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修羅場
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キャバクラ嬢なのか、大学生なのかわからないがとにかく派手な集団が店を訪れる。六人ほどの同じような女たちを見て、俊はテーブルを付けるとそこに案内した。
「やだ。店員さん超可愛い。高校生?」
「はい。」
「あっちも良いじゃん。」
「おっさん好きだよね。真由子。」
誰がおっさんだ。圭太はそう思いながらケーキを客に手渡す。その時キッチンから、功太郎が出てきてブッシュ・ド・ノエルの箱をショーケースに追加した。それを見てまた集団は色めき立つ。
「噂では聞いてたけど、ホストクラブみたいな店だね。」
ケーキを注文してくれれば何でも良い。圭太は最近ずっとそんなことを思っていた。それに今日は次々に客がやってくる。俊にもあまり取り合うなとは言っているのだ。
「チョコレートのブッシュ・ド・ノエルが三つ。イチゴのブッシュ・ド・ノエルが二つ。ショコラブラックが一つ。ブレンドが二つ。ホットショコラが二つとダージリンが二つね。」
それでも響子はいつも通り淡々と飲み物を淹れたり、ケーキを皿に盛りつけている。今日だけは、クリスマスらしく特別に盛りつけて欲しいと真二郎の指示があったのだ。手間はかかるが、これで客が来てくれるならそれで良い。
「ありがとうございました。」
ホールには今日は圭太と俊がいる。キッチンにはずっと功太郎と真二郎がいて、今日は無駄口を叩くほど暇では無さそうだ。
その様子を外から見て、一馬はゆっくりと店を離れる。少しでもコーヒーを飲めればいいと思っていたが、今日は無理だ。殺人的な忙しさなのだから。
ケーキの予約をしていて、それは自分の義理の姉である葉子に取りに行ってもらうようにはしていたが、それでもコーヒーとともに響子に会いたかった。
自分も今日はライブがある。夜は遅くなるだろう。だが少しでも連絡が取りたいし、少しでも良いから会いたかった。
地下にあるライブハウスは、「flower children」で贔屓にしてもらっていたライブハウスのように、こっそりとあるようなものではない。
同系列のライブハウスが数店舗あり、ここは本店になる。大人向けのライブハウスで二階席もあり、立って騒ぐようなライブハウスではなくテーブル席に四人ほどのいすが並べられ、クリスマスらしくそのディナーがコースになって出てくる。どちらかというとレストランに近い。
メインの歌手はジャズだったりシャンソンだったりを歌う歌手だが、どちらかというと役者としての方が世間的には知られているだろう。それでもリハーサルの時に合わせた声は、往年のジャズ歌手のように低めでしゃがれた声で歌い、その存在感にさすがだと一馬も舌を巻いた。
「ベースはもっと鳴らして良いわ。」
歌手から言われると思ってなかった。一馬は素直にそれに従う。
「谷川さん。ベースがあまり出ると、バランスがとれないと思いますよ。」
だがそれに口を挟むのは、水川有佐だった。今日も派手で露出の高いワンピースを着ている。さっきからミキシングをしている男が、有佐の胸の谷間に釘付けだった。
「ベースが鳴った方が歌いやすいのよ。リズムが正確だし。」
「ですけどね。バンドのバランスが……。」
「だったらあなた歌ってみる?すぐにわかるわよ。」
そう言われて有佐は黙ったしまった。さっきからずっとこの調子だ。一馬はそう思いながら、どっちに付けばいいのかさっきからわからなかったのだ。
「花岡君。」
鼻髭のドラムの男が、声をかける。
「はい。」
「リズムが正確なのは結構だけど、ベースはドラムに合わせてくれないと困る。」
「はい。」
「ジャズってのはリズムが一定ではないのは、君だってずっとジャズをやっているのだからわかるだろう?」
嫌みな一言だ。ずっとロックなのかジャズなのかわからないような音楽をしていた一馬は、それがずっとコンプレックスだったのをドラムの男は知っていて言ったのだろう。
こんな事でライブになるのか。一馬は壁のポスターをちらっと見る。チケットはソールドアウトしているのだ。来た客が、損をしたというような演奏はしたくない。
そしてどんな状況でも一馬は、来た客に「値段以上のものを聴いた」と思わせて帰らせたいとずっと思っていたのだ。それが自分の価値だと思うから。
「少し打ち合わせをします。バンドの人たちは休憩に入って良いですよ。」
ベースをスタンドに立てかけると、一馬はそのステージを降りた。そして客席に置いてあった荷物から、ペットボトルの水を取り出す。
「お疲れさまです。花岡さん。」
別室で歌手と有佐とプロデューサーが話をしている間、バンドのメンバーは思い思いの時間を過ごしていた。煙草を吸いにいく人や、飲み物を会に行く人がいる中、一馬に声をかけたのはピアノを担当していた牧野加奈子だった。
「あぁ。お疲れさまです。」
「……本当にライブ出来るんですかね。ちょっと不安になってきましたよ。」
加奈子の言うこともわからないでもない。これだけ主たる人たちが言い合いを続けているのだ。本番は夜なのに、大丈夫なのだろうか。
「俺もそう思います。」
「わがままだって言う話は聞いてたけど、本当にそうみたい。」
「……それでもやれることはやらないといけませんね。それでも方向性だけは決めてもらわないと。」
「えぇ。」
「花岡さんと牧野さん。」
煙草を吸い終わったサックスの男が今度は近づいてくる。そして譜面を開いて一馬に見せてきた。
「ここなんですけどね。」
「あぁ。俺も気になってました。どっちが良いんでしょうかね。」
「そういうことも決めてもらわないといけないんだけど……。水川さんって、ジャズは専門じゃないんでしょ?」
「ロックでしたね。」
「それなんだよなぁ。」
演出はプロかもしれない。だが音楽に対してはそこまでジャズを学んでいるわけではないのだ。
「そんなに細かいところまで、お客様って聴いているんですかね。」
加奈子はそう聞くと、サックスの男は首を横に振った。
「牧野さんは若いねぇ。」
「え?」
「こう言うところで聞くような客ってのは、耳が肥えているんだよ。それに細かいところまで気を抜かないのがプロなんだから。」
生活のために水商売をしている。それは音楽一本で身をたてている二人からすると、まだ甘いと言うところなのだろうか。思わず加奈子は黙ってしまった。
「生活のためなら仕方ないでしょう。音楽だけでは食べていけませんからね。」
「確かにね。昔はキャベツの芯をかじったりしないと、プロにはなれないって言われていたけど。今は良い世の中になったよ。」
「山倉さんはリードを削ってるんですか。」
「もちろん。昔は買う金がなかったからね。その習慣が離れない。それに自分好みになるから。」
「俺もですね。」
間接的にかばってくれた。加奈子にとって、それは嬉しい出来事だった。クリスマスイブにプレゼントをもらうよりも、一馬にそう言われたのが嬉しいと思えた。
「やだ。店員さん超可愛い。高校生?」
「はい。」
「あっちも良いじゃん。」
「おっさん好きだよね。真由子。」
誰がおっさんだ。圭太はそう思いながらケーキを客に手渡す。その時キッチンから、功太郎が出てきてブッシュ・ド・ノエルの箱をショーケースに追加した。それを見てまた集団は色めき立つ。
「噂では聞いてたけど、ホストクラブみたいな店だね。」
ケーキを注文してくれれば何でも良い。圭太は最近ずっとそんなことを思っていた。それに今日は次々に客がやってくる。俊にもあまり取り合うなとは言っているのだ。
「チョコレートのブッシュ・ド・ノエルが三つ。イチゴのブッシュ・ド・ノエルが二つ。ショコラブラックが一つ。ブレンドが二つ。ホットショコラが二つとダージリンが二つね。」
それでも響子はいつも通り淡々と飲み物を淹れたり、ケーキを皿に盛りつけている。今日だけは、クリスマスらしく特別に盛りつけて欲しいと真二郎の指示があったのだ。手間はかかるが、これで客が来てくれるならそれで良い。
「ありがとうございました。」
ホールには今日は圭太と俊がいる。キッチンにはずっと功太郎と真二郎がいて、今日は無駄口を叩くほど暇では無さそうだ。
その様子を外から見て、一馬はゆっくりと店を離れる。少しでもコーヒーを飲めればいいと思っていたが、今日は無理だ。殺人的な忙しさなのだから。
ケーキの予約をしていて、それは自分の義理の姉である葉子に取りに行ってもらうようにはしていたが、それでもコーヒーとともに響子に会いたかった。
自分も今日はライブがある。夜は遅くなるだろう。だが少しでも連絡が取りたいし、少しでも良いから会いたかった。
地下にあるライブハウスは、「flower children」で贔屓にしてもらっていたライブハウスのように、こっそりとあるようなものではない。
同系列のライブハウスが数店舗あり、ここは本店になる。大人向けのライブハウスで二階席もあり、立って騒ぐようなライブハウスではなくテーブル席に四人ほどのいすが並べられ、クリスマスらしくそのディナーがコースになって出てくる。どちらかというとレストランに近い。
