見ても対照的だ。スニーカーを履いている響子と、ヒールの付いたブーツを履いてきた夏子。足の大きさすら違う。
 女らしいことを削いできた結果なのだ。
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