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店が少しゆっくりしているとき、俊はきらきらした目で響子がコーヒーを淹れている所作を見ていた。コーヒー単品のコーヒーは、ネルドリップで淹れる。それはマシンなんかとは違い、丁寧に丁寧に淹れているようだ。
「凄い良い香りですね。」
「そうね。安くても良い豆って言うのはあるわ。淹れ方次第でどうにでもなる。」
その様子を苦々しく功太郎は見ていた。本当だったらあの位置に自分が居るのに。バリスタとしての腕はまだまだなのだ。習いたいこともあるのに、俊が邪魔をする。
俊が邪魔なのはそれだけではない。カレーを作ったから食べにおいでと弥生からメッセージが届いて、いそいそと家に行けばたいてい俊の姿があって、香と何か言い合っている。その内容は勉強のことだったり、陸上のことだったりするらしく功太郎の出る幕はない。
いつの間にか自分が居た位置に、俊が居る。そんな気がしていたのだ。
「はい。お持ち帰りのブレンド。」
「はい。ありがとう。」
俊は紙のコップに蓋をすると、レジへ持って行く。そこには瑞希の姿があった。
「お待たせしました。ブレンドのテイクアウトです。」
「ありがとう。俊君。凄く様になってるね。接客合ってるんじゃない?」
「いやぁ……どうなんですかね。父のように言葉がすらすら出てくるわけでもないですし。」
「ははっ。そこと比べたら悪いよ。いくらだったかな。」
俊の父親はホストクラブを経営しながら、自分もまたホストとして活躍しているらしい。今度二店舗目を作ると、ほとんど家には帰ってこない。最近は顔も忘れてしまったようだ。
母親はクリスマスまでには帰ってくると、海外へ出張へ行っている。本当に帰ってくるかは怪しいが。
「圭太。良い店員を見つけたね。」
「だろ?俺の見る目がばっちりだったんだよ。」
「調子に乗るなって。」
瑞希すらこの調子だ。ますます功太郎が不機嫌になる。ため息を付いてカップや皿をカウンターに持ってきて仕訳を始めた。すると響子が声をかける。
「功太郎。」
「何?」
「あまり人と比べると、自分が惨めになるだけよ。自分は自分。そう思って開き直った方が楽になるから。」
響子はそんな功太郎がわかっていたのか。声をかけてくれた。その言葉に功太郎は少し笑顔になる。
「響子も比べた?」
「昔はね。ほら……いつだったか雅さんが教えてくれた喫茶店のコーヒーを飲んだときとか、「ヒジカタカフェ」の一号店のコーヒーを飲んだとき、自分の淹れている方が劣っていると思ったわ。」
「それは好みじゃないかな。俺、響子の淹れるコーヒー好きだけど。」
「ありがとう。でも万人受けはしないと自分でも思ってる。」
百人飲んで百人が美味しいと言わないと意味がない。響子はずっとそう言っていた。その味を未だに追求しているのだ。
「俺さ。この間音楽をダウンロードしたんだ。」
「何の曲?」
「「flower children」の曲。一番レビューが高かったアルバムだよ。最近そればっか聴いててさ。」
一馬のことで響子は少し動揺した。だがそれを見せまいと、落ち着いてドリッパーの豆を捨てる。
「どうだった?」
「聴きやすいジャズって感じ。ジャズってもっと堅苦しいかと思ってた。トランペットが歌うみたいで、こう……キラキラしてる。」
「キラキラね。」
響子も気になってダウンロードをしてみた口だが、気になるのはベースの音だったかもしれない。それは個人的な感情も入っているのかもしれないが、自己主張せずに、でも淡々とベースを鳴らしている一馬の姿が想像できた。
「あぁいう感じは好きだな。響子。そういう感じの別バンドって知らない?」
「そういうのは、私じゃなくてオーナーに聞いた方が早いかもしれないわ。私、ジャズはよくわからなくて。」
「そうだったな。」
そのとき箱に詰めた焼き菓子を持ってきた真二郎が、レジの方へ向かい瑞希にその箱の中身を見せる。
「瑞希さん。こんな感じで良いですか?」
「OKだと思う。これと同じヤツをあと三つ欲しい。」
