彷徨いたどり着いた先

神崎

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修羅場

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 細かい修正が終わり、早めの食事をとる。ディナーの食事で手一杯だったライブハウスではとれないと、弁当を用意してくれたのだ。控え室で一馬はその弁当を開く。バランスの良い食事とはいえないが、こういう食事は慣れている。そう思いながら割り箸を割った。
「結局あまりまとまらなかったけど、いいのかね。」
 サックスの男がそう言って同じように弁当を広げている。本番まであと数時間なのに、まだ有佐とプロデューサー、そして歌手が言い合いをしていた。
「……俺らは俺らの仕事をするだけですけどね。」
「あくまでバックだしな。評価が悪かったら、影響はどっちかというと歌手になるし。」
 ドラムの男がそう言ってコロッケを割ってく地にいれる。
「花岡さんは気に入られてるよな。」
「俺?」
 驚いて一馬は思わず手を止めた。
「そう。あの歌手のバックって何度目だっけ。」
「さぁ……テレビの時も指名されたみたいな事を言われましたね。」
「プライド高いから、失敗は許さないし自分がするのも許せない。だからミスが少ないあんたが気に入ってるんだろう。」
「俺だってミスはしますよ。」
「でもまぁ少ない方だよ。」
 そう言ってギターの男が一馬を見ていた。四人いる中で、一馬が一番体格が良い方だろう。そして一番若い。なのにそのプレイは正確なのだ。バックでしている身としては、やりやすい相手ではあるがその分驚異だ。
 何よりこういう仕事をしている人は、ほとんどがバイトと掛け持ちをしていてこれ一本では生活が出来ない。なのに一馬は音楽しかしていない。それだけ引く手あまたで、それが更に嫉妬させている。
「花岡さんは、クリスマスイブなのに恋人のところには行かなくてもいいのか?」
 そう言われて一馬の頭の中には、響子が浮かんだ。だがすぐにそれを打ち消す。
「いないです。」
「へぇ。若いのに、遊ばないのか。」
「一年くらいいないですね。俺は、イベントとかあまり興味がなくて、いつもほったらかしだから。いつの間にかいなくなってたり。」
「なるほどね。」
 噂通りのワーカーホリックだ。その上あまり話をしない。自分のことをベラベラ話すこともないと思っているのだろう。
「ピアノの牧野さんは知り合いだったんだろう?」
「前にレコーディングで何度か一緒になりましたね。」
「良い女じゃん。」
 サックスの男がそう言って一馬をちゃかすように言った。だが一馬は首を横に振る。
「あぁいう人はちょっと。」
「良いおっぱいしてるじゃん。」
 ここにいないからと言って、好き勝手なことを言っているな。一馬はそう思いながら、鯖の塩焼きに箸を付ける。
「林さんもそう思いました?俺もそう思ってて。」
 ギターの男がそれに食いついた。だがドラムの男は首を横に振る。
「若いなぁ。俺なんか水川さんみたいなタイプが良いけど。」
「えー?」
「胸も尻もばんばんって大きくて。」
「はぁ……。」
「花岡さんよりは小さいかな。」
「そうですね。俺と歩くとだいたい女が子供に見えるから。」
「ほー。何食ったらそんなにでかくなるんだ。」
「成長期に運動して、飯食って、寝るだけでしたね。」
「親もでかいのか?」
 そう言われて一馬は首を傾げる。本当の親など見たことはないからだ。
「知らないです。」
 お茶を口に入れる。そしてまた弁当に口を付けた。弁当は味が濃い。
 顔も知らない両親の事よりも、いつか響子の家で食べた食事が食べたいと思う。いつか。また食べさせてくれないだろうかと思っていた。

 弁当を食べると、地上に出る。そして近くにあるコンビニでコーヒーを買った。缶コーヒーよりもましだが、響子が淹れるものとは別の飲み物のように感じる。一馬はそう思いながら、そのコーヒーに口を付けた。
 空は徐々に暗くなっていく。そろそろ「clover」も落ち着いてきた頃だろう。一馬は携帯電話を取り出して、響子にメッセージを入れた。
 今日は無理かもしれないが、いつか会えたときにプレゼントを渡したい。そう思っていたのだ。
 バッグの中には、白い包装紙で巻かれた包みがある。
 響子に渡そうと思っていたものだった。いつも響子に手渡すものは酒かつまみで色気がないと我ながら思っていたのだが、そうでもしないと圭太に誤魔化すことは出来ない。
 しかしこの包みは違う。恥ずかしさを堪えながら、店員にそれを渡したのだ。明らかに自分が使うものではなく、女性へのプレゼントだと店員もわかっていただろうから。
 ライブハウスの前に立っても響子からの返信はない。やはり忙しいのだ。帰りにちょっと寄ってみようか。昨日も差し入れはしたが、京都は全く違うだろう。
「花岡さん。」
 その階段を上がってきたのは水川有佐だった。有佐は相当いらついているように思える。
「どうしました。」
「あぁ。コンビニのコーヒー?良いわね。ちょっと話があるのよ。あたしも買ってくるから、ちょっとここで待ってて。」
 さて。どうしたものか。そう思いながら一馬はコーヒーを口に入れる。すると今度は向こうから牧野加奈子がやってきた。
「花岡さん。どうしたんですか?こんな所でぼんやりしてて。」
「あー……。水川さんに……。」
「谷川さんに説得して欲しいって言われると思いますよ。」
「やっぱりそうですか。」
 一馬はため息を付いて、考えを巡らせていた。それに加奈子は少し笑って言う。
「別に良いんじゃないんですか。そんなに悩む事じゃないでしょ?」
「どうして?」
「あたしたちは所詮駒なんだし。」
 まとめるのはプロデューサーであり、そしてこのライブの主人公である歌手のライブなのだ。あくまで加奈子や一馬はわき役に徹しないといけない。」
「……そんなことを言ってはいけないです。」
「え?」
「音楽って一人でやれる事じゃないんです。みんなで作り上げるものだから、輪を作り上げないと。」
「……その割には、人の女には手を出すんですよね。」
 その言葉に一馬は驚いて、加奈子をみた。だが加奈子に見覚えはない。一馬はまた首を傾げる。
「誰……。」
「……裕也の女に手を出したでしょ?」
 「flower children」の時のサックスのことだ。そのことを知っているのはごく一部だと思っていたのに。
「あれは……。」
「いくらあなたが騙されたとか言っても、セックスをしたってのは変えられませんよ。」
 これが一馬の弱みだ。加奈子はそう思いながら、一馬の手が震えているのを見ていた。
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