彷徨いたどり着いた先

神崎

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ブレスレット

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 部屋にあがり電気をつけると、真二郎はそのままエアコンをつけてジャケットを脱ぐ。その間、響子はキッチンでお湯を沸かすのにやかんをかけてそのままジャンパーを脱いだ。こういうところが連携が取れている。長いこと同居をしているからだろう。
「洗濯物はしてくれていたんだね。良かった。」
「タオルがなくなりそうだったし、朝は余裕があったから。」
 もし響子と住むようなことになったら、その立場は自分になる。一馬はそう思いながら、その様子を見ていた。
 コーヒーを淹れて、ダイニングテーブルに置く。そして予備のいすを取り出し、そこに一馬を座らせた。中央には真二郎がもらったチョコレートの箱がある。まるで宝石のように手の込んだようなチョコレートで、一粒一粒が綺麗だと思った。
「お酒が入っているわね。」
「ブランデーかな。今年のバレンタインデーはどうするか、そろそろ考えないといけないし、参考になるね。」
 コーヒーとチョコレートは良く合う。だがそんな話をしに来たのではない。コーヒーを飲みながら、一馬はその二人を見ていた。恋人と言うよりも長年連れ添った夫婦のように見える。そんな二人を引き離すように圭太が響子を真二郎から引き離し、そして今は一馬と一緒にいるところを写真にとって誰かに送っている。その誰かとは誰なのかわからない。
「しょっちゅう二人で会っているよね。」
 真二郎の方から話を聞りだした。
「音楽の趣味が合うとか、性格が合うとかそんな問題じゃないくらい……まるで恋人のようだと俺は思うけど。」
「……いつから?」
「少し前かな。響子の話の中に一馬さんの話題が出ることが多くなった。それで違和感を持ったのがきっかけ。」
「……。」
「朝に帰ることもあるけど、そのとき一馬さんが繁華街を抜けていくのを見たこともある。」
「ランニングだ。」
「それは響子も一緒だろ?」
「えぇ。たまたま会うこともあるわ。」
 すると真二郎は自分の尻ポケットから携帯電話を取り出して、その画像を出すとテーブルに置いた。それは初めて響子と一馬が体を合わせた日。町外れのラブホテルへ行く姿だった。その姿に響子は不安そうに一馬をみる。
「どこにこれを送っていたの?」
「それは言えない。でも初めて見たとき、瞬間的に撮っていた。二人は出来てるんじゃないのかって、いやな想像をしてね。」
「……。」
 誰かに送っている。それは確実なのだ。真二郎はその相手の事を言うつもりはないようだ。隠したいことがあるのは、一馬だって同じなのだからそれを無理に追求は出来ない。
「オーナーを裏切ってやってること?」
 すると響子は顔色を変えた。それは自分がしていたことなのだが、はっきり口に出されるとイヤでも実感させられる。
「裏切り……。」
「でも響子は一馬さんといると肩の力が抜けているみたいに見える。自然なんだよ。俺といても、功太郎といてもそんな風にならない。」
「……。」
「それにそのブレスレットが決定的だったかな。」
 お互いの左手にはめられているそのブレスレットは、まるでお揃いのようだ。
「指輪じゃないところが笑える。そんなに隠したいんだ。なのに似たようなデザインだよね。こういうのが好きだったんだ。」
 すると一馬はもう隠しきれないと覚悟を決めて真二郎に言う。
「最初は、俺の勝手な行動だったかもしれない。」
「一馬さん。」
 ぽつりぽつりと話すのが、真実味を増す。真二郎はコーヒーを口に入れた。だがその手は震えている。
「我慢が出来なかった。オーナーにひどい扱いをされているかもしれないと思って……。惚れている女が、それでも耐えているのを黙って見ていられなかった。」
「ひどい扱い?オーナーはいつも響子には優しく接していると思うけど。あぁ……仕事は別だけどね。それは俺も一緒だから何とも言えないけど。」
 一馬はそれを思い出すように、自分の手首に触れる。
「いつだったか、響子さんの……いや。響子の手首に思いっきり捕まれたような字があった。一日たっても消えないような字だ。」
 それは真二郎も覚えている。珍しいこともあると思ったと同時に、響子がいつも以上に不機嫌だったのは響子が望んでいなかった行動だと思って腹が立っていたのだ。
「それを見てもっと優しくできるのではないかと思った。何より……やはり響子が好きだと思ったから。」
「……それで響子も答えたの?」
 すると響子はうなづいた。その反応に真二郎はため息を付く。
「浮気しているって思わなかった?何より、毎日オーナーの顔を見て罪悪感とかなかったの?」
 すると響子はうなづいた。それは自分の罪を告白する罪人のように見える。
「罪悪感ならあった。何よりまだ圭太が……心の中にいたし。顔を合わせるのも辛かった。それでも一馬とそうしていたかったのかもしれない。一馬のことも好きだと思うから。」
 そこまで言うと響子はうつむいた。正直な自分の気持ちを伝えたからだろう。
「同じように好きって事?そんなに響子は器用じゃないと思うけどね。」
「わかってるわ。私も戸惑っているのよ。どっちが好きかなんてわからない。」
「だったら……もしだけどね。どちらかが死ぬって考えよう。」
 その言葉に響子は顔を上げた。
「どっちかしか助けられないとしたら、どっちを助ける?」
「どっちも助ける方法を考えるわ。失って良い人なんかいないんだから。」
 そういう質問は無駄だった。響子だったらそう考えるだろう。
「俺は選ばれなかったのにな。」
「……真二郎。」
「いつでも選ばれないよ。」
 辛そうな顔だ。それに対して、響子は何を言えるだろう。すっと側にて、苦しいときは手を差し伸べてくれた。だが恋愛感情となれば別で、それに響子は答えられなかったのだ。
「近く良すぎたのかもしれないな。……最初に、あんたたちを見たとき、俺は恋人同士と言うよりも兄妹か何かかと思っていた。」
「……。」
「一緒に住んでいるという話を聞いても、おそらく何もない間柄なのだろうと。そうだな……。そういう男女混合のバンドのメンバーのようだと思ってな。」
「そういうバンドは多い?」
「多いな。そういう場合、だいたい女が男勝りで男が言い負かされることが多い。だがふとしたときにこの女しかいないと思うときもある。そのときに恋愛関係になれば、もう離れることはできない。同じメンバー同士で結婚するパターンもあるのは、そういうことだろう。」
 パズルのピースが組み合わされるように離れられない。だがリスクも高く、別れはバンドが解散することに直結する。
「最初に響子が入れたコーヒーを飲んだ時、一緒にケーキを買った。あんたが作ったものだ。コーヒー単品では満足できなかったものが、ケーキで魔法のように変わる。良いコンビだと思った。俺では出来ない。」
「一馬。」
 饒舌ではない一馬がこれほど真二郎の事も思っていたのは、意外だと思う。真二郎もその言葉に、この男には叶わないと心底思った。
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