「はい。俊。キッチンで箱を包んでくれる?」
「良いですよ。」
こう言った持ち帰りの焼き菓子を包装紙に包んだりするのは、俊はとても上手だ。バレンタインデー時期とホワイトデー時期にまた来てくれないだろうかと圭太は思っていた。
「そういえば、俊は欲しいモノがあるってここでバイトをしていたんだよな。」
「欲しいモノって何だ。」
「さぁ。話はしたことがないけど、想像は付くよ。」
瑞希はそういってコーヒーを口にする。前より格段に美味しくなったようだ。
「何?」
「俊は好きな女が居るんだよ。」
その言葉に離れていた功太郎まで驚いて瑞希の方をみた。
「え?」
「絶対報われないけどね。」
瑞希もそれ以上は言わなかった。それは俊の事情だからだ。
功太郎は着替えながらもやもやとしていた。俊が好きな女が居るというのに、絶対報われないとはどういうことなのだろうか。まさか香に手を出したいとでも思っているのだろうか。嫌。香ではないかもしれない。香だったら絶対報われないこともない。来年には中学生になるのだし、そこで彼氏を作ってもおかしくはない。
だったら何なのだろうか。まさか響子だとは言わないだろうか。もやもやしたまま功太郎はシャツを着る。すると真二郎が声をかけた。
「後ろ前だよ。」
そういわれて功太郎は自分の首もとからタグがでていることに気が付いた。そしてまたシャツを着直す。
「お前、何か気になることでもあるのか?」
「別に。」
誤魔化すように、功太郎はへらっと笑う。だが気になることがあるのは見え見えだ。その原因は香だったり、俊だったりするのだろう。
圭太が俊を入れたのはそれもまた理由の一つだ。バリスタになりたいと言いながらも、このぬるま湯みたいな状況に甘えていると圭太は思っていた。だから俊のようなちょっと器用で愛想も良い若い男が入れば、功太郎も焦ると思っていたのだ。
着替えを終えて、ホールに出ると響子は携帯電話の画面を見て、少し微笑んでいた。響子もまた最近おかしいと思う。前はあまり携帯電話を気にしていなかったのに、最近はよくチェックをしていた。
誰と連絡を取っているのか。圭太はそれを聞きたいのに未だに聞けなかった。
「凄い良い香りですね。」
「そうね。安くても良い豆って言うのはあるわ。淹れ方次第でどうにでもなる。」
その様子を苦々しく功太郎は見ていた。本当だったらあの位置に自分が居るのに。バリスタとしての腕はまだまだなのだ。習いたいこともあるのに、俊が邪魔をする。
俊が邪魔なのはそれだけではない。カレーを作ったから食べにおいでと弥生からメッセージが届いて、いそいそと家に行けばたいてい俊の姿があって、香と何か言い合っている。その内容は勉強のことだったり、陸上のことだったりするらしく功太郎の出る幕はない。
いつの間にか自分が居た位置に、俊が居る。そんな気がしていたのだ。
「はい。お持ち帰りのブレンド。」
「はい。ありがとう。」
俊は紙のコップに蓋をすると、レジへ持って行く。そこには瑞希の姿があった。
「お待たせしました。ブレンドのテイクアウトです。」
「ありがとう。俊君。凄く様になってるね。接客合ってるんじゃない?」
「いやぁ……どうなんですかね。父のように言葉がすらすら出てくるわけでもないですし。」
「ははっ。そこと比べたら悪いよ。いくらだったかな。」
俊の父親はホストクラブを経営しながら、自分もまたホストとして活躍しているらしい。今度二店舗目を作ると、ほとんど家には帰ってこない。最近は顔も忘れてしまったようだ。
母親はクリスマスまでには帰ってくると、海外へ出張へ行っている。本当に帰ってくるかは怪しいが。
「圭太。良い店員を見つけたね。」
「だろ?俺の見る目がばっちりだったんだよ。」
「調子に乗るなって。」
瑞希すらこの調子だ。ますます功太郎が不機嫌になる。ため息を付いてカップや皿をカウンターに持ってきて仕訳を始めた。すると響子が声をかける。
「功太郎。」
「何?」
「あまり人と比べると、自分が惨めになるだけよ。自分は自分。そう思って開き直った方が楽になるから。」
