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修羅場
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これで響子とキスをするのは二度目だ。一度目は響子も全く何があったのかわからないままだったので、舌で唇をこじ開けてその可愛い舌を味わうことは出来たのに、今の響子は強情だ。
意地でもその中には入ってこないようにしている。唇を離すと、響子は怒ったように真二郎の体を押しのけて、ジャージを拾い上げると脱衣所に籠もってしまった。
本当に真二郎は求められていない。だがあのブレスレットを響子に渡した人を求めているのだろうか。こんなに長く一緒にいたのに、手の中から響子が居なくなっていくように思えた。
だが圭太ではなければいい。まだましだ。真二郎はそう思いながら、ベッドルームへまた戻っていった。
何も考えずに走っていく。いつものように繁華街を抜けて、川を目指すのだ。こういうときに運動というのは本当に便利だと思う。何も考えずに自分の呼吸だけが耳に付く。それだけで無心になれる気がした。
川岸にやってきて足を止める。そこにはもう数人の人たちが思い思いにランニングをしているようだ。もう少し息が続くようになれば、響子もそうして良いと思う。だが今はここと家を往復するだけで精一杯だ。
息を付いて、また戻ろうとしたときだった。川岸で走っていた人が道路に上がってくる。その人に見覚えがあった。目深にフードを被っているが、どこかで見かけたような気がする。
「……。」
だが声をかけることもない。そう思って背を向けた。すると向こうから一馬の姿が見える。その姿に少し微笑んだ。
「響子さん。」
「おはようございます。」
「おはよう。夕べはゆっくり寝られたか。」
「はい。ありがとうございました。」
「それは良かった。」
ふと一馬の左腕を見る。そこには銀のブレスレットが付けてあった。そしてモチーフに緑の宝石のような石がいくつか組み込まれている。
「似てましたね。」
「あぁ。これだろう。こんな所まで好みが似ていると思わなかった。ありがとう。普段は付けられないから、出来るだけ付けておこうと思ってな。」
「私もです。」
そういって響子は自分の左手首を見せた。そこには夕べ一馬からもらったブレスレットがある。
「別に言い合わせたわけではないのだが、お揃いのように見えるな。」
「えぇ。」
恋人ではまだない。だがそれが証のように見えて嬉しかった。
その二人の様子を見て、フードの男は少し笑った。響子には恋人がいる。おそらく、圭太の相手というのはこの女ではない。携帯電話を取り出して、運動量をチェックしているふりをしてフードの男はメッセージを送る。「圭太の女は従業員ではない。」と。そしてまた自分の部屋があるマンションへ走っていった。
「……一馬さん。あのですね。」
「どうした。」
足を止めると真二郎のことを思い出す。戸惑いながら、響子はぽつりと言った。
「いつか会えるときがないですか。」
「夜ということか。イヤ……クリスマスを過ぎると、正月までは怒濤の忙しさでな。明日はまた地方へ行かないといけないし。」
「そうだったんですね。すいません。我が儘を言って。」
「我が儘ではない。俺の都合があってと言うことだから……。俺だって会いたいと思ってる。」
「……。」
「夜遅くで避ければ、都合を付けるが。」
「いいえ。そんなこと……。」
「何かあったんだろう。」
感がいい男だ。と言うか、おそらく響子が考えていることなど、一馬にはすぐにわかるのだろう。顔を見ればわかる。何か思い詰めていると。
「……真二郎は……ずっと私のことが好きだといってました。」
「俺にもそう言っていた。だから手を出すなみたいな事は言われたことはある。」
「……全て水に流して、無かったことにしたから同居が出来たんです。でも今回のは……。」
手を出されたというのだろうか。一馬はぎゅっと手を握る。
「なるべく早く家を見つけて一人で暮らす。響子さん。そのときはうちに来ればいい。鍵が出来たらあなたに渡すから。」
「……良いんですか?」
「今更断るような真似はしないだろう。辛いことがあれば、聞くことしかできないが……。その……はけ口になればいいと思う。」
すると響子は少し笑ってうなづいた。さっきまでのもやもやが消えたようだった。
