彷徨いたどり着いた先

神崎

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裏切り

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 あれだけじらしたのだ。来ないわけがない。姉である響子が淹れたコーヒーとは雲泥の差があるその味のないコーヒーがもうなくなってしまったが、夏子はまたその店にいる。そして携帯電話でSNSをチェックしていた。
 その間にも昼間の現場での男優の言葉が頭を駆けめぐる。
「愛蜜ちゃん。ヤキが入ったね。感じていないのわかるよ。観る人にはわからないかもしれないけどね。」
 ベテランの域に達している男優だった。若妻が旦那の上司に迫ってセックスをするシチュエーションで、いつものようにサディスト名自分を演じているつもりだった。なのに最近どんな現場へ行っても物足りないと思う。
 きっかけはやはり、圭太からひどいセックスをされたときからだろう。道具のように扱われ、自分が感じていようと感じていないだろうとお構いなしの自分勝手なセックス。なのに自分が興奮しているのがわかる。
 信也とセックスをしても、やはりどこか自分が感じていないような気がした。
 マゾヒストなんだよ。
 それならそれでかまわない。そういう方向でこれからやっていけばいい。だがそれで圭太としたように感じられるだろうか。そう思うと不安がつきまとう。
 店のドアが開いた。そのたびに夏子は携帯電話から目線をはずす。圭太かもしれないと思っていたのだ。だが店に来るのは風俗嬢のような女だったり、疲れたサラリーマンが仕事をさらにするためにやってくるだけだ。
 ため息を付いてまた携帯電話を見る。自分があげた写真にいいねやコメントが乗っている。それをチェックしながら、心の中でため息を付いた。帽子を被り眼鏡をかけているがそれでも愛蜜だとわかる人はいるらしく、たまに声をかけられる。ほとんどが男であわよくばという人ばかりだ。
 嫌だ。
 仕事でフラストレーションが溜まれば、逆ナンパをしてまたセックスをすることもあるが今はそんな気分ではない。と言うか圭太とまたセックスがしたいと思うが、携帯電話の時計を見る。もう来ないかもしれない。諦めて別の方法を考えようかと思ったときだった。
「いらっしゃいませ。」
 ドアが開いてまた入ってきた客を見る。そこには圭太の姿があった。店員にコーヒーを頼み、それを待っている間店内を見渡す。するとすぐに夏子の姿を見つけたらしい。コーヒーを受け取ると、夏子の席へ近づいてその向かいの席に座る。
「来たんだ。」
「響子のことが関係しているんだろう?来ないわけがない。」
 やはり響子が絡んでいるから来ただけだ。夏子は携帯電話をしまうと、上目遣いで圭太を見る。
「兄とはいつからそんな関係になっているんだ。」
「さっきも言ったけど愛人では無いわ。」
「は?」
 夏子はコーヒーカップを手にするが、もうそのコーヒーはない。カップを置くと、少し笑って言う。
「借金があったの。ちょっとホストクラブにはまったこともあってね。もう借金は完済しているけれど、そのときにその当時の専務とちょっとね。」
 AVの世界で単体女優に慣れるのはごく一部。当然一本の出演料も高いが、ホストクラブに貢げばあっという間にその金はなくなるだろう。だから借金をしたのだ。
 そのときに信也は、夏子に手を着けたのだろう。
「金をもらっているのか?」
「んー……まぁ、セックスをするのは信也さんだけじゃないから。」
 つまり信也がセックスをしろという指示があれば、しないといけない。それでわかった。
「俺としたのは、兄の指示か。」
「そう。」
 と考えるとあのときの盗撮機は、兄が仕込んだものなのだろう。自分の愛人とセックスをさせて、それをネタに自分を揺するつもりだったのだろうか。
 圭太はコーヒーに口を付けると、ため息を付いた。響子が自分の家族を信用できないといったように、自分だって自分の家族を信用できそうにない。兄ならそれくらいしそうだったから。
「ホテルにいたのも兄の指示か?」
「勘違いしてたみたいね。あなたが私に手を着けていたのを、恋人のようだと思ったみたいで。だから見せつけるような真似をした。その結果、あなたの所のお祖母さんには嫌われちゃったけど。」
「……あんな場であんなことをしていたら、誰でも追い出すだろう。それが響子の妹なんて知ったら、さらに響子が苦しい立場になると思わないのか。」
「別れちゃえばいいのよ。」
「別れない。むしろ……。」
「結婚したいの?」
 そのつもりだった。だから明日、指のサイズを測りに行きたい。それをどうやって自然にやるのかとずっと考えていたのだ。
「したい。」
 すると夏子は首を横に振る。
「無理。」
「家のことで?」
「それもあるけれど、姉さんはあなたと一緒にはならないと思うから。」
 ならないのではなくなれない。それはどういうことなのだろうか。
「ならないと言うのは響子が断ると言うことか?別に男がいるから……。」
 一馬のことが真っ先に浮かんだ。取られたくない。それくらい必死だったのだ。
「別に男?そんなに器用じゃないわよ。そうじゃない。あんなセックスをしていたら、姉さんが嫌がるはずだもの。」
「響子にはそんなことをしていない。」
「あくまで優しく姉さんは抱くって言うの?それであんたが満足するの?あんたは、あたしとしたときの方が生き生きしていたわ。」
「……。」
「性癖を我慢してまで一緒になっても、その先は破滅しかない。案外、結婚した人たちの離婚の理由によく挙げられることだわ。」
「俺は……。」
「あたしとしたときの方がいいんじゃないの?」
 目が泳いでいる。迷っているからだ。
 これは響子のためにしていることではない。自分が満足したいからだ。
「あたしのことも変えたわよね。」
「お前の?」
「あたし、多分……今度の企画のヤツ、乗るつもりだから。」
「AVの?」
「年明けにある撮影。縛られるの。この世界で巨匠の監督が、指名をしてくれた。多分それがきっかけで、マゾヒストのイメージも付く。」
「……マゾは、サドにもなる。お前に合っているならそれでいいんじゃないのか。」
「……あんたがきっかけだったのよ。それに忘れられない。圭太。前みたいにしてくれない?」
「しない。前も誰かの指示があったから、それに答えただけだ。しなければお前の立場が苦しくなるだろうと思ったし。」
 今となってはその指示が、誰だかわかる。それは兄だ。
「姉さんの妹だから?」
「あぁ。」
「……今日は誰の指示もない。あたしがしたいから。姉さんには出来ないことをしても良いから。」
 その言葉に心が揺れた。半分ほど残っているコーヒーがなくなるまでには、結論を出さないといけないだろう。
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