響子はそんな功太郎がわかっていたのか。声をかけてくれた。その言葉に功太郎は少し笑顔になる。
「響子も比べた?」
「昔はね。ほら……いつだったか雅さんが教えてくれた喫茶店のコーヒーを飲んだときとか、「ヒジカタカフェ」の一号店のコーヒーを飲んだとき、自分の淹れている方が劣っていると思ったわ。」
「それは好みじゃないかな。俺、響子の淹れるコーヒー好きだけど。」
「ありがとう。でも万人受けはしないと自分でも思ってる。」
百人飲んで百人が美味しいと言わないと意味がない。響子はずっとそう言っていた。その味を未だに追求しているのだ。
「俺さ。この間音楽をダウンロードしたんだ。」
「何の曲?」
「「flower children」の曲。一番レビューが高かったアルバムだよ。最近そればっか聴いててさ。」
一馬のことで響子は少し動揺した。だがそれを見せまいと、落ち着いてドリッパーの豆を捨てる。
「どうだった?」
「聴きやすいジャズって感じ。ジャズってもっと堅苦しいかと思ってた。トランペットが歌うみたいで、こう……キラキラしてる。」
「キラキラね。」
響子も気になってダウンロードをしてみた口だが、気になるのはベースの音だったかもしれない。それは個人的な感情も入っているのかもしれないが、自己主張せずに、でも淡々とベースを鳴らしている一馬の姿が想像できた。
「あぁいう感じは好きだな。響子。そういう感じの別バンドって知らない?」
「そういうのは、私じゃなくてオーナーに聞いた方が早いかもしれないわ。私、ジャズはよくわからなくて。」
「そうだったな。」
そのとき箱に詰めた焼き菓子を持ってきた真二郎が、レジの方へ向かい瑞希にその箱の中身を見せる。
「瑞希さん。こんな感じで良いですか?」
「OKだと思う。これと同じヤツをあと三つ欲しい。」
「はい。俊。キッチンで箱を包んでくれる?」
「良いですよ。」
こう言った持ち帰りの焼き菓子を包装紙に包んだりするのは、俊はとても上手だ。バレンタインデー時期とホワイトデー時期にまた来てくれないだろうかと圭太は思っていた。
「そういえば、俊は欲しいモノがあるってここでバイトをしていたんだよな。」
「欲しいモノって何だ。」
「さぁ。話はしたことがないけど、想像は付くよ。」
瑞希はそういってコーヒーを口にする。前より格段に美味しくなったようだ。
「何?」
「俊は好きな女が居るんだよ。」
その言葉に離れていた功太郎まで驚いて瑞希の方をみた。
「え?」
「絶対報われないけどね。」
瑞希もそれ以上は言わなかった。それは俊の事情だからだ。
功太郎は着替えながらもやもやとしていた。俊が好きな女が居るというのに、絶対報われないとはどういうことなのだろうか。まさか香に手を出したいとでも思っているのだろうか。嫌。香ではないかもしれない。香だったら絶対報われないこともない。来年には中学生になるのだし、そこで彼氏を作ってもおかしくはない。
だったら何なのだろうか。まさか響子だとは言わないだろうか。もやもやしたまま功太郎はシャツを着る。すると真二郎が声をかけた。
「後ろ前だよ。」
そういわれて功太郎は自分の首もとからタグがでていることに気が付いた。そしてまたシャツを着直す。
「お前、何か気になることでもあるのか?」
「別に。」
誤魔化すように、功太郎はへらっと笑う。だが気になることがあるのは見え見えだ。その原因は香だったり、俊だったりするのだろう。
圭太が俊を入れたのはそれもまた理由の一つだ。バリスタになりたいと言いながらも、このぬるま湯みたいな状況に甘えていると圭太は思っていた。だから俊のようなちょっと器用で愛想も良い若い男が入れば、功太郎も焦ると思っていたのだ。
着替えを終えて、ホールに出ると響子は携帯電話の画面を見て、少し微笑んでいた。響子もまた最近おかしいと思う。前はあまり携帯電話を気にしていなかったのに、最近はよくチェックをしていた。
誰と連絡を取っているのか。圭太はそれを聞きたいのに未だに聞けなかった。
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