185 / 339
表面化
184
しおりを挟む
焼き菓子の詰め合わせを一馬と話をしている加奈子に圭太が見せる。
「こんな感じでいかがですか。」
「あ、ありがとうございます。大丈夫です。」
「熨斗はおつけになりますか?」
「あ、いいえ。いりません。包装紙でくるんでいただければ。」
「わかりました。」
コーヒーも出来上がり、蓋をしたコーヒーを功太郎に手渡す。
「テイクアウトの単品ブレンド、上がり。」
「はい。」
功太郎はレジへ向かうと、一馬の方を見る。
「テイクアウトのコーヒーです。」
「あぁ。ありがとう。」
そのコーヒーの香は蓋をしていても香るようだ。それを見て、加奈子は少しほほえむ。
「良い香りですね。今度は私もコーヒーを貰います。」
「単品のコーヒーは最近よく出るっす。閉店間際になると出来ないこともあるし。」
「花岡さんはいつもここで?」
「コーヒーもケーキも美味いです。ケーキは進んで食おうと思わないけど、コーヒーだけは欲しくなります。」
それに響子も欲しい。そう思っていたのに、響子はこちらの方を見ようともしない。何か誤解をしているのだろう。これを受け取ったらさっさと離れて響子に連絡をしよう。
「でもほら、木村プロデューサーもコーヒーが好きだし、自分で居れたものを振る舞ってたじゃないですか。あれも美味しかったですよね。」
そう言われたものの、響子のコーヒーに比べれば雲泥の差だ。所詮素人が趣味で淹れているものだし、期待はしない。
「まぁ……そうですね。」
話を合わせてレジをすませる。すると加奈子がまた一馬に近づいてくる。
「少し飲ませてくれませんか?」
「あー……それは困ります。それじゃ。また。」
出て行こうとした一馬に、焼き菓子を包んだ圭太がキッチンから出てくる。
「花岡さん。これ良かったら持って行ってください。」
一馬を追うように、圭太は紙袋を一馬に持たせる。それは小さめに包んだ焼き菓子の詰め合わせだった。
「良いんですか?」
「お土産をいただいたし、年末はこちらから連絡します。」
「わかりました。じゃあ、遠慮なくいただきます。」
そう言って一馬は今度こそ店を出ていく。そして残された加奈子のレジを圭太がする。
「お待たせいたしました。」
「……オーナーさん。花岡さんって親しいんですか?」
「えぇ。最近のお客様ですけど、うちのコーヒーを気に入っていただいて。」
「飲みに行ったりとか?」
「えぇ。何度かみんなで。」
その言葉に加奈子は少し驚いたように目を見開く。
「花岡さんって、あまり飲みに行ったりとかしない人だと思ってた。この間のレコーディングの時も飲んだのは最後の日だけだったし。」
その言葉に圭太は首を横に振る。
「そうだったんですか。最初に会ったときから、がんがん飲んでいたからそのイメージはなかったですね。」
「ストイックって言うんだろ。ああいうヤツ。」
功太郎がそう言うと、加奈子は少し笑う。
「そうですね。レコーディングって言っても遊んでいる人もいたんですけど、花岡さんはずっとスタジオか自室にしか居なかったから。」
「あの人、ちょっと人嫌いがあるよな。って言うかほら、人を選ぶって言うか。」
「こういう世界にいれば、付き合う人間を限った方が良いって事でしょうね。っと……すいません。お会計でしたよね。」
一馬が自室に籠もって人と話などをしなかったのは、おそらく必要以上に親しくなりたくないから。バンドの仲間でも平気で裏切るのだ。それが一馬の心にずっと残っている。響子はそう思いながら、ネルドリップの中に入っているコーヒー豆を捨てた。
電車に揺られながら、響子は一馬からのメッセージを見ていた。レコーディングで一緒になっただけの関係でだと言うこと。そしてそのレコーディングの間、ずっと気があるような感じで接してきて嫌だったことが書かれている。
響子はそれに返信をして、流れる景色に目を向けた。光が行き交い、そしてたまに快速電車が電車が側を走る。そこから見える乗客はみんな疲れている顔をしていた。この町で生きようと思うなら、身を粉にして働かないといけない。中途半端な生き方は出来ないのだ。
それは響子も一馬もそして圭太も一緒だった。嫌なことがあったからとか、嫌な人が居るからと言って職場は放棄できない。収入がなければ食べることは出来ないのだ。だから女性も男性も繋がりがないといけない。わかっている。職場だけの関係なのだ。
なのにもやもやした気持ちが収まらない。
そう思いながら駅に着く。そしてホームを降りて改札口へ向かった。カードをかざしてそこをくぐると、見覚えのある人が立っている。思わず響子はその人に駆け寄った。
「一馬さん。」
「待ってた。」
「連絡してくれれば良かったのに。」