メインの歌手はジャズだったりシャンソンだったりを歌う歌手だが、どちらかというと役者としての方が世間的には知られているだろう。それでもリハーサルの時に合わせた声は、往年のジャズ歌手のように低めでしゃがれた声で歌い、その存在感にさすがだと一馬も舌を巻いた。
「ベースはもっと鳴らして良いわ。」
歌手から言われると思ってなかった。一馬は素直にそれに従う。
「谷川さん。ベースがあまり出ると、バランスがとれないと思いますよ。」
だがそれに口を挟むのは、水川有佐だった。今日も派手で露出の高いワンピースを着ている。さっきからミキシングをしている男が、有佐の胸の谷間に釘付けだった。
「ベースが鳴った方が歌いやすいのよ。リズムが正確だし。」
「ですけどね。バンドのバランスが……。」
「だったらあなた歌ってみる?すぐにわかるわよ。」
そう言われて有佐は黙ったしまった。さっきからずっとこの調子だ。一馬はそう思いながら、どっちに付けばいいのかさっきからわからなかったのだ。
「花岡君。」
鼻髭のドラムの男が、声をかける。
「はい。」
「リズムが正確なのは結構だけど、ベースはドラムに合わせてくれないと困る。」
「はい。」
「ジャズってのはリズムが一定ではないのは、君だってずっとジャズをやっているのだからわかるだろう?」
嫌みな一言だ。ずっとロックなのかジャズなのかわからないような音楽をしていた一馬は、それがずっとコンプレックスだったのをドラムの男は知っていて言ったのだろう。
こんな事でライブになるのか。一馬は壁のポスターをちらっと見る。チケットはソールドアウトしているのだ。来た客が、損をしたというような演奏はしたくない。
そしてどんな状況でも一馬は、来た客に「値段以上のものを聴いた」と思わせて帰らせたいとずっと思っていたのだ。それが自分の価値だと思うから。
「少し打ち合わせをします。バンドの人たちは休憩に入って良いですよ。」
ベースをスタンドに立てかけると、一馬はそのステージを降りた。そして客席に置いてあった荷物から、ペットボトルの水を取り出す。
「お疲れさまです。花岡さん。」
別室で歌手と有佐とプロデューサーが話をしている間、バンドのメンバーは思い思いの時間を過ごしていた。煙草を吸いにいく人や、飲み物を会に行く人がいる中、一馬に声をかけたのはピアノを担当していた牧野加奈子だった。
「あぁ。お疲れさまです。」
「……本当にライブ出来るんですかね。ちょっと不安になってきましたよ。」
加奈子の言うこともわからないでもない。これだけ主たる人たちが言い合いを続けているのだ。本番は夜なのに、大丈夫なのだろうか。
「俺もそう思います。」
「わがままだって言う話は聞いてたけど、本当にそうみたい。」
「……それでもやれることはやらないといけませんね。それでも方向性だけは決めてもらわないと。」
「えぇ。」
「花岡さんと牧野さん。」
煙草を吸い終わったサックスの男が今度は近づいてくる。そして譜面を開いて一馬に見せてきた。
「ここなんですけどね。」
「あぁ。俺も気になってました。どっちが良いんでしょうかね。」
「そういうことも決めてもらわないといけないんだけど……。水川さんって、ジャズは専門じゃないんでしょ?」
「ロックでしたね。」
「それなんだよなぁ。」
演出はプロかもしれない。だが音楽に対してはそこまでジャズを学んでいるわけではないのだ。
「そんなに細かいところまで、お客様って聴いているんですかね。」
加奈子はそう聞くと、サックスの男は首を横に振った。
「牧野さんは若いねぇ。」
「え?」
「こう言うところで聞くような客ってのは、耳が肥えているんだよ。それに細かいところまで気を抜かないのがプロなんだから。」
生活のために水商売をしている。それは音楽一本で身をたてている二人からすると、まだ甘いと言うところなのだろうか。思わず加奈子は黙ってしまった。
「生活のためなら仕方ないでしょう。音楽だけでは食べていけませんからね。」
「確かにね。昔はキャベツの芯をかじったりしないと、プロにはなれないって言われていたけど。今は良い世の中になったよ。」
「山倉さんはリードを削ってるんですか。」
「もちろん。昔は買う金がなかったからね。その習慣が離れない。それに自分好みになるから。」
「俺もですね。」
間接的にかばってくれた。加奈子にとって、それは嬉しい出来事だった。クリスマスイブにプレゼントをもらうよりも、一馬にそう言われたのが嬉しいと思えた。
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