目を覚ますと、功太郎はもう起きているようだった。シャワーを浴びている音がする。そう思いながら香は体を起こした。
夕べ功太郎に抱かれて眠った。それが嬉しかったのだ。だがそれ以上、功太郎は何もしなかった。
頭の中でもやもやする。
ここで見たはだけた着物で畳に座っている女性や、友達の家で見た小学生くらいの女の子が中年のおっさんに入れ込まれている姿。功太郎はそんなことをしたくないのだろうか。
「お前、やっと起きたか。」
そういって功太郎は冷蔵庫からお茶を取り出す。
「やっとさっぱりしたわ。キッチンにずっといると体中粉まみれになった気がするし。」
お茶をペットボトルから取り出して、そのまま飲む。そしてそれをテーブルにおいて、また髪を拭いた。
「夕べ入らなかったの?」
「入られなかったんだよ。お前がずっとしがみついててさ。」
「ごめん。」
布団の上でしょぼんと香が肩を落とす。すると功太郎はその頭を撫でて、首を横に振った。
「良いよ。別に。それにケーキももらったし。まだ冷蔵庫に入ってるけどな。」
「食べてないの?」
「今から食おうと思って。」
「朝から?」
「別に良いじゃん。」
甘いものなら底なしなのだ。まだ時間はあるのでコーヒーを淹れようと思い、お湯を沸かした。
その間にコーヒー豆を挽き、フィルターをセットする。その行程をしていると響子の声が聞こえてきそうだ。
「慌てるなって言ってるでしょ?あなたそんなに気ぜわしいの?」
響子が好きだった。だが今は違う気がする。そしてそのきっかけを作ったのは香なのだろう。だが香が好きというわけではない。
響子からも真子からも呪縛を解かれた気がした。
「良い香りだね。」
「俺が焙煎したやつ。飲むか?でも砂糖もミルクもねぇけど。」
「良いよ。それとケーキ。」
二つのカップにコーヒーを淹れて、一つは香に持たせた。すると香は少し笑う。
「美味しいよ。」
「無理すんなって。」
「ううん。砂糖が無くてもいける感じ。ねぇ。響ちゃんのコーヒーってこんな感じなの?」
「そうだよ。俺のを飲んでもまだまだあの味にはたどり付けねぇって思う。」
「でもあたし、この味好きだよ。それから、功君が好き。」
すると功太郎は少し笑って香の頭を撫でた。
「いい奴だな。お前。」
「また子供扱いした。」
「子供だからな。」
頬を膨らませて、またコーヒーに口を付けた。今日も忙しくなりそうだ。
意地でもその中には入ってこないようにしている。唇を離すと、響子は怒ったように真二郎の体を押しのけて、ジャージを拾い上げると脱衣所に籠もってしまった。
本当に真二郎は求められていない。だがあのブレスレットを響子に渡した人を求めているのだろうか。こんなに長く一緒にいたのに、手の中から響子が居なくなっていくように思えた。
だが圭太ではなければいい。まだましだ。真二郎はそう思いながら、ベッドルームへまた戻っていった。
何も考えずに走っていく。いつものように繁華街を抜けて、川を目指すのだ。こういうときに運動というのは本当に便利だと思う。何も考えずに自分の呼吸だけが耳に付く。それだけで無心になれる気がした。
川岸にやってきて足を止める。そこにはもう数人の人たちが思い思いにランニングをしているようだ。もう少し息が続くようになれば、響子もそうして良いと思う。だが今はここと家を往復するだけで精一杯だ。
息を付いて、また戻ろうとしたときだった。川岸で走っていた人が道路に上がってくる。その人に見覚えがあった。目深にフードを被っているが、どこかで見かけたような気がする。
「……。」
だが声をかけることもない。そう思って背を向けた。すると向こうから一馬の姿が見える。その姿に少し微笑んだ。
「響子さん。」
「おはようございます。」
「おはよう。夕べはゆっくり寝られたか。」
「はい。ありがとうございました。」
「それは良かった。」
ふと一馬の左腕を見る。そこには銀のブレスレットが付けてあった。そしてモチーフに緑の宝石のような石がいくつか組み込まれている。
「似てましたね。」
「あぁ。これだろう。こんな所まで好みが似ていると思わなかった。ありがとう。普段は付けられないから、出来るだけ付けておこうと思ってな。」
「私もです。」
そういって響子は自分の左手首を見せた。そこには夕べ一馬からもらったブレスレットがある。
「別に言い合わせたわけではないのだが、お揃いのように見えるな。」
「えぇ。」
恋人ではまだない。だがそれが証のように見えて嬉しかった。
その二人の様子を見て、フードの男は少し笑った。響子には恋人がいる。おそらく、圭太の相手というのはこの女ではない。携帯電話を取り出して、運動量をチェックしているふりをしてフードの男はメッセージを送る。「圭太の女は従業員ではない。」と。そしてまた自分の部屋があるマンションへ走っていった。
「……一馬さん。あのですね。」
「どうした。」
足を止めると真二郎のことを思い出す。戸惑いながら、響子はぽつりと言った。
「いつか会えるときがないですか。」
「夜ということか。イヤ……クリスマスを過ぎると、正月までは怒濤の忙しさでな。明日はまた地方へ行かないといけないし。」
「そうだったんですね。すいません。我が儘を言って。」
「我が儘ではない。俺の都合があってと言うことだから……。俺だって会いたいと思ってる。」
「……。」
「夜遅くで避ければ、都合を付けるが。」
「いいえ。そんなこと……。」
「何かあったんだろう。」
感がいい男だ。と言うか、おそらく響子が考えていることなど、一馬にはすぐにわかるのだろう。顔を見ればわかる。何か思い詰めていると。
「……真二郎は……ずっと私のことが好きだといってました。」
「俺にもそう言っていた。だから手を出すなみたいな事は言われたことはある。」
「……全て水に流して、無かったことにしたから同居が出来たんです。でも今回のは……。」
手を出されたというのだろうか。一馬はぎゅっと手を握る。
「なるべく早く家を見つけて一人で暮らす。響子さん。そのときはうちに来ればいい。鍵が出来たらあなたに渡すから。」
「……良いんですか?」
「今更断るような真似はしないだろう。辛いことがあれば、聞くことしかできないが……。その……はけ口になればいいと思う。」
すると響子は少し笑ってうなづいた。さっきまでのもやもやが消えたようだった。
目を覚ますと、功太郎はもう起きているようだった。シャワーを浴びている音がする。そう思いながら香は体を起こした。
夕べ功太郎に抱かれて眠った。それが嬉しかったのだ。だがそれ以上、功太郎は何もしなかった。
頭の中でもやもやする。
ここで見たはだけた着物で畳に座っている女性や、友達の家で見た小学生くらいの女の子が中年のおっさんに入れ込まれている姿。功太郎はそんなことをしたくないのだろうか。
「お前、やっと起きたか。」
そういって功太郎は冷蔵庫からお茶を取り出す。
「やっとさっぱりしたわ。キッチンにずっといると体中粉まみれになった気がするし。」
お茶をペットボトルから取り出して、そのまま飲む。そしてそれをテーブルにおいて、また髪を拭いた。
「夕べ入らなかったの?」
「入られなかったんだよ。お前がずっとしがみついててさ。」
「ごめん。」
布団の上でしょぼんと香が肩を落とす。すると功太郎はその頭を撫でて、首を横に振った。
「良いよ。別に。それにケーキももらったし。まだ冷蔵庫に入ってるけどな。」
「食べてないの?」
「今から食おうと思って。」
「朝から?」
「別に良いじゃん。」
甘いものなら底なしなのだ。まだ時間はあるのでコーヒーを淹れようと思い、お湯を沸かした。
その間にコーヒー豆を挽き、フィルターをセットする。その行程をしていると響子の声が聞こえてきそうだ。
「慌てるなって言ってるでしょ?あなたそんなに気ぜわしいの?」
響子が好きだった。だが今は違う気がする。そしてそのきっかけを作ったのは香なのだろう。だが香が好きというわけではない。
響子からも真子からも呪縛を解かれた気がした。
「良い香りだね。」
「俺が焙煎したやつ。飲むか?でも砂糖もミルクもねぇけど。」
「良いよ。それとケーキ。」
二つのカップにコーヒーを淹れて、一つは香に持たせた。すると香は少し笑う。
「美味しいよ。」
「無理すんなって。」
「ううん。砂糖が無くてもいける感じ。ねぇ。響ちゃんのコーヒーってこんな感じなの?」
「そうだよ。俺のを飲んでもまだまだあの味にはたどり付けねぇって思う。」
「でもあたし、この味好きだよ。それから、功君が好き。」
すると功太郎は少し笑って香の頭を撫でた。
「いい奴だな。お前。」
「また子供扱いした。」
「子供だからな。」
頬を膨らませて、またコーヒーに口を付けた。今日も忙しくなりそうだ。
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