「あんたが誤解していたみたいだったから。直接言いたかった。それに、二人で会いたかったから。」
その言葉に響子の頬が赤くなる。そんなにまっすぐに言われると思ってなかったからだ。だが一馬は元々口数が少ない人だ。そしてその中で伝えようとしていることが、全部含まれている。だからオブラートに包むことが出来なくて、こういう直接的な言い方になるのだ。
「……あんたに土産があってな。」
「私に?お店にはいただいているのに。」
「いいや。あんた個人的にだ。良かったら、家まで付き合う。」
すると響子は頷いて、その一馬の背中を追う。街中は酔っぱらいばかりだが、中にはいかにもヤクザのような人もいる。一馬も一人である居ていれば、ヤクザに見えないこともないだろう。その隣にいる響子は何に見えるのだろう。ヤクザの女には見えない。こんなに色気がなくて、体が傷跡や火傷の跡だらけの女をヤクザが選ぶわけがない。
一馬の隣で笑っていたあの加奈子という女性。あぁいう綺麗な女性が、一馬には合っていると思う。
外見だけではない。音楽をしているその話も響子にはわからないことばかりだ。
「響子。」
暗い表情をしていた響子に、一馬が話しかける。
「どうしたの?」
「これを渡そうと思ってな。」
そう言って一馬は、バッグから瓶を取り出した。それは一合サイズの日本酒でレコーディングの最終日の夜に飲んだもので、一馬はそれを飲んだとき響子と一緒に飲みたいと思ったのだ。
「……いただけるんですか?」
「あぁ。でも一人で飲まないで欲しい。もちろんオーナーとも。」
すると響子は不思議そうに瓶を手にして、一馬を見上げる。
「俺がそっちへ行ったときに一緒に飲もう。」
その言葉に響子の顔が初めて笑顔になった。響子は頷くと、その瓶をバッグに入れる。
「今日、真二郎は遅くなると言ってた。お茶でも飲んでいく?」
「そのつもりで送ってる。送り狼になって良いか。」
「いつ帰ってくるかわからないわ。」
冗談を言ってきた。今は手を繋ぐことも出来ない。だがもっと大事なところで繋がれる気がした。
「こんな感じでいかがですか。」
「あ、ありがとうございます。大丈夫です。」
「熨斗はおつけになりますか?」
「あ、いいえ。いりません。包装紙でくるんでいただければ。」
「わかりました。」
コーヒーも出来上がり、蓋をしたコーヒーを功太郎に手渡す。
「テイクアウトの単品ブレンド、上がり。」
「はい。」
功太郎はレジへ向かうと、一馬の方を見る。
「テイクアウトのコーヒーです。」
「あぁ。ありがとう。」
そのコーヒーの香は蓋をしていても香るようだ。それを見て、加奈子は少しほほえむ。
「良い香りですね。今度は私もコーヒーを貰います。」
「単品のコーヒーは最近よく出るっす。閉店間際になると出来ないこともあるし。」
「花岡さんはいつもここで?」
「コーヒーもケーキも美味いです。ケーキは進んで食おうと思わないけど、コーヒーだけは欲しくなります。」
それに響子も欲しい。そう思っていたのに、響子はこちらの方を見ようともしない。何か誤解をしているのだろう。これを受け取ったらさっさと離れて響子に連絡をしよう。
「でもほら、木村プロデューサーもコーヒーが好きだし、自分で居れたものを振る舞ってたじゃないですか。あれも美味しかったですよね。」
そう言われたものの、響子のコーヒーに比べれば雲泥の差だ。所詮素人が趣味で淹れているものだし、期待はしない。
「まぁ……そうですね。」
話を合わせてレジをすませる。すると加奈子がまた一馬に近づいてくる。
「少し飲ませてくれませんか?」
「あー……それは困ります。それじゃ。また。」
出て行こうとした一馬に、焼き菓子を包んだ圭太がキッチンから出てくる。
「花岡さん。これ良かったら持って行ってください。」
一馬を追うように、圭太は紙袋を一馬に持たせる。それは小さめに包んだ焼き菓子の詰め合わせだった。
「良いんですか?」
「お土産をいただいたし、年末はこちらから連絡します。」
「わかりました。じゃあ、遠慮なくいただきます。」
そう言って一馬は今度こそ店を出ていく。そして残された加奈子のレジを圭太がする。
「お待たせいたしました。」
「……オーナーさん。花岡さんって親しいんですか?」
「えぇ。最近のお客様ですけど、うちのコーヒーを気に入っていただいて。」
「飲みに行ったりとか?」
「えぇ。何度かみんなで。」
その言葉に加奈子は少し驚いたように目を見開く。
「花岡さんって、あまり飲みに行ったりとかしない人だと思ってた。この間のレコーディングの時も飲んだのは最後の日だけだったし。」
その言葉に圭太は首を横に振る。
「そうだったんですか。最初に会ったときから、がんがん飲んでいたからそのイメージはなかったですね。」
