彷徨いたどり着いた先

神崎

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修羅場

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 やっと最後の客が帰り、安堵の息をつく。残ったのは大量の片づけだった。
「今年はミスをしてねぇな。」
 圭太は嫌みのように功太郎に言うと、功太郎は口を尖らせていった。
「キッチンからほとんど出てねぇのにミスのしようがないだろ?」
 そのかわりキッチンからは真二郎の声がよく聞こえた。俊も行ったり来たりはしていたが、やはり俊よりは功太郎の方が事情がよくわかっているので真二郎も功太郎が来てくれて助かったと思っていたのだ。
 そしてカウンターにも来てくれて助かったと、内心響子は思っていた。手がどうしても回らないときは、功太郎が助けてくれたのだ。圭太や俊ではそうはいかない。
「俊はだいぶ疲れてたな。今日はゆっくり寝れるだろうし。」
「でも気が付いてた?」
 真二郎は圭太に聞く。
「どうした。」
「足、サポーターしてたよ。やっぱり足は本調子じゃないんだね。」
 忘れかけていたが、俊は部活で足を壊していたのだ。そしてリハビリをかねて、ここで働いていたのだから本当なら無理はさせたくなかった。
「給料は色を付けてやるか。とりあえず片づけしないとな。功太郎はキッチン手伝ってやれよ。また明日もケーキ焼くんだろ?」
「あぁ。手伝ってくれるとありがたいよ。」
「それから……。」
 指示をしようとした。その時入り口のドアが開く。
「終わったのか。」
 それは一馬だった。その顔に思わず響子の顔がゆるむ。
「花岡さん。今日はもう終わりで。」
「えぇ……これを水川さんから預かってきたんです。」
 有佐の名前に、圭太はその手に持っているビニール袋を受け取る。それは小さな可愛らしい包みが、五つ入っていた。
「何だ。これ。」
「ハンドクリームだそうですよ。みなさんにと。」
「気が利くなぁ。俺、最近手荒れがヒドくてさ。」
 功太郎はそう言ってその袋を手にする。
「綿の手袋をすると良いわよ。」
 響子もそう言ってその包みを手にした。そしてその中を見ると、オーガニックを唄ったメーカーのもので、誰にでも合うように作られているものだ。そう言うことには有佐はよく気が利く。
「お礼を言っておかないといけないな。響子。連絡を入れておいてくれないか。」
 真二郎もその包みを受け取ると、響子は微笑んで言う。
「もちろんよ。一馬さん。今日は水川さんの主催するライブだったんですか。」
「あぁ。谷川芙美子と言うのを知っているか。」
「役者?」
 圭太はそう聞くと、一馬は少しうなづいた。
「元々は歌手だったらしい。その人のライブのバックで弾いた。満席だったよ。高いライブ代だったのに。」
「そっか。歌うのも珍しいもんな。」
 ハンドクリームを手にして、圭太は心の中で少し舌打ちをした。響子に今日あげようとしていたものとかぶる。だが響子のことだ。そんなことは気にしないかもしれない。
「今から片づけを?」
「えぇ。おかげさまで忙しかったし……。」
「手伝いましょうか。」
「え?」
「ケーキを作ったりコーヒーを淹れることは出来ないが、掃除くらいなら。」
「いやいや。一馬さん。そんなこと……。」
 響子がそれを断ろうとした。だが圭太が言う。
「お願いします。」
「え?」
 すると圭太は少し笑って言う。
「人手はあった方が良いし、早く終われば計算も速く終わるし、明日も仕事だし。花岡さんは?明日は?」
「テレビの仕事があるが、昼からです。」
「終電までには何とかしますよ。」
 その時は響子も一緒につれて返りたい。今日は圭太と一緒に過ごさせたくない。

 終電前に仕事が終わり、圭太は響子をどうやってつれて帰るかと画策していた。ふわっと大きなあくびをしている響子は、かなり疲れている。夕べ、どうしても我慢が出来なくて響子を求めてしまったが、その疲れもあるのだろう。ゆっくり自分の腕の中で休ませてやりたい。
 そして明日も仕事なのだから。
「真二郎は、今日は仕事だったかしら。」
 響子の問いかけに真二郎は笑顔でうなづく。
「イブは毎年予約している人がいてね。」
「これからセックスするのか?死ぬぞ。お前。」
 功太郎はそう言うと、真二郎は手を振ってそれを否定する。
「その客は、いつも食事だけなんだ。忘年会みたいなものかな。」
「どーせ高層ビルとかで夜警が一望できるようなレストランだろ?すげぇ高い肉とか出そう。」
 功太郎は想像で物を言っているようだが、あながち間違いではない。駅に着いたらそのままタクシーに乗っていかないといけないだろう。いつもよりも大きなバッグを持っているのは、夕べ駅の近くにあるビジネスホテルに泊まったから。その荷物もフロントに預けて、食事と会話を楽しむ。
 ただしその相手は女性だ。基本、ウリセンはゲイ専門とあれば女性は受け入れない。そもそも女性を相手にしたら法に触れる。だがウリセンのオーナーは絶対体の付き合いをしないという真二郎と客の信頼関係を信じている。そしてそれは今でも続いているのだ。真二郎はその女性と一度たりと寝たことはない。
 ホテルのレストランで待ち合わせをして、食事をした後、部屋まで送りそのまま帰るのだ。その部屋にはいつもその女性の恋人が待っている。
 つまり世間的にはレズビアンだと言うことを表に出したくなくて、そういったことをしているのだ。
「女ってのはそういうのが好きなのか?」
 響子に聞くが、響子は首を横に振る。
「私は居酒屋の方が良いわ。おでんとか焼き鳥とか焼酎が好きだから。」
「おっさんみたいだ。」
 功太郎はそういって少し笑う。その会話を聞いていて、響子は飾らない女だと圭太は思っていた。洒落たところに連れて行っても、何も響かない。いつか夜景が綺麗な海辺に連れて行ったが、響子の興味は暗い海の方だったから。
「あぁ、花岡さん。」
「はい?」
 圭太から声をかけられるとは思っていなかった一馬は、振り返って圭太の方を見る。
「義理のお姉さんが今日、見えられてくれて。」
「ケーキを取りに行くといってました。」
「その時缶詰をもらいました。珍しい物ですね。見たことがない。」
「兄がインターネットで珍しい缶詰を仕入れていて、店で出しているんですよ。どの缶詰をもらいましたか?」
 バッグから圭太はそれを取り出す。その時ちらっと包みが見えた。それはプレゼントのように見える。圭太もまた、響子にプレゼントを渡そうとしていたのだろう。
「これです。」
「あぁ。これは美味かった。焼酎に合いますよ。」
「温めなくてもいけますか?」
「温めた方が美味しいですね。うちは温めて出しますけど。」
「あぁ、今度の忘年会の時にでも食べようか。そうだ。花岡さんも来てくださいよ。俺の家でするつもりだから。」
「いつですか?」
 本気で一馬を呼ぶつもりなのか。響子は複雑な思いを抱えて、バッグを握りなおした。
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