「ストイックって言うんだろ。ああいうヤツ。」
功太郎がそう言うと、加奈子は少し笑う。
「そうですね。レコーディングって言っても遊んでいる人もいたんですけど、花岡さんはずっとスタジオか自室にしか居なかったから。」
「あの人、ちょっと人嫌いがあるよな。って言うかほら、人を選ぶって言うか。」
「こういう世界にいれば、付き合う人間を限った方が良いって事でしょうね。っと……すいません。お会計でしたよね。」
一馬が自室に籠もって人と話などをしなかったのは、おそらく必要以上に親しくなりたくないから。バンドの仲間でも平気で裏切るのだ。それが一馬の心にずっと残っている。響子はそう思いながら、ネルドリップの中に入っているコーヒー豆を捨てた。
電車に揺られながら、響子は一馬からのメッセージを見ていた。レコーディングで一緒になっただけの関係でだと言うこと。そしてそのレコーディングの間、ずっと気があるような感じで接してきて嫌だったことが書かれている。
響子はそれに返信をして、流れる景色に目を向けた。光が行き交い、そしてたまに快速電車が電車が側を走る。そこから見える乗客はみんな疲れている顔をしていた。この町で生きようと思うなら、身を粉にして働かないといけない。中途半端な生き方は出来ないのだ。
それは響子も一馬もそして圭太も一緒だった。嫌なことがあったからとか、嫌な人が居るからと言って職場は放棄できない。収入がなければ食べることは出来ないのだ。だから女性も男性も繋がりがないといけない。わかっている。職場だけの関係なのだ。
なのにもやもやした気持ちが収まらない。
そう思いながら駅に着く。そしてホームを降りて改札口へ向かった。カードをかざしてそこをくぐると、見覚えのある人が立っている。思わず響子はその人に駆け寄った。
「一馬さん。」
「待ってた。」
「連絡してくれれば良かったのに。」
「あんたが誤解していたみたいだったから。直接言いたかった。それに、二人で会いたかったから。」
その言葉に響子の頬が赤くなる。そんなにまっすぐに言われると思ってなかったからだ。だが一馬は元々口数が少ない人だ。そしてその中で伝えようとしていることが、全部含まれている。だからオブラートに包むことが出来なくて、こういう直接的な言い方になるのだ。
「……あんたに土産があってな。」
「私に?お店にはいただいているのに。」
「いいや。あんた個人的にだ。良かったら、家まで付き合う。」
すると響子は頷いて、その一馬の背中を追う。街中は酔っぱらいばかりだが、中にはいかにもヤクザのような人もいる。一馬も一人である居ていれば、ヤクザに見えないこともないだろう。その隣にいる響子は何に見えるのだろう。ヤクザの女には見えない。こんなに色気がなくて、体が傷跡や火傷の跡だらけの女をヤクザが選ぶわけがない。
一馬の隣で笑っていたあの加奈子という女性。あぁいう綺麗な女性が、一馬には合っていると思う。
外見だけではない。音楽をしているその話も響子にはわからないことばかりだ。
「響子。」
暗い表情をしていた響子に、一馬が話しかける。
「どうしたの?」
「これを渡そうと思ってな。」
そう言って一馬は、バッグから瓶を取り出した。それは一合サイズの日本酒でレコーディングの最終日の夜に飲んだもので、一馬はそれを飲んだとき響子と一緒に飲みたいと思ったのだ。
「……いただけるんですか?」
「あぁ。でも一人で飲まないで欲しい。もちろんオーナーとも。」
すると響子は不思議そうに瓶を手にして、一馬を見上げる。
「俺がそっちへ行ったときに一緒に飲もう。」
その言葉に響子の顔が初めて笑顔になった。響子は頷くと、その瓶をバッグに入れる。
「今日、真二郎は遅くなると言ってた。お茶でも飲んでいく?」
「そのつもりで送ってる。送り狼になって良いか。」
「いつ帰ってくるかわからないわ。」
冗談を言ってきた。今は手を繋ぐことも出来ない。だがもっと大事なところで繋がれる気がした。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
夜の声
神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。
読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。
小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。
柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